目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

27 / 85
二十七話 本戦第二試合

 全日本新世代各塚選手権二日目。

 その会場であるスタジアムの控え室にて、緋乃は一人瞑想を行っていた。

 長椅子の上で足を組んで目を閉じ、呼吸を整えながら精神を落ち着かせる緋乃。

 やがてその心から雑念が消え、頭を空っぽにした緋乃の口からすぅすぅという寝息が漏れ──。

 

「──はっ! いけないいけない。寝るところだった……」

 

 完全に寝落ちするギリギリ直前で踏みとどまることに成功する。

 危うく不戦敗になるところだったと、ドキドキする心臓を抑えながら、慣れないことはするもんじゃないねと反省する緋乃。

 

(今日の相手は予選で見たお姉さんと同じ流派のカウンター使い。でも練度はあのお姉さんよりもずっと上。うかつな打撃はやめておいた方がよさそうだね……。今回は打撃じゃなくて、掴んでからの起爆をメイン戦法に据えていこう)

 

 瞑想は自分に向いていないと諦め、対戦相手について分析しつつイメージトレーニングを行うことにした緋乃。

 今日の対戦相手、境月結(きょうげつゆい)選手は紺色の髪をボブヘアーにした大学一年生の女性格闘家だ。その身長は165cmとこれまでの相手に比べれば低い方ではあるが、それでも緋乃よりかはかなり大きい。

 

 ネットで調べた情報や過去の試合と予選の動画を信じるのであれば、結の格闘スタイルである境月流はカウンターを主体とした「待ち」の型であり、自分から攻めるのはあまり得意ではないように思えた。

 だがしかし、仮にも歴史のある武術なわけだし、そんなあからさまな弱点を放っておくわけがないことは頭の出来があまりよろしくない緋乃にもわかる。

 

(ゴングと同時に突っ込んで……。いや、それは前回やったし読まれてると思うからちょっと睨み合ってから……。いやいやそんなことしたら読み合いのチャンスを与えることになっちゃう。やっぱり速攻で掴みに行くべきかな……?)

 

 カウンターが得意な相手にどう攻め込むか頭を悩ませる緋乃。

 そのまましばらくの間悩み続けた結果、最終的に速攻で掴みに行くことを決めた緋乃は目を閉じて試合開始の時刻を待つ。

 するとしばらくして、緋乃のいる控え室のドアがノックされた。

 

「緋乃選手、時間になりました。準備をお願いします」

「わかりました」

 

 ドアの外にいるスタッフへ返事をすると、控え室から出てその後に続く緋乃。

 その瞳に迷いはなく、目の前の闘いに向けた闘志が燃えているのであった。

 

 

 

『さあ、全日本新世代格闘家選手権も二日目! 16人いた選手たちもその数を半分に減らし残り8名! 優勝し、最後に笑うのは一体どの選手なのでしょうか!? 注目の第一試合が間もなく始まります!』

 

 実況の台詞が終わると同時に、観客席から盛大な歓声が上げられる。

 彼らのテンションは非常に高く、そこかしこからピーピーという口笛の音が響き、近くの観客同士で肩を組みながら陽気に踊る姿が見て取れる。

 それもそのはず。この試合は前日、優勝候補とも目されるプロ格闘家の本郷翼を圧倒した緋乃の試合ということで極めて高い注目度を誇っているのだ。

 

 元々、緋乃はその12歳という異常なまでの若さや、まるで作り物であるかのように整った容姿などからネットを中心に非常に注目されていたのだが、それが昨日の試合で優勝候補相手に圧勝を収めたことで一気に爆発。

 スタジアムがここまでの大盛り上がりを見せる大きな要因となったのだ。

 

『赤コーナーから姿を見せますは、境月流の正統後継者! 境月結選手! 今日もその華麗なカウンター技を見せてくれるのでしょうか!?』

 

 実況の紹介に合わせ、赤コーナーから姿を現した袴姿の結が観客席に向かい一礼をする。それに合わせて彼女を応援する者たちが大きな拍手の後にエールを送った。

 

『続きましては青コーナー! 予選からこの試合まで、これまでの全試合を1ラウンドで終わらせてきた驚異の新人! 不知火緋乃選手ですっ!』

 

 緋乃が姿を現した瞬間、会場内の歓声が一際大きくなる。

 そこら中から緋乃を応援する声が飛び交い、それを受けて結の応援団が悔しそうな顔をしながら唇を噛む。

 声援を貰うことにも慣れてきた緋乃であったが、流石にここまでの応援を受けることは完全に予想外であり、その目を丸くして驚きの表情を見せる。

 が、対戦相手に無様な姿は見せられぬとばかりにすぐに気を取り直し、歩みを再開。リング中央にて結と向かい合う。

 

「貴方がが緋乃さんですね。新進気鋭と名高い貴方とお会いできて光栄です。いい闘いにしましょう」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 笑顔を浮かべながら右手を差し出してくる結に対し、緋乃も右手を差し出して答える。

 その手を取り合い、握手を結ぶ二人を見てレフェリーが満足気に頷く。

 

『試合前の握手を終え、二人が離れていきます。力の緋乃選手対、技の結選手。勝利の女神は一体どちらに微笑むのでしょう……。会場内に緊張した空気が流れております』

 

 ニュートラルコーナーにて向かい合う結と緋乃。今か今かとゴングを待ち構えるその姿は獲物を前にした肉食獣のようであり、観客たちも思わず固唾を呑む。

 そうして高まる緊張感の中、ついに試合開始のゴングが鳴る。

 

『試合開始です!』

(貰った……!)

 

 ゴングが鳴ると同時に高速で突進した緋乃は、結の顔面へとその右手を伸ばす。

 結の反応速度を超えていたのか、それとも虚をつくことに成功したのか。その右手が弾かれも避けられもしなかったことから速攻の成功を確信して内心で喜びの声を上げる緋乃。しかし──。

 

「えっ……? み゛ぃ!?」

「てりゃあぁ!」

 

 気づけば緋乃の体は宙を舞っており、困惑の声を洩らすと同時にリングへと背中から勢いよく叩きつけられる。

 その衝撃に悲鳴を上げる緋乃であったが、結の攻撃はそれで終わりではない。仰向けに倒れる緋乃のそのわずかに膨らむ胸へと両掌を当てると、裂帛の気合と共に渾身の気を放つ。

 

「はあああぁぁぁぁぁ!」

「がっ!?」

 

 衝撃がリング上を駆け抜け、緋乃の背がリングへとめり込むと共に蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 声にならない悲鳴を上げ、苦しそうにその顔を歪める緋乃を見て緋乃の応援をする観客たちから悲鳴が上がる。

 

『おおっとぉ! 緋乃選手の先制攻撃を上手く捌いた結選手! そのまま投げ飛ばしてからの追撃を決めたぁ! カウントが開始されます!」

「緋乃さん、確かに貴方の纏う膨大な気は脅威です。並の攻撃では弾かれ、仮に強打を叩き込んだとしてもその威力を大幅に減衰させてしまう……。恐るべき力です」

「カウント1! 2!」

「ぐっ……!」

 

 胸を押さえながらゆっくりと立ち上がる緋乃に対し、まるで講義でもするかのようにゆっくりと語りかける結。

 

「ですが、それも完璧ではない。密着状態でならばあなたの纏う気をすり抜け、本体に直接攻撃することができる」

 

 圧倒的な防御力を誇る緋乃に対し、どのようにダメージを与えたのかを淡々と解説する結。

 その解説を受け、観客席から感心したような声が上がる。が、それを遮るかのように呼吸を整えた緋乃が力強い声を上げた。

 

「確かに……、密着状態からの攻撃ならわたしにもある程度は効いちゃうね……。だけど、気の鎧を無視することはできても、身体強化までは無視できない……!」

「7! ……行けるね?」

「行けます!」

 

 ファイティングポーズを取る緋乃を見て、レフェリーがカウントを止めた。

 念のためといった様子で声をかけてくるレフェリーに対し、緋乃が力強く頷きながら声を返すと、レフェリーがその手を振り上げながら声を張り上げる。

 

「Fight!」

「はああぁぁっ!」

「甘いっ!」

 

 大会に参加してから初めて受けた大ダメージ。何でもないようには振舞っているものの、それが緋乃に与えた衝撃は大きかった。

 今度は投げ飛ばされないようにと引きの速度を意識した拳や蹴りを繰り出す緋乃であったが、ズキズキと痛む胸の方へと意識を取られてその動きは明らかに精彩を欠いていた。

 いくら圧倒的な身体能力を誇る緋乃といえども、そのような精神状態では碌な有効打を叩き込むことが出来ず──。ただ、時間のみが過ぎ去っていく。

 

『緋乃選手のラッシュです! その見た目にそぐわぬ重い拳と蹴りが何度も結選手を襲う! しかしさすがは境月流後継者! 見事にこれを捌いていますっ!』

(くっ……! 落ち着け、落ち着けわたし……。ええと、残り時間は……)

 

 速度を重視した攻撃は結へ反撃を許さない。しかし、焦った緋乃の攻撃は結に次々と受け流されてこれといったダメージを与えられない。

 緋乃はその事実に焦りながらも、戦略を立て直すべく、残り時間を確認しようと電光掲示板へと目をやる。

 

(残り22秒──いや20秒として……駄目だ、時間が足りない)

 

 そこに表示されていた残り時間はわずか20秒といったところであり、結を倒すには少々心もとない時間だった。

 ここからではどう攻めても時間が足りないということを理解した緋乃はこのラウンドで決めることを諦め、内心で自身の失敗を反省する。

 

(1ラウンドKOを狙い過ぎてたかも。自分でも気づかないうちに焦ってたんだ……。でも今ので底は見えた。最初から大技を狙うんじゃなくて、堅実に攻めて隙をつくスタイルでいけば……)

 

 特に狙っていたわけではなかったのだが、それでもできれば成し遂げたかった全試合1ラウンド勝利。それを阻まれた緋乃は不満げにその眉を顰めるのであった。

 

 

 

 

「はあぁっ! せいっ!」

「ぐっ……! てりゃっ!」

 

 第二ラウンド開始のゴングが鳴ると共に素早く結との距離を詰めた緋乃は、カウンターを貰わないよう気をつけながら、腕や足を絡め取られないよう出の早い小技を連打して結の体力を削りにかかる。

 一撃で仕留めるのではなく、小技で体勢が崩れたところを仕留めに行く作戦だ。

 動き自体は第一ラウンド後半とそう変わらないのだが、落ち着きを取り戻した緋乃の攻撃は鋭く、今度は結の迎撃を掻い潜り次々と命中する。

 

『第二ラウンド、先ほどの鬱憤を晴らすかのように開幕から攻め立てる緋乃選手ー! 結選手、何とか持ちこたえてはいるもののこれはピーンチ!』

 

 当然ながら緋乃の作戦には結も気付いてはいるものの、圧倒的な気の保有量の差からくる身体能力差の前に圧倒され、手も足も出ないのが現状だ。

 必死に緋乃の繰り出す拳や脚を防いではいるものの、防御や迎撃が間に合わずにその肩へと緋乃の拳が突き刺さり、その脚へと緋乃の蹴りが炸裂する。

 第二ラウンド開始から僅か数十秒にして満身創痍。結の敗北も時間の問題かと思われた。

 

「……せやっ!」

「あぐっ!? このっ──」

 

 常識外れの威力を誇る緋乃の拳や脚を何度も受け止め続けてきたことから既にボロボロであり、いつ折れてもおかしくはない結の細腕。

 そんな結の腕に対してトドメを刺さんとばかりに、緋乃はガードの上から強引に前蹴りを叩き込む。

 ガードの奥に控える肉体ではなく、掲げる腕そのものを目標として放たれた蹴りは結の骨を軋ませ──。

 

「捕まえた……!」

「あっ……」

 

 結がその痛みにほんの一瞬だけ気を取られた隙に、緋乃のその手が結の顔を覆う。

 自身の顔に張り付く手の平に、膨大な気が集中するのを感じ取ったのだろう。結が思わずといった様子で絶望の声を漏らし、そして──。

 

「じゃあね」

「──ッ!?」

 

 結が絶望の声を漏らした直後。キンッという小気味よい音と共にリング上を白い閃光が駆け抜け──。

 第二試合と同様。轟音と爆風が会場内を駆け巡った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。