目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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十話 必殺技の練習

 日曜日の午前中。周囲に人気のない河川敷にて、二人の少女の姿があった。一人は赤い髪の少女、明乃。もう一人は長い黒髪をツインテールに纏めた少女、緋乃。

 二人とも動きやすいように、また汚れてもいいようにということだろう。その姿はいつもの私服ではなく、学校指定のジャージとハーフパンツを着ており、靴もスニーカーだ。

 

「いっくよー、緋乃!」

「おっけー。いつでもいいよ」

「そりゃあ!」

 

 明乃が声を上げながら、成人男性の姿と重量を模した白い人形を緋乃へ向かって山なりの軌道を描くように投げつける。

 緋乃はその投げつけられた人形を、構えを取ることなく待ち構える。

 彼我の距離がぐんぐんと縮まり、緋乃に人形がぶつかると思ったその次の瞬間。緋乃は物凄い速度で右脚を天高く突き出した。

 

「ふっ!」

 

 周囲にズドンという音と衝撃を響かせて緋乃の足裏が人形の腹部へめり込み、その勢いのまま人形を右脚で天高く掲げて磔にする。

 緋乃はそのまま数秒ほどその姿勢を保つと、素早く足を引っ込めて人形を開放。どさりと音をたてて地面に転がる人形を見て満足げに息を吐いた。

 

「うん、形になってきた。どう? 今のカッコよかった?」

「うーん、見た感じ派手でいいんじゃない? 技をかける速度もかなり速くなってきたし、これで飛び掛かってきた相手をズドンと迎撃できたらかなり盛り上がりそう」

「ふふ、頑張った。やっぱり派手な技で盛り上げてこそだよね」

 

 明乃からの賞賛を受け、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべながら小さくガッツポーズをする緋乃。

 二人は現在、試合を盛り上げるための派手な必殺技のトレーニング中であった。

 もっとも、必殺技を欲しがったのは緋乃だけであり、明乃は緋乃のトレーニングを手伝ってあげているだけなのだが。

 

「完成形は脚で持ち上げた相手に気を送り込んで起爆だっけ? もうそっちやっちゃう?」

 

 明乃は緋乃の前に転がっている人形へ手を向けると、掴み上げて自分の手元へ持ってくるような仕草をする。

 するとその手の動きに連動して独りでに人形が持ち上がり、明乃の目の前まで移動する。明乃が自身のギフトである念動力で人形を回収したのだ。

 

「ん……。もう少し何回か技をかける練習してから、そのあとに完成形の練習をしたいんだけど、いい?」

「おっけー。じゃあ投げるわよー。そーれっ!」

「……せいっ!」

 

 人差し指を唇に当て、少々申し訳なさそうな表情を浮かべながら明乃へ手伝いをお願いをする緋乃。

 明乃は軽い調子で緋乃のそのお願いを聞き入れると、目の前で浮遊する人形をつかみ取り、再び緋乃へ向かって掛け声を上げてから放り投げる。

 そうして始まるのは先ほどの光景の焼き直し。緋乃は人形をギリギリまで引き付けるとふたたび脚を天高く掲げて人形を磔にし、その後地面へどさりと降ろす。その人形を明乃がまた念動力で回収し……。

 緋乃が技の初動について満足すると、今度は脚で掲げた人形へと気を送り込み、爆発させる特訓へと移行した。

 

「はああぁぁぁ!」

「お、今の爆発はいい感じね!」

 

 手ではなく足から気を放出し、さらにそれを爆発させるという行為は相当に難易度も高く、気の扱いに秀でる緋乃でも最初は上手くいかなかった。

 しかし、何度も繰り返すうちに、徐々に爆発の規模が向上していき──最終的に、素手で相手を掴んだ時と同等の爆発を引き起こせるようにるまで、緋乃の特訓は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このマネキン便利ねー。どんなに雑に扱っても壊れないし、緋乃の爆破にも耐えるし。これって緋乃のお母さんが仕入れたんでしょ? どこで買ったんだろ?」

「ん……。格闘技の練習用具作ってる知り合いから貰ったとしか聞いてない……」

 

 

 栄養補給と休憩の為、並んで河川敷に座りながら持参した弁当を食べ、食べ終わった後はそのまま川の流れを眺めていた明乃と緋乃。

 緋乃の引き起こした爆発をあれだけ受けても破損一つない人形を見て、明乃が感心したような声を漏らす。

 明乃の横に座る緋乃は技の練習で大量の気を使ったため、少々辛そうな表情をしている。生命エネルギーである気は、使えば使うだけ体力を消耗するからだ。

 

「調子に乗ってドカンドカンやるからよ。でも大丈夫? 辛いならおぶってあげよっか?」

 

 緋乃を心配しつつ、言外に帰宅を促す明乃。そんな明乃に対し、緋乃はその顔にぎこちなく笑みの表情を浮かべると立ち上がった。

 

「いや、だいじょうぶ。まだいける。爆破はもう使えないけど、動きを体に染み込ませるくらいなら問題ない」

「いや緋乃あんたねぇ、そんな顔色で……。あーもう、本当にしょうがないわね……」

 

 明乃は明らかに不調である緋乃を心配する表情を浮かべるも、止めたところでこの親友は聞かないし、下手に連れ帰って拗ねられても困るし、とでも考えたのだろう。

 頭をがしがしと掻いて不機嫌そうな声を出すと、自身も立ち上がる。

 

「わかったわ、最後までつきあったげる。でも明日は学校なんだし、そこんとこ気をつけなさいよね。倒れたら放って帰るんだから」

 

「あいあいさー……」

 

 ビシッ、と効果音を口に出して敬礼を行う緋乃を見て、明乃がため息を吐く。

 明乃は口では放って帰ると言っているものの、実際に緋乃が気を使いすぎて気絶した場合、面倒見のいい明乃はなんだかんだ適当に理由をつけて緋乃を背負って帰るだろう。

 緋乃もそれを理解しているからこそ、明乃に迷惑をかけないためにセーブするのだが。

 

(まったく、明乃は心配性だね。わたしは大人なんだから、ギリギリのラインぐらい見極められるのに)

 

 

「で、次は何の特訓するの? あんまり無茶なのは手伝わないわよ?」

 

 向かい合う緋乃の青い瞳を見つめながら問いを飛ばす明乃。

 明乃の問いを受け、緋乃は人差し指を立てて得意げな表情を浮かべながら次に行う予定だった特訓を告げる。

 

「次はコンビネーション攻撃の練習かな。ジャブからのストレートとか、打ち下ろしからのアッパーとか、そんな感じのあれ」

「連続攻撃ね。つまり組手の相手か、いいわよ。でもどんな連携組むの?」

「ん゛っ。ん~っとね……ん~と……」

「……考えてなかったのね」

 

 何の特訓を行うかは考えていたが、その内容までは考えていなかった緋乃。明乃の追及を受け、あっけなく撃沈した緋乃は頭を必死に捻り、回答を導き出そうとする。

 そんな様子の緋乃を見て、明乃は呆れた様子でため息を吐く。

 

「しょうがないわねぇ。せっかくだし、あたしも考えたげる。どんな攻撃にしたいの? ガードを固める相手対策とか、よろけた相手への追撃とか、コンセプトが色々あるでしょ?」

「派手なやつ。出したらうおおー! 必殺コンボだあーって観客が盛り上がる感じのすごいやつ」

「はいはい、派手ね。で、他には?」

「……? うん、とにかく派手な感じで」

「だから迎撃とか追撃とかコンセプトを言えっての!」

「ひふぁい」

 

 自身の発言を理解せず、たわけたことを言う緋乃に対し、思わず手が出てしまう明乃。

 明乃は緋乃のその柔らかいほっぺをつまみ上げ、しばらくの間むにむにと上下左右に伸ばしてその感触を楽しみ、もとい制裁を加えていたのだが、緋乃が涙目になってきたので開放することに。

 

「ひどい、もうお嫁にいけない。よよよ」

「はいはい。で、コンセプト決まった? 派手ってのはもう聞いたわよ」

「は……うん、体勢を崩した相手への必殺技って感じでいきたい」

 

「今派手って言おうとしたでしょ。また派手って言おうとしたでしょこのポンコツ娘。……まあいいわ、なら威力重視ってことね。緋乃は蹴りが得意だし、蹴り主体の連携技がいいわね。んでまあ、派手ってんなら〆にはどかーんと爆発を叩き込みたいわね」

「おおー」

「感心してないであんたも考えんのよ。自分の必殺技なんでしょ?」

「ん」

 

 明乃と緋乃、二人で見栄えを重視しつつ、それでいて実用性のある連続攻撃を考える。

 しばらくの間二人は案を出し合い、緋乃がその案に従い実際に体を動かし、明乃が離れて観察を行い見栄えを確認。

 これを繰り返した結果、およそ30分後にどのような連続攻撃を行うかが決定した。

 

「後ろ回し蹴りで相手をカチ上げて、右掌底で追撃して〆に爆破。うーん派手派手。わたし満足」

「派手にこだわりすぎて決めるシーン少なすぎじゃない? 後ろ回し蹴りスタートって隙だらけ過ぎるし、ロマン全振りすぎるでしょ」

「ま、まあ……これが決まったら勝ちってやつだし。フィニッシュブローみたいなもんだし」

「緋乃がそれでいいなら別にいいけどね。じゃ、練習しますか……といきたいところだけど、いくらあたしでも流石にカチ上げられるのは無理だし、この人形使うわよ?」

 

 明乃は地面に落ちていた人形へ目線を向けると手を動かし、それに同期する形で発動した念動力で人形を拾い上げる。

 人形を念動力で人間のように立たせ、吹き飛び具合を人間のように調整することで鍛錬の的にしてくれるというのだろう。

 明乃の意図を察した緋乃は微笑みながらそれに頷き、明乃に対し感謝の意を述べる。

 

「ん、それで十分だよ。ありがとう」

「よし、じゃあいつでもいいわよー」

「じゃあいくよ……!」

 

 明乃の合図を受け、緋乃は一度軽くバックステップして人形から5mほど距離を取る。

 その後緋乃は軽く目を閉じたあとに深呼吸を行うことで精神を切り替え、カっと目を見開いた次の瞬間、勢いよく人形の懐へ飛び込むと同時に体を捻り、人形を盛大に蹴り上げた──。

 

「あっ」

「あっ、駄目ねこれ」

 

 人形は空高く盛大に吹き飛び、追撃もクソもない高さを飛ぶ。試合なら間違いなく天井に叩きつけられるか、場外間違いなしだ。

 どちらにしろ盛大なリングアウトであり、これでは回し蹴りを叩き込んだ時点で緋乃の勝利である。二人で考えた連携も何もなかった。

 派手な必殺技には違いないが、求めていたものとは全然違うと緋乃がショックを受ける中、明乃はサッと手を動かして念動力を発動。

 今だ空中を舞う人形を手早く回収し、緋乃の前へと舞い戻らせた。

 

「うーん、これ実行するならアレね。初撃をガードされてあまり吹っ飛ばなかったって想定でやんなきゃ駄目ね。ものすごい限定的な技になっちゃうけど……どうする?」

「う、うん……。せっかくだし、記念に一回だけやっとく……。いい感じに吹き飛び調整お願いしていい……?」

「まあそう落ち込まないの。もしかしたらいつか役に立つかもしれないし」

「そうだね……。ばいばい、私のネオ必殺技。さようなら、ツインアサルト……」

「もう名前つけてたんかい」

 

 その後、明乃の念動力による見事な吹き飛びコントロールを受け、無事に緋乃の新必殺技(失敗)が炸裂──気の残量不足により爆発はさせなかったが──し、なんだかんだで綺麗に技が決まったことから緋乃の機嫌もある程度戻った。

 それを見て、やっぱりちょろいなコイツとでも言わんばかりに明乃は苦笑していたが、当の緋乃は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、新世代格闘……新世代格闘……あった、これだね」

 

 時刻は夜。あれから鍛錬を終え、自宅に戻ってきた緋乃は食事と風呂、翌日の学校の準備を終えると、パジャマ姿で自室のパソコンでとある格闘大会について検索していた。

 土曜日に三人で遊びに出かけた際に知った、夏の格闘大会における年齢制限の引き下げ。当然ながら緋乃にこのチャンスを見逃すつもりはなく、その参加条件や参加方法を確認する為にネットを開いたのだ。

 

「武器及びギフトの使用は不可。元は高校生以上が対象なのにギフト駄目なんだ。なんでだろ……。気は使ってよし。募集期限は月末……。まだもうちょっと先、か」

 

 カレンダーと大会の公式サイトを見比べ、募集の締め切りまでに一週間以上の猶予があることを確認した緋乃は安堵の息をつく。

 しかし大会の本戦及び決勝戦が行われる会場を見ると表情は一転。渋い顔をしつつ、ため息を吐いた。

 

(決勝の会場はお隣の県か……)

 

 緋乃の頭に思い出されるは土曜日の帰り際、理奈と別れる際に言われた一言。

 

『緋乃ちゃん、明乃ちゃん。改めて言わせてもらうけどさ、しばらくの間は勝陽市(ここ)から出ないで欲しいなって……』

 

 緋乃と明乃は理奈から魔法を悪用して何かを企む悪い魔法使いの連中から緋乃を守る為、ゴタゴタが終わるまでは自分たちの領域(テリトリー)であるこの市から出ないで欲しいと言われてしまったのである。

 市内であれば自分たちが即駆け付けられるし、この勝陽市全域が水城家にとって有利なフィールドであるため極めて安全なのだが、市外になってしまうとどうしても対応が一歩遅れてしまうかららしい。

 

 緋乃になにかあったことを感知して駆け付けるも、その時には既に緋乃は攫われてどこかに連れ去られた後でした、ということが絶対に起こらないとは言えないので、しばらくは大人しくしていて欲しいと理奈に頼まれたのだ。

 

(理由はわかるけどなぁ……。でも大会出たい……というか、このままじゃ夏の中学生大会にも出れないじゃん……)

 

 パソコンの前で頭を抱え、椅子に座ったまま足をパタパタさせる緋乃。

 そんな緋乃の目に、壁の洋服掛けに掛けられた、前日に理奈から貰ったばかりの精神操作対策のアミュレットが映った。

 

「うーん……。ワンチャン賭けて理奈に頼んでみる……?」




リーサル・インパクトは格ゲー史上最高に格好いい技。

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