「それじゃあ、緋乃の予選1日目の活躍を祝ってカンパーイ!」
「かんぱーい」
カチャンと小さな音を立てて、明乃の持つコップと緋乃の持つコップがぶつかり合う。
コップの中にはなみなみとお茶が注がれており、乾杯を終えた二人は同時にコップへと口をつけてその中身を飲む。
時刻は夜の21時。緋乃の自室にて、パジャマ姿の明乃と緋乃が語り合う姿があった。
風呂上がりなので二人の髪はうっすらと湿っており、緋乃もいつものツインテールを解いて、その腰ほどまである長い髪を無造作に流している。
「ぷはー! いやー、緋乃の家にお泊りするのもなんか久々ねー」
「そうだね……別に遠慮しなくても、明乃ならいつでも来ていいんだよ?」
家が隣同士ということもあり、明乃は小学校時代は週末になるとほぼ必ず、緋乃の家へとお邪魔して眠くなるまで一緒に遊び、眠くなったら同じベッドで眠りについていたのだ。
それなのに急に二週間も明乃が泊まりに来なくなるだなんて、異常事態と言っても過言ではないだろう。
明乃から言われたことにより、その事実に気づいた緋乃。
今までは別に気にしていなかったというのに、いざ気付くと急に寂しく感じるのは人間の性というものだろうか。
その目に不安そうな色をたたえ、自分より背の高い明乃を見上げながら、もっと泊まりに来て欲しいと遠回しに明乃へと要求する緋乃であった。
「ゴメン、ちょっと待って。その顔やめて。その顔でお泊まり要求とか、なんか開いちゃいけない扉を開きそうになるからマジで」
「?」
「きょとんと首を傾げるな! ええい無駄に可愛いなチクショウ!」
「わたしはいつでも可愛いよ? 強くて可愛いスーパーガール、緋乃ちゃんです」
両手の人差し指を口元に当て、にぱーと笑みを浮かべながら自画自賛をする緋乃。そして、そんな緋乃を見て頭をガリガリとかく明乃。
「ハァ~」
「どうしたの? ため息なんてついて」
大きくため息をつきながら、自分のコップへとペットボトルからお茶を注ぐ明乃。まさかそのため息の原因が自分だとはつゆにも思わず、原因を聞いてくる緋乃の姿を見て明乃の額に青筋が浮かんだ。
「ふ、ふふふ。なんでもないわよ緋乃。それにしても緋乃ってあれよね。最初に出会ったときはもっと賢くて大人びてた気がするんだけど、なんか年を取るたびにどんどん子供っぽくなってきてるわよね」
「む。わたしは──」
「はいはい、大人ならすぐムキにならない。全く。昔の緋乃はもっと目つきも鋭かったし、なんか知的な雰囲気がして格好良かったのに。いつの間にやらずいぶんと可愛らしくなっちゃって……」
「照れる。えへへ……」
「褒めてない褒めてない。いや、これって褒めてるのかしら……?」
明乃は知らないことなので無理はないが、緋乃の中にはかつて世界一の格闘家を目指していた男の記憶が眠っている。
物心ついたばかりのときはその記憶も色濃く、子供として生きる中でも自然と大人としての立ち振る舞いや気配が漏れ出ていたのを、幼い頃の明乃は子供特有の鋭い感性で察していたのだろう。
しかし、前世への未練などを速攻で切り捨ててしまった緋乃は、かつての記憶を書き留めたりして保存するなどの行為を一切行ってこなかった。
故に年月を重ねるに従い前世の記憶はどんどんと薄れていき、逆にその部分を緋乃本来の性格が埋めていった。
これこそが明乃の感じた違和感。昔は本気で大人っぽかったのに、いつの間にか大人気取りのお子様と化していた緋乃という少女の実態だ。
「そんなことより明乃。ゲームしようよ」
「いいわよー。でも明日も大会なんだから、夜更かしは禁止だからね。11時……。いや、10時半には寝るわよ。いいわね?」
「わかってるわかってる」
緋乃の誘いを受け、共にゲームを楽しむことにした明乃。翌日の大会に響かないよう、早く寝ることを条件とて出すが緋乃は二つ返事でそれを了承。
明乃と一緒に遊べることが嬉しくて仕方ないという様子を隠そうともせず、ニコニコと笑顔を浮かべながらゲーム機の準備をする緋乃を見て、明乃の顔からも思わず笑みがこぼれた。
「ふふ、じゃあまずはこれからやろっか。いでよ、マイフェイバリットゲーム」
「E〇Fね。おっけー任せなさい。……そういえば緋乃って虫は死ぬほど嫌いなくせに、このゲームはいいのね」
明乃は緋乃が取り出した、地球を侵略しに来た異星人の手先である巨大な昆虫や怪獣を銃火器で退治するゲームを見て、ふと呟いた。
「うーん……。いやまあ確かにゾクっとするシーンは多々あるけど、ゲームだし。実在するわけじゃないからまあ許せるかなって……」
「ふーん、なるほどね。ところで、どの面からスタートするの?」
緋乃から理由を聞いた明乃は、一応の納得を示すとゲームの攻略について話題を変える。
このまま下手に追求して緋乃の虫嫌いが進化し、ゲームの虫もダメになりましたとなる事態を恐れたというのもある。
「実はDLCの面がクリアできなくてね……」
「マジかー、あたしDLC面は初見なのよね」
「へえ、じゃあソロで初見プレイいっちゃう? わたしは明乃の死にっぷりを見れれば満足だから」
挑発的な笑みを浮かべながら明乃を見やる緋乃に対し、カチンと来たのかその顔を引き攣らせながら明乃が口を開いた。
「ふふふ、言うじゃない。じゃあもしあたしが初見クリア出来ちゃったら緋乃はどうする?」
「くふふ。最高難易度の初見プレイとか、いくら明乃でも無理に決まってるよ。でもそうだね……。もしクリア出来たのなら、わたしにできる範囲内ならなんでもしてあげるよ?」
「……言ったわね? よっしゃあ、見せてやろうじゃない! 女の意地を!」
「よし、じゃあ準備するね」
気合を入れてコントローラーを握りしめる明乃を横目に、黒い笑いを浮かべながら一人用モードを選択し、ステージを選択する緋乃。
表には出さないよう細心の注意を払っているものの、その内心は邪悪な愉悦感で一杯だった。
(ふふふっ。確かに明乃はゲームが上手だけどね。通常面ならともかく、初見殺しや嫌がらせが満載のDLC面を初見プレイとか出来るわけないじゃん。明乃の無様な死にっぷりが楽しみだよ……)
◇
「む~! む~!」
「むふふ……。いいザマねぇ、緋乃」
明乃がゲームに挑戦してから30分後。ベッドの上には万歳をさせられた状態で両手両足を縛られ、アイマスクと猿轡を装着された下着姿の緋乃が転がっていた。
「うふふふふふ。明乃様の腕前を舐めるからこうなるのよ。いやあ、人間本気になれば意外と何とかなるもんね。正直なとこ自分でも驚いてるわ」
「むぉ~! むぐぉ~!」
視界と動きを封じられ、猿轡により声を出すことも封じられた緋乃。そんな緋乃を見下ろすのは、一仕事を終えたとばかりに満足げな表情をした明乃だ。
あれから意地と根性を総動員して、緋乃から提示されたステージを無事クリアした明乃は、驚愕に目を見開く緋乃に対し罰ゲームもといお仕置きの実行を宣言。
勝手知ったる緋乃の部屋を手早く捜索したかと思えば、あっという間に緋乃を剥いてその自由を奪い去ったのだ。
「ふ。まさかこれで終わりだなんて思ってないわよね? こっからがお仕置き本番よ?」
「む゛ぉ゛~! む゛ぉ゛~!」
「こら動くな!」
嗜虐心のたっぷりと込められた明乃の言葉を聞き、身の危険を感じた緋乃が必死に逃れようとその体を動かす。しかしそんな緋乃に対し、逃がさんとばかりに念動力を開放してその動きを封じる明乃。
気を用いればその手足を戒めるロープなど簡単に引き千切れるだろうに、それをしないのは賭けに負けた負い目からか、それとも別の理由か。
「も゛~! も゛~!」
「さあ、お仕置き開始!」
これからされる「お仕置き」の内容を察したのであろう。許しを請うような情けない響きを上げる緋乃だが、当然のごとく明乃はそれを無視。
そのまま動きを封じられ、まな板の上の鯉と化した緋乃の上へと軽快に飛び乗ると、その大きく広げられて無防備な腋へと魔手を伸ばした。
「ほーらこちょこちょこちょ~。ここか? ここがええんか?」
「◎Λ§ΣΦ@Δ!?」
猿轡越しに悲鳴を上げながらビクンビクンと大きく跳ねる緋乃。そんな緋乃を見て、明乃の口元が大きく歪められる。
「あはは、緋乃ってば何言ってるかわかんなーい。日本語喋って~? ふふふ、うふふふふ。人様を舐め腐った罰よ。意識がぶっとぶまでくすぐり倒してあげるから覚悟なさい?」
「¶ΓΘΞΠΨΩ!?」
緋乃のその、無駄毛の一切生えていないすべすべの腋を。お腹を。太ももを。
ある時は素手で、ある時は先ほど緋乃の部屋を捜索した際に用意したのであろう羽ペンで。ひたすらにくすぐり倒していた。
(お願い許して! 調子に乗ってましたごめんなさい!)
明乃によるお仕置きが開始されてからおよそ3分。緋乃の心は完全に粉砕されていた。その身体を激しく何度も跳ねさせながら、内心でただひたすらに明乃への謝罪を繰り返す緋乃。
「あーはっはっはー! たーのしー! でもそろそろ限界っぽい感じね緋乃。ならこれでトドメよ! 必殺のぉ~! サイキックこちょこちょ~!」
「────!?」
念動力を起用に操り、浮遊させた複数の羽ペンを同時に操作して緋乃の弱点を──基本的に緋乃は全身が弱点なのだが、その中でも特に脇の下と脇腹と内ももが特別に弱い──一斉にくすぐり倒す明乃。
これまでとは比べ物にならない圧倒的な笑撃に襲われた緋乃は、まるで地面に打ち上げられた魚のようにその身体を必死に跳ねさせ──。あっさりと、その意識を手放した。