目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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三十五話 最終決戦

「はああぁぁぁぁぁ!」

『ホウ……やるではないか!』

「まだまだぁ!」

 

 犬飼がその命を散らした直後。再びワイヤーによる刺突祭りが始まる前に、ゲルセミウムとの距離を一気に詰めた緋乃はそのまま接近戦を開始した。

 距離を離されないようその動きに細心の注意を払いながら、拳や脚や膝を連続で叩き込む。

 小柄な緋乃に接近されたことからか、ワイヤーによる攻撃を大きく制限されたゲルセミウムはその四肢を駆使して緋乃の攻撃を捌いていく。

 

「てりゃああぁぁぁ!」

『ヌゥン!』

 

 緋乃の拳がゲルセミウムの脇腹に突き刺さったかと思えば、逆にゲルセミウムの拳が緋乃の顔面へと突き刺さる。

 顔面を殴られた緋乃は負けじとゲルセミウムの顔面へと殴り返す──と見せかけ、ローキックで体勢を崩してからの膝蹴りを叩き込んだ。

 

『グッ、だが──!』

 

 ゲルセミウムはその膝蹴りで少し距離が開いたのを利用し、ワイヤーを緋乃の左右に展開。緋乃の斜め後ろから挟み込むように射出することで緋乃に前進を強要する。

 

『馬鹿め! これで終わりだ!』

「──それは、どうかな!?」

「何──!?」

 

 踏み込んできた緋乃をカウンターで沈めようという狙いなのだろう。ゲルセミウムがその右腕を大きく振りかぶる──が、ほんの一瞬。突如として重力が上向きに働いたことによりその体制を大きく崩す羽目となった。

 ここぞという時に撃ち込む為、あえて見せず温存しておいた重力操作の力を緋乃が解き放ったのだ。

 緋乃のその目論見は成功。緋乃に関する事前情報を持たぬゲルセミウムは当然、重力操作について何の警戒もしていなかったので反転する重力へ何の対応も出来ず──宙に浮き、間抜けに藻掻く羽目となった。

 そうして、無防備な姿を晒すゲルセミウムの顎を緋乃の左肘がかち上げ──。

 

「──う、お、おおおおおおぉぉぉぉ!」

『グウウゥゥ!?』

 

 続いて放った渾身のハイキックがゲルセミウムの胴体へと炸裂。その体に罅を入れ、大きく吹き飛ばした。

 

「はぁ……はぁ……! どうだっ!」

『グヌゥ……貴様、よくもこの我に傷を──!』

 

 連続攻撃の反動で息を切らしながらも勝ち誇る緋乃に対し、怒りを露にした様子のゲルセミウムがワイヤーを放たんと狙いを定めたその瞬間。

 

「やらせるかあああぁぁぁぁ!」

『グウゥ! 貴様ァー!』

 

 大きく跳び上がった明乃が上空から放った最大出力の念動力砲を全身に受け、スタジアムの硬い地面へとめり込むゲルセミウム。

 これまで緋乃にしか目を向けていなかったゲルセミウムは、予想外の妨害を受けたことでこれまで以上の激昂を見せる。

 そのまま上空の明乃と地上のゲルセミウムの間で力比べが始まり──。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ! 大人しくつ、ぶ、れ、ろー!」

『羽虫風情が……! 見逃してやっていれば──!』

 

 人外の面目躍如といったところだろうか。

 不意打ちを受けたことで最初は圧し潰されていたゲルセミウムであったが、そのパワーに物を言わせて徐々にその体勢を立て直していく。

 そうしてある程度崩れた姿勢を立て直したゲルセミウムは、無粋な乱入者──上空の明乃目掛けてその指先を向けた。

 

『消え去るがい──ガハァ!?』

「させないっ!」

 

 ゲルセミウムの指先へと赤い光が宿ったその瞬間。息を整え、戦闘前に理奈にかけて貰った持続回復魔法でダメージを回復させた緋乃がゲルセミウムの顔面目掛けて飛び蹴りを放った。

 再び意識の外からの攻撃を食らったゲルセミウムは大きく吹き飛ばされ、スタジアムの地面を何度もバウンドする。

 

『貴様らぁ──! よくもこの我をここまでコケに──!』

「うわ、めっちゃ怒ってる。怒らせすぎるのもヤバいんじゃ?」

「でも手加減なんかしたらこっちが死んじゃう。わたし死にたくないよ?」

『もういい、遊びは終わりだ! まずは──魔法使い! 貴様からだ!』

「理奈!? 不味い──!」

 

 まずは緋乃たちを強化している理奈を始末し、その後で弱体化──いや、本来の実力に戻った緋乃たちを始末しようというのだろう。

 ゲルセミウムは緋乃たちの邪魔にならないよう、距離を取るように逃げ回っていた理奈へとその両腕を向けた。

 

『消えて無くなれ……!』

「させるか! でりゃああぁぁ! ──嘘、効いてない!? 緋乃!」

「駄目! あいつ、ワイヤーを地面に撃ち込んでる! わたしの重力操作が効かない!」

 

 ゲルセミウムの両腕に目も眩むような赤い光が集まるのを見て、大慌てで明乃と緋乃がそれぞれのギフトを全力で発動する。

 しかし、明乃の念動力はゲルセミウムの発する膨大な魔力の壁に阻まれて届かず──緋乃の重力反転もゲルセミウムが地面へとワイヤーを撃ち込み、それをアンカーとして自身を固定していることで効果を発揮できなかった。

 

「そんな……! 理奈……!」

「……どうしよう、どうすれば!」

 

 飛び蹴りで派手に吹き飛ばして距離が大きく離れてしまった上に、ギフトで時間を無駄に使ってしまったのだ。今から駆けつけていてはゲルセミウムへの直接攻撃も理奈の救出も間に合わないだろう。

 補助魔法の維持に全力を注いでいる理奈にゲルセミウムの攻撃を防ぐ余力などないだろうし──補助魔法を解除すれば理奈は逃げられるだろうが、今度はスペックが大幅にダウンした明乃と緋乃の二人が死ぬ。

 いや、補助魔法を解除せずとも、理奈が死ねば結果的に補助魔法も解け、残る二人も死ぬ羽目になるのだ。

 限りなく詰みに近い状況を前に、緋乃の顔が絶望に染まり──そんな緋乃を見て、明乃が軽く笑った。

 

「明乃? 何笑って──!」

「ゴメンね緋乃。いろいろ考えたけど、あたしの頭じゃこれしか思いつかないわ」

「──え? 明乃?」

「理奈だけは意地でも守る。だから緋乃──あとは任せたわ。絶対に勝ちなさい! 約束だからね!」

 

 サムズアップをしながらニカっと笑い、緋乃に背を向ける明乃。

 まるで死地に向かうようなその明乃の姿を見て、緋乃が悲痛な叫びを上げる。

 

「明乃!?」

「そんな顔しなさんな! 大丈夫よ、理奈の補助魔法もあるんだし死にゃしないって! ただまあ、とてもじゃないけど戦う余力なんて残らないだろうから……」

「…………わかった。絶対に勝つ。だから明乃──絶対に死んじゃ駄目だよ」

「当然! あたしだってまだまだやりたいことあるんだから! ──それじゃあ、頼んだわよ! 奴の攻撃は意地でも防ぐから、緋乃は奴が力を出し尽くした隙を突きなさい!」

 

 力強い笑顔で必ず帰ってくることを約束した明乃を見て、緋乃も覚悟を決める。

 必ず勝つ。明乃の作戦通り、奴が撃ち終わった瞬間の無防備な状態をついて、全力で叩きのめす。

 そう決意した緋乃は呼吸を整え、消耗した気と精神力を少しでも回復させる体勢に入った。

 

『散々手こずらせてくれたが、これで終わりだ……! 貴様さえいなくなれば、あの小娘共は我の敵ではない……! さらば!』

「くっそぉ……。前衛無視して後衛を狙うなんて卑怯なぁ……!」

 

 誰に聞かせるわけでも無い独り言を呟きながら、ゲルセミウムがその腕に溜めた魔力を解き放つ。

 それは真紅の光線となり、理奈を飲み込まんと一気にスタジアム内部を駆け抜け──射線上に割り込んできた明乃へと直撃した。

 

『何だと!?』

「んっぎぎぎぎぎ……! だああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あ、明乃ちゃん!? ダメだよ逃げ──じゃない! 負けないで! 頑張って!」

『しまった! 威力を抑えすぎたか!』

 

 両腕を前に突き出し、そこに渾身の力場を発生させてゲルセミウムの魔力砲を防ぎ止める明乃。

 恐らくはゲルセミウムも明乃が割り込んできて受け止めるとは思っていなかったのだろう。思わずといった様子で驚愕の声を上げ──それを聞いた明乃がニヤリと笑う。

 

「へっ! 燃費とか気にしてっからこーなんのよ! 勝ちに行くときは全力で行くもんでしょーが! うおおおぉぉぉぉ!」

『ぐっ、おのれ……! どこからこんな力が──!? クソッ! 我を……舐めるなァ!』

(不味い! 明乃が死んじゃう!)

 

 魔力砲を必死に受け止めている明乃だったが、少しずつ力場が削られて砲撃が明乃の体に迫る。

 それを横から見ていた緋乃は明乃を守るために、明乃の立てた作戦を投げ捨ててゲルセミウムへと駈け出そうとして──。

 

「頑張れ明乃ちゃん──守護結界、三重展開!」

 

 明乃の背後にて、防御用の魔法を発動した理奈を見て動きを止めた。

 理奈の身体から補助魔法の効果を示す薄い光が消えているあたり、恐らくは自身への補助魔法を打ち切ることで精神力に余裕を作ったのだろう。

 確かに先ほどまでの様に逃げ回る状態ならともかく、現状況において理奈が自身へと補助魔法をかける意味は薄い。

 緋乃は理奈のその選択に気付き、関心の吐息を漏らしながら動きを止めた。

 

(うん、これなら大丈夫そう……。わたしは作戦通りタイミングを窺って……)

「サンキュー理奈! これなら……!」

『おのれ……! おのれおのれ……! 羽虫風情がァー!』

 

 怒りの声を上げるゲルセミウムだが、その威勢に反し魔力砲の威力は少しづつ下がっていく。

 そうして緋乃の見守る前で、明乃はなんとかゲルセミウムの魔力砲を防ぎ切ることに成功した。

 

「へ、へへへ……どんなもんよ……。でももう無理ィ……」

「明乃ちゃんしっかり!」

 

 疲労困憊といった様子で地面へと倒れ、大の字になる明乃。そこへ理奈が駆け寄り、その身体を抱き起こす。

 見下していた人間に、自身の砲撃を防がれたのが相当にショックだったのであろう。ゲルセミウムが呆然自失といった様子で声を漏らし──。

 

『ば、馬鹿な……! 我が砲撃を防ぎきるなど──しまっ!?』

「し、ねえええぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 怒り狂う緋乃の拳が、その頭部へと突き刺さった。

 

『グアアァァァ!?』

「この……! よくも明乃を……! よくも理奈を……! 死ね、死ねぇっ!」

 

 目の前で親友を殺されかけた怒りで脳のリミッターが外れたのだろう。先ほどまでよりさらに大きな気を纏った緋乃がゲルセミウムをひたすらに殴りつける。

 その拳が突き刺さるごとにゲルセミウムのボディに罅が入り、その蹴りが炸裂するごとに砕けたボディから小さな欠片が零れ落ちる。

 怒り狂う緋乃の勢いは凄まじく、魔力砲で消耗した直後ということもあってゲルセミウムは防戦一方だ。

 

『グ、グゥ……。何という力、貴様本当に人間──!?』

「は、じ、け、ろォ!!」

『ガアアアァァ!?』

 

 殺意を剥き出しにして襲い掛かる緋乃を前に、ゲルセミウムがついに怯えの籠った声を上げ始めたその瞬間。

 緋乃はゲルセミウムの顔面を鷲掴みにするとそのまま体を大きく捻り、反対側の地面へと勢いよく叩きつけ──それと同時に気を流し込んでゲルセミウムの顔面を爆破。

 その一撃はゲルセミウムの顔面を大きく抉り──黒一色で染まったその中身を曝け出させた。

 

『ク、クソッ。見かけに反し何という狂暴性……! ここは一旦引くべきか……!? いや、しかし……』

 

 失った肉体を即座に再生しつつ、躊躇いつつも緋乃から距離を取ろうとするゲルセミウム。

 しかし、大地を蹴ろうとしたその足が不意にふわりと浮き上がり地面から離れ──。

 

「逃がさない……! 逃がすものか……!」

『重力操作!? しまっ──ウゴアァァ!?』

 

 その原因に気付いたゲルセミウムが大慌てで声を上げ、地面へとワイヤーを撃ち込むことで体勢を立て直そうとするが──それよりも前に、追い縋ってきた緋乃の前蹴りがゲルセミウムの胴体へと炸裂。

 ゲルセミウムは猛スピードで吹き飛び──スタジアムの外壁へと叩きつけられた。

 

『ウ……グ……。クソッ、せめてマトモに復活さえできていればこのような……』

「はーっ! はーっ! お前は、ここでわたしが……!」

『クッ……。まさか、ここまで強い人間がいるとはな……』

(不味いね、ちょっとキツくなってきた……。時間はもうあまりない、か……)

 

 一見すると緋乃が一方的にゲルセミウムを痛めつけているかのように見えるこの状況。

 しかし、緋乃のパワーアップは怒りにより脳内のリミッターが外れたことに起因するものであり、生存に必要なエネルギーをも燃やして発揮している一時的なものでしかない。

 故に、緋乃に残された時間は残り少なく──逆に、素の能力で緋乃を上回るゲルセミウムの方が圧倒的に有利なのだ。

 それを知る緋乃はゲルセミウムを早く仕留めようと渾身の一撃を繰り返していたのだが……相手の耐久度が予想以上に高かった為、中々致命傷を与えられずにいた。

 

(殴っても蹴っても駄目。仕留めるにはもう、あのケルベロスを倒した新必殺技しかない。でもあんな大技を当てる隙なんてコイツには無いし、隙を作ろうにもそこまでのダメージを与える技がない。せめて何か武器でも──ん、武器?)

 

 目の前の敵をどう倒すか施策を巡らせていた緋乃の脳裏に、一つの考えが浮かぶ。

 武器が無い? いや、丁度いい武器があるじゃないか。両腕の先端に、それぞれ一つづつ。とっておきの武器が付いているじゃないか。

 

(ふふ、ふ……! いける、これならいける! 後はわたしの生命力(いのち)が持ってくれさえすれば……!)

『聞け。強く、美しい娘よ。我から提案がある』

「提案? 一体どんな……?」

 

 緋乃がゲルセミウムを仕留める算段をつけると同時に、ゲルセミウム側から緋乃へと話しかけてきた。

 別に無視してもよかったのだが──いや、むしろ気の消耗を抑えるために無視するべきだったのだろうが──目の前の悪魔が一体どのような提案をしてくるのかが気になった緋乃は、とりあえずそれを聞いてみることにした。

 

『我が妻となれ』

「……は?」

 

 てっきり財や力を与えるから見逃せなどといった、ありふれた命乞いのような提案が飛び出してくるかと思っていた緋乃であったが……いざゲルセミウムから飛び出してきた言葉を聞いて完全に固まった。

 

(求婚……? え、わたしプロポーズされてる? なんで!?)

『このまま闘いを続けては、我もお前もただでは済むまい。美しさと強さを兼ね備えるお前は、ここで失うには惜しい存在だ。我と同格の存在としてお前を認めよう。眷属などという上下関係ではなく、対等の存在としてお前を扱おう。──我の元へ来い、娘よ。我と共に、永遠の時を過ごそうではないか。我と共に、思うがままに力を振るおうではないか』

「ああ……、そっちね……。そういう事ね……」

『……? 返事を聞こう。我が提案、受け入れるか否か』

 

 あまりに予想外の言葉を聞いて混乱した緋乃であったが、続く言葉を聞いてゲルセミウムの真意を理解した緋乃が気の抜けた声を出した。

 

 妻って言うから私に惚れたのかと思ったじゃん。ただの同盟のお誘いじゃないか紛らわしい。

 まあ永遠の命というのは確かに魅力的だが、明乃と理奈も一緒じゃなければ意味はないし──なにより、ほんの数十秒前まで命がけで殺し合っていた相手を信用するほど自分は愚かではない。

 そこまで考えた緋乃は、ゲルセミウムを睨みながら己の意志を告げた。

 

「やだ。いくらなんでも信用できない。それに、お前は明野と理奈を──わたしの大切な、本当に大切な友達を殺そうとした。絶対に許せない」

『そうか……残念だ……。ならば仕方ないな──死ぬがよい!』

「それはこっちの台詞──ッ!」

 

 交渉決裂と同時に繰り出される、ゲルセミウムのワイヤー刺突攻撃。同時に繰り出すのではなく、隙を埋めるよう連続で繰り出されたその攻撃を緋乃は拳で迎撃、あるいは受け流しつつゲルセミウムへと近づいていく。

 そうしてワイヤーの槍衾をやり過ごした緋乃に対し、今度はゲルセミウム本体から拳打が繰り出される。緋乃はこれも身を大きく屈めることでかわし──。

 

「とっておきだよ。食らえ──!」

『何!? ──ギッ!?』

 

 自身の指へと帰ってくるダメージを一切考えない、渾身の貫手をゲルセミウムの腹部へと叩き込んだ。

 ボキボキと指の骨が折れ、激しい痛みが襲ってくる。指がぐにゃぐにゃに曲がる気持ち悪い感触が伝わってくる。

 

「ぐ、うぅぅ……!」

 

 緋乃は涙目になりながらもそれらの感覚に必死に耐え、ゲルセミウムの体内に己の手首から先を全て侵入させ──自身の制御限界を遥かに超える量の気をその手へと流し込み、()()()()

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」

『グガアアアアアア!?』

 

 緋乃は手首から先が弾け飛んで無くなる痛みから。ゲルセミウムは体内にて大爆発が起こり、腹部がごっそりと吹き飛ぶ痛みから。お互いに悲鳴を上げ──それでも緋乃は止まらない。

 

(痛い、痛い、痛い! だけど──どんな痛みが来るのかがわかってれば、耐えられる!)

 

 気で痛みを軽減する技術──それを突き抜けてとんでもない痛みが襲ってくる。

 でも、それがどうしたというのだ。このくらいの怪我なら多少時間はかかるものの別に治るんだし──それに何より、ここでこの敵を倒さないと自分は死ぬんだ。

 命と手。どちらが大事かと言われたら、命の方に決まってる! 

 

「うおおおおぉぉぉぉ! ──吹っ飛べええぇぇぇ!」

「────!?!?」

 

 緋乃は必死に後ずさるゲルセミウムを追いかけ──その腹に空いた大穴の中に、残った左手も突き刺した。

 そうしてそのまま、より多くの肉が残る胸側へとその手を潜り込ませ──右手と同様に起爆。自身の手もろとも、再びゲルセミウムの肉体を大きく消し飛ばす。

 もはや悲鳴を上げる余力も無いのか、爆発の勢いで後方へと吹き飛んで仰向けに倒れるゲルセミウム。

 

(あ、これヤバ──ううん、もうちょっと。あともうちょっとなんだ……! だから、まだ倒れるわけには……!)

 

 そして、それと同時に猛烈な脱力感が緋乃を襲う。これまでの戦闘において、あまりにも多くの気を消費しすぎたのだ。

 しかし、それでも緋乃は止まらない。今更止まるわけにはいかない。

 今ここで倒れてしまえば、これまでの全てが無駄になってしまうのだから。

 

「これでっ──!」

『ここ……まで……か……』

 

 緋乃は飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、重力を反転させると同時に大ジャンプ。一気に天高く飛びあがると、そのまま右脚を掲げてそれに腕を絡ませ──脚を掲げた状態で固定する。

 自身を一本の杭と見立てた緋乃は、そのまま全身を覆うように気を纏うとすかさず限界まで重力を引き上げる。そうして猛烈な勢いで落下していき──。

 

「終わりだあぁぁぁぁ──!!」

『み、見事……だ……。あぁ……美し──』

 

 着弾。スタジアムの残骸もろとも、ゲルセミウムを──次元の悪魔とも呼ばれ、恐れられたそれを消し飛ばすのであった。


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