目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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二十二話 予選二日目

「緋乃ちゃん明乃ちゃんおっはよー!」

「おはよー理奈」

「おはよう……」

 

 午前10:20。約束の時間よりも10分早い時間に集合した理奈、明乃、緋乃の三人。

 元気よく手を振り上げ、ご機嫌な挨拶をする理奈に対し苦笑しながらも軽く手を振りながら挨拶を返す明乃と緋乃。

 

「およ? 緋乃ちゃんなんか顔が硬いね。……ははーん、さては緊張してるな? 緋乃ちゃんって繊細だもんねぇ~」

「ああ、うん。それもあるかもね……」

「それも?」

 

 緋乃の返事を聞き、可愛らしく首を傾げる理奈。そんな理奈に対し、緋乃は隣に立つ明乃に対し半目を向けながら口を開いた。

 

「うん。実は昨日の夜、明乃にいじめられて……」

「うふふ。乱れる緋乃も可愛かったわよ」

「乱れるって……。いやまあ確かにそうと言えばそうだけど言い方……」

「え」

 

 困ったような顔を浮かべながら理奈へと愚痴を言う緋乃に対し、口元に手を当てながらニヤニヤとした笑いを浮かべる明乃。

 しかし、それを聞いた瞬間。まるで時間でも止められたかのように理奈の動きと表情が固まる。

 

「ちょっと待って。ちょっと待ってどういうことそれ詳しく。ていうかえ、何? 明乃ちゃん散々自分はノーマルですぅ〜とかほざいといて緋乃ちゃんにあんなことやこんなことしちゃったの!? この泥棒猫ぉ!」

 

 混乱した様子の理奈が、明乃へと恨み言を早口でまくし立てながらその首元へ掴みかかる。

 

「フッ。悪いわね理奈。安心しなさい、式にはちゃんと呼んであげるから!」

「ムッキー!」

 

 明乃がサムズアップをしながら更に煽りの言葉を並び立てれば、理奈は明乃の首元を掴んだ腕を前後に揺らして猛抗議。

 一方、そんな二人の話題の中心になっている緋乃はというと。

 

「ふ、二人とも。見られてる。見られてるから静かに……! ほら、行くよ……!」

 

 黙って立っているだけでも周囲からの注目を集める美少女三人が、キャーキャーと黄色い声を上げて騒いでいるのだ。より一層の好奇の目を集めるのは言うまでもない。

 周囲から向けられる目線に耐え切れなくなった緋乃が羞恥心からその顔を赤くし、大慌てで二人の手を掴んで強制的に駅の中へ連れ込んだのも仕方のないことだろう。

 

「あ、ちょっと待って緋乃! こける、こけちゃう!」

「おわわわわ、緋乃ちゃん速い! 速いって!」

 

 緋乃にぐいぐいと引っ張られ、駅の中へと姿を消してゆく三人。

 そんな三人の少女たちの騒がしい様子の一部始終を見ていた、ジョギング中だと思われるジャージ姿の中年男性がふと呟いた──。

 

「朝からいいものを見させてもらった……。神に感謝だな……」

 

 

 

 

「で、実際のとこはどうなの明乃ちゃん」

「緋乃がなんか賭け仕掛けてきたから、サクっと返り討ちにして、くすぐりの刑に処しました!」

「あーはいはい、いつもの流れねー。緋乃ちゃんもいい加減学習すればいいのに」

「ぐ……! 今回は、今回こそは行けると思ったの! いや、途中まで上手く行ってたんだけどまさかの豪運発動で……!」

「それ前も言ってたよね。いやホント学習しようよ~」

 

 人影もまばらな電車の中。あえて椅子には座らず吊革と手すりに掴まり、ガタンゴトンと揺られながら昨夜の出来事について語る三人。

 明乃により簡潔に纏められたそれを聞いた理奈は、呆れた顔を緋乃へと向ける。

 ここ数年。緋乃は半月に一度は調子に乗って明乃へと賭け事を吹っ掛け、その度に毎回敗北して明乃より様々な「お仕置き」を受けているのだ。いくら緋乃にはとことん甘い理奈とはいえ、流石に呆れを隠せなくなってくるのも仕方あるまい。

 

「むぐぐ……」

「やっぱり緋乃ちゃんってアレだよね」

「ああうん、理奈もそう思う?」

 

 悔しそうに唸る緋乃を眺めながら、明乃と理奈はその顔を見合わせ、小声で話し合う。

 いくら賭けに負けた結果の罰ゲームとはいえ、大した抵抗もせずに毎回律儀にそれを受けて気を失い。そこから目覚めてもちょろっと文句を言うだけですぐ機嫌を戻し、尻尾を振りながらすり寄ってくるその姿はどこからどう見ても──。

 

「うんうん、どう考えても……M(アレ)だよね」

「……なんか、今馬鹿にされた気がする」

「気のせいでしょ」

「気のせいだよ」

 

 普段は鈍いくせに、妙な察しの良さを見せて半目で睨みつけてくる緋乃へとごまかしの言葉を吐いて目を逸らす明乃と理奈。

 そのまま目を合わせない二人へと疑いの眼を向け続ける緋乃であったが、ふと諦めたようにため息を吐いて口を開く。

 

「まあいいや。それより聞いてよ理奈。昨日ね──」

「あれ? すいません、もし違ったら申し訳ないんですが……。もしかして、不知火緋乃さんですか?」

「──へ? あ、うん。そうだよ。わたしが緋乃。えっと……」

 

 緋乃が理奈へと語りかけたその瞬間。同じ車両に乗り合わせていた若い女性が緋乃へと話しかけてきた。

 突然、見知らぬ人間に話しかけられたことできょとんと首を傾げる緋乃。その両隣にいる明乃と理奈もその顔に疑問を浮かべているあたり、二人の知り合いというわけでもなさそうだ。

 戸惑う緋乃たち三人の内心を知ってか知らずか。女性は喜びの表情を浮かべながら自らその正体を明かしだした。

 

「あ、やっぱり! あの、昨日の試合見ました! 凄かったよ! 私、緋乃ちゃんのファンになっちゃいました!」

「あー、なるほどー」

「そういう事ねー」

 

 女性の言葉を聞き、納得したような顔をする明乃と理奈の二人。一方、その言葉を向けられた緋乃はというと。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 恥ずかしそうに頬を染め、女性へとお礼の言葉を返していた。

 

「うっわ~! 遠目で見てても可愛かったけど、近くで見てもすっごく可愛い~! 私、こんなに可愛い女の子見るの初めて……! ねね、写真一枚いいかな? 一枚だけでいいからさ。ダメ?」

「え、あ、はい。いいよ……いいですけど?」

「ふふっ。緋乃めっちゃ照れてる」

「うんうん。いつもの緋乃ちゃんもいいけど、しおらしい緋乃ちゃんも可愛いね」

 

 くすくすと笑いながら茶化してくる明乃と理奈に返事をする余裕も無いのか、あわあわとしながら女性に対応する緋乃。

 女性はそんな緋乃を微笑ましいものを見るような目つきで見やると、手持ちの鞄からスマホを取り出してそのカメラを緋乃へと向けた。

 

「はい、じゃあいきますよー。はい、チーズ」

「ん……」

 

 女性の合図に合わせ、はにかみながら片手でピースサインを取る緋乃。その直後、女性の持つスマホからカシャッという撮影完了を示すシャッター音が響いた。

 女性はスマホを操作して今撮ったばかりの写真を確認すると、満足気に微笑みながら緋乃へと礼を言う。

 

「うん、いい写真が撮れました。はー、めっちゃカワイイ……。おっとっと、緋乃ちゃんありがとうね! 今日のトーナメントも応援してるから、頑張って~!」

「ん……! がんばる……!」

 

 両手を胸の前に出して小さくガッツポーズをする緋乃に対し、笑顔を向けてひらひらと手を振りながら離れていく女性。

 女性が緋乃たちから少し離れた位置の座席へと座り、スマホを弄りだしたのを見て明乃と理奈が緋乃へと笑顔で語りかける。

 

「やったじゃん緋乃。ファンゲットおめでとう」

「緋乃ちゃんおめでと~!」

「明乃。理奈。うん……。ありがと……!」

 

 親友二人からの賞賛の声に対し、満面の笑みを浮かべながらお礼の言葉を返す緋乃であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「むっ。不知火か……」

「お久し……ぶり?」

 

 移動を終えて会場に到着し、二日目の開会の挨拶や注意事項の通達にトーナメントの組み合わせ発表等の一通りのイベントを終えた緋乃。

 本戦出場者を選ぶトーナメント特設リング──昨日までの広場に雑にリングが設置されただけのそれとは違い、コンサート用の野外ステージとも言うべきすり鉢状の広大な空間にリングが設置され、その周囲は気弾対策と思われるネットを被せた金網で囲われた、きちんとしたリングだ──の外で明乃や理奈と別れ、ステージの左右に併設された選手控え室へと移動しようとしていた緋乃は、その通路で先月に路上試合を行った空手道場のエースと再会した。

 

「やはり勝ち残っていたか」

「当然」

 

 ニヤリと笑いながら話しかけてきた少年に対し、得意気な笑みを浮かべながら返す緋乃。

 ガタイのよい男子高校生と華奢な女子中学生が向かい合い、火花を散らす。事情を知らぬものが見たら、一発で通報されてしまいそうな状況だ。

 しかし、ここは格闘大会の控え室エリアであり、ここにいるのは緋乃と少年の外には大会のスタッフのみ。当然ながら昨日までの戦績など既に知っていて、二人に対しそのような目線を向けるスタッフはいない。

 むしろ、やりたい放題大暴れして対戦相手の全てを病院送りにした、小さな暴君へと立ち向かう少年に対し感心したような眼差しが向けられている始末だ。

 

「あれから俺はさらに鍛錬を積んだ」

「またそれ? 懲りないね」

「ぐぬぅ……。まあ確かに何度も同じことを言っているような気がするが、今回の俺は本当にこれまでとは一味違う! あの時の俺と同じだとは思うなよ、おまえを倒すのはこの俺。佐々木 (がく)なのだからな!」

 

 少年改め岳が呆れ顔の緋乃へと向かい、啖呵を切るとほぼ同時。大会の運営スタッフの男性がやってきたかと思うと、岳と緋乃へと声をかけた。

 

「佐々木選手、もうすぐ試合なので試合準備をお願いします! 不知火選手は、試合の順番が回ってくるまで控え室の方にお願いします!」

「応!」

 

 スタッフの呼びかけに応じ、岳が緋乃へと背を向ける。

 

「不知火、確かお前は第三試合だったな。控え室のモニターで見ているがいい。あれから超進化を果たしたこの俺の姿を!」

 

 言いたいことは言い終えたとばかりに、スタッフへと連れられてリングへ向かう岳。その背中に向けて緋乃が声をかけた。

 

「頑張ってね」

 

 緋乃のその声を聴いた岳は、振り返らずそのまま歩き去りながらもサムズアップを行い、緋乃の応援へと感謝の意を示す。

 緋乃は通路の向こう側へと岳が消えるのを見送ると、自身に割り当てられた控え室の扉をゆっくりと開く。

 

(なんか余裕とつわものオーラを感じちゃうし、本当に強くなったっぽいね)

 

 控え室に用意された椅子へと座りながら、モニターの電源を着ける緋乃。

 その青くぱっちりとした瞳に、岳がリングへと上がるシーンが映った。対戦相手は黒い学ランを着た、岳と同じくらいの体格をした男性だ。

 実況の男が叫んでいるのを聞く限り、学ラン男は幸也(ゆきや)という名で、我流の喧嘩殺法で戦うこの菊石市の不良高校生らしい。

 

「お手並み拝見、だね」

 

 ゴングが鳴り、ぶつかり合う二人の男。それをわくわくとした面持ちで眺める緋乃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『岳選手、攻める攻めるー! 力強い拳と蹴りのラッシュがが幸也選手を襲う!』

 

 モニターに映るのは二人の男たちが闘う姿。攻める岳と防ぐ幸也。

 試合開始のゴングが鳴ると同時に岳は幸也へと飛び掛かると、そのまま一気呵成に攻め立てた。何度も拳を繰り出し、少しでも隙があれば威力に優れる足技を叩き込む。

 ガードを固め、岳の攻撃を的確に防いでいく幸也だったが、そのガードごと叩き潰さんとばかりに拳と足を勢いよく叩きつける岳。

 

「おらおらぁ! ふんっ!」

「がっ……!」

 

 いつまでも受け手に回っていることに焦れたのか。幸也のガードが緩んだその瞬間。その隙に岳の前蹴りが腹部へと炸裂し、幸也は後方へ吹き飛ばされながらその顔を苦しげに歪めた。

 

「てっめぇ! らぁっ!」

「ちっ!」

 

 このまま一気に試合を決めんと、空いた距離を一気に詰めようとする岳。しかし、そんな岳へ向けて幸也は咄嗟に生み出した気の塊をアンダースローのモーションで投げつけた。

 岳はこの攻撃に対し、回避は間に合わないと判断。顔面の前で両腕をクロス。直後、その腕に気弾が激突して岳の腕に衝撃が走る。

 

「むう、この威力は! ……やるな!」

「ちっ。大人しく食らってろってんだ」

『おおっとお! これまで上手く防いでいた幸也選手だがついに防ぎきれず前蹴りがクリーンヒットォ! しかし幸也選手もただでは終わらない! とっさに気の塊を投げつけて追撃を防いだぞ!』

 

 距離を取り、呼吸を整える二人の男。実況が一連の流れを簡潔に纏め、激しい攻防を前にした観客たちが大きく盛り上がる。その大歓声がモニターの外からも緋乃の耳に届いた。

 

「へー、咄嗟の気弾にしてはけっこう威力高いね……」

 

 男たちの闘いぶりを見て、のんきな感想を漏らす緋乃。

 通常、遠当てや気弾というものはそこまで大した威力ではない。気というものはその持ち主の体から離れた時点でどんどん霧散していくのだから当然だろう。

 一般的には気弾による攻撃は──互いの距離によって変動するので、あくまで目安として──同じだけの気を込めたパンチの半分程度の威力だと言われている。

 故に、大して気を溜める時間もなかったあの状況下で、岳の体勢を崩すほどの威力の気弾を放った幸也へと驚きの言葉を漏らしたのだ。

 

(あの見た目で実は気弾メインの遠距離型ですってのも面白いけどね)

 

 気弾という技は主力に据えるには扱いが難しく、牽制などに使う者は多々いてもそれをメインで使う格闘家(へんたい)はあまりいないのが現状だ。

 別にいないことはないのだが、格闘家としてのランクが低かったり、ギフトとの併用がメインだったりでWFCでは純粋な気弾使いは絶滅危惧種扱いさてれいる。

 遠距離攻撃の癖に互いの距離が開いていれば開いているほど威力が下がってしまう気弾を使うよりも、素直にそのまま身体強化で殴りかかったほうが手っ取り早いし強いというのが一番の理由だ。

 

「もう見えたね。なんか面白いニュース無いかな……」

 

 気弾の練度にはちょっぴり驚かされたが、所詮は一発芸の域を出ない小技に過ぎない。それ以外の技の練度や身体強化のレベルは岳の方が普通に上だ。

 よっぽど凄い隠し玉でもない限り、岳の勝利は決まったも同然だと判断した緋乃はモニターから目を外してスマホを弄りだす。

 

「む~……。わたしの記事ない……。残念……」

 

 朝の電車の中で自分のファンだと言ってくれる女性に出会えたので、もしかしたら有名になっちゃったりしてないかなと検索サイトに自身の名前を打ち込む緋乃。しかし、出てくるのは名前の似た芸人や二次元のキャラクターのみで肩を落とす。

 

「Twi〇terなら……。あ、あった。えへへ……」

 

 こっちならどうだとばかりに自身も利用しているSNSで検索をしてみると、今度はヒット。大会を見に来ているであろう人たちの呟きが検索結果に上ってきた。

 その内容は「可愛い」やら「推せる」やら、「外見とパワーのギャップが最高」などの肯定的な意見が大半だ。「泣かせたい」や「この笑顔曇らせたい」といった否定的な意見もあることはあるのだが、そちらは少数派なので緋乃は目を背けることに。

 

(今はまだ無名だけど、いつかきっと、わたしの名を世界中に……)

 

 緋乃はそっと目を閉じて、WFCに優勝した自分が大勢の人間に祝福されている姿を妄想する。

 トロフィーを掲げて喜ぶ、高校生くらいになって明乃以上の身長と明乃以上のバストを手に入れた自分。そしてその横に立ち、自分のことのように一緒に喜んでくれる明乃と理奈。

 

(それでそれで、家に帰るとお母さんがいっぱい褒めてくれて──)

 

 にへらと笑いながら妄想を膨らませていく緋乃。しかし、モニターと外から流れてきた大歓声がそんな緋乃を現実へと引き戻した。

 

『おおーっと! なんということだー! まさかまさかの大逆転だー! 幸也選手、今までの鬱憤を晴らすかの如く攻め立てるー!』

「ん?」

 

 大歓声で意識を引き戻されたところに岳の不利を告げる実況の声を聴いた緋乃は、妄想を打ち切ると目を開いてモニターへと目線を向ける。するとそこには、頭から血を流した岳が幸也の猛攻を必死に捌いているところだった。

 

「へー、意外。絶対負けると思ってたのに……」

 

 少し驚いた様子でそれを見る緋乃。緋乃の見立てではあの幸也という選手は岳よりも下のランクで、最後に一矢報いる程度はできるかもしれないが結局岳には勝てない程度の選手だったのだが……。

 しかしどうだろう、実際には追い詰められているのは岳の方であり、追い詰めているのは幸也の方だ。

 

(いや、よく見ると幸也って人も苦しそう。ギリギリの勝負だね。なるほど、だからこんなに盛り上がってるのかー)

 

 観客たちの盛り上がり具合と、モニターに映る男たちの様子からそう判断し直した緋乃。その緋乃の読みの正しさを証明するように、実況の声が聞こえてくる。

 

『幸也選手、起死回生の爆弾ナックルでしたがやはり気の消耗が大きいのか! 攻めているにもかかわらず苦しそうだ! 必死の猛攻だがスタミナは持つのか!? 持たないのか!?』

「ちっくしょお! さっさと沈めや!」

「生憎とその技には見覚えがあってなあ!」

 

(……は? 爆弾? 激しい消耗? 見覚えがある技……? まさか……)

 

 実況の解説と、偶然にもマイクが拾った二人の掛け合い。そして、ド派手な必殺技でも決めたかのような観客の大歓声。

 押し寄せる不安からか緋乃の鈍い頭が珍しくフル回転し、パズルのピースが組み上がっていく。

 

「こいつ、人の技パクったなー!? 殺せ、殺してやれ! わたしが許す!」

 

 モニターへと飛びつき、そのまま両腕でモニターをガタガタと揺らしながら声を荒げて必死に岳へとエール(?)を送る緋乃。

 別に気を爆発させる技は緋乃が個人的に開発した技でもなんでもないので、緋乃には文句を言う筋合いも権利もないのだが、そんなことは知らぬとばかりにモニターを揺らす緋乃。

 

「隠してたのに! ここ一番で使って盛り上げるために隠してたのに! ひどい! バカ! 死ね!」

 

 可愛らしい少女から繰り出される暴言の嵐。もし幸也が聞いたら目を見開いて驚愕すること間違いなしだろう。

 あまりにも激しい消耗と、それに見合わぬ威力から誰もやらないロマン技を必死に磨き挙げて実用レベルにまでしたというのに、何という言い草だと猛抗議してくるのは間違いない。

 

「オラオラァ! ぐっ……オラァ!」

「まだまだぁ!」

 

 一方、控え室で独り盛り上がっている緋乃のことなど露知らず真剣勝負を繰り広げる二人。

 やはり気の消耗が大きすぎたのか。徐々に幸也の繰り出す連続攻撃のスピードが落ちていき……。それを待っていた岳が逆襲に転ずる。

 

「貰ったぁ!」

「しまっ……! がはっ!」

『うおおおおお!? ここにきて! ここにきて! 再度ぎゃくてーん!?』

 

 幸也の拳に己の拳を合わせ、大きく弾き飛ばすとそのまま踏み込んで幸也の正中線へと連続で正拳突きを叩き込み、そして──。

 

『ダウーン! ダウンだー! これは決まったか!? 幸也選手動けなーい!』

「カウント1! 2!」

 

 正拳を叩き込まれた勢いのまま吹き飛び、仰向けに倒れる幸也。その目は閉ざされており、口元からは僅かに血が流れ出ている。

 すかさずレフェリーのカウントが開始され、目の前で再度行われた逆転劇に観客も大喜びだ。

 

「7! 8! 9!」

 

 観客が大騒ぎする中、レフェリーによるカウントがどんどん進んでいく。しかし、幸也は起き上がる様子を見せず……そして……。

 

『試合終了ー! 勝者、岳選手ー!』

「うおおおおおぉぉぉっ!」

 

 試合終了のゴングが鳴り、実況の勝者を告げる声が高らかに響き渡る。それを受けて苦戦を乗り越えた岳が咆哮を上げながら喜びを示し、観客席からも歓声と拍手が飛ぶ。

 そして、岳の勝利を喜ぶ者がここにも一人。

 

「いよっし! 悪は滅びた……! 人の技パクるからだよ、ばーか! ばーか!」

 

 大人気取りの余裕を取り繕うことも忘れ、手を叩いて喜びながら。タンカで運ばれる意識の無い幸也へ向けて、少ない語彙の中から必死に罵倒の言葉を選んで贈るお子様の姿があった。


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