目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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2話 衝撃

 とある片田舎にある大きな和風の屋敷。

 雨戸を閉じ、光が遮られたその一室にて、一人の男がプロジェクターで映像を鑑賞していた。

 

『捕まえた……!』

『あっ……』

 

 映像に映っていたのは、先々月に行われた全日本新世代格闘家選手権の試合であり──ちょうど緋乃が必殺技でフィニッシュを決めるシーンであった。

 映像の中にて巨大な爆発が巻き起こり、煙が晴れると同時に全身をボロボロにした相手選手が姿を現す。

 そのシーンを見た男の口元がニヤリと歪み、機嫌の良さそうな声が漏れ出る。

 

「不知火緋乃……。ああ、やはりいい……」

「──総一郎様、間もなくお時間です」

「わかった。すぐ向かおう」

 

 男が独り言を呟いたそのタイミング。

 木製の扉の向こうから聞こえてきた女中と思わしき声を受け、男の口元が引き締められた。

 いいところで邪魔をされたと言わんばかりに、男は小さくため息を吐くと部屋の明かりをつけ、プロジェクターの電源を落としてから部屋を出る。

 

「人間関係において、第一印象こそ最重要。気を引き締めねばな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、大きなお屋敷ね……」

「お城みたいだね……」

 

 日曜日、明乃と緋乃は野中に連れられてとある田舎にある、退魔の名家へとやってきていた。

 この大神家という家は長い歴史と伝統を誇る、日本の退魔師の中でも最上位クラスの名家であり──今回の訪問は、特殊事象対策室の民間協力者として妖魔退治に関わることとなった二人の、いわゆる挨拶回りというものだ。

 

「お二人は学生ですので、細かいマナーなどは問われないでしょうが……。くれぐれも、失礼だけは無いようにお願いしますよ? 相手側の機嫌を損ねたら、私の首くらいなら簡単に飛んじゃいますからね……」

 

 額の汗をハンカチで拭いながら、明乃と緋乃に釘を刺す野中。

 本来、ここに来るのは悪魔退治でその名を一気に上げた緋乃だけであったのだが──。

 

『あたしも行くわ! 緋乃だけを行かせてトラブルがあったら困るもの!』

 

 と明乃がひたすらゴリ押した結果、緋乃だけでなく明乃もついてくることになったのであったのだ。

 

「大丈夫ですよ野中さん。わかってますって!」

「黙って適当にうんうん頷いてればいいんでしょ? 任せて……」

「ははは……。本当にお願いしますよ? 特に明乃さんは、何があっても大声で叫んだりしないで下さいよ……?」

 

 気楽に返事をする二人に対し、しつこく釘を刺す野中。

 野中の説明通りなら、大神家という家は特殊事象対策室の最大の取引先ともいえる相手なのでその機嫌を窺うことは当然なのだろうが──緋乃を差し置いて名指しで注意された明乃は不満げに唇を尖らせる。

 

「なんであたし……? 問題起こすなら緋乃じゃないの……」

「ふふっ、野中さんは分かってるね。冷静沈着でクールなわたしと、直情型の明乃。どっちがトラブルの原因になるか、よくわかってる」

「はぁ? 口より先に手が出るのは緋乃の方でしょうが! このこの~!」

ひふぁいひふぁい(いたいいたい)

「お二人とも、じゃれ合いはそこまでにして行きますよ」

 

 自身の所業を棚に上げ、失礼なことをのたまう緋乃の頬を引き延ばして制裁を加える明乃。

 そのようにじゃれ合う二人の少女を見て、野中はため息を吐くと屋敷目掛けて歩き出すのであった。

 

 

 

 

「そういう訳でして。こちらが今回、我々の業務を手伝ってくれることになった不知火緋乃さんと赤神明乃さんです。二人ともまだまだ若いですが、その実力は先の事件解決に大きく貢献したことからも折り紙付きで──」

「ふむ、確かに実力は認めるが……。しかしまあ、なんだ。このような子供を鉄火場に送り込まねばならんとはな……」

「魔法使いの存在とその悪事の公表。次元の悪魔などという訳の分からない存在に、あやうくこの国が滅ぼされかねなかったという事実。一見すると世間は落ち着いた様子を見せていますが……実際にはまだまだ混乱しているのでしょう。妖魔の発生件数は跳ね上がり、このままでは民間にも大きな被害が出てしまいかねません。ですが逆に、今ここを乗り切りさえすれば──」

 

 女中に連れられて屋敷の応接室へと案内された緋乃たち。

 椅子に腰を下ろし、テーブルの上に用意されたお茶を啜りながら、野中と大神家の現当主である大神一心が話し合うのをぼーっと緋乃は聞き流していた。

 明乃は真剣そうな表情で大人たちの会話をしっかりと聞いているようなので、後で困ったら明乃に聞けばいいやという判断だ。

 

「──了解した。それでは野中君、これからもよろしく頼むよ」

「ありがとうございます。こちらこそ、これからも末永いお付き合いをしていきたいと──」

(あ、そろそろ終わりか。長かった……。なんで大人って無駄に長い話を好むんだろうね……)

 

 そのまま退屈そうに大人たちの話を聞き流していた緋乃は、ふと会話の終わりが近いことを悟ると、内心で回りくどい話を好む大人たちへと不満を抱きながらもその姿勢を整える。

 

「よし、では最後にアレだ。実はな、うちの息子が緋乃君に会いたがっていてだな……」

「おや、そうなのですか。いやー、ツイてますねえ不知火さん。退魔の名家たる大神家の次期当主と名高い総一郎氏にお会いできるなどなかなかの幸運ですよ?」

「んん……?」

「えっ、わたし?」

 

 突如として自身の名を呼ばれたことに驚愕の声を上げる緋乃と、急に明るい声を出した大人たちへ訝しの目線を向ける明乃。

 そんな二人の前で、がらりと勢いよく応接室の扉が開き──長身痩躯の硬い雰囲気を漂わせる男が姿を現した。

 

「初めまして、大神総一郎だ。不知火緋乃とその友人の赤神明乃だな? 先の事件解決の立役者たる二人に会えて光栄だ……」

「あ、どうも……。緋乃です……」

「赤神明乃です。こちらこそ、お会いできて光栄です……」

 

 じっと緋乃を見つめながら二人の少女たちへ挨拶をする総一郎。

 まさか自分の出番が来るとは思わず、慌てて返事を返す緋乃と──大人たちの態度や総一郎の雰囲気から何かを察知したのだろう。その目を鋭くしながら返事を返す明乃。

 総一郎は挨拶を終えると、そのままゆっくりと緋乃へ歩み寄り──。

 

「不知火緋乃、君に惚れた。どうか俺と──結婚してくれないか?」

 

 緋乃の前に跪いて、衝撃の発言をかますのであった。

 

「は、はあぁぁぁ!? いきなり現れて何言ってんのよアンタ! 初対面でしょうが!? 緋乃もなんか言って──って魂抜けてる!」

「ほあぁ……」

 

 突如行われた総一郎から緋乃へのプロポーズ。

 それを目の当たりにした明乃はの中から事前に受けていた注意を完全に忘れ──総一郎に対し大声を上げていた。

 

「あ、コラ明乃君、声のボリューム──」

「うっさい! 野中さんは関係ないでしょうが! 黙ってて!」

「ガハハハハ! 元気が良くていいじゃないか」

 

 次期当主とも呼ばれる男に対する、暴言とも取られかねない明乃のその発言。

 それを聞いた野中は大慌てで明乃を咎める声を出すのだが、怒り心頭といった様子の明乃により大きい声で怒鳴り返されてその身を竦める。

 なぜ怒鳴られたのかがわからないと困惑する総一郎に、突然の求婚に呆ける緋乃。あたふたと慌てる野中に、怒る明乃。

 一瞬で混沌の渦に巻き込まれた応接室。それを見て、この騒動の仕掛け人の一人──大神一心は爆笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、落ち着きを取り戻した明乃は野中と一心へ詰め寄り、今回の顔合わせの真の目的が総一郎と緋乃を合わせる事だったということを知った。

 そうして再び椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う五人。

 

「へー、つまりアレね? この顔合わせって緋乃に一目惚れしたこのお兄さんの要望でセッティングされたと? んで実際に会ったら思いを抑えきれずに告白通り越して求婚まで行っちゃったと?」

「あ、明乃君……。もうちょっと丁寧な言葉を……」

 

 総一郎をじろりと睨みながら、不機嫌さ全開で声を上げる明乃を野中が咎めるのだが──当然のごとく明乃はそれを無視していた。

 ちなみに緋乃はまだ情報の整理がついていないのか、呆けた様子で総一郎の顔を眺めている。

 

「まあ、そういうことになるな。コイツは女嫌いで割と有名だったんだが、緋乃君にだけはやけに興味を示すから話を聞いてみりゃあ──いきなり惚れたとか言い出してきおってな。面白いから一回会わせてやろうかと思ってな」

「別に、女が嫌いというわけではない。こちらの顔色をひたすら伺い、媚びへつらうことしかしてこない弱者が好かんというだけの話だ」

「いやー、我が家の立場とお前の能力でそりゃ厳しいだろ。普通は委縮するわ」

 

 総一郎の言葉に困ったような声を出す一心。

 日本に住まう退魔の一族の中でも最高峰の勢力を誇る大神家。

 その次期当主であり、本人もまた百年に一人の天才と称えられる総一郎へ対等の態度を取れる相手などいるわけがないと一心は口にするのだが、ちょうどそこで復帰した緋乃がその総一郎の言葉へと反応した。

 

「じゃあ敬語とかそういうのやんなくていいの? やった、わたしアレよくわかんないから苦手なんだよね」

「ああ、構わん。その自然体が心地良い。ますます惚れてしまうな」

「えへへ、また一人わたしの虜にしてしまった。うーん、わたしってば罪な女……!」

 

 総一郎からのお墨付きを得た緋乃が早速調子に乗るが、今回は相手側がそれを望んでいるということもあり咎めるものは誰もいなかった。

 そうして調子に乗っていた緋乃であったが、すぐにそのご機嫌な表情を引っ込めて困ったような表情を浮かべる。

 

「えと、それで告白の返事なんだけど……」

「別に無理して今すぐ結論を出さなくても構わないぞ? 我ながら、あれは少し急ぎすぎたと反省している。柄にもなく緊張していたようだ……」

「少し……?」

 

 総一郎の呟きに対し、訝し気な声を挟む明乃。

 しかしこれ以上話がこじれることを恐れてか、明乃のその突っ込みに反応するものは誰もいなかった。

 

「ああ、よかった。正直なところ……わたし、恋愛とかよくわからなくて……。一緒にいて楽しいってのはわかるし実感できるけど、愛かって言われるとまあ違うよねって感じで……」

「まあ、緋乃君はまだまだ若いですしね。そういうことはおいおい知っていけばよろしいかと……。それではまあ、顔合わせも終わったということで今日はこのあたりで……」

「うむ、こちらの我儘に付き合わせてすまなかったな野中君。緋乃君も、できれば色よい返事を期待したいものだが──無理は言わん。嫌なら嫌とフッてやってくれ。さぁて、ではお開きと──」

「──待ちなさい!」

 

 野中が持ちかけた会合の終了に一心が乗りかけたその時。

 勢いよく部屋の扉を開け、一人の少女が乗り込んできた。

 年頃は高校生ぐらいだろうか。黒を基調とした制服を身に纏い、長い黒髪を背中へとそのまま流した、赤い瞳の気が強そうな少女だ。

 

「おお、六花(りっか)か。大声なんて上げて一体どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもありません! 話は聞かせて貰いましたが、何ですか一体! まあ確かに顔の出来はよろしいですが──こんなどこの馬の骨とも知れぬ、()()()()()の小娘を相手に求婚など!」

「まざりもの?」

 

 その少女、六花は怒りを露にした様子で緋乃を指差す。

 一方、指差された側の緋乃は不満げに眉を顰め、不機嫌そうな声を出すのであった。


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