「ようわからんが、つまりワシはもう死んでしまっとるのか」
「お気の毒ですが、そういうことになります」
とりあえずおじいさんを寮に連れて帰った俺は、いつものように事情を説明した。俺の能力の内容や、今現在彼がどういう状況にあるのかなど、相手が理解できるようにゆっくりかみ砕いて話す。
「どうりで体がぴんぴんしとるわけじゃ。ついさっきまで病院で寝たきりだったのに、おかしいと思っとった」
「寝たきり、ですか」
「もうかれこれ1年になるかのう……病気にかかって入院して、最近は意識がもうろうとしとったわい」
チェックのセーターに身を包んだおじいさんは、寂しそうな目つきでそう語る。
ということは、この人の死因はその病気か。いろいろ苦しかったりしたんだろうな。といっても、具体的な想像ができるほどの知識も経験も俺は持ち合わせちゃいないが。
「そっちのお嬢ちゃんも、ワシと同じ幽霊なのか」
「……ええ」
俺の隣で成り行きを見守っていたユウコが小さく頭を下げる。自分と同じ立場の人に出会って、何か感じることはあるのだろうか。
「そういえば、まだ名前言ってませんでしたね。三上侑生です。中1です」
「野本次郎じゃ。歳は……いくつだったかのう。60は越えとるんじゃが」
「ユウコです」
お互いに自己紹介も済ませたところで、未練についての話に入るとしよう。
……とはいえ、今回はなんとなく内容の予想がついてしまうわけだが。
「それで、野本さん。あなたが無事成仏するためには、亡くなる前に感じていた心残りを解消させる必要があるわけですけど」
「心残り? そんなもん決まっとる!」
くわっと目を大きく見開いて、野本さんはさっきと同じような言葉を叫んだ。
「最後にもう一度、生で野球が見たい!」
「は、はい」
相変わらず、すさまじい気迫を感じさせるものだった。すごい熱心な野球ファンだったんだな。
「入院してからはテレビでしか試合が見れんかったからのう。一度こっそり病室を抜け出そうとしたんじゃが、看護婦のお姉ちゃんに見つかってしまった」
「つまり、野球場に行ってプロ野球観戦がしたいわけですね」
「そうじゃ。今なら体も元気じゃし、楽勝じゃな」
いや、元気というかそもそも……まあ、言いたいことは伝わるからかまわないけど。
「好きなチームはあるんですか?」
「当然じゃ」
うなずきながら、野本さんは数十年間応援し続けたという球団の名前を口にする。俺もプロ野球に関する最低限の知識はあるので、そこがどんなチームかというのはわかる。
「強いところなの?」
「いや、正直弱いな……最近はほとんど上位になったことないし」
ユウコの質問に素直に答えると、野本さんが悲しそうな表情になる。直球に言ってしまってごめんなさい。
「でもいい選手は多いんじゃ。もうちょっとで芽が出ると思うんじゃが……」
ぶつぶつと希望的観測を述べるのを尻目に、俺は棚からノートパソコンを引っ張り出した。
「何するの?」
「いや、順位表でも見ようかと思って」
パソコンを立ち上げ、スポーツ関連のサイトにアクセス。
「ほお、それがいんたーねっととかいうやつか」
「使ったことないんですか?」
「どうもその手のものはややこしくてのう」
「へえ」
会話をしながら、俺は表示された順位表を眺める。ユウコと野本さんも興味があるのか、俺の両脇に陣取った。
「4位か」
「6チーム中4位? やっぱりあまり強くな――」
「おお、調子いいのう!」
「……見解の相違が発生しているわね」
見るからにうれしそうに画面を見つめる野本さん。その姿に困惑するユウコ。俺としてはどっちの気持ちもわかる。
「今5月じゃろ? この時期に借金5とは、例年より間違いなくええぞ。最近順位を確認する元気もなかったから、こんなになっとるとは知らんかった」
「借金?」
「負け数から勝ち数を引いた数だ。ようは何試合負け越してるかってことだな」
「なら、勝ち越しの数は貯金と言うのかしら」
「正解」
ついでにプロ野球関連のニュースも調べてみる。野本さんが見たがっているだろうし、俺自身も若干興味があったためだ。
「このニュース、詳しく見せてくれんかの」
「どうぞ」
「便利じゃのう、パソコンは」
野本さんが指さしたニュースの詳細を表示させ、俺はいったん画面から視線を外した。
今後の方針について、きちんと考えなければならない。
「侑生? どうしたの、難しい顔して」
「プロ野球観戦、どうしたもんかと思ってな」
野本次郎さんの望みは、最後に一度球場に試合を見に行くこと。おそらくはどこのチームでもいいというわけではなく、彼が贔屓にしている球団の試合でないと駄目だろう。今までの話を聞く限り、相当熱心なファンっぽい。
どうすれば彼の願いを叶えられるのか。答えは簡単、球場に足を運べばいい。チケット代や交通費はかかるが、それもなんとかできる。
一見、なんの問題もなさそうに見える。少なくとも名前しかわからない女の子を探すよりは楽だ。
……ただひとつ、『俺が学園都市に住んでいる』という事実に目をつぶれば、の話だが。
「それで、試合には連れて行ってくれるのかのう?」
「その話なんですが……学園都市の人間は、許可なく街の外に出られない決まりがあるんですよ。だから、普通にやったんじゃ球場に行けません」
「な、なんと! では許可をもらえば」
「そう簡単に下りないです。少なくとも、野球が見たいって理由じゃ門前払い間違いなし」
そんな、とうなだれる野本さん。体の問題も解決したし、球場に行けるものだと考えていたのだろう。なんだか申し訳ない。
しかし、どうする? 目的までの道のりがはっきりしているぶん、詰んでしまっている状況なのがはっきり感じられてしまうんだが。
「あっ。ねえ侑生、この記事見て」
「うん?」
ふと何かに気づいた様子のユウコが、パソコン画面のある一点を指さしながら俺を呼んだ。
「なになに……っ!?」
その記事のタイトルを読んだ瞬間、俺は数日前の朝に見たスポーツニュースの内容を思い出した。
あの時はテキトーに聞き流していたから、今の今まですっかり忘れてしまっていた。
「そういえば、そんなこと言ってたっけか」
なんにせよ、ありがたい話だ。運がいいと言うしかない。
「なんじゃ? 何が書いてあるんじゃ」
「今週の金曜に、この学園都市でプロ野球の試合が開催されるんです。5年前にやって以来のことらしいですよ」
「ど、どことどこの試合じゃ!?」
俺が対戦カードを告げると、野本さんの顔がみるみる明るくなっていった。彼が望んでいた答えだったからだ。
「うれしいのう。本当にラッキーじゃのう」
まったくもってその通りである。
ここで試合があるとわかれば話は早い。早速チケットを注文することにしよう。
希望が見えたことで、俺の気持ちも一気に晴れやかだ。
*
「はあー……」
「どうしたの? 机に顔を突っ伏して。さっきまで元気だったじゃない」
30分後、俺は沈んだ気分で座り込んでいた。
「チケット、全部売り切れてた。外野の自由席すら残ってない」
「それは困ったわね」
一度希望を持たせて絶望に叩き込まれた形だ。もちろん大げさな表現なのはわかってる。
「ちょっと野球人気を舐めてたな。4日後の試合とはいえ、ひとつくらいは空きがあると思ってたんだけど」
「ここに住んでいる人は、生でプロ野球を見る機会が滅多にないんでしょう? それなら満員になるのも不思議ではないわ」
ついでに言えば、学園都市が用意した球場の収容人数が若干少なめなのも理由のひとつかもしれない。
「どうするの?」
「それが思いつかないから落ち込んでるんだよ」
このチャンスを逃せば、あとは本当に学園都市を出るしか手段がなくなってしまう。それは現実的だとは言えない。だから野本さんの未練を解消するには、金曜の試合を観戦するしかないわけだ。
「ああ、何をやっとるんじゃ! そのくらい捕れんでどうする!」
その当の本人はというと、さっきからずっとテレビの前で騒がしくしていた。今日はたまたま、BSで試合の中継を行っていたのだ。
贔屓のチームの選手が打てば小躍りし、まずい守備があれば怒って文句を言う。まあ、とにかく元気だ。
「侑生。この家、ラジオはないのかしら」
「ラジオ? あるけど、聞くか?」
「ええ、お願い」
ユウコの頼みにうなずいて、棚の奥にしまっていたラジオを取り出す。しばらく使ってなかったけど、電池は大丈夫だろうか。
「野球観戦はお気に召さなかったか」
「残念ながら、私にはあまり合わないみたい。それに」
ちらりと野本さんに視線を送るユウコ。
「今知ったのだけれど、私って騒がしすぎるのは苦手らしいわ」
「お前、どっちかというとクール系だもんな」
電源を入れると、なんかのパーソナリティらしき男の声が聞こえだした。動作不良は起こしてないようだ。
「この番組でいいわ。ありがとう」
机を挟んで俺の真向かいに陣取ると、彼女はラジオに耳を傾け始めた。
俺もそれをBGMにしながら、椅子の背もたれに体重をかけて物思いにふける。
「誰かに譲ってもらえれば話は早いんだが……」
チケットを持っていて、かつ学園都市では5年ぶりのプロ野球の試合を見に行かなくてもいい人。そんな都合のいい存在、なかなかいないと考えられる。もちろんゼロではないだろうけど、俺が探し当てられるかというと難しいだろう。
でも、別に客として球場に入る必要はない。ひょっとすると、球場の売り子のバイトとかはまだ参加可能かもしれない。そっちの方面から……いや待て。そもそも中1って働けるんだっけ?
などと、俺の思考回路が若干迷路に入り込みそうだったその時、机の上の携帯が鳴った。
「……おぉ」
表示された名前を見て、俺は思わず頬を緩めてしまう。
「どうしたの? 鼻の下伸ばして」
「へっ? べ、別に伸ばしてなんかないけど?」
正面にいるユウコにはばっちり見られていたらしく、怪訝な視線を向けられる。気恥ずかしかったので、椅子から立ち上がって歩きながら通話ボタンを押した。
「もしもし」
『こんにちは、三上さん』
「はい、こんにちは麗華さん」
相変わらず透き通った声だ。聞いてるだけで癒される。
俺に電話をかけてきたのは、先日知り合った常盤台中学の2年生、藤宮麗華さんだった。
『今、お時間よろしいですか? 少しお話したいことがあるんです』
「全然大丈夫っす。どんどん話してください」
『ふふっ。ありがとうございます』
電話口の向こうで漏れる笑い声がかわいらしい。なぜだかドキドキしてしまう……これが恋というやつなのか、それとも違うのか。
「お礼なんていいですよーははは」
なんにせよ、俺にとって麗華さんはすごく好みの女の子である。
「……だらしない顔」
「子供のくせにいっちょまえにデレデレしとるぞ」
「好きな女の子からの電話みたいですね」
「ニヤニヤじゃのう」
「にやにやです」
……外野は静かにしていてほしい。というか、野本さんは野球見てたはずじゃ。
そう思ってテレビを見るとCM中だった。暇になったのでこっちにからかいに来たらしい。
「しっしっ」
『どうかしましたか?』
「ああいえ、麗華さんに言ったんじゃありません。ちょっと虫を追い払ってただけで」
虫は虫でもお邪魔虫だけどな!
「なーんかうまいこと言ってやった、みたいな顔しておるぞ」
「虫は虫でもお邪魔虫だけどな! とか思ってるんじゃありませんか。ドヤ顔するほどのネタじゃないですけど」
「確かに全然面白くないのう」
あーほんとにどっか行ってくれないかなあ! というかなんでそんなに連携とれてるんだよ、さっき会ったばかりのくせに。
『三上さん? 大丈夫ですか?』
「あ、はいはい大丈夫です。ええと、俺に話があるんでしたよね」
野次馬2名の存在は頭の隅に追いやり、麗華さんとの会話に集中する。
『はい。えっとですね、三上さんは、野球に興味はおありですか』
「野球、ですか?」
さっきまでこっちで話題にしていた単語が向こうの口から飛び出したことに、戸惑いと驚きを覚えた。
「興味はありますよ。するぶんにも見るぶんにも。それがどうかしましたか」
『では、今週の野球の試合は見に行く予定ですか?』
「いえ、行きたいのはやまやまなんですけど……チケットを取り損ねてしまって」
『そうなんですか。それはよかったです』
「よかった?」
どういう意味だろう。まさか俺が試合に行けないという不幸を喜んでいる……なんて残酷なことはないよな。もしそうなら俺はショックで数日引きこもりになる。
『三上さんがチケットとれてなくて、私もほっとしましたっ』
「明日からヒッキーになります」
『えええっ!? いきなりどうしたんですか!?』
悲しいなあ、ここまで嫌われていたなんて……。
『私はただ、試合のチケットが余っているのでお譲りしようかと思っていただけですよ?』
「……え?」
あれ? どうも俺の想像していたのと違う方向に話が進んでいる。
『実はですね、常盤台の生徒には今週末の試合のチケットが無料で配布されたんです。でも、私は行くつもりがなくて、それで誰かに渡そうかと。同じく行く気のなかった友達から押しつけられたのも含めて、2枚あるんですけど』
「それ、俺がもらってもいいんですか」
『もちろんです。そのためにお電話したんですから。滅多にないイベントなのに、未使用のチケットを腐らせるのはよくないなと思ってたんです。だから行きたい人が見つかってよかった』
「あ、ありがとうございます!」
思わぬところから救いの手が差し伸べられた。ありがとう麗華さん、ありがとう常盤台。生徒全員にチケットあげるなんてさすが名門は違うな。
『誰か誘いたいお友達とかいますか? それなら、2枚ともお譲りしますけど』
「そうですね……」
野本さんとユウコに向かって親指を立てながら、返答の中身を考える。
誘いたい人か。明日の学校で、行きたがってるやつを適当に探してみるのもありだけど……
「あの、麗華さんは行きたくないんですよね?」
『私ですか? そうですねー。行きたくないというよりは、経験のない場所なのでひとりで行くのは心細いという気持ちが強くて』
「ということは、一緒に行く人がいれば?」
『うーん……ちょっとだけ、興味はあります』
ふむ。
これはもう、決まりなんじゃないか。
「じゃ、じゃあ、俺と行きませんか?」
『えっ?』
「せっかくの機会だし、麗華さんにも野球の面白さを伝えたいというかなんというか」
勇気を出して尋ねてみる。緊張で一部声が裏返ったのはご愛嬌だ。
これで断られたら残念だけど、先ほど勘違いから絶望を味わっているのであれに比べれば問題ない。耐性はついたというわけだ。
『三上さんは、それでいいんですか?』
「はい。誰か誘いたいとしたら、麗華さんです」
『そうですか……なら、よろしくお願いしますね』
「は、はいっ!」
よし、オッケーもらえた!
これは俗にいう、球場デートというやつではなかろうか!
『当日の集合場所とかは、また連絡させてもらいますね』
「わかりました」
そのまま二言三言話した後、あいさつをして通話を切った。
「何を話していたの?」
「ああ。試合のチケット、もらえることになった」
「えっ……本当? それはよかったわね」
「俺の人徳がなせる業だな」
「朗報です、野本さん。試合、見に行けるみたいですよ」
「本当か!?」
再び野球中継を見ていた野本さんのもとへ、微笑みを浮かべて向かうユウコ。あれ、俺の発言スル―されてないか?
「まあいいか」
ひとまず、一番厄介な問題は解決したわけだ。それを素直に喜ぼう。
あとは、野本さんが満足して成仏できるような試合になってくれるのを祈るだけだ。あんまりボロ負けだと、悔いが残るかもしれないからな。
いじられる系の主人公は結構好きです。でもいじる系の主人公も好きです。つまり場面と相手に応じて両方できる主人公が一番好きです。
次の回は球場に行きます。三上的にはデートです。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。