目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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一章 次元の悪魔編
一話 悪夢からの目覚め


「んあ゛あ゛あ゛──!! 今日もおちごと! ちかれたポン!!」

 

 時間は深夜、雨が降る片側二車線の国道沿いの道。周囲に誰もいなく、雨に声がかき消されるのをいいことに、ストレス解消だとばかりに叫ぶスーツを着た筋肉質の男がいた。

 

「ふぅ……スッキリしたぜ。ったくあのハゲ、一人だけさっさと帰りやがって」

 

 一通り叫んでストレスを解消した男の脳内に浮かぶのは、部下に仕事を押し付け、そそくさと帰って行った禿げ頭の上司の姿。

 脳内でその上司に、同僚と共に制裁を加える景色を想像し──少し冷静になった頭で、男はひとりごちる。

 

「やっぱこの仕事つまらんな……こんなことなら夢を追っかけてた方が……いやでも安定がなぁ……」

 

 男はプロの格闘家を目指し、破塵流という、それなりに名を知られた道場で鍛錬を積んでいた。才能もそれなりにあった。

 しかし、大学生になったあたりだろうか。家族や友人、恋人など周囲の人間から「格闘家は危ないし、なにより不安定」「普通に働いた方が楽で安定する」「強い男の人は格好いいけど、事故とか怖いし……」などと何度も説得された結果、夢を諦めて一般企業に就職することを決意したのだった。

 しかし、いざ就職してしばらく働いてみると、やはり夢への未練が次々と湧き出してきて止まらない。

 

「人生一度きりだし、やっぱ挑戦すべきだったかもな……。う゛ーん、ミスったかもな……ん?」

 

 現状への愚痴を言いつつ、それでも今更会社を辞め「やっぱ夢追います、格闘家の道に戻ります」とか言うのは、なんかカッコ悪いし言い出せねえよなあと悶々とする男。

 そんな男の後方から、大型のトラックが走ってきたかと思うと、そのままスピードを落として男の前方にて停止する。

 

「……お? トラブルかなんかか?」

 

 何もない場所に停止したトラックを訝しむも、自分には関係ないだろうと思考を切り上げて歩き続ける男。

 しかし、そんな男の前でトラックの荷室の側面が機械音を響かせて横にスライド。荷室の中から複数の大きな人影が姿を現す。

 

「オイオイオイ……。なんだよ一体……!」

 

 男が流石に異常に感づいて声を上げたその瞬間、その人影が人間とは思えぬ速度で男目掛けて駆け出してきた。

 

「チッ!」

 

 高速で接近する影から敵意を感じ取った男は、舌打ちをすると傘とカバンを放り投げ、構えをとると同時に気を練り上げる。

 実戦からしばらく離れていたとはいえ、その一連の動作はスムーズであり、ブランクを感じさせないものだった。

 

『Guoooooooo!!』

 

 そうして男が戦闘準備を整えた瞬間。謎の人影はこれまた人間とは思えない、獣のような咆哮を上げながらその腕を振りかぶる。

 

「うおっとぉ! どこのどいつか知らねぇが、随分と舐めたマ……ネ……」

 

 男は頭蓋を叩き割らんと放たれた、その頭上からの一撃をバックステップで回避し、遠くからでは暗くてよく見えなかった下手人の顔を確認。

 ギラギラと不気味に輝く瞳を持つ、狼のような頭部。発達した鎧のような筋肉を纏う四肢。ナイフかと思えるほど発達した分厚くて鋭い爪。

 人間じゃありません。どこからどう見ても化け物です。本当にありがとうございました──。

 

「う、う、うおおおおおお!? バ、バケモノ!? く、来るんじゃねぇー!」

『Guooooooooo!!』

「う、うわあああぁぁぁぁ!!」

 

 予想外の化け物との遭遇に思わず情けない叫び声を上げ、距離を取ってしまう男。

 人さらいか殺し屋か、一体どんな悪人が襲い掛かってきたのかと思いきや、正解はまさかのゲームや漫画の世界から飛び出してきたような怪物だったのだから無理もない。

 

「し、しまった!」

 

 しかし、男はあまりの衝撃に忘れていたがトラックから降りてきた怪物は一体だけではないのだ。すぐさま残りの怪物たちが男を取り囲み、その退路を奪う。

 未知の怪物に襲われ、退路を奪われ、悲鳴を上げることしかできない哀れな獲物と化した男。

 そんな男に対し、その命を奪わんと怪物たちが一斉に飛び掛かった──。

 

 

 

 

 

 

 数分後、雨の降る歩道の上。そこには無残な死体が転がっていた。

 首から上が消し飛んだ人型。胴体から下が消し飛んだ人型。胴体以外の部分が吹き飛ばされた人型。

 そして、その胴体から下の無い怪物の頭部を踏みつぶし、グリグリと踏みにじりながら、戦闘の高揚からかクハハと上機嫌に笑う男が一人。

 

「ったく驚かせやがって。強そうなのは見た目だけじゃねーか。あー、驚いて損したぜ」

『…………』

「スーツが破れちまっただろ雑魚が、死んで詫びろやガッハッハ!」

 

 戦闘は一方的なものだった。怪物の爪は気を練り込んだ男の肉体の前に傷一つつけることなくへし折れ、逆に男の拳は一撃で怪物の肉体を吹き飛ばす。

 人間は野生動物の中では弱い方だと言われているが、それは気を使えない一般人の話だ。気を運用できる格闘家にとっては、熊やライオンなどの大型肉食獣もただの獲物でしかない。

 最近は駆け出し格闘家の自主練による野生動物の虐待が問題となっているらしいが──それと同様に、この怪物たちも男の前ではただ蹂躙されるだけの弱者でしかなかった。それだけの話だ。

 

(……ノリと勢いでつい始末しちまったが、損害賠償とか請求されねーよな? いや、明らかに俺被害者だし大丈夫だろ。つーかあのトラック、怪物共降ろしてから全く動きが無いな。不気味だ)

 

 敵対者を始末し終えて余裕が出来たからか、つい余計なことを考え始めてしまう男。

 しかし、まだ肝心な敵が残っていると気持ちを切り替えると怪物を載せていたトラックを睨みつける。

 

「……放っておいたら不味いことになりそうだしな。せめて警察(ポリ)さんにでも捕まえて貰わにゃ──!?」

 

 トラックへ向けて男が歩みだそうとしたその瞬間。男の胸にズンと衝撃が走り、口元から血が逆流する。

 熱い、熱い、痛いと男の体が訴える。男がその痛みの源、自身の胸部を見ると、黒いグローブに包まれた手刀が生えていた。

 背後からの刺突。警戒は怠っていなかった。心臓破壊。何故、いつの間に。悔しい。もう助からない。男の脳裏を、一瞬で複数の思考が駆け巡る。

 

「て……めえ……」

「データ収集への協力、感謝しよう。なに、これは報酬だ」

 

 男の耳に、一切の感情が込められていない、男性のものと思われる声が届く。

 ふざけるなと言ってやりたい。あらん限りの罵声を叩きつけてやりたい。あらゆる障害を打ち破り、塵へと返す破塵の奥義をもって、原型が残らない程に破壊しつくしてやりたい。

 しかし、残念ながらもう男にはそれだけの力は残されていない。

 

「ぐ……。こ……の……」

「フン……!」

 

 ならば、せめて下手人の顔だけでも確認しようと男は最後の力を振り絞り、必死に振り向こうとする。

 しかし、男が振り向き終わる前にその胸から手刀が引き抜かれ、そのまま背後から蹴り倒される。

 

(顔くらい見せろやチクショウ……)

「撤収する。この男も回収しておけ。何かの役に立つかもしれん」

「了解!」

「了解です!」

「了解! ……行ったな。ふいー、オレあの人怖いからニガテなんよね」

「俺も俺も。にしても、やっぱ渡航制限食らうレベルの格闘家はやっぱちげーな」

「同感だぜ。いくらなんでもコイツの爪受けてノーダメとか引くぜ」

「これでAランクの最下位ってんだからな。恐ろしいわ」

 

 下手人の男の部下らしき、複数人の声と足音がする。しかし、もはや倒れ伏した男の耳にその音は届かない。

 出血多量と胸部によるダメージで遠くなる意識の中、男の頭を占めるのは己の非力さからくる無念だけであった。

 

(ああクソ……もっと、もっと強ければ……畜生……。もっと……修行……積ん……で……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 電気の消えた暗い部屋の中、ベッドに寝ていた少女が飛び起きる。

 幼い顔立ちをした、青い瞳に腰の辺りまで届くだろう長い黒髪が特徴的な小柄な少女だ。

 少女は興奮した様子できょろきょろと周囲を見回し、そこが自室であることを確認すると──ほっと息を吐いて、ベッドに仰向けで倒れ込む。

 

(夢、か……)

 

 輪廻転生。一度死んだ者がまた新たな生命として生まれ変わるという仏教の教え。

 あの雨の日に死んだ男は、前世とよく似たこの世界に再び生を受けた。何故か記憶を保ったまま、前世とは異なる性別で。

 姓は不知火(しらぬい)、名前は緋乃(ひの)。1月15日生まれの12歳。父親はいないが、優しい母・優奈(ゆうな)と隣に住むお節介な幼馴染・明乃(あけの)のおかげで寂しいと思ったことは一度もない。

 

(久々……だな……。死ぬときの……記憶……)

 

 ベッドに寝転がり、天井をぼんやりと見つめながら緋乃は考えを巡らせる。

 二度目の生を受けてからはや12年。

 物心ついた当初は少々困惑したが、前世から元々切り替えが早いタイプの人間だったのもあり、二度目の生に関しては普通に受け入れた。

 獣や虫ではなく、再び人として生まれることが出来たんだ。性別なんてそれに比べれば些細な問題でしかない、と。

 

(前世の記憶、か……。もう、かなり忘れちゃったなぁ。やっぱりメモにでも残しておくべきだったかな?)

 

 そんな考えだからかろうか、前世の記憶に関してはもうかなり朧気だ。前世の名も顔も、自他問わずほとんど忘れてしまった。

 気の練り方やその運用方法みたいな、現在進行形で役立てている知識や──その逆にどうでもいい知識に関しては不思議と覚えていたりするのだが。

 

(まあいっか。重要なことは覚えてるし、それに……)

 

 いや、記憶の大部分は失ったが、それでも。

 それでもとある衝動だけは、今でも決して消え去ることなく緋乃の胸に残り続けている。

 ──強くなりたい。誰よりも。

 今度は、今度こそは卑怯な不意打ちなんかに負けたりしない。返り討ちにしてやる。

 

「…………」

 

 緋乃は無言のまま手のひらを顔の前まで持ってきて気を込める。すると、手のひらが薄い白光に包まれる。気を運用した際に現れる光だ。

 

(身体能力は前世とは比べ物にならないほど低い。まあ女の子だし仕方ないよね。でも……)

 

 それなりに鍛錬を積んできた成人男性と、まだ体の出来上がっていない女子中学生。差なんて考えるまでもない。

 だがしかし、それを覆すモノをこの身体は持っていた。

 

(気の量も質も、前世とは比べ物にならない。生命エネルギーである気がこの体のどこにこれだけあるのかは不思議だけど……まあ天才とか言う奴だろう、きっと。流石わたし)

 

 驚くべきことに、緋乃の肉体はこれといった鍛錬を積んでいないのにも関わらず、前世を遥かに超える膨大な気を秘めていたのだ。

 もし前世の記憶が無く、気を操る術を知らなかったのなら──間違いなく身体を壊していたであろうと思わせるほどの膨大な気だ。

 

(もしかしたら、この気を制御するために肉体が魂の記憶を呼び起こしたとか? うん、なんかありえそう。我ながらいい線行ってるんじゃ?)

 

 実際にほんの少しだが壊れているのだ。これ以上の自壊を恐れた肉体が、大慌てで記憶をサルベージしたという可能性もありえなくはないだろうと緋乃は考える。

 

(気で増幅すれば筋力は補えるとして、問題は耐久力……。これも一応は気で補えるけど……まあ、受け流しと回避の技術を磨いて対処かな。幸い、受け流しは得意な方。それに……)

 

 軽く頭を振ることで気を取り直してベッドから起き上がった緋乃は、パジャマ姿のまま部屋の中央に立つ。軽く目を閉じて深呼吸をし、完全に息を吐き終えると再び目を開く。

 

(この、新しい力がある)

 

 緋乃の青い瞳が薄く発光し、まるで重力の影響から抜け出したかのようにその体が床から浮き上がる。

 いや、本当に重力の檻から抜け出したのだ。

 これこそ前世にはなかった概念。女性にのみ100人に1人の割合で発現するという、ギフトと呼ばれる超能力。緋乃もこのギフト能力者──通称ギフテッド──であり、その力は重力操作。

 その名の通り、指定範囲内の空間に発生する重力を操作することができるギフトだ。

 

(まあ、今はまだ大っぴらには使えないけど。大人になって、有名になって、一人前になったら……)

 

 もっとも、何やら極めて希少なギフトであるらしく、母親からは「他人に教えるのは禁止」と口煩く言われているのだが。

 なんでもバレたら拉致されて怪しい研究所でモルモット確定だとか、実際に赤ん坊の頃に誘拐されかけたとか。

 なので、人前では同じように見えない力を操るギフト、念動力(サイコキネシス)ということにしているのだ。

 こちらも珍しい能力ではあるが何人も発現している前例があるし、そもそも隣に住む明乃もこの能力だし問題はないだろう。

 

(もっと強くなりたい。今度こそ、途中で諦めたりなんかしない)

 

 目を閉じて腕を組み、床から10cmほどの高さで浮いた状態のまま緋乃は考えを巡らせる。

 身体は小さくて貧弱。しかしそれを補って余りある、膨大な気にギフトという二つの力。

 この力があれば、前世では諦めてしまった最強という名の頂に手をかけることも夢ではないかもしれない。いや、絶対になってみせる。

 

(そう、今度こそ……。今度こそ、私はこの世界の頂点に立つ!)

 

 現在の格闘界はギフトの有り無しで階級が分かれているが、炎やら氷やら電撃やら派手に超能力が飛び交うギフトありの階級の方が圧倒的に人気であり──そして強いという認識だ。

 これは強力なギフトを持つ緋乃にとって、とても都合がいい。

 

「ふぁ……。そろそろ寝ないと……」

 

 そう考えを巡らせているうちに、いい感じに眠気が戻ってきたのを感じた緋乃は思考を打ち切るとギフトを解除して床に降り立つ。

 壁に掛けられた時計を見ると、時刻は深夜1時20分。朝7時には起きて学校へ行く準備をしなければいけないので、いい加減に寝ないとマズい。

 

「てりゃりゃ……。うん、これでよし。おやすみなさい……」

 

 ベッドに戻った緋乃は布団をかけ直すと、布団の中で足をパタパタしてポジションを整えた後に目を閉じる。

 まだ幼い緋乃の身体は睡眠を求めていたのだろう。ベッドからはすぐに小さな寝息が上がり、部屋は再び静まり返るのであった。




三人称小説は初めてなので、至らないところばかりだと思います。
どうか生暖かい目でお付き合い頂ければ嬉しいです。
あと感想とかくれたらと超嬉しいです、小躍りして喜びます(感想乞食)

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