目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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二十四話 vs不良学生

「む~……!」

「あはは……」

「まったくもう……」

 

 不機嫌オーラをその小さな体から噴出させ、不満そうにその頬を膨らませながらテクテクと歩く緋乃。

 そんな、大会が終わってからずっと拗ねてしまっている緋乃を見て。困ったような笑顔をする理奈と呆れた顔をする明乃。

 時刻は午後15時。とある「アクシデント」により、予定よりもかなり早めに大会を終えた緋乃たち三人は、自宅へと帰るために駅へと向かう途中であった。

 

「いつまでふくれてんのよ。楽に終わってよかったじゃない? ポジティブに考えなさいよポジティブに」

「でも……! いくらなんでも不戦勝だなんて……!」

 

 明乃からの説得を受けるも、相変わらず不満そうな声を上げる緋乃。内心の不満を示そうとジロリと明乃へと半目を向ける緋乃であったが、その顔立ちが災いして怖さよりも可愛らしさが前面へ出てしまっているのがご愛敬か。

 

 本戦出場者決定トーナメント準決勝戦。佐々木岳対鈴木奈々。勝った方が緋乃の待つ決勝戦へと進むその試合。

 一進一退の激しい攻防の果てに勝利を掴んだのは岳であったが、その闘いの中で利き腕である右腕を骨折してしまったのだ。

 いくら優秀な治癒の能力を持つギフテッドが医療スタッフとして控えているとはいえ、たかが1~2時間程度で折れた腕を再び戦闘可能なレベルにまで元に戻すというのは流石に不可能である。

 故に。事前から決めてあった大会規定に則り、決勝戦は緋乃の不戦勝ということになったのだ。

 

「むー」

 

 準決勝で持てる全てを出し尽くした岳はその結末も──確かに強かったが、あの程度の相手に腕を持っていかれるようではお前(緋乃)の相手など務まらんだろうと──納得して受け入れたが、岳や奈々との戦いを心から楽しみにしていた緋乃はそうはいかなかった。

 表彰や激励の言葉を貰っている間はなんとか笑顔を取り繕っていたものの、周囲から人目が消えたとたんに不貞腐れてしまい──。

 

「腕を上げたっていうし、実際にすごく強くなってたから楽しみにしてたのに……。もう一人の境月流って人も戦ったことのないタイプだったし……」

「へー、ずいぶん買ってるわね。いつもの緋乃なら『わたしなら余裕で勝てる相手だよ』とか言って気に留めないのに。……大会の熱気に当てられた系?」

「むぅ……。確かに、そうかも」

 

 明乃から悪戯めいた笑みを浮かべながらの指摘を受けて考え込む緋乃。

 確かに、ちょっと舞い上がってる所があったかもしれない。冷静ではなかったかもしれないと自身の精神状態を顧みると、肩を落としてため息を吐く。

 

「ふぅ……」

「ようやく落ち着いたわね」

「いつもの緋乃ちゃんが帰ってきたね」

「ん、ごめんね?」

「いいってことよ。ま、あまり気にしないことね」

 

 緋乃からの謝罪の言葉を、その頭を軽くコツンと小突きながら受け入れる明乃。

 一瞬だが、小突かれたことに対する不満の顔を浮かべる緋乃であったが、今回の件に関しては自分が悪いということを一応は理解しているのですぐにその顔を引っ込める。

 

「ねえねえ。それよりもさ、折角早く帰れたんだし駅前で遊んでかない?」

「うーん、そうだね。明乃は──」

「いいわね。緋乃は──」

 

 緋乃の不貞腐れモードが終わったと見るや、笑顔の理奈がこれからの予定について提案する。

 確かに、このまま帰っても門限までにはかなりの余裕がある。それなら、駅前で遊んでから帰るというのも悪くないかもしれない。

 そう考えた緋乃は明乃の意見を聞くべく声を上げるが、タイミングを同じくして明乃も緋乃に対して声を上げたところだった。

 

「ふふっ」

「あははっ」

「ふふふ、問題ないみたいだね。それじゃあ──」

 

 考えていることは同じかと、二人で笑い合う緋乃と明乃。そんな二人の姿を見て、自身の提案が受け入れられたことを悟った理奈が音頭を取ろうとしたその瞬間──。

 

「待て待てぇーい!!」

 

 背後から三人へと向けて放たれる、男性のものらしき大きな声。

 なんか以前にもこんなことがあったような、と呆れと困惑の入り混じった表情を浮かべて顔を見合わせる明乃と緋乃と理奈。

 嫌々とこれまで歩んできた道を振り返ってみれば、どたどたと慌ただしく駆け寄ってくる四人の男たちが三人のその目に映る。

 

「はぁ、はぁ! ぐふふふふ、ギリギリ間に合ったようじゃな……」

「げふっ! ごふっ! ひひひ、不戦勝で安心してるとこ悪いがなぁ……。げふっ! げふっ!」

 

 ゼエハアと息を荒くしながら、緋乃へ向けて話しかけてくる男たちのリーダー格らしき一番背の高くてガタイのいい男と、それに続く取り巻きらしき出っ歯の男。

 学ランを着た四人の男が全員揃って両手を膝に当て、中腰になりながら息を整えているその姿は正直言ってかなりアレなものがあり、緋乃たち三人は心底嫌そうな顔を男たちへ向けている。

 

「緋乃ちゃん、この人たち知り合い?」

 

 声をかけられ、反応してしまったた以上。ここから無視するわけにもいかないと、男たちの狙いらしき緋乃に対して理奈がその正体を尋ねる。

 しかし、理奈の質問を受けた緋乃は困った表情でその首を横に振った。

 

「ううん、知らない。初対面……」

「待てぇーい!」

「馬鹿な、俺たちの顔を忘れたってのか!?」

「くっそー! ちょっと可愛くてちょっと強いからって調子に乗りやがってー!」

「ちっくしょー!」

 

 愕然とした表情を浮かべて緋乃にツッコミを入れるリーダーの男とその取り巻きたち。

 無駄にうるさいその声が周囲へと響き渡り、ちらほらと見える通行人たちが何事かとその顔を向けてくる。

 しかし、その声の発生源である男たちを見たとたんに興味を失ったのか、それとも関わり合いになりたくないのか。知らんぷりを決め込んで速足で歩き去ってしまった。

 

「えっと……。うん……。その……ごめん?」

「謝るな! 申し訳なさそうな顔をするな! こっちが惨めになるじゃろがい!」

 

 緋乃の謝罪に対し、大きな声で吼えながらそれを咎めるリーダー(仮)。

 本気で緋乃が自分たちについて覚えていないことを理解した男たちは、渋々といった様子で正体と目的を語った。

 

「ワシはここ、菊石市でもチョッピリ名の知れた(ワル)でのう。剛腕の玄次郎(げんじろう)と呼ばれ、恐れられとった……。そう、恐れられとったんじゃ……。あの時までは!」

「なんか長くなりそうだね」

「シッ、黙ってなさい理奈」

 

 目を閉じ、しみじみとした様子で己について語る玄次郎。

 その話を聞いた理奈がうんざりした表情のまま愚痴をこぼすが、これ以上話をややこしくするなとばかりに明乃がそれを咎めた。

 幸いにして理奈の愚痴は玄次郎の耳へと届いていなかったようで、玄次郎はそのまま己の過去に何があったかを語り続けた。

 

「忘れもしない、あれは今から二年前の事じゃ。野暮用で勝陽市へとやってきたワシらは、用事を済ませたついでに近くにあったゲーセンへと立ち寄った……」

「あ、なんか読めたわ……。読めちゃった……」

「ふゅー♪ ふゅー♪」

「明乃ちゃん? どしたの急に頭抱えちゃって……。って緋乃ちゃん、それ口笛のつもり? 吹けてないけど……」

 

 玄次郎の過去話を聞いた途端に、急に頭を抱えて座り込んでしまった明乃と目を逸らしながら下手な口笛(吹けてない)を吹き出す緋乃。

 急変した二人の様子に困惑する理奈であったが、目を閉じたままの玄次郎はその様子に気付いた様子を見せず、そのまま過去語りを続ける。

 

「喧嘩だけでなく、ゲームの腕前も一流だったワシらは地元の腕自慢たちを前に連戦連勝。気分よく連勝記録を積み立てていたんじゃが……、そこにヤツが現れた! そう、貴様じゃい不知火緋乃!」

 

 閉じていた眼をカッと目を見開き、緋乃を指さしながら吠える玄次郎。

 一方、玄次郎に指名された緋乃はというと、相変わらずばつの悪そうな顔をしながらその目を逸らしていた。

 

「あー、はいはい。わかったわ。この子がゲームで負けた腹いせにリアルファイト仕掛けたんでしょ?」

「その通りじゃ! そいつはワシのこのイケとる顔面にいきなり灰皿を叩き込んできての! 『表へ出ろ』とほざきおったんじゃ!」

「イケてる……? イケてるかなぁ……?」

 

 明乃からの質問に対し、自身の顔を指さしながらそれに答える玄次郎。

 玄次郎の発言に対し、思わず呟きを漏らしてしまう理奈であったが……幸いにして、その呟きは玄次郎たちの耳には届かなかったようだ。

 

「緋―乃ー?」

「ち、違う。わたしじゃない! えっと、その。灰皿が勝手に!」

「あ、そうなの。じゃあ緋乃は悪くないわね……。なわけあるかーい!」

「み゛に゛ゃー!?」

 

 明乃は見苦しく言い訳をする緋乃の背後に立つとそのこめかみを拳骨で挟み込み、俗に言うグリグリ攻撃で大暴走してくれた大馬鹿者へと制裁を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまましばらくの間制裁を加えられていた緋乃であったが、このままでは話が進まないと判断した玄次郎により開放を促されたことでその制裁は終わりを告げた。

 

「あううー……。ごめんなさい……。もうしないから許して……」

「お、おう……。まあそれに関してはもうええ。昔のことだし、挑発したワシらも悪かったしの。……あとまあ、ワシらも似たようなことよくやっとるし」

「あれ、意外と優しい?」

 

 涙目になり弱り切った様子の緋乃に、少し引きながらも発せられた玄次郎の言葉を受け、意外そうな顔をする理奈と明乃。最後にボソリと呟かれた言葉は、二人の耳には入らなかったようだ。

 しかし、別に緋乃に対してのお礼参りではないというのならば、何のために緋乃を呼び止めたのだと、疑問の表情を浮かべる三人の少女たち。

 

「まあ、問題は貴様に負けたその後じゃ。どこからかワシが負けたと……。よりにもよって、小学生の女の子に負けたということが広まってのう……。それまで一目置かれていたワシは、一気にその名声を失った……。舎弟たちも蜘蛛の子を散らすように消えてしまってのう……」

「えと、それはその……」

「ご愁傷さまです……」

 

 なんと言えばいいのかわからず、とりあえず慰めの言葉を吐く明乃と理奈。

 しかし、そんな二人の言葉など聞こえていないかのように。玄次郎は二たび、力強く緋乃を指さしながら声を上げた。

 

「しかーし! それも貴様の名が知れていなかったがゆえの事!」

「つまり、予選とはいえ圧倒的な力を見せつけた今のお前をボスが倒せば!」

「ボスの名を再び轟かせることが出来る!」

 

 玄次郎の言葉を引き継ぐように、取り巻きである小太りの男と眼鏡をかけた男が声を張り上げてその目的を告げる。

 

「ガッハッハッハ! そういうわけじゃ、大人しく闘ってもらおうかのう? まさか、トーナメント優勝者様が逃げるなんてことは言うまい?」

「むっ……」

 

 玄次郎のその挑発的な物言いを受けて、カチンと来たのか緋乃が不機嫌そうな表情をその顔に浮かべた。

 緋乃のその表情を見て、うまくいったとばかりにニヤリと笑いながら腕まくりをする玄次郎。

 しかし、そんな玄次郎へ向けて理奈が疑問の声を上げた。

 

「でも、それならトーナメントで戦ったほうが観客の目もあってよかったんじゃ?」

「ギクッ!」

「そ、それはじゃのう……」

 

 理奈の指摘を受けて明らかに狼狽する取り巻きの男たち。玄次郎も苦虫を噛み潰した様な表情をしており、歯切れの悪い返答を返すのみ。

 そんな男たちの様子を見て、何かを察した様子の明乃が悪い笑みを浮かべた。

 

「ははぁ……。なるほどなるほど~。つまり……参加したはいいけど負けたのね?」

「な、ななな何を根拠に!?」

「うちのボスが負けるわけなかろうて!?」

「そうとも、うちのボスは頭は悪いが腕っぷしは本当に強いんだ!」

「…………。馬鹿で悪かったのぅ……」

 

 取り巻きの男が慌てた勢いでついうっかり失言をしてしまい、それを聞いて拗ねてしまった玄次郎。

 大慌てで尊敬するボスのご機嫌を取ろうと取り巻きたちがおべっかを使うが、どれも大して効果を発揮せず玄次郎はムスっとした顔のまま緋乃を睨みつける。

 

「んで、闘(や)るのか、闘(や)らんのか。どっちじゃ?」

「もちろん受けるよ。わたしは、挑まれた闘いからは逃げも隠れもしないから」

「よう言うた。んじゃあちょい待て……」

「ちょっと緋乃ちゃん!?」

「あー、うん。緋乃ならそう言うわよね……」

 

 緋乃の返事を聞いて満足そうな笑みを浮かべた玄次郎は、ごそごそとポケットの中をまさぐったかと思うとその中から10円玉を一枚取り出した。

 

「こいつが地面に落ちたら試合開始じゃ。ルールはまあ……。路上試合(ストリートファイト)の基本的なやつでええじゃろ」

「気絶か戦意喪失で終了。急所攻撃とか貫通系で過度なダメージを与えるのは厳禁、だね」

「うむ。最近はマッポが五月蠅いからの……。とりあえず出血やら大怪我は厳禁じゃ」

 

 念のためにとルールを声に出す緋乃に対して玄次郎が頷き、そのまま取り出した10円玉を親指の上に乗せてコイントスの準備をする。

 

「ではいくぞ……。……そらっ!」

「……!」

 

 ピンッという小気味よい音と共に、高速で回転しつつ大きく宙を舞う10円玉。

 明乃と理奈と、そして取り巻きの男たちが。一斉に宙を舞うコインへと注目し、そして──。

 コインが地面に落ち、チャリーンという音が鳴り響く。

 

「キエエエエェェェー!!」

 

 コインの音が鳴るとほぼ同時。大きな叫び声を上げるとともに、勢いよく緋乃へと飛び掛かる玄次郎。宙を舞いながらもその太い腕を大きく振りかぶり、巨体ゆえの重い体重を最大限利用した一撃を放とうとする。

 それに対し、構えこそ取ってはいるものの微動だにしない緋乃。

 その身体を気の光が包んでいることから、別に戦意を失ったわけではないということは理解できる。

 しかし、避けようとも受け止めようともしない緋乃のその姿勢を見て。玄次郎はほんの一瞬だけ怪訝な顔をするのだが──。

 

「貰ったァ!」

 

 取り巻きの男たちの言う通り、深く考えることが苦手なのだろう。

 玄次郎はそれをチャンスと捉えたようで、そのまま攻撃の続行を選択。

 案山子のように動かない緋乃に対し、その拳を叩き込まんと勢いよく腕を振り下ろす──。

 

「甘い」

「おごっ!?」

 

 ──が、その一撃は当然のように迎撃された。

 玄次郎の拳が緋乃へと届く直前。飛び掛かってくる玄次郎の腹に、ズンという重い衝撃と共に緋乃の履くブーツの裏面がめり込み、その巨体が宙に浮いたまま固定される。

 玄次郎の飛び込みにタイミングを合わせ、緋乃がその右脚を天空目掛けて一気に突き上げたのだ。

 腹部に緋乃の足が突き刺さったその衝撃で、肺の中の空気が一気に飛び出したのだろう。言葉にならない悲鳴を上げる玄次郎。

 

「ボ、ボスー!?」

「ゲェー!? 右脚一本でボスの巨体を持ち上げるだと!」

「すげえ! なんちゅー体の柔らかさ!」

 

 小柄な緋乃が、片脚で大柄な玄次郎を宙に磔にしている光景を見て玄次郎の子分たちが騒ぎ出す。

 しかし、緋乃の反撃はこれで終わりではない。まだ続きがあるのだ。緋乃の鍛錬に付き合っていた明乃と、それを覗き見ていた理奈はそれを知っている。

 故に、明乃と理奈の二人は緋乃の勝利を確信。そのまま緋乃に対してエールを送る。

 

「いよっし、トドメよ!」

「やっちゃえ緋乃ちゃん!」

「はじけろ……っ!」

 

 親友二人からのエールを受けた緋乃は、玄次郎をその右脚で磔にしたまま足の裏に気を集中。

 玄次郎の腹と、それにめり込んでいる緋乃のブーツの裏。その僅かな隙間に白光が走ったかと思った次の瞬間。

 

「うぼおおおぉぉ!?」

「ボス──!?」

 

 轟音と共に大きな爆発が巻き起こり、その直撃を受けた玄次郎が悲鳴を上げる。

 爆発の衝撃で宙を舞った玄次郎は、そのままドサリとアスファルトの上に背中から叩きつけられて小さくバウンドする。

 

「ボス! しっかりボス!?」

「流石は地獄の子猫(ヘル・キティ)……! 強すぎる……!」

「撤退だ、撤退ー!」

「むっ……!?」

「どうしたの明乃ちゃん?」

 

 白目を剥いたままピクリとも動かない玄次郎へと大慌てで駆けよる子分たち。

 玄次郎がとりあえず息をしている事を確認すると、そのまま三人がかりでその巨体を抱えて緋乃たちの進行方向とは逆の向きへ。彼らがやってきた方向へと向かって走り出す──。

 のだが、その前方へと。これまで静観していた筈の明乃が急に立ち塞がった。

 

「ひぇ……! じゃ、邪魔すんなや!?」

「見逃してくれやー!」

「もうちょっかいかけんよう、ボスには言っとくから! な!?」

 

 明乃の実力のことも知っているのか、それとも友人に手を出された場合の緋乃からの報復を恐れているのか。

 恐らくは後者だろうが、情けない声を上げる三人の男たちに対し、明乃は笑顔を浮かべたままゆっくりと話しかけた。

 

「いやいや、一つだけ聞きたいことがあってねぇ~? それさえ答えてくれたら別に何もしないし、なんなら緋乃が追いかけないように説得したげる」

「マジか!?」

「本当か!? 何でも答えるぜ!」

「さあ聞いてくれ!」

 

 気を失った玄次郎を抱えたまま、ドヤ顔で質問を催促する男たち。

 急に元気の良くなった男たちへと苦笑しつつ、明乃はその「聞きたいこと」を口にする。

 

「いや、さっきあなたたちの言ってたヘルキティだっけ? えっと、それって何なのかなーって」

「ああ、それのことか。それならホラ、アレだよ」

「そこのおっかねえガ──不知火さんの異名です」

「子猫みたいな小さく可愛らしい外見に反し、暴力丸出しな格闘スタイル! そこから取って俺らが名付けたんだ! ……まあ、あんまり広まらなかったけど。ていうか、広まってたらボスの地位はここまで落ちなかったしな……」

「なるほどなるほど。ありがとね、おかげさまで疑問が解けて満足したわ。邪魔して悪かったわね~」

 

 男たちの回答を聞いて満足したのか、笑顔のまま横にずれて道を開く明乃。

 

「お、お邪魔しましたー!」

「バイバーイ」

 

 情けない捨て台詞を吐きながら、猛ダッシュで逃げていく三人の男たち。

 そして、ニコニコとした笑顔を浮かべながらそれを見送る明乃。

 三人の姿が見えなくなると、明乃は笑顔のまま緋乃と理奈のいる方向へと向き直った。

 

「うふふふふ、地獄の子猫(ヘル・キティ)だって。なかなかお似合いだと思わない?」

「確かに。実際緋乃ちゃんって子猫っぽいしね。あと、ほんのり漂うダサさが逆に緋乃ちゃんの可愛さを引き立てていいね」

「ねー。よし緋乃! あんたの異名は今日から地獄の子猫(ヘル・キティ)よ!」

「え、嫌だよ恥ずかしい……。もっと格好いいやつの方がいい……」

 

 ズビシ! と困惑する緋乃を勢いよく指差しながらその異名を勝手に決める明乃。

 緋乃は頬を染めながらそれを拒否するが、よほどその異名が気に入ったのか。肝心の明乃はけらけらと笑ったまま緋乃の反論を無視して理奈へと語りかけた。

 

「よし、帰ったらみんなに広めるわよ。理奈もお願いね?」

「いいよー」

「いや、よくない。全然よくない。なんか、もっとこう、センスが爆発していて格好いい奴をわたしは所望する」

「センス爆発? なら地獄の子猫(ヘル・キティ)でいいじゃないのさ」

「だね。これはセンスが爆発してるよ。……ふふっ」

 

 緋乃をからかいながら、駅へ向けての歩みを再開する明乃と理奈。そんな二人に対して抗議の声を上げ続ける緋乃であったが、語彙に乏しい緋乃は二人を論破することが出来ずにあの手この手で言い分を封じられていく。

 

「あの四人組め、覚えてろー! 次会ったらボコボコにしてやるー!」

 

 人気の少ない道に、緋乃の声が響くのであった。




この世界における格ゲープレイヤーの8割はリアルファイターです。
怖いね。

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