目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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四話 帰り道

「明乃ちゃん、緋乃ちゃん。また明日ね~。……イテテ」

「お邪魔しました~! また明日ねー、理奈」

「お邪魔しました。……また明日」

 

 時刻は夕方の6時。流石に遅くなってきたのでそろそろお開きということになり、自宅へ帰ることにした明乃と緋乃を門のところまで見送る理奈。

 ついうっかりはしゃぎ過ぎた代償として、緋乃から拳骨をお見舞いされた明乃と理奈だったが、既に回復し終えた明乃に対し、理奈の方はまだ痛みが抜けきっていないようだ。

 

(むぅ……流石に気を込めるのはやりすぎだったかな? いやいや、わたしは悪くない。悪いのは二人の方なんだから……)

 

 理奈を見て一瞬だけ申し訳なさそうな顔をする緋乃だったが、軽く頭を振ることで自分は悪くないと思い直し、素早くポーカーフェイスを作り上げて貼り付ける。

 もっとも、心配そうな顔をしたところは二人にばっちり見られており、緋乃にバレないよう明乃と理奈は目線を合わせて頷き合い、同時に苦笑する。

 

「……ふふっ」

「やれやれ……」

 

 緋乃自身は自分のことをクールな大人だと思っており、日ごろからそのように見える態度を心掛けているつもりだ。

 そして、幼馴染たちを含めた周囲からもそう思われていると信じている。

 しかし完璧な態度だと思っているのは当人だけであり、実際には予想外のことが起こるとすぐあわあわと混乱してボロを出す上、行動も大半がノリと勢いに身を任せた行き当たりばったりなものだったりと穴が非常に多い。

 当然ながら幼馴染で長い付き合いのある明乃と理奈の二人にはとっくの昔からその本性はバレバレであり、「大人ぶってクール系気取ってる緋乃ちゃん可愛い」と生暖かい目線で見られているのだが、知らぬが仏とはこのことか。

 

 

 

 

「緋乃、右後ろの方。マンションの陰に男。尾けられてるわよ。コートにサングラスとマフラー。100点満点の不審者ね……」

「んえ? ああ、うん。わかってる」

「うそつけ」

 

 自宅への帰路を歩む二人だったが、途中で明乃が背後から誰かに尾行されていることに気付き、険しい顔をしながら小声で緋乃に忠告する。

 緋乃もその忠告を受け、遊び疲れてボーっとしていた頭と顔を引き締め、意識を戦闘用のそれに切り替える。

 

(むぅ……。あ、ホントだ。変な気配があるね)

 

 緋乃が周囲へと意識を張り巡らせてみると、確かに明乃の言う通りの位置に怪しげな気配が一つ。

 

「理奈の家に入る時から、こっちを見てた奴だよ。理奈の家って大きいし、てっきり泥棒かと思ってたけど……」

「え? 初耳なんだけど。理奈には伝えたの?」

「もちろん。ていうか、やっぱあれも気づいてなかったんだ」

「えと、その。まあ、えへへ……。ていうか、なんでわたしには教えてくれなかったの?」

「緋乃に教えたら突っ込んでくでしょ。不審者め、死ねぇ! って感じで。理奈のお母さんにも伝えたら、とりあえず様子見でって話になったの」

 

 二人は尾けてきているであろう男に聞こえないよう、なんでもない雰囲気を装いつつ、小声でやり取りをする。

 明乃から不審者情報の共有から自分だけハブられていたことを教えられて緋乃はショックを受けるが、同時にその主張が正しいことも理解してしまったので文句を言うことも出来なかった。

 

「む~……」

 

 余計な面倒ごとを避けるという考えの元、自分に教えなかったということは理解できる。理解はできるけど、なんかモヤモヤする。

 少し落ち込んだ雰囲気を漂わせ、不満げな表情のまま黙りこくってしまった緋乃。

 そんな緋乃を見て、明乃が少し慌てた様子でフォローに走る。

 

「あーもう、黙ってたのはゴメンって。だから機嫌直してよね~」

「……別に。怒ってなんかいないし。それより、どうするの?」

 

 顔の前に手を持ってきて、緋乃に対し謝罪の意を示す明乃。緋乃もそこまで深刻には悩んでいなかったのだろう。その謝罪に対し強がりを言うと、話題を不審者へどう対処するかについて戻す。

 

「うーん、そうねえ。理奈の家から離れたあたり、狙いはあたしか緋乃。自分で言うのもなんだけど、あたしたちってかなり可愛いからねー。人さらいの可能性はありえる。あと少し危険度下がって盗撮魔とか? でも告白前の下調べとか、そういうまあまあ無害な人って可能性も捨てきれないし……」

「つまり?」

「臨機応変ってヤツよ。このまま帰って何もしてこなければヨシ。相手は一人みたいだし、襲い掛かってくるようなら二人で迎撃。人が増えたり無理そうなら逃げで」

 

 フフン、と得意気に人差し指を立てながら不審者への方針を示す明乃。常識で考えるのならば、女子中学生に過ぎない二人が不審者に戦いを挑むなど愚の骨頂。論外も論外だ。

 明乃は同年代の女子に比べると確かに発育が進んでいるものの、男性との筋力差を覆すには程遠い。ましてや、小柄な緋乃なんてもう考えるまでもない。

 

 しかしあいにく、明乃も緋乃も強力な能力を持つギフテッドであり、更に気の運用まで身に着けた、女子中学生の領域をはるかに超えた戦闘能力の持ち主。

 その力は既に下手なプロ格闘家をも上回っており、国内でも最上位レベル相当に達している。ただの不審者程度に後れを取ることなどありえないのだ。

 

「あたしも緋乃も、いざとなったら空飛んで逃げられるからね~」

「疲れるからあまりやりたくはないんだけどね」

「ま、緋乃の重力操作は燃費悪いものね。……でも視界全域が射程距離な上に、念じるだけで即時発動とか反則じゃない?」

 

 明乃は念動力で自身を持ち上げることで、緋乃は重力反転による浮遊から、水平方向に「落ちる」ことで空を飛ぶことが出来る。

 相手はコートにマフラーとサングラスで全身を隠してはいるものの体格的に間違いなく男性で、当然ながら女性しか持たないギフト能力は持っていない。もしヤバくなったら、空へ逃げてしまえば追いかけられないという寸法だ。

 

 拳銃などの飛び道具を出されたら追撃されてしまう危険性はあるが、その程度なら明乃と緋乃にとっては何ら脅威にならない。

 明乃の場合はバリアのように周囲に力場を展開することで銃弾を弾けばいいし、緋乃の場合は明乃と同様のことを気でやればいいのだから。

 

「いい? 緋乃。本当にヤバくなったら空を飛んで逃げること。相手は男だから飛べないし、あたしたちなら下手な飛び道具は弾けるし」

「ん、おっけー」

「よし! じゃあそういうわけで、ちょっぴり警戒しつつ帰りましょっか」

「らじゃ」

 

 明乃は素直に頷き、了承の意を示す緋乃に満足した様子を見せ、そのまま歩き続ける。

 尾けてきている不審者にはバレないよう、なんでもない風を装いつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もしばらく歩き続けた明乃だったが、結局何も起こらずに無事に自宅前まで帰ることが出来た。

 心配しすぎか、よかった。でも念のため両親と緋乃のお母さんにも伝えておこうかなーなどと思いつつ、明乃がその顔に笑顔を浮かべながら振り返る。

 

「いやー、結局何もなかったわね。あたしの考えす……ぎ……。緋乃?」

 

 しかし、そこにはついてきているであろう親友の姿はどこにもなく。

 

「緋乃? え? 緋乃?」

 

 キョロキョロと周囲を見回すも、見えるのは少し離れた家のおばさんが、自宅の駐車場に入り込んだ落ち葉を箒で片付けている姿のみ。

 不安になった明乃は大慌てでカバンからスマホを取り出し、震える指先で連絡先にある緋乃の名前をタップ。緋乃のスマホへと連絡を試みる。

 

(落ち着けあたし! 緋乃のことだし、勝手に寄り道でもしたんでしょ。……ちょっと、遅いわね! ええい、早く出なさいよ緋乃!)

 

 しかし、何度コールしても緋乃は出ず、留守番電話サービスに繋がるのみ。明乃は舌打ちするともう一度緋乃の連絡先をタップする。

 スマホを耳に当て、緋乃からの受信を待つ明乃。その脳裏に、不審者に気絶させられてその細い両手と両足を縛られた緋乃が車に連れ込まれる姿がよぎった。

 

「ええいもうっ! なんで出ないのよ!」

 

 結局、2回目の発信にも何の反応もなかった。明乃はスマホをカバンに投げ込むと、震える胸に手を当てて深呼吸した。

 

(……落ち着け。まだ何か事件に巻き込まれたと決まったわけじゃないんだし、落ち着くのよあたし)

 

 そのまま深呼吸を繰り返し、緊張からくる震えが収まった明乃は、自身に落ち着けと言い聞かせながら出来る限り冷静に考える。

 

 警察に連絡? いや、事件じゃなかったら緋乃に迷惑がかかる。緋乃の母親に連絡? スマホに連絡先入ってるし、後でも大丈夫だろう。もし事件じゃなかったら緋乃に迷惑だろうし。

 大丈夫、緋乃はとても強い。平常時は割とビビりでヘタれなところもあるが、いざというときの負けん気は滅茶苦茶強いし、大人しく連れ去らわれたりするようなタマじゃない。

 

(今はとりあえず、急いで道を再確認! どうせどっかのコンビニにでもいるはず!)

 

 結論を出した明乃は、来た道を戻る方向へ全力で駆けていく。理奈の家から自分たちの家までの間にあるコンビニは二か所。ほんのちょっぴりルートを変えたところにあるもう一つのコンビニを加えれば三か所だ。そのどれかに緋乃がいると信じて。

 

 そうして内心の不安を押し殺しながら駆けている明乃であったが、その胸に一つの疑問がふと湧き上がる。

 

(そういえば、なんで帰る時に緋乃とお喋りしなかったんだろう……。ネタならいくらでもあるし、いつもなら絶対に喋ってたはずなのに……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 閑散とした住宅街の、とある袋小路。カァカァと鳴くカラスの声に、ぼーっと立っていた緋乃はふと我に返る。

 

(ここどこ? 確か、明乃と一緒に帰ってたはず。……だよね?)

 

 何故か見覚えのない場所へとやってきていた緋乃は、その原因を探ろうとその場に留まって頭を回転させる。

 しかし何一つ思い当たることはなく、仕方ないので緋乃は釈然としない気持ちのままとりあえず現在地を確認しようと、袋小路から出るために足を進めたその瞬間。

 

「…………」

(さっきの不審者。もしかして、こいつが犯人? ……いや、犯人にしてもどうやって? 催眠術……なわけないか……)

 

 つい先ほど明乃と話していた不審者──帽子を深くかぶり、マフラーとサングラスで顔を隠した、茶色いコートを着込んだ謎の男──が袋小路からの出口をふさぐように立ちはだかった。

 全身全霊をかけて私怪しいですアピールをしているその男を見て、緋乃は警戒を深めた。

 意識を戦闘モードに切り替え、相手にバレない程度に軽く気を練り上げ、全身へ回す準備をする。

 

 互いに10メートルほどの距離を開けたまま、緋乃と不審者は向かい合う。そのまま十数秒ほど経過しただろうか、これといった反応を示さない不審者に業を煮やした緋乃が口を開こうとしたその先に、不審者が声を上げた。低くかすれた、不気味な声だった。

 

「力を……示せ……」

「……それはつまり、わたしに喧嘩売ってるってコト?」

「…………」

「それと、なんかここに来るまでの記憶が曖昧なんだけど。これってあなたのせい?」

「…………」

「はぁ……。まったく」

 

 緋乃は少しでも情報を引き出そうと何度か話しかけるも、男からは最初の一言以外何の言葉も帰ってこない。

 緋乃の形の良い眉が歪み、不機嫌そうな表情が形作られる。

 

「ちゃんと言葉のキャッチボールしてくれない?」 

 

 緋乃は男から情報を引き出すのは諦め、とりあえず状況と雰囲気からこの男こそ現状況を引き起こした犯人と結論付けた。

 どのように自分をここへ連れてきたのか。自分と一緒にいたはずの明乃は無事なのか。目的は何なのか。気になることは山のようにある。

 

 しかし最初に口を開いて以来、男はずっとだんまりを決め込んでいる。語彙に乏しく、余り頭もよくない自分では会話で情報を引き出すことは困難。……ならば、力づくで聞きだすまでのこと。

 そこまで考えた緋乃は、内心の攻撃の意志を悟られないよう、注意深く表情を作る。

 

(先制攻撃。イライラしながらも会話で情報を引き出そうとしている風に振舞って、油断させる)

「ねえ。いつまで黙ってるの? わたし、いい加減怒るよ?」

 

 男へと文句を言う演技をしつつ、注意深くその隙を伺う緋乃。隙を見つけたら容赦なく蹴り飛ばしてやると内心で息巻いていたが、その機会は思っていたよりもすぐにやってきた。

 

「わたし、こう見えても……ッ!」

 

 会話で情報を引き出そうとする緋乃に対し焦れたのか、それとも別の狙いか。男が何らかの動きを見せようとしたその瞬間。その隙を見逃すことなく、緋乃は動いた。

 

(遅い……!)

 

 瞬時に気を練り上げて全身に纏うと、動き出そうとしている男目掛けて一気に突撃。一瞬で男を抜き去ると、その背後へと回り込む。

 

「……!?」

「せいっ!」

 

 男が振り向こうとアクションを起こしているが、もう遅い。

 緋乃は右脚へとさらに気を集中させ──先制攻撃は貰ったとばかりに、男の頭部目掛けて強烈な回し蹴りを繰り出した。


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