目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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二十五話 本戦開幕

 緋乃が落ちぶれた不良である玄次郎を一蹴してから約2週間の時が流れた。

 特にこれといった事件やイベントもなく、学校が夏休みに入ったことから大会に備えて多めに鍛錬を行ってきた緋乃。

 

 そんな緋乃の姿は今、全日本新世代格闘家選手権の本戦会場となるスタジアムにあった。

 新造されたばかりで汚れ一つないその通路を、行きかう人たちを避けながら歩く明乃と緋乃と理奈の三人。

 

「うっわー、やっぱり人多いわね……」

「ん、そだね。TVでも放映されるらしいし、カッコ悪いところは見せられないね。……理奈のお父さんとお母さんは、もう観客席にいるのかな?」

「多分そうじゃないかな?」

 

 敵の企みごとの重要な位置を占めるであろうこの会場には、理奈の両親である水城 (いつき)と水城 美緒(みお)も保護者兼非常事態発生の際の護衛及びサポート役として同行しており、彼らはスタジアムに到着するとすぐ、怪しい仕掛けなどがないかを調べる為に別行動をとっていたのだ。

 

 それには保護者として預かった子供たちを出来るだけ危険から遠ざけようとする義務感のほかにも、自分たち大人がそばにいては遠慮して騒げないだろうという娘とその友達たちへの気遣いも含まれていた。

 

「……気を付けてね、緋乃ちゃん。お父さんたちも言ってたけど、この大会に合わせて建造されたスタジアム、絶対に何かあるんだから。指輪は絶対に外しちゃだめなんだからね?」

 

 緋乃の左人差し指に輝く指輪へと目をやりながら、少し緊張した様子の理奈が口を開いた。

 理奈はこのスタジアムに入ってからというもの、油断なく周囲へと気を配り続けており、その姿からはいつものふざけた様子が微塵も見当たらない。

 

 そんな理奈から不安の込められた眼差しと声を受けた緋乃は微笑みながら理奈の手を取ると、その手を自身の両手で優しく包み込む。

 

「だいじょうぶだよ、理奈。わたしは強いから物理的な襲撃は返り討ち。で、洗脳とかの搦手からは理奈が守ってくれるんでしょ?」

 

 ──むしろ、理奈たちこそ邪魔者として襲われたりしないか気を付けて欲しい。

 真顔に戻り、そう口にした緋乃を見て。理奈は必要以上に緊張してしまい、視野の狭くなりかけていた自身を省みる。

 

「……そうだね。緋乃ちゃんの精神防御を担っている私が先に倒れたら意味がないもんね。うん、頑張らないと!」

「お、燃えてるわね理奈。まー、理奈にはあたしがついてるから大丈夫よ。緋乃の練習に付き合わされた結果、無駄に強くなっちゃった明乃ちゃんを信じなさい!」

 

 シュッシュっと効果音を口にしながらシャドーボクシングをする明乃。そんな風におどける明乃の姿を見て緋乃の頬が緩み、いつもののんびりとした雰囲気へと戻る。

 そのまま緋乃たちは通路を進み、控え室の前まで無事に辿り着く。

 

「じゃあ、行ってくる。応援よろしくね?」

「任せなさい! 緋乃も頑張るのよ、ファイト!」

「頑張ってね、緋乃ちゃん!」

 

 控え室の前で別れ、そのまま緋乃は控え室に。明乃と理奈は来た道を戻り、観客席へとそれぞれ移動する。

 本来なら選手控え室のあるエリアは一般客立ち入り禁止なのだが、理奈は認識疎外の術式を使うことでそれを誤魔化して緋乃に付き添っていたのだ。

 

 まったくもって褒められた魔法の使い方ではないのだが、三人とも所詮は中学一年生のお子様。

 別に迷惑をかけているわけじゃないんだし、このくらいなら別にいいよねと。誰に聞かせるわけでもない言い訳と共に不法侵入を正当化していた。

 

「ふう……」

 

 控え室に入った緋乃は備え付けられていた机に着替えやタオルに水筒などの荷物が入ったスポーツバッグを置いて一息つく。

 壁に掛けられている時計を見れば、選手入場からの開会式までは少々時間があることが確認できた。

 

「んん~っ、ふぅ……。ついに本番……。わたしの夢への第一歩、か」

 

 緋乃は長椅子へと座ると足を投げ出し、そのまま背筋を伸ばすと同時に腕を大きく広げて伸びをする。

 そのまま数秒ほど体を伸ばしていた緋乃だが、やがて満足したのか、力を抜いたかと思うと椅子にお行儀よく座り直して物思いにふけり始めた。

 

(この大会はなんか裏で悪い人たちが動いてるらしいけど、そっちは理奈のお父さんやお母さんがなんとかしてくれるだろうから大丈夫。仮にわたしが狙われたとしても、理奈がすぐ気づいてなんとかしてくれるし。とりあえず、わたしは目の前の試合だけ考えていればいい……)

 

 左手に嵌められた銀色の指輪を見て、満足気にその目を閉じる緋乃。

 そのまま深呼吸を繰り返し──大きなスタジアムであるがゆえにこれまで以上に注目される事や、更にTVで自分の闘いぶりが放映されることから──今更高まってきた緊張感を解すべく悪戦苦闘する緋乃であった。

 

(わたし強い、大丈夫。わたしめっちゃつよい、大丈夫……)

「緋乃選手、緋乃選手! 入ってもよろしいでしょうか?」

「ひゃい!? にゃああ、ど、どうぞ!」

「失礼します!」

 

 目を固く閉じて自己暗示を繰り返している緋乃の耳に、ドンドンと扉を強く叩く音が飛び込んでくる。

 完全に意識の外からやってきたそれを受けて、心臓が飛び出そうになるほど驚く緋乃。

 

 驚きのあまりに椅子から軽く飛びあがり、悲鳴染みた返答をしてしまう緋乃であったが、スタッフの人間もこの手の反応には慣れているのだろうか。部屋に入ってきたその男性は苦笑したり呆れたりといったような反応は特に見せず、緋乃の顔を見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「いやあ、驚かせてしまってすいません。一応、ノックの方はさせて頂いたのですが気付いていらっしゃらない様子だったので……。てっきり眠っておられるのかな、と」

「い、いえいえ! こちらこそ気付かないでスイマセン……」

 

 スタッフから謝罪を受けるものの、その言葉から自身の方に10割の非があることを悟った緋乃はその恥ずかしさから顔を真っ赤にして、俯きながら謝罪を返す。

 

「ありがとうございます。それでは緋乃選手、そろそろ開会式の時間なので、所定の場所へと移動の方をお願いします!」

 

 ニカっと爽やかな笑顔を浮かべて緋乃の謝罪を受け取ったスタッフは、そのまま緋乃に対し移動の時間が来たことを告げると控え室から出て扉を閉めた。

 緋乃が顔を上げて壁の時計へと目をやれば、時間は既に開会式の直前だ。

 

「もうこんな時間……。あぶなかった……!」

 

 あやうく遅刻して大迷惑をかけた上に大恥をかくところだったと、冷や汗をかく緋乃。

 そのまま大慌てで部屋から飛び出た緋乃の目に、先ほどのスタッフが通路で待機している姿が映る。

 

「ご案内します、こちらです!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 心なしか早歩きのスタッフに案内された緋乃はなんとか時間ギリギリに間に合い、無事に選手入場から開会式までをこなすことが出来た。

 試合会場となるスタジアムの中にて。日本各地から集められた他の15人の猛者と共に、キャーキャーと騒ぐ観客たちやTVカメラへと手を振りながら、緋乃は自分を導いてくれたスタッフの男性へと感謝の思いを念じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ皆様、お待たせいたしました! 全日本新世代格闘家選手権、第二試合。5分3ラウンド。間もなく開始です!』

「待ってました待ってました! さぁて、緋乃ちゃんの格好いいシーンいっぱい撮るぞぉ~♪」

「あーもう、はしゃいじゃって。ここに来たときの真面目さは何処に……ってちょっと待ちなさい。そのビデオカメラって魔法(アレ)で取り出したんじゃなくてカバンから取り出したわよね? ってことは真面目なフリして最初から……?」

「それはそれ、これはこれだよ明乃ちゃん。緋乃ちゃんの晴れの舞台、これを撮らずして何を撮る……!」

 

 実況の声が観客で一杯のスタジアム内部へと響き渡り、それを受けてもう待ちきれないという様子の観客たちが次々に騒ぎ出す。

 そのように周囲が喧騒に包まれる中。観客席に座る理奈がごそごそとカバンの中を漁ったかと思えば、その中から出てきたのはつい最近発売されたばかりの最新式ビデオカメラ。

 

 4K映像の撮影は当然のこととして、高いズーム倍率や高性能の手ブレ補正やオートフォーカスを始めとした様々な機能の他に大容量メモリまで備えた逸品だ。

 本来なら女子中学生のお小遣い程度では絶対に手の届くような値段の品ではないのだが……。

 

「理奈、そのビデオカメラってかなり値の張るやつじゃ?」

「うん? ああこれ? そうだよ~。へへ、いいでしょ。お父さんにおねだりして買ってもらったんだ~♪」

「ぐぬぬ、このブルジョアめ……」

「撮れた映像は明乃ちゃんにもプレゼント!」

「さっすが理奈ね! いい友達をもってあたしは幸せだわ!」

 

 明乃の疑問の声に対し、笑顔を浮かべながら答える理奈。

 それを受けて明乃は、ほんのちょっぴりだけ自分の懐事情と理奈の懐事情を比べてしまい、緋乃の追っかけという趣味に全力をつぎ込める理奈へと嫉妬してしまうのであった……のだが、続く理奈の言葉を聞いた途端にその態度を一転。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら理奈を褒めそやすのであった。

 

『赤コーナーからは現役の総合格闘家! CROWN(クラウン)を始めとする数々の大会で優勝、準優勝を手にしてきた若き天才、本郷翼(ほんごうつばさ)21歳! 本大会においても優勝候補と目されており、活躍を期待されております!』

 

 赤コーナーから現れた、黒い拳法着を着用した橙色の髪の男性が実況の声に合わせて腕を上げる。

 それと同時に観客席から上がる歓声も大きくなり、明乃と理奈はその声量に眉を顰めた。

 

「うわー、凄いわね。結構な有名人じゃない。予選の連中とはもう全然格が違うわよ」

「へーそうなんだ。そんなに凄い人が相手なら、うまい具合に緋乃ちゃんの服が破れてポロリとかないかなーぐへへへへ」

「おっさんみたいな笑い声出すのやめんかい! 無駄にエミュ上手いわね!」

「いやーそれほどでも」

「褒めてない褒めてない、微塵も褒めてないから。ったく。ていうかそんなの撮りたいなら、サクっと洗脳でもして撮っちゃえば? 理奈ならできるんでしょ?」

「いやー、前に一回やったんだけど、罪悪感とかがけっこう来てね……。もうやめておこって決めたんだ~」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら理奈をからかう明乃であったが、えへへと笑いながら放たれた理奈の返事を聞いた途端に真顔になり距離を取る。

 そうしてそのまま上着のポケットからスマホを取り出したかと思うと、緋乃の連絡先をタップ──しようとしたところで、飛びついてきた理奈によってそれは阻止された。

 

「ジョークだってばジョーク! やるわけないじゃん! そんなこと知られたら後が怖いし、何よりそんな映像に価値はないっ! こういうのはね、偶然撮れてしまったた映像だからこそ尊いんだよ。価値があるんだよ!」

「いや、だって理奈だし……。まあコイツならやりかねないかなって……」

「泣いた! 明乃ちゃんからの信頼度の低さに全私が泣いた!」

「いや、信頼してるわよ? 主にマイナス方面にだけどね」

「もっとひどいー!?」

 

『続きまして青コーナー! 聞いて驚け、見て驚け! 本大会最年少! 小柄で細身のその身体からは信じられないパワーを発揮し、予選を蹂躙しつくした小さな暴君! 誰が呼んだか地獄の子猫(ヘル・キティ)! 不知火緋乃、12歳ー!』

 

 青コーナーから緊張した面持ちの緋乃が姿を現すと、観客たちの歓声がこれまで以上に大きくなる。

 予選会場で見られたような困惑の声は少なく、純粋に緋乃の暴れっぷりに期待している様子だ。

 それも当然。既に予選における試合の動画はネットに出回っており、TV中継ではなく会場で生の試合を観たいと駆け付ける程に熱心な観客たちはそれを予習済みだからだ。

 登場した緋乃も先に姿を現した翼を見習い、実況の紹介に合わせて腕を上げる……が、実況がいつの間にかついていた異名について声を上げた瞬間にその体制を大きく崩した。

 

「あ、コケそうになった」

「ギリ耐えたわね。あ、こっち睨んでる。流石緋乃、よくこの観客の山の中からあたしたちを見つけたわね」

「えへへ、頑張ってネットで広めた甲斐があったね明乃ちゃん」

「おうともさ。ふふふ、いいあだ名をつけてくれたあの不良組には感謝しないとね」

「うんうん。すごく可愛くてすごく強い、もう緋乃ちゃんにぴったしって感じのあだ名だもんね」

 

 不機嫌そうな表情を作りこちらを見てくる緋乃に対し、見せつけるようにピースサインを揺らす明乃と理奈。

 地獄の子猫という異名については嫌がる素振りを見せているものの、ただ気恥ずかしいからそのような態度をとっているだけであり、実際には本人も割と気に入っているということは長い付き合いの二人にはお見通しだ。

 

 そもそも、本気で嫌がる時の緋乃はもっと真剣な表情と声で、相手が折れるまでしつこく「お願い」をしてくるのだ。

 それが無く、頬を染めながらやめてやめてと繰り返すのはむしろ遠回しな許可の合図であり、ここで逆に異名を広めていなかった場合は少し寂しそうな表情をしていたことは間違いないだろう。

 

「あ、諦めた。でもちょっと嬉しそうだよ」

「あの反応、やっぱ気に入ってたわね。素直なのか素直じゃないのか、相変わらずね」

「そのちょっぴり面倒なところがまた可愛いんじゃない」

「まあねー」

 

 緋乃の反応について観客席で語り合う二人をよそに、試合の準備は着々と進んでいく。

 リング中央に立ち、試合前の挨拶を交わす緋乃と翼。それを見て実況が声を上げる。

 

『両選手が中央で向かい合います。身長186cmと身長150cm。まさに……。いや、実際に大人と子供と言ってもいいほどの年齢差と体格差です。一体この試合、どのような結果となるのでしょうか!』

 

 挨拶を終え、ニュートラルコーナーまで移動して構えを取る緋乃と翼。

 一見すると緊張しているかのような硬い表情をしている緋乃であったが、その胸の中にあるのは圧倒的な歓喜だった。

 

(まさか、TVの中でしか見たことのない相手と闘えるなんて……!)

 

 対戦相手である本郷翼という男は、現役で活躍しているプロの格闘家だ。

 その試合は何度かTVでも放映されたことがあり、当然ながら緋乃はそれを視聴していた。

 翼の闘う姿を見ながら「自分ならこう行ってこう倒す」「あの攻撃、自分ならこうやって対処した」と妄想して遊んでいた緋乃だが、まさかそれを実現できる日が来るなんて──とその心を躍らせる。

 

(相手は本物のプロ。わたしが今まで相手してきたアマチュアとは比べ物にならないはず。手加減なんて論外、最初から飛ばしていかなきゃ)

 

 内心で気合を入れ、その目を鋭くする緋乃。そんな緋乃の姿を見て、対戦相手の翼もより一層の気合を入れる。

 観客たちの歓声が鳴り響き、騒がしい会場内。しかしリングの上に立つ二人その喧騒に飲まれることなく精神を研ぎ澄まし──。

 

『ゴングが鳴りました! 試合開始です!』

 

 試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、緋乃が動いた。

 

「てりゃあぁぁ!」

「なっ!?」

 

 試合開始と同時にその身に眠る膨大な気を解き放った緋乃は、翼との間にあったおよそ10mほどの距離を一瞬で詰めるとその勢いを利用し、翼の腹部目掛けて蹴りを繰り出した。

 緋乃の身を覆う膨大な気を見てか、それともその圧倒的な速度を見てか。翼は驚愕した様子で目を見開くと、大慌てで防御態勢を取り──その直後。掲げた両腕に緋乃の蹴りが直撃する。

 

「ぐうぅぅぅ!?」

 

 流石はプロと言うべきか、常人ならば胴体が千切れ飛び、アマチュアレベルでも即死は免れないであろうその一撃を受け止める翼。

 しかしその衝撃で勢いよく後方へと吹き飛ばされ、もんどりを打って倒れてしまう。

 素早く立ち上がったことからも命に別状はなさそうだが、緋乃の一撃を躱すのではなく受け止めてしまった代償は大きかった。

 

『きょ、強烈ー! 試合開始と同時に緋乃選手が仕掛けたァー! 強烈な蹴り、強烈な蹴りです! 翼選手がボールのように吹き飛びました!』

「ぐっ……! 痛ッ!?」

「ふふっ、その反応。逝っちゃったね? 右腕……」

「……さて、どうだろうね?」

 

 翼が右腕を動かそうとした瞬間、その顔を歪めたのを目ざとく見つけた緋乃はニヤリと笑いながら声を上げる。

 緋乃のその言葉に対し強がりを返す翼であったが、右腕を動かすたびに脂汗を流すその姿を見れば答えは一目瞭然だ。

 

「まさかここまでとはね。まったく、予選の時はどんだけ手を抜いていたんだい?」

「別に手は抜いていないよ。ただ、相手のレベルに合わせていただけ」

「まあ、確かに。予選でこんなんやられちゃあ、確実に死人が出るか……」

「そうそう。……ところで、時間稼ぎはもう十分?」

「あ、バレた? できればもうちょっと待ってくれない? まだ腕が痺れててねぇ」

「いやだよっ!」

 

 時間稼ぎの会話を強制的に打ち切った緋乃は、再び翼目掛けて超高速で接近。

 試合開始直後と同様。再び助走の付いた蹴りを叩き込まんとする──と見せかけ、翼の背後へと回り込むとその側頭部目掛けて拳を放つ。──だが、しかし。

 

「甘いッ!」

「……ッ!」

 

 その動きを読んでいた翼は軽く身を屈めて緋乃の拳を回避すると、そのまま向き直る動きを利用して拳を振るう。

 慌てて腕を掲げ、その反撃を防ぐ緋乃。しかし、これで攻守が逆転した。

 翼は緋乃の顔面へと素早く拳を叩き込むと、緋乃が怯んだ隙にその機動力を少しでも奪わんとローキックを繰り出す。

 

「くっ……!」

「ッ!? 硬いなっ!」

 

 翼のローキック自体は緋乃の左脚に直撃。その衝撃で緋乃の体勢を崩すことには成功した。

 だが、しかし。緋乃が鎧のように全身へと纏う膨大な気によりそのダメージの大半は減衰し、緋乃本体へは僅かなダメージを与えるにとどまった。

 

「はあああぁぁ!」

「むぅ!」

 

 そのまま体制を崩した緋乃に対し連続で拳と蹴りを繰り出し続ける翼。

 その大半は緋乃に回避、あるいは防御されるのだが、少ない数ながらも一応は緋乃へと命中する。だが──。

 

『翼選手、ラッシュだぁー! だが右腕が動いていない! 動いていないぞ! 緋乃選手の初撃を受け止めた際に負傷したのか!?』

 

 利き腕ではない拳では緋乃の纏う気を貫くことができず、貫ける可能性のある蹴りは当然のごとく緋乃にマークされており、徹底的に弾かれるか回避される。

 

「クソッ……!」

 

 攻めているのは翼だ。しかし、翼自身も緋乃への有効打が無いことを理解しているのだろう。悪態をつきながらその顔を歪め──。

 焦りからか、その攻めがほんの一瞬だけ緩んだその瞬間。その一瞬の隙を緋乃は見逃さなかった。

 

「そこっ!」

「ぐ!? なにをっ……!」

『おっと! 連撃の合間を縫って緋乃選手が翼選手の顔面を掴んだ―! 一体何をする気だー!?』

 

 緋乃の小さな手の平が翼の顔面を鷲掴みにし、その視界を奪う。

 パンチやキックのような打撃技でも、掴んで投げ飛ばすわけでも無いその行動へ疑問の声を上げる翼であったが、流石というべきか。すぐに気を取り戻したようで、がら空きとなった緋乃の脇腹目掛け拳を振るう。

 

「このっ!」

「無駄だよ」

 

 しかし、その拳が緋乃へと届くその前に。

 翼の顔面を掴む緋乃の手の平から眩いまでの白光があふれ出し──。

 その直後、リング上を白い閃光が駆け抜ける。

 それに一瞬遅れて会場内へ轟音が響き渡り、爆風が吹き荒れた。

 

 

『うおおおおぉぉぉぉー!? なんだこれ!? なんだこれはァー!?  凄まじいぞッ! 凄まじいまでの大爆発だぁー!』

「すっご……。これが緋乃ちゃんの本気……?」

『信じられません、信じられません! こんな技見たことない! これが、これが緋乃選手の真の切り札なのか!? いやそれより翼選手は無事なのかー!?』

 

 混乱した様子で叫ぶ実況と、悲鳴や怒号が飛び交う観客席。

 そんな周囲の騒がしい様子には目もくれず、ビデオカメラを構えたまま目を丸くして、思わずといった様子で呟く観客席の理奈。

 

「まだ上はあるけどかなり真剣(マジ)ね。緋乃が制御できるギリギリの威力ってとこね。これ以上は威力の調整が出来なくてガチで殺しちゃうってことで封印してるのよ」

「まだ上あるんだ……。すっごい……」

 

 その理奈の呟きに対し、真剣な表情をした明乃からの補足説明が加えられた。

 それを受けた理奈は感心のため息を漏らすと、そのまま緋乃の立つリングへと熱い視線を送る作業へと戻った。

 頬を上気させ、潤んだ瞳で緋乃を見つめ続ける親友へと苦笑しながら、明乃もリング上の緋乃へと視線を集中させる。

 

『ああっ! 翼選手倒れてる! 倒れています! 無事なのでしょうか!?』

 

 緋乃の起こした爆発により巻き起こされた煙が晴れると、その中から倒れ伏した翼と無言で立ち続ける緋乃の姿が現れる。

 レフェリーが大慌てで翼に駆け寄り、その安否を確認する。

 翼の胸が上下に動いていることを確認したレフェリーは大きく頷くジェスチャーをしたかと思うと、腕を振り上げてカウントを開始した。

 

「カウント1!」

 

 レフェリーがカウントを開始したのを見て、落ち着きを取り戻した観客たちから再び歓声が上がる。

 翼を応援する声、心配する声。そのまま寝てろと緋乃の応援をする声に、リングを無視して先ほどの緋乃の技について語り合う声まで様々な声が上がり、会場内が喧騒に包まれる。

 

「今夜のネットは面白いことになりそうね。実況板とかどんな感じかしら……」

 

 思わずといった様子でカバンからスマホを取り出す明乃だったが、そのまま数秒ほどスマホの黒い画面を見つめると再びカバンへと仕舞い込む。

 ネットの確認は後からでもできるということで、緋乃の試合を見届けることを優先したのだろう。

 そうして明乃の見守る前でレフェリーによるカウントは進んでいき──。

 

『ゴングです! 試合終了ゥー! 勝者、不知火緋乃選手! 第二回戦へ進出です!』

 

 そのまま翼が立ち上がることはなく、試合終了のゴングが鳴った。

 観客たちから歓声や悲鳴が上がると共に、実況が勝者である緋乃の名を高らかに叫び上げる。

 意識のないままタンカに載せられて退出する翼と、蓋を開けてみれば大したダメージを受けていなかった緋乃が悠々とリングを後にする。

 

『それにしても凄まじい試合でした。素晴らしい試合でした! 両選手に惜しみない拍手が送られています!』

 

 激闘を演じた二人の選手に対し、拍手の雨が降り注ぐ。

 二人が姿を消した後も、その拍手はしばらくの間鳴り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタジアムの地下に、まるで隠されるかのように作られたモニタールーム。

 薄暗いその部屋にて、これまでの全試合をモニターしていた黒いスーツを着た強面の男──犬飼(じん)が頭をガシガシと掻きながら、困ったような声で独りごちる。

 

「つえーとは思っていたがまさかここまでとはな。……やべえな、失敗したかもしんねぇ。推薦しない方が良かったかもなぁ。……あんたはどう思う?」

 

 ギィ、と座ったままの椅子を回転させて部屋の入り口へと向き直る仁。

 すると部屋のドアがガチャリと開き、その顔に優しげな笑みを貼り付けた一人の男が入ってきた。

 その男の顔を見た仁は軽く鼻を鳴らすと、再びモニターへと向き直る。

 仁はそのまま両手を頭の裏で組むと、やる気のなさそうな声で背後にいる男へと語りかけた。

 

「あんたのオススメ通りねじ込んだはいいものの、ここまで強いとヤバくねえか? 本当に大丈夫なのかよ? 水城樹先生よぉ」

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