目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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三十一話 幸せな世界

「あれ、ここは……? あたし、今まで何を……?」

 

 いつの間にか、見慣れぬ部屋の中央に立っていた明乃。

 周囲を見回せば、ここはどうやらマンションのリビングであるらしく、背後にはキッチンが。

 そして正面には大きな窓とベランダがあり、窓からは外の景色が覗いていた。

 

「それにスーツ……? あたしこんな服持ってたかしら……?」

 

 いつの間にやら自身の身を包んでいた黒いスーツを引っ張り、疑問の声を漏らす明乃。

 今まで自分が何をやっていたのか、自分がなぜここにいるのか。それらを全く思い出せず混乱する明乃の元に、ガチャリとドアの開く音が届いた。

 

「あれ、帰ってたんだ。もう……帰ってくるなら連絡してって言ったのに……」

「緋乃……? あれ? 緋乃……だよね?」

「ん、そうだけど……? 急にどうしたの? もしかして顔に何か……ついてないよね、うん。よかった」

 

 明乃が音のする方向へと振り返ってみれば、そこに見えるのは毎日のように見てきた緋乃の顔。

 スーパーの買い物袋を手に、茶色いスウェットと白いロングスカートを身に着けたその姿は相変わらず可愛らしく、どこに出しても恥ずかしくの無い自慢の()だ。

 

(ん……? 妻……?)

 

 自分のその思考に一瞬の疑問を抱く明乃であったが、買い物袋を机に置いた緋乃が抱き着いて来たことでその思考は強制的に打ち切られた。

 

「えへへ……お帰り、()()()

 

 嬉しそうにはにかみながらキスをしてくる緋乃の姿を見て、明乃の脳内にこれまでの記憶が一気に蘇る。

 緋乃と共に過ごした中学に高校。大学に進学したところで緋乃に告白して、自分も好きだったと涙と共に受け入れられた記憶。

 それから必死にバイトと就職活動を頑張って、友人達に祝福されながら挙げた結婚式。

 勉強を頑張ってきた結果、無事にそこそこの収入と定時に帰れることを両立したホワイト企業へと就職でき、緋乃を養いながらイチャイチャする幸せな毎日。

 

(ああ、そうだ。そうだった……。なんで忘れてたんだろ……。なんで、()()()()()()()ことを忘れてたんだろ……)

 

 これまでの記憶を取り戻した明乃は、中学時代から全く姿の変わらぬ、相変わらず小さいままの緋乃を抱きしめ返すと返事を返す。

 

「ただいま、緋乃」

 

 

 

 

「もうすぐできるから待っててね~」

「おっけー」

 

 部屋着に着替えた明乃は、キッチンで料理をする最愛の妻の姿をソファに寝転がりながら眺めていた。

 パタパタとその小さな体でキッチンを歩き回るその姿はいつ見ても愛らしく、思わず襲い掛かりたくなってしまうのだが、我慢我慢と自分に言い聞かせて明乃はTVの電源を入れる。

 

『はい、ここで味見をして、塩気が足りないようならもう一つまみほど──』

 

 明乃は情報番組の料理コーナーをぼーっと眺めながら、緋乃の作る料理について思いを馳せる。

 

(付き合った当初は本当にダメダメだったのに、よくぞここまで上達してくれたものよねぇ。……いや、()()()()()()()()()()んだから下手で当然っていうか、仕方のないことなんだけどさ)

 

 非常に残念なことではあるが、緋乃の味覚と嗅覚は幼い頃から完全に機能していなかったのだ。

 進んだ科学技術でも緋乃のそれらの感覚を治すことはできず、結果として緋乃は食事という行為が大嫌いになってしまった過去を持つ。

 食事は10秒飯こと栄養補給ゼリーやカロリーバーにサプリメントで適当に済ませ、レストランや食堂など大勢の人間が美味しそうに食事をする場には決して近寄らない。

 仕方なくそれらの施設の前を通らざるを得ない状況になっても、悲しそうに目を逸らしてできるだけ視界から外そうとする。

 そんな緋乃が自分の為だけに料理の腕を磨いてくれて、今ではレストランにも負けない程の美味しい料理を作ってくれるのだ。

 運命を共にする夫として、これほど嬉しいものはないと緩む頬を抑えながら明乃は緋乃が料理を作り終えるのを待ち、そして──。

 

「ごちそうさま。美味しかったわよ、緋乃。こんなに可愛くて料理上手なお嫁さんを持てて、あたしは幸せだわ~」

「……もう、恥ずかしいよ。……でもありがとね。わたしも、あなたと結婚できてとても嬉しい……」

 

 食事を終えた明乃は、緋乃のその膝の上にごろんと寝転がりながら、その可愛らしい顔へと手を伸ばす。

 ゆっくりと頬を撫でらると、緋乃は気持ちよさそうに目を細めながら甘えた声を出す。明乃にとって──いや緋乃の反応を見る限り、緋乃にとっても至福のひと時に違いない。

 そのまま思う存分、明乃は緋乃との甘い時間を過ごし……。

 

 

 

 

「あっ……。ちょ、緋乃……! こんなところで……!」

「あなたが……、あなたが悪いんだよ……。誘惑ばかりして……!」

 

 いつの間にやら緋乃に押し倒されていた明乃が恥ずかしげに声を上げる。

 ズボンは足首あたりにまで下げられてまるで足枷のようになっており、トレーナーも大きくめくり上げられて明乃の豊満なバストが露になってしまっている。

 そして、服の下から姿を現した明乃の白い肌の上を緋乃の小さくて暖かい手が這い回り──。

 

「ふふっ……。いつもはわたしが責められてるからね……。お返し、だよ……!」

「あ、そこは──んぅっ!?」

「ふふふ……可愛い。可愛いよ、あなた……」

「せめて……、シャワー浴びてからに……! 仕事の後だから汗くさ──」

「んむっ……、ふふ、あなたの汗、しょっぱい……」

「──え?」

 

 頬を赤く染めた緋乃にいいように弄ばれ、喘ぎ声を上げる明乃。

 緋乃の責めはどんどんエスカレートしていき、明乃はその全身にじわりと汗を滲ませ──。

 その汗をぺろりと舐めとった緋乃がその感想を漏らした瞬間。明乃の思考は一気に冷めた。

 

「──ねえ、緋乃。やっぱりシャワー浴びてからでいいかしら?」

「え……? わたしはこのままでも……?」

「いや、だって今のあたし、かなり臭いもん……。ちょっと恥ずかしいよ……」

 

 先ほどまでとは別の意味で早鐘を打つ心臓。それを悟られないよう、照れた笑みを浮かべながら恥ずかし気にシャワーを要求する明乃。

 自分の勘違いであってくれと、もっと緋乃とイチャつきたいという願望を込めて放たれたその言葉に緋乃は──。

 

「ふふっ、そんなことないよ……。わたし、あなたの匂いは好きだから……。すんすん……。うん、いい匂い……」

「…………そう。()()()()なんだ」

 

 可愛らしい顔をぐりぐりと明乃の体に押し付けて、その体臭を嗅いだ緋乃は、はにかみながらもその感想を口にした。

 それを受け、明乃は長いため息を吐き──緋乃の偽物を、念動力で大きく吹き飛ばして天井に叩きつけた。

 

「──がぁ!? あなた、なに……を……。わたし、なにか……悪い事……?」

「うるさい、この偽物め。緋乃の顔で、緋乃の声で。それ以上喋るな」

「にせ……もの……? いったい……?」

 

 天井から落ちてきて床に叩きつけられた緋乃が、苦しそうに、悲しそうに声を上げる。

 そのぱっちりとした目に涙を浮かべながら、弱弱しく話しかけてくる緋乃を見て。思わず駆け寄って抱きしめてやりたくなる明乃だったが──。

 ぐっとその気持ちを堪え、冷たい言葉を吐き捨てる。

 

「もういいって。わかってるんだから。……あのさ、知らなかったみたいだから教えてあげるわ。本物の緋乃はね、味覚と嗅覚が死んでるの。そして、それを物凄くコンプレックスに思ってる……。だから、間違ってもしょっぱいなんて感想は口にしない。このにおいが好きだなんて感想は口にしないの」

「──ふ」

 

 冷たい顔をした明乃からの指摘を受けた緋乃は、その顔を俯かせてプルプルと震え──。

 

「ふふふ……。あははははははっ! あはははははは! ああそうか、そうだったのか! 残念! もう少しで堕とせてたのに! ほんっとーに残念!」

「ふん。あたしを騙そうだなんて百年早いのよっ! もうバレたんだからさっさとここから出しなさい!」

 

 腹を抱え、本当におかしそうにケラケラと笑う偽緋乃に対し啖呵を切る明乃。

 しかし、その強気な顔とは裏腹に。強がってはみたものの、このままここに閉じ込められたらどうしよう──と内心で不安を抱いていた。

 そんな明乃の内心を知ってか知らずか、偽緋乃は笑いすぎたあまり流れてきた涙を拭いながら、明乃にとって嬉しい事実を告げる。

 

「ああ、それは大丈夫。わたしを見破った時点で、もうこの世界は終わりだから。──ほら、端っこから崩れてきてるでしょ? もうすぐ起きられるよ。よかったね」

「あ、そうなの。じゃあボコボコにするのだけは勘弁してあげるわ」

「わーい、たすかったー。わーいわーい」

 

 棒読みの台詞と共に、やる気のなさそうな適当なバンザイを繰り返す偽緋乃。

 それを見て、明乃は再び大きなため息を吐くと。

 

「じゃあね。まあ、結構楽しかったわよ? 催眠だとか精神操作とか、そんな物騒なもんじゃなくて、普通に見る夢としてなら大歓迎だったのに」

 

 明乃からの慰めの言葉を受けた偽緋乃は一瞬だけきょとんとした顔を浮かべたが、それはすぐにニヤニヤとした笑みに変わった。

 

「ああ、やっぱりそっちの趣味あったんだ~。まあ欲望を反映するわたしがこの姿になった時点で察してたけど? にしても、いくら可愛いからって幼馴染の女の子相手に欲情するとかちょっとド変態過ぎない~?」

「む、ぐぐぐぐぐ……。あーはいはい、もうそれでいいわよそれで! 明乃ちゃんは幼馴染の緋乃のことが大大大好きでーす! ……これで満足!?」

「うん、満足! やっぱり人間、素直が一番だよね!」

 

 厭らしい笑みを浮かべたままからかいの言葉を口にする偽緋乃に対し、明乃は不貞腐れたような返事をするが、それは偽緋乃に軽くあしらわれてしまう。

 二人が語り合っているその間も世界の崩壊はどんどん進んでいき、もはやこの世界も明乃と偽緋乃の周囲を僅かに残すのみだ。

 

「むー」

「うふふっ、それじゃあね。起きたら起きたで大変だろうけど、頑張ってね~」

 

 不満げに口を尖らせる明乃に対し、偽緋乃は笑顔で手を振りながら別れの挨拶を述べ──。

 

 

 

 

 

 

「はー……。御免なさいね。アタシがもっと強かったら……。美容や策謀なんかに明け暮れてないで、鷹野爺様や犬飼みたいに体を鍛えていれば……」

 

 倒れ伏す明乃と大地の前で、バジリスクの死体を撫でながら後悔の言葉を口にする蛇沢。

 しかしバジリスクの死体へと注目している蛇沢は気付いた様子を見せないが、意識を失っているはずの明乃の指がピクピクと何度か動き──その次の瞬間。

 

「どっせええええいぃ!」

 

 がばりと勢いよく空き上がった明乃が、そのまま蛇沢に対し念動力を行使した。完全に油断していた蛇沢は突然放たれたその攻撃に対応できず。

 

「え!? まさ──キャアアアァァァ!?」

「いよっしゃー! 今度こそあたしの勝ちィ!」

 

 明乃の念動力砲をまともに食らい、大きく吹き飛ばされた後に気を失う蛇沢。

 蛇沢が意識を失ったことを確認した明乃は、今度こそ勝利の雄叫びを上げるのであった。

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