目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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十六話 明乃との組手

「いやー。あたしのワガママにつき合わせちゃって悪いわね、緋乃」

「ん。別にいいよ、大丈夫」

「二人とも、怪我とかしない程度にね! 特に緋乃ちゃんはもうすぐ試合なんだから、絶対に怪我したりしちゃ駄目なんだからね!」

「だいじょーぶだって。あたしと緋乃はしょっちゅう手合わせしてるんだから」

「軽く合わせるだけだから、安全だよ」

 

 ベンチからほんの少し、10m程離れた位置にて向かい合う明乃と緋乃。

 理奈はそんな二人から少し離れた位置に立ち、心配した様子で二人へと忠告をするが、二人ともリラックスした様子でその言葉を受け流す。

 

「うう……。それじゃあ、はじめ!」

「しっ……!」

「ふっ……!」

 

 渋々といった様子で理奈が手合わせ開始の宣言をすると、明乃と緋乃はお互いに気を纏って前方へ突進。

 緋乃は突進の勢いのまま回し蹴りを、明乃は緋乃の脚に合わせるように右拳を振るい……二人の脚と拳が激突。パァンという空気が弾ける音が周囲へと響き渡り、その際に発生した衝撃波で木々が騒めき、芝が揺れる。

 明乃と緋乃は互いにバックステップを行って距離を取ると、顔を見合わせてニヤリと笑う。

 

「それじゃあ行くわよ緋乃。熱くなり過ぎないよう注意ね」

「わかってる」

 

 緋乃は言葉を発し終えると同時に再び明乃へと踏み込み、加減してミドルキックを放つ。今回は本気の闘いではなくただの組手なので、あえてガードしやすい位置を狙ったのだ。

 しかし、手加減した蹴りとはいえどもその速度はかなりのものであり、午前中の試合で放たれた蹴りに匹敵するほどの速度だ。

 

「ほいっと。お返し!」

 

 明乃は涼しい顔をしてその蹴りを片腕で受け止めると、緋乃にお返しと言わんばかりの中段蹴りを返してくる。

 こちらの蹴りもかなりの速度であり、緋乃が放ったものと遜色のないレベルだ。

 

「むっ」

「どんどん行くわよー!」

 

 明乃と同じように、腕で蹴りを受け止めた緋乃。そんな緋乃に対し、明乃が連続攻撃を繰り出す。拳、拳、蹴り、拳、蹴り、拳、拳。

 次々と繰り出される明乃の攻撃に対し、緋乃も合わせるように攻撃を繰り出して迎撃する。中空で何度もぶつかり合う拳と脚。

 炸裂音が何度も響き渡り、周囲に潜んでいた鳩やカラスが飛んで逃げ、そしてその炸裂音を聞きつけた人間が寄ってくる。

 

「おっ、なんだなんだ?」

「喧嘩か? うわっ、なにあれ。二人ともめっちゃ可愛いじゃん」

「お、美少女同士の喧嘩だって? 動画動画」

「おっほー、これは目の保養になりますぞぉ」

 

(うわぁ……、なんかどんどん人集まってきちゃった……。でもしょうがないよね、あんな凄い音パンパンさせたら注目集めるに決まってるし。うーん、そろそろ止めさせた方がいいのかな?)

 

 二人の組手の影響が、理奈の使っていた視線除けの魔法の効果を超えたのだ。

 元々、あくまで相手の視線をなんとなく寄せ付けない程度の魔法であり、そこまで大した効果の魔法ではないのだからこの結果も当然だろう。

 組手ということでお互いに手加減をしていたからか。明乃と緋乃も少しづつ周囲に人が増えてきたことを察知すると、見合わせたように同時にバックステップを行って距離を取る。

 

「ふう、そろそろ終わりにしよっか。万が一でも騒ぎになったら困るし」

「だね。人増えてきちゃったし」

「じゃあ、次でラストね。気持ちよくデカいので〆ましょっか」

「おっけー」

 

 互いに手を休め、次の一撃を最後にすることを確認し合った明乃と緋乃。二人の纏う気が膨れ上がり、互いの肉体を包む光がより一層強くなる。それを見て、二人の組手を遠巻きに見守っていた野次馬たちも息をのむ。

 

「いくわよ!」

「ん!」

 

 明乃の宣言に緋乃が返すと同時に、これまで以上のスピードで踏み込む二人。その速度は、もはや常人では目で追えない程の領域に到達している。

 互いに超高速で接近した二人は、同時にその脚を振り上げ──脚と脚がXの字を描くようにぶつかり合い──これまでとは比べ物にならないレベルの爆音が響き渡った。

 

「うおおお、なんだ!?」

「ひええ!」

「爆発!?」

「なんだ、事故か?」

 

 一般人からすると、二人の少女が大技を打ち合うのは予測できても、その破壊力までは予想外だったのだろう。

 予想をはるかに超える爆音に対し、目の前の少女たちこそがその発生源であるとは認められず、事故かテロでも起きたのかと周囲をきょろきょろと見回す野次馬たち。

 周囲がざわめいているその隙に、明乃と緋乃は動いた。

 

「いよっし、満足! さあ、さっさと逃げるわよ~!」

「理奈、じっとしててね」

「え、え? うひぃ!? ひ、緋乃ちゃん!?」

 

 明乃は野次馬たちの反対方向、運動公園に設置された大会予選会場側へ向かって猛スピードで駆け抜ける。

 緋乃は理奈の元までダッシュで戻ると、素早く理奈をお姫様抱っこの形に抱きかかえて、既に走り去った明乃を追いかける。

 瞬時の判断力と対応力に優れる明乃が先導して、人の少なく姿を隠せる道を選び取り、スピードに優れる緋乃がそれを追いかける逃走のコンビネーションだ。

 三人の少女たちの姿はあっという間に見えなくなり、その場には、嵐のように去っていった少女たちにぽかんとする野次馬たちが残された。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いっやー、ちょいとはしゃぎ過ぎちゃったわね! あっはっはっは!」

「うん。まさかあそこまで目立つとは……」

「いやいや、あんなにパンパンとデカい音させたら目立つに決まってるでしょ! 二人とももうちょっと手加減しなよ!」

 

 野次馬を振り切り、予選会場へと戻ってきた三人。陽気に笑いながら反省の意を述べる明乃とそれに同調する緋乃に対し、理奈が容赦なく突っ込みを入れる。

 しかし、理奈に突っ込まれても主犯の二人はへらへらと笑うばかりで全く効いた様子を見せない。それを見て、あーもうと頭を抱える理奈であった。

 

「まったくもうー。喧嘩とかと勘違いされてケーサツとか来たら、時間取られて大変なんだからね。緋乃ちゃんとか、試合に間に合わなくなって失格になってたかもしれないんだよ」

「げ、それは困るわね……」

「困る。とても困る」

「だったら時と場所を選ぶこと!」

「はーい……」

 

 緋乃の試合を引き合いに出され、ようやくマトモな反省の意を示す明乃と緋乃。

 それを見て理奈も溜飲を下げたのか、つりあがっていた眉が元に戻る。

 

「にしても、明乃ちゃんも凄いんだね。緋乃ちゃんとやり合えるぐらい強いとは聞いてたけど……」

「まあねー。緋乃の特訓相手って大体あたしだったし、付き合ってるうちに自然とね」

「明乃はすごいよ。ちょっと教えたら気の扱いもあっという間に身に着けちゃったし、ギフト込みならわたしとほぼ互角だもん」

「そうは聞いていたけど、正直、緋乃ちゃんの身内評価だと思ってたよ……。緋乃ちゃんの評価ってかなりガバガバだし……」

「怒るよ?」

 

 ふふーんと得意気にふんぞり返る明乃と、そんな明乃を褒める緋乃。そんな明乃を見て、理奈が感心した声を上げる。

 

「いやいや、それは緋乃が手加減してくれるからだよ。本気の緋乃は流石に無理」

「まあそうだよね。緋乃ちゃんって知り合いには優しいし」

「そんなことないと思うけど……」

「本気の緋乃は急所攻撃とか部位破壊とか平気で狙ってくるからね。正直なとこ、脳と心臓さえ動いていれば後はなにしたって問題ないとか思ってるでしょ」

「ん? 問題ないでしょ? どうせ治るんだし……」

「…………」

「…………」

「え、なんで黙るの。こわい」

 

 三人が話し合っていると、公園に備え付けられたスピーカーからジジジとという音が聞こえてきた。古いスピーカー特有の、起動直後に鳴る音だ。

 その音を聞き、三人だけではなく周囲にいる大勢の人間も話を一斉に話をやめる。

 

『お待たせしました。これより全日本新世代格闘家選手権予選、午後の部を開始いたします。試合に参加する選手は所定の場所への集合をお願いいたします。繰り返します。これより全日本……』

 

「始まったわね。頑張ってね、緋乃」

「緋乃ちゃん、ファイトだよ!」

「ん。がんばる」

 

 明乃と理奈からの応援を受け、微笑む緋乃。三人はそのまま、緋乃の予選会場であるBブロックへと移動するのだった。


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