目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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十七話 Bブロック予選準決勝

『さあBブロック予選準決勝第二試合! 大川剛二選手対不知火緋乃選手、まもなく開始です!』

 

「キャー! 緋乃ちゃん頑張ってー! 頑張れー!」

「頑張れチビ助ー!」

「緋乃ちゃーん! あ、こっち見た! 可愛いー!」

「照れててカワイイー! ガンバレー!」

 

 リングへと姿を現した緋乃に対し、黄色い声援が乱れ飛ぶ。既に前世の記憶の大半を忘れてしまった緋乃にとって、これだけの声援を受けるのは初めての経験だ。

 

 声援を受けた緋乃は目を丸くして驚いていたが、すぐ我に返ると慌てた様子で観客へとはにかみながら手を振った。

 頬を染め、照れくさそうに手を振るその姿を見て、観客たちがより一層盛り上がる。

 

『先の予選第一試合で見せた雄姿の影響か!? リングに咲く可憐なる花、緋乃選手! 一気にファンを増やしたようです! やや女性ファンが多めか! 声援を受けて照れています! 年相応の可愛らしい姿だ! しかし見た目に騙されてはいけません! その可愛らしい見た目に反し、かなりのパワーの持ち主です!』

 

 緋乃が声援に照れている間。その反対側からは裸足に柔道着姿の、筋骨隆々の大男が登場する。

 その身長は180cm以上はあるだろうか。せいぜい150cm程度の身長しかない緋乃から見ると、まさに巨人だ。

 

「うおおお剛二ー! 剛二ー!」

「寝技だー! 寝技でいけー!」

「チクショー、羨ましいぞコノヤロー!」

「緋乃ちゃんに怪我させたらぶっ殺すからなー!」

 

『声援なら剛二選手も負けていない! 駆け付けた大学の友人や道場の仲間たちが熱いエールを送る! 皆様ご存じ、全日本学生柔道選手権優勝者! パワー、テクニック、スピード! 全てがハイレベル! 予選では豪快な背負い投げによるKOを決めてくれました剛二選手ですが、この試合でも魅せてくれるのでしょうか!?』

 

「ふむ。できれば、君のような可愛い子と闘いたくはないのだがな」

「む。わたし、こう見えて強いから。舐めてると怪我するよ?」

「ははは、知ってるさ。なにせ、あの一也を倒した相手だからな。悪いが油断はせん」

「ん、当然。手を抜いた相手を自慢にならないからね」

「フフフ、言うじゃないか」

 

 リング中央で向かい合い、軽口を飛ばし合う剛二と緋乃。しかしその目はお互いに笑っておらず、真剣な表情だ。

 静かに闘志を高めていく二人を見て、観客席にも緊張した空気が流れていく。そして、そんな空気を引き裂くかのように試合開始のゴングが鳴り響く。

 

『さあ試合開始のゴングが鳴りました! 両者、リング中央にて睨み合い!』

 

(……この人。結構やる。いいね、ワクワクしてきた)

 

 その音を聞くやいなや、緋乃と剛二はほぼ同時に気を練り上げてその身に纏う。

 その手際と、纏っている気の量を見て、目の前の男がこれまでの相手とは少々違うことを悟った緋乃。表情こそ変えないが、その内心では久々に出会えた強者に心が躍っている。

 

「……行くよ」

「いいだろう、来い!」

「……ふっ!」

 

 先に動いたのは緋乃だ。素早く踏み込むと同時に右足へと気を集中させ、その勢いのままローキックを繰り出した。

 スピード、破壊力。どちらを取っても午前中に行われた一也戦の比ではない。一般人や未熟な格闘家が相手ならば確実に骨をへし折り粉砕し、一般的な格闘家が相手なら罅くらいは入れるであろう一撃。

 しかし、生憎と剛二は並ではない。学生という枠組みの中ではあるが、それでも日本の頂点に立った実力は伊達ではない。

 慌てず騒がず、冷静に狙われた脚を開いて防御態勢を取ると同時に気を集中させ、緋乃の蹴りを受け止める。

 

「ぬぅん!」

「!?」

 

 防がれることなど織り込み済みだと言わんばかりに、左脚へと気を集中させ、追撃を繰り出そうとする緋乃。

 しかし、剛二の方が早かった。素早くその太い右腕を伸ばし、緋乃の胸ぐらを掴まんとする。

 緋乃の体重はその小柄な体躯に相応しく、たったの38kgしかない。筋肉質な大男である剛二にとっては、気を用いずとも簡単に振り回し、放り投げられる程度の重さだ。

 気で足りない筋力を補うことは出来ても、体重まではどうしようもない。

 もし掴まれてしまえば、簡単に投げられて地面へ叩きつけられ、そのまま体重差を利用して圧し潰されたり、寝技などに持ち込まれてしまう危険もある。

 捕まれば一巻の終わりと大慌てで緋乃は攻撃をキャンセルし、必死に体を逸らしてその手を避けようとする。

 

(あぶなかった)

 

『これはーっ! 先に仕掛けたのは緋乃選手! だが剛二選手、その攻撃を軽く受け止めると反撃! 緋乃選手、掴まれまいと必死にかわすー!』

 

 回避はギリギリ成功。剛二の太い指は緋乃の胸をかすめるのみに終わった。冷や汗をかき、内心で安堵の声を漏らす緋乃。

 しかし、攻撃を中断して無理矢理な回避を行ったため、その体勢は大きく崩れてしまっている。当然ながらそのような隙を見逃してくれるほど剛二は甘くない。緋乃のピンチはまだまだ続く。

 

「甘いわ! そらそらぁ!」

「くぅ……!」

 

 距離を取り、崩れた態勢を立て直そうとバックステップを行う緋乃。だがその動きは剛二に読まれており、勢い良く踏み込んできた剛二は緋乃を掴まんと素早く何度も腕を伸ばしてくる。必死に腕を振るいそれを弾く緋乃。

 

『逃げる緋乃選手を追いかける剛二選手! 逃がさない! 緋乃選手追い込まれた! 伸ばされる手を必死に弾くがこれは不味い! 掴まれたら終わりだぞ!』

 

「このゴリラー! 少しは手加減しなさーい!」

「緋乃ちゃん頑張ってー!」

「うーん、流石にあの体格差は厳しいか……」

「大学生と中学生だしな。油断がなきゃこんなもんだろうよ。大人気ねえな」

 

 実況が緋乃の不利を告げ、それに合わせて観客からも徐々に諦めのムードが流れ出す。確かにあの少女は強かった。年齢の割には異常だと言ってもいい。

 だがいくら天才的な才能を持っていようと、所詮は小さな子供。きちんと鍛錬を積んできた、大の男には敵わない。そのような雰囲気が観客席には漂っていた。

 観客席にて緋乃の闘いを見守る明乃と理奈もその空気を感じ取り、不安そうな顔をした理奈が明乃へと声をかける。

 

「明乃ちゃん、緋乃ちゃん大丈夫かな……!?」

 

 しかし、不安そうな顔をする理奈に対し、明乃は気楽な様子で口を開く。

 

「まあ、何とかなるでしょ。大丈夫、緋乃は強いよ」

「う、うん。そうだよね。緋乃ちゃんはあんな筋肉ダルマになんか負けないよね! 頑張れ緋乃ちゃーん! 頑張れー!」

 

 明乃に励まされ、笑顔を取り戻した理奈は声を張り上げ、手を大きく振って緋乃の応援をする。しかし……。

 

「取ったァ!」

「あっ……!」

 

『掴んだァー! 剛二選手、緋乃選手を捕まえたァー!』

 

 必死の防御も空しく、ついに剛二の手が緋乃を捕らえた。弾き損ねた手で、着ているジャケットの袖を掴まれた緋乃。

 その手を振りほどこうと、緋乃は掴まれた側の手を振り回す。しかし、当然ながらその程度で手を放してくれるわけがない。

 

「この……! 放し……あっ……」

「ふん!」

「かはっ!」

 

『なーげーたー! 剛二選手、片腕で緋乃選手をブン投げたぁ!』

 

「うわああ、やめてー!」

「よっしゃトドメだあー!」

「少しは手加減しなさいよこのクソゴリラー!」

 

 緋乃にこれ以上の抵抗をさせまいと、剛二は掴んだ腕を振り回して緋乃を背中からリングへと叩きつけた。

 その衝撃に思わず息を吐きだし、苦しそうな声を上げる緋乃。それを見て観客たちから悲鳴が次々と上がる。しかし、たかが野次ごときで怯む剛二ではない。顔色一つ変えず、リングへと叩きつけられた衝撃で怯む緋乃を引っ張り上げると、その勢いのまま緋乃を背中に背負いもう一度リング目掛けて叩きつける──。

 

「どおおりゃあああ!」

「んぎゅ!?」

 

 ドゴォンという大きな衝撃と共に、先ほどをはるかに超える勢いでリングへと叩きつけられた緋乃。

 その破壊力は凄まじく、緋乃が叩きつけられた部分がその衝撃で凹んでいるほどだ。

 観客たちも、まさか小さな子供である緋乃相手に剛二がここまでやるとは思っていなかったのであろう。それまでワーワーと騒がしかった観客席が一斉に静まり返る。

 そんな観客達を尻目に、サッと緋乃から離れて油断なく構えを取る剛二。

 

『決まったァー! 決まったぞ剛二選手の背負い投げー! 完全に決まりました! 緋乃選手もよくやりましたが、流石に立てないでしょう!』

 

「…………むう」

「…………」

 

 仰向けに倒れたまま、目を閉じて動かない緋乃。それを見て剛二の勝利を確信したのであろう。実況が声を張り上げ、観客席のどよめきが大きくなってくる。

 しかし肝心の剛二は勝利に喜ぶわけでもなく、倒れた緋乃を心配するわけでもなく、眉をひそめて難しそうな顔をしながら倒れた緋乃をじっと観察していた。

 

「カウント1! 2! 3!」

 

 力任せにリングへとただ叩きつけた先ほどの雑な投げとは違い、今決まったのは全身の力を使っての背負い投げ。これといった抵抗もなく、綺麗に決まった剛二の得意技。

 誰もが剛二の勝利を確信する中──しかしその本人だけは緋乃への警戒を緩めない。

 

「4! 5! 6! 7!」

 

「気のせいか……? いや、しかし……」

「……ふう。よっこいしょ」

 

 カウントが進み、剛二がふと呟きを漏らした直後。

 それまで倒れたまま微動だにしなかった緋乃が、突然その目をぱちりと開いたかと思うと、何事もなかったかのように軽快に起き上がる。

 

『おおっと立った! 緋乃選手立ったー! 何事もないかのように起き上がったぞ! 信じられません! なんという耐久力だァー!』

 

「うおおおおお!? すっげー!」

「マジかよ立つのかよ! しかも全然へっちゃらじゃん! やべー!」

「キャー! 緋乃ちゃんサイコー! 信じてたー!」

 

「大丈夫かい? やれるね?」

「ん。よゆーよゆー。ほら」

 

 平然と起き上がる緋乃の姿を見て、実況と観客が一気に湧き上がる。大歓声だ。

 ワーワー騒がしい観客たちを背に、淀みのない動きでファイティングポースを取り試合続行の意を示す緋乃。それを見て剛二は己の嫌な予感が正しかったことを思い知る。

 

「嫌な予感は当たるものだな。しかも大してダメージを受けてる様子もなし、か……。今のは結構自信あったんだがな……」

「ふふん。いや、今のはすごかったよ。まあ普通の相手なら、あれで決まってたんじゃないかな? でも残念。わたしはちょっと普通じゃないんだよね」

 

 渾身の技を叩き込んだというのに全くダメージを受けた様子がない緋乃を見て、思わずため息を吐く剛二。それに対し緋乃は得意げな表情を浮かべつつ、何の慰めにもならない言葉を吐く。

 

「Fight!」

 

「ふふっ」

「うおおおっ! ……ぬ?」

 

 レフェリーによる試合再開の合図と同時に、緋乃目掛けて剛二が突進する。両腕を広げ、雄叫びを上げながら緋乃へと掴みかかった剛二だが、掴んだと思った瞬間には緋乃の姿はそこになかった。

 

「こっちだよ」

「なにっ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に剛二が大慌てて振り向くと、数mほど離れた位置に緋乃の姿があった。

 腰に片手を当て、目を閉じて。余裕たっぷりのポーズを取りながら、緋乃は剛二へと語りかけてきていた。

 

「馬鹿な……」

「ごめんね、お兄さん。正直わたし、お兄さんのこと舐めてた。まさか、ここまでやるとは思ってなかった」

 

 今までとは段違いのスピードに戦慄する剛二と、そんな剛二の内心を知ってか知らずか、ゆっくりと謝罪の声を上げる緋乃。

 

『な、なんというスピード! なんというスピードだ緋乃選手! まったく目で追えませんでした! まるでテレポートだ!』

 

「むぅ……」

 

 これまでの闘いで手を抜いていたともとれる緋乃の謝罪。それに対し、剛二も言いたいことが一つか二つはあったのだろう。

 しかし、今は圧倒的な速度の差を見せつけられた直後だ。もし緋乃があのまま話しかけてくるのではなく、黙って攻撃する道を選んでいたら。

 無防備な背中にあの圧倒的破壊力の蹴り技を貰い、間違いなく剛二は撃沈していたことであろう。

 そこまで理解してしまったが故に、何も言えずただ唸ることしか出来ない剛二。

 

「だからさ、そのお詫びと言ってはなんだけど──」

 

 ──ちょっとだけ、見せてあげるよ。わたしの本気。

 

 緋乃はそこまで言うと目を開き、剛二と正面から向き合うように体勢を整える。

 その口元からはつい先ほどまで浮かべていた笑みが消え、真剣そのものといった表情だ。

 それを見て、剛二はごくりと唾を飲み込んだ。

 観客たちも緋乃の変化を本能的に感じ取ったのだろう。静かに、緊張した面持ちで緋乃を見守っている。

 そうして周囲の人間たちが固唾を呑んで緋乃を見守る中。ゆらり、と緋乃の周囲の空気が揺らめいた──。次の瞬間。

 緋乃の纏う気の量が、爆発的に増加した。

 

「な!?」

 

『なんということだ……。緋乃選手、切り札か!? 緋乃選手の小さな体を、膨大なエネルギーが包んでおります! 信じられない……。プロと比べても……、いやプロ以上か!? とにかくすごい! すごい気です!』

「す、すげぇ……」

「こんな必殺技を隠し持ってたのか……」

「一也が負けるわけだ……」

 

 これまでの時点で既にプロの格闘家と比べても遜色のないレベルの気を纏っていた緋乃ではあるが、今回緋乃が解放した気の量はそれを遥かに凌駕していた。

 昼間だというのに、はっきりと確認できる気の光。もしもこれが夜間なら、LEDランプのように周囲を明るく照らす緋乃が見れたことだろう。

 緋乃の気の解放を見て、やれ必殺技だ切り札だと騒ぐ周囲の観客や実況たち。

 

「凄まじいな……。なるほど、今まで感じた余裕はコレがあったからか……! だが、しかし! おおおぉぉぉ!」

 

 剛二は膨大な気を惜しげもなく撒き散らす緋乃を睨みつけると、雄叫びを上げるとともに気を一気に練り上げ、その身に纏った。

 互いの纏う気の量の差は歴然であり、例えるのならキャンプファイヤーとロウソクの火ほどの圧倒的な差が存在する。

 しかし、それでも。圧倒的な気の保有量の差を目にしても、剛二は諦めた様子を見せず──それを見た緋乃はニヤリと、犬歯を剥き出しにした狂暴な笑みを浮かべる。

 

「ふふっ。いいね、その目。死んでない。まだわたしに勝つ気でいる」

「当然だ。負ける気で相手に立ち向かう格闘家がどこにいる」

「くふ、ふふふっ、うふふっ! ああうん、そうだね! そうでなくっちゃ!」

 

 圧倒的なスペックの差を見せつけられても、折れることなく立ち向かってくる剛二を見て嬉しそうに笑う緋乃。しかし、その笑みからはいつもの可憐さは微塵も感じ取れない。獲物を叩きのめし、食い千切ろうとせん肉食獣の笑みだ。

 

「随分とご機嫌だな。まあ君のような可愛い女の子に喜んで貰えるなら何よりだ」

「ふふ。褒めても何も出ないよ。……いや、一つだけいいことを教えてあげるよ」

 

 緋乃の顔から笑みが消え、再び真剣な表情に戻る。それを見て、何を言い出すのかと訝しげな表情をする剛二。

 

「次の一撃。わたしは真正面から蹴り飛ばしに行く。大怪我したくないなら、ガードを固めておいた方がいいよ」

「……大きく出たな」

「ガードの上からでもわたしの蹴りはかなり効くよ?」

「だろうな。一般人ならほぼ確実に即死だな」

「うん。まあ、本当は教える気なかったんだけどね。黙って蹴飛ばして病院送りにしてあげるつもりだったけど。いっぱい褒めてくれたからそのお礼にね」

「随分と物騒な礼だ。できれば勝利を譲ってくれる方がありがたいんだが」

「譲って欲しい?」

「冗談。勝利とは、己の手で勝ち取ってこそ!」

「だよね」

 

 剛二の啖呵を聞いた緋乃は満足気に微笑むと、左腕を前に出して半身に構える。

 そして緋乃が構えるとほぼ同時に、剛二も構えを取っていた。

 

『試合もクライマックス! 気を爆発的に増大させた緋乃選手に対し、剛二選手も気を高めましたが、緋乃選手に比べると少々心もとないか! だがしかし、闘いとは気の量で決まるものではありません! ここは何とかしのいで再び自分の流れに持っていきたい剛二せん──』

 

「──!」

 

 実況の男がすべての台詞を言い終わる前に、機先を制さんと緋乃が動く。

 先ほどの宣言通り、小細工も何もなく真正面から突進する単純な動き。だがしかし、その速度が尋常ではなかった。

 

「!?」

 

 剛二がその一撃を防げたのは、事前に緋乃が攻撃を宣言していたからに他ならないだろう。

 事前に攻撃する方向を聞いていたから、事前に攻撃手段を聞いていたから、とっさに両腕を割り込ませることが出来た。それだけだ。

 もし緋乃が気まぐれを起こさなかったら。もし緋乃の宣言が無かったら。剛二は何の抵抗も出来ずに蹴り飛ばされて、瀕死の重傷を負っていたことだろう。

 まあ、もっとも。ガードが間に合ったところで、本来の実力を開放した緋乃の蹴りを受けて無事で済む筈もないのだが。

 

「げぼふぁ!?」

 

 体の前面で腕をクロスさせ、緋乃の蹴りをガードした剛二。だがしかし、そんなものなど関係ないとばかりに剛二の両腕を粉砕し、緋乃の脚は振り抜かれる。

 悲鳴を上げ、まるで交通事故にでもあったのかのように後方へと物凄い勢いで吹き飛ばされる剛二。

 リング上に張られていたロープを突き破り、観客席の間に存在する剥き出しの地面へと叩きつけられ、そのままバウンドした後ゴロゴロと遠ざかっていく。

 

『…………あ。きょ、強烈ー! 緋乃選手の超強烈な蹴りが炸裂ゥー! というか救急班―!』

 

「救急車だ、救急車呼べ!」

「誰か治癒のギフテッド連れてこい! 急げ!」

 

「お、オイ……。あれ冗談抜きに死んだだろ……」

「なんだよ今の……。交通事故でもあんな吹き飛ばねーぞ……」

「人って飛ぶんだな……。俺、一つ賢くなっちまったぜ……」

「ひ、緋乃ちゃんって随分とアグレッシブなのね……」

「あの細い身体でこのパワーか……」

 

 あまりの衝撃に十秒ほどの間、完全に硬直していた実況と観客たちが我に返る。

 実況や観客からすれば、剛二と距離を置いて構えていた筈の緋乃が、何の前触れもなく消えたかと思うと──いつの間にか前方へ大きく移動してその脚を振り上げており、剛二が吹き飛んでいたのだ。その驚愕も仕方のないものだろう。

 

「うーん」

 

 大会運営に関わる者たちの大声と、観客たちのざわめきでうるさくなるリング上。一人首をかしげる緋乃がいた。

 

「手加減って難しいね……。ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 


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