目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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二十三話 お弁当タイム

『決まったァー! 勝者、鈴木奈々選手ー! 華麗な受け流し技の数々! 見事、実に見事でした! これが境月流古武術! 歴史と伝統の重みか!?』

 

(カウンター主体か……。見てる分には面白いけど、相手にはしたくないタイプだね。ギフト有りなら体勢ゴロゴロだし余裕なんだけど……。まあわたしが相手するなら、やっぱり掴んで起爆かな)

 

 岳と幸也の試合をモニター越しに身を得た緋乃は、続く第二試合の松本健二対鈴木奈々の試合も観戦。

 我流の喧嘩空手の健二と、受け流しからの反撃を主体とした古武術の奈々。二人の試合は健二の攻撃を奈々が受け止めては投げ返し、受け流しては当て身を加えといった流れで奈々の圧勝だった。

 

(流石にここら辺まで来るとレベルも結構上がってるね。舐めてたら痛い目見そうだし、真面目にやらなきゃ。うん、あくまで死人が出ないよう出力を下げるだけであって、手抜きは厳禁。気分は真面目にGO(ゴー)っと……)

「緋乃選手、もう間もなく試合が開始されるので準備をお願いします」

「はーい。……むんっ!」

 

 控え室のドアがノックされ、スタッフが試合が近いことを告げる。

 緋乃はそれに対し返事をすると、パンパンと軽く顔を叩いて気合を入れる。これまでののんびり観戦モードから試合モードへと気持ちを入れ替え、ドアを開いて控え室から出ていく。

 

(わたしの相手は確か、志賀 (たくみ)って人だっけ。相変わらず背の高い人ばっかで嫌になるなぁ……。あれ180は絶対あるよね。その身長ちょっとよこせ)

 

 スタッフの案内に従って移動しながら次の対戦相手について考えを巡らせる緋乃。

 朝のトーナメント組み合わせ発表の時に出会った相手は、スーツを着た長身痩躯で短髪の男だった。

 格闘家というより会社員といった感じの風貌だったが、戦闘能力を計る際に見た目が当てにならないことは緋乃自身が証明しているので油断はしない。

 

(あれかな。かつては格闘家を目指していたけど、周りの人間に反対されたとかで夢を諦めて就職。だけどやっぱり夢を捨てきれずに大会へとこっそり出場とか、そんなドラマがあったりして!)

 

 脳内で対戦相手に対し、勝手にストーリーを作り上げて盛り上がる緋乃。自身が作り上げたその設定に、どこかで聞いたことあるような気がするとデジャヴを感じる緋乃だったが、きっと気のせいだろうと思い直す。

 

『皆様お待たせしました! トーナメント第三試合、不知火緋乃選手対志賀巧選手! まもなく開始です!』

(さて……。一体どんな戦闘スタイルなんだろうね。ちょっとワクワクしてきちゃった)

「緋乃ちゃーん! ガンバレー!」

「負けるなよー!」

「しっかりー!」

 

 スタッフの合図に従い、リングへと姿を現した緋乃を出迎えるのは前日までの試合を超える歓声の嵐。

 それを受け、一瞬だけ驚愕の表情を浮かべるものの、前日の試合で歓声を受けることに少しだけ慣れていた緋乃はすぐに気を取り直すと歩みを再開してリングへと上がる。

 

『まずは不知火緋乃選手! 小さな体に秘めたるは圧倒的なパワー! 今日もその暴れっぷりを見せてくれるのでしょうか!?』

 

 実況の紹介を受けた緋乃が軽く手を上げると、リングを囲む観客たちから歓声が上がる。その顔は相変わらず照れ笑いを浮かべてはいるものの、前日までのぎこちなさが少しだけ抜けてきていた。

 

『対するは闘うサラリーマン、志賀巧選手! 長いリーチと遠当てで相手を近づけさせないその独自の格闘術は、圧倒的なパワーとスピードで蹂躙してくる小さな暴君を防ぎきれるか!?』

 

 緋乃が姿を現したすぐ後に、対戦相手の巧もリング上へとその姿を現した。

 流石に上下ともにスーツ姿というのは動きづらかったのか、午前中の顔合わせの時点では着ていた上着とネクタイは脱いだようだ。

 カッターシャツ姿の巧が姿を現したことで再び歓声が上がり、リングが喧騒に包まれる。

 

「フフフ、お手柔らかにお願いしますよ」

「やだ。本気でいく」

「いやいや、そこは嘘でもいいから合わせるとこですよ。社交辞令ってやつです」

「そんなの知らないし、手加減する方が失礼じゃ?」

「フーム……」

 

 緋乃の発言を受け、少し考えこむ様子を見せる巧。しかし、その姿からは隙などが一切見当たらないあたり、あくまで相手を油断させるポーズなのだろう。

 

「むー……」

 

 こちらの闘志を素直に盛り上げさせてくれないその言動を受け、緋乃は頬を膨らませる。が、すぐに気を取り直すと半身に構える。それを見て、巧も緋乃と同じくオーソドックスな半身の構えを取った。

 

「……」

「……」

 

 構えたまま静かに試合開始のゴングが鳴るのを待つ緋乃と巧。リング上の空気が張り詰め、観客たちの声も少しづつ静かになっていき……。会場が静まり返った数秒後。試合開始を告げるゴングが高らかに鳴り響く。

 

『さあ試合開始です! 先に動いたのは巧選──いや、これはぁー!?』

 

 ゴングが鳴ると同時に巧はその両手に気を集中させ、素早くバックステップをすると同時に解き放つ。緋乃目掛けて二つの気弾が突き進む──と思いきや、その気弾が突如はじけ飛ぶ。

 

「……ッ!」

 

 試合開始と同時に巧へと突進してきた緋乃が、その拳で気弾を撃ち落としたのだ。

 しかし気弾の迎撃には成功したものの、そちらへ対処してしまったがために開幕の速攻は失敗に終わってしまった。そんな緋乃に対し、今度はこちらの番だと言わんばかりに巧の拳が襲い掛かる。

 

「シィッ!」

「むっ!」

『巧選手、連打連打連打ー! パンチの嵐を前に緋乃選手近づけない!』

 

 身長150cmの緋乃に対し、身長180cm超の巧。30cmもの身長差より生まれるリーチの差はかなり大きく、緋乃の間合いの外から次々と拳を打ち込んでくる巧。

 緋乃はそれを的確に受け流していくものの、流石にリーチの差が大きすぎたか。反撃しようと間合いを詰める前に次の拳が飛んでくるため、中々近寄ることが出来ない緋乃。

 

「このっ……!」

「しゃあっ!」

 

 速度とリーチを重視した拳ならば大してダメージはないはずだと、緋乃が被弾前提で反撃をしようと覚悟を決めれば、狙い澄ましたかのように気を込めた右ストレート(主砲)が飛んできてその逆襲は阻止される。

 持久戦で巧の動きが鈍ったところを叩くという手もあるが、巧も流石に予選をここまで勝ち残ってきただけのことはある。

 その動きに衰える様子は微塵もなく、このまま緋乃の不利が続くと誰もが思ったその瞬間──。

 

「……ッ! せぁ!」

「ぐふっ!?」

 

 牽制の拳に裏拳を合わせてを弾き飛ばし、それにより生まれた一瞬の隙をついて踏み込んだ緋乃の足刀蹴りが巧の腰へと直撃──。巧は後方へと大きく吹き飛ばされ、ロープを背負うことに。

 

『緋乃選手のカウンターだぁー! 嵐のような連打、その一瞬の隙をついて攻守逆転!』

「くうぅ!」

「今度はこっちの番……!」

 

 倒れまいと腰を落として耐える巧が、その体勢を整え終わるその前に。超高速で踏み込んできた緋乃のその脚が振り上げられ──。

 

「くらえっ!」

 

 巧の胸部へと、緋乃の履くブーツの底が勢いよく叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふっふふん~♪」

 

 選手控え室にて、上機嫌で鼻歌を歌う緋乃。

 あれから胸部へと緋乃の前蹴りを叩き込まれた巧は血を吐いてダウン。カウントギリギリの状況から根性で立ち上がったのだが、当然ながら大ダメージを負って動きの鈍くなった巧など緋乃の敵ではない。

 

「完全勝利は気分がいいね」

 

 緋乃は気を開放するとともに、巧の繰り出すその拳へと的確に脚を合わせることで両腕を粉砕。巧の戦闘能力を奪い去りTKO勝利を手にしたのだ。

 

(さて、これでわたしは決勝進出。次に上がってくる人を潰せば、本戦出場の権利が貰えるんだよね……)

 

 鼻歌をやめ、顎に手を当てて考えを巡らせる緋乃。

 控室の中をうろうろと歩き回りながら、自身の対戦相手が岳と奈々のどちらになるかを考える。

 

(個人的には顔見知りの岳を押してあげたいけど、あの人単純だからなあ。真正面から攻めてあっさりカウンター貰って沈むとか普通にありそう。対戦相手の奈々さんはカウンターが大得意みたいだし)

 

 緋乃はよく言えば爆発力のある、悪く言えば考え無しの勢い任せの戦法を得意とする岳に対して厳しめの評価をしつつも、それでも勝つのは岳の方だと思っていた。

 別に自分が岳と顔見知りだからという理由でも、岳と同じような本能に任せた戦法を好むからではない。

 

(岳は頑丈だし根性もあるからね。奈々って人じゃ火力不足で最後の最後に押し切られる気がする)

 

 もっとも、あくまで希望的観測でしかないことは緋乃も理解してはいる。

 何故なら、岳の対戦相手を務める鈴木奈々という選手にはまだまだ余裕が感じられたからだ。

 

(でもまあ、奈々って人の切り札次第かな。なーんかまだ大技隠し持ってると思うんだよね)

 

 口元に人差し指を当て、首を傾げながら奈々の試合を思い出す緋乃。

 前試合において、奈々は技を二つしか使っていないのだ。

 相手の腕の間接を決めながらの背負い投げと、相手の打撃を捌いてからの心臓への掌打の二つである。

 背負い投げ二回で腕を粉砕し、攻撃が一気に甘くなった隙をついての心臓打ちでKO。クリーンヒットの一発も貰わない、実に鮮やかな闘いぶりには思わず緋乃も称賛の声を上げてしまった程だ。

 

「おっと、いけないいけない。明乃たちが待ってるんだった」

 

 奈々の試合に思いを馳せていた緋乃は、ふと我に返ると慌てた様子で頭を振って気分を切り替える。

 午前中に行う試合が全て終わったため、予定表に記された時刻よりも少々早いが──岳の方は3ラウンドほどかかったようだが、緋乃も奈々も1ラウンドでKOを決めたためである──昼休憩の時間になったのだ。恐らく、観客席では明乃と理奈が緋乃の事を待っている事だろう。

 緋乃は慌てた様子で荷物を纏めると、スマホを取り出して明乃へとコールしながら控え室を出た。

 

「ごめん、ちょっと遅れちゃった。今どこ? ……うん、わかった。ありがとう、すぐ行くね」

 

 慌ただし気に控え室を出て、通路を小走りで駆けていく緋乃を、まだ業務の残っていたスタッフたちが微笑ましげな顔をしながら見送るのであった──。

 

 

 

 

 

 

「いやー、緋乃ちゃん凄かったねー! こう、相手のパンチに合わせてシュバッって蹴りを繰り出しちゃってさー!」

「理奈、少し抑えなさい。ご飯粒飛ぶわよ?」

「ごめーん☆」

 

 昨日と同じように、理奈の用意してくれた弁当に舌鼓を打つ明乃、理奈、緋乃の三人。

 興奮した様子で緋乃の試合を語る理奈を明乃がたしなめるその姿を、嬉しそうに微笑みながら緋乃が眺めていた。

 

「ふふん。格好良かった?」

「うんうん、カッコよったよ~。ねえ明乃ちゃん」

「まあねー。試合中の緋乃はキリっとしててイケメンだしね。ま、あたしは見慣れてるんだけど」

「……そっか。よかった」

 

 照れくさそうに頬を染める緋乃の頭を、箸を置いた明乃がよしよしと褒めながら撫で回す。それを受けて、気持ちよさげに目を閉じる緋乃。

 そんな緋乃に対し、先ほどから緋乃が弁当に手を付けていないことに気付いた理奈が声をかける。

 

「あれ、緋乃ちゃんもうおしまい? もっと食べなきゃダメだよ~? ただでさえ細いんだからさ」

「ん……。ごめん、もうおなかいっぱい。限界」

「こんなちっこいおにぎり二個で限界とか、相変わらず小食ねー。燃費悪いんだからもっと詰め込めばいいのに」

「うん……、でも……。ううん、なんでもない」

 

 言い訳を口にしようとしたものの、それは今話すべきではないことだと思い直した緋乃は申し訳なさそうな顔をしながら俯いた。

 

「あー、ごめん。地雷踏んじゃったわね。ごめんね緋乃」

「いや、私が余計なこと言っちゃったから……。ゴメンね二人とも」

 

 落ち込む緋乃の姿を見た明乃と理奈が、慌ててフォローに入る。

 そんな二人を見て、自分のせいで楽しい食事の空気が落ち込んでしまったことを理解した緋乃は慌てて自分も謝罪の言葉を口にした。

 

「いや、二人とも悪くないよ。わたしこそ余計なこと言っちゃってごめんね。わたしは気にしないから、二人とも気にしないでくれると嬉しいなって……。ね?」

 

 不安そうな顔を浮かべ、オロオロとしながらも自分たちを気遣う言葉を口にする緋乃。それを見た明乃は、軽くため息を吐くとその顔に笑顔を作り勢いよく口を開く。

 

「わかったわ! よし、じゃあ今のナシ! 今の空気ナシ! 何もなかった! ってことでいいわね二人とも」

 

 新規臭い空気を吹き飛ばすかのように手をぶんぶんと振りながら、元気よく声を上げる明乃を見て緋乃と理奈もその顔に笑みを浮かべてその明乃の発言に同調する。

 

「ん、そうだね。何もなかった」

「そうそう、何もない何もない。何もなかった。あ、そうだ緋乃ちゃん、お茶飲む?」

「じゃあ折角だし貰おうかな」

 

 先ほどまでの空気をなかったことにした三人は、意図的に明るい声を出しつつも食事を再開。

 弁当へと箸を伸ばす明乃。温かいお茶の入った水筒を手に、緋乃へそれを勧める理奈。理奈の気遣いを受け、水筒のコップを受け取ってお茶を注いでもらう緋乃。

 ほんの数分前までのお通夜じみた空気はそこにはなく、笑顔で談笑する三人の少女たちの暖かい空気があった。

 

 

「じゃあ緋乃。ラスト一試合、頑張るのよ!」

「緋乃ちゃん頑張ってね! 応援してるから!」

「ん! まかせて! ……じゃあ、行ってくるね!」

 

 昼食のほかにも選手の休憩と治療を兼ねた、少し長めの昼休憩を終えた緋乃たちは観客席の前で別れた。

 明乃と理奈は既に人で埋まり始めている観客席の方へ。緋乃は一人、選手控え室の方へ。

 二人の親友から貰ったエールを胸に、緋乃はきりりとその顔を引き締めながら控え室の扉を開けた。

 

(ラスト一試合。誰が相手でも関係ない、全力で叩き潰す! ……いや、全力は不味いよね、うん。えっと、割と本気で叩き潰す!)


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