「この嫌な感覚──不味いよこれ! 多分、もう出てきてる!」
「マジ!? 可愛い女の子がお出迎えしてあげようってんだから大人しく待つのが礼儀ってもんでしょ!」
「理奈、人払いお願い!」
「まかせて緋乃ちゃん!」
冷たい風が吹く夕暮れ時の住宅街を高速で駆ける緋乃たち三人。
走るスピードをほんのわずかに落としつつ、理奈がぶつぶつと呪文を呟くと、緋乃の身体を「なんとなくここに近寄りたくない」という感覚が走り抜け──頭を軽く振ることで緋乃は気を取り直す。
「──見えたっ! あの森の向こうにある共同墓地だよ! んん?」
先頭を走る緋乃が、前方に見える森を見て声を発したその直後。
緋乃の耳が、まるで硬い金属同士をぶつけ合うような甲高い音を捕らえた。
その音は断続的に響いており、そのことからも一般人が巻き込まれたのではなく──退魔師や格闘家という、ある程度の戦闘能力を持つ存在が妖魔と戦闘中であることが伺える。
「これは──戦闘音?」
「依頼のバッティング? そんなこともあるんだ、珍しいわね」
その戦闘音は理奈と明乃の耳にも届いたようで、二人とも困惑と驚愕が入り混じったような声を上げた。
「よくわかんないけど、とりあえず行こう……!」
「おっけー、援護は任せなさい!」
「先に補助かけとくよ! 聖なる光よ、我らに力を──」
先頭は三人の中で最も高い打撃力と防御力を併せ持つ緋乃が、その後方に明乃と理奈が続く形で緋乃たちは目的地の共同墓地目掛けて駆け続けた。
◇
「滅っ──!」
紺色の制服の上に、黒いコートを纏った高校生くらいの年齢の白髪の少女が、一体の妖魔──両腕が鎌と一体化した、まるでカマキリのようなロボット型の妖魔である──と激しい剣戟を繰り広げていた。
少女の名は
「せいっ!」
妖魔が少女を切り刻まんと振るう鎌を、奏はその手に握る刀で受け流し──お返しとばかりに斬り上げを放ち、妖魔が振りかぶっていた腕を切り落とす。
「これで──なっ!」
奏は妖魔の腕を落とした勢いのまま、その胴体を真っ二つにせんと刃を返して体に力を込める。
そうして腕を斬り落とされたダメージで隙を晒し──そうでなくとも、動きが鈍るであろう妖魔に対する止めの一撃を放とうとする奏。
しかし、その一撃を放つ寸前。相手の妖魔の胴体部分の装甲がカシャリと開き、その中から砲門を覗かせたことで、慌てて攻撃をキャンセルしてその場から飛び退く。
「くぅ──!?」
そうして飛び退いた奏のいた地点を、高威力の妖力弾が吹き飛ばす。
これこそが最近現れるようになったロボット型妖魔の厄介な点だ。通常の生物型の妖魔であれば、大きなダメージを与えればその痛みから大きな隙を晒したり動きが鈍くなるものだが──機械には痛覚が無いという
ロボット型の妖魔はダメージを受けた直後や、何なら受けている最中にも容赦なく反撃を仕掛けてくる。
この特性のせいで、奏のような近接戦闘を主体とする退魔師はここ最近、予想外の反撃を貰うことが増え──その立場を少し落としていた。
「おのれ、散るがいい──!」
本来ならば決めれていた筈の勝負を決めれなかった苛立ちからか、奏はその霊力を一気に開放する。
腰を落として両足に力を籠め、同時に刀を鞘に納めてそこに霊力を集中させ──。
「妖断閃!」
妖魔へと超高速で接近。すれ違いさまに神速の居合斬りを叩き込み、妖魔を両断するのであった。
「ふぅ……。まったく、手間をかけさせてくれ──」
胴体を断ち斬られ、無残に転がる妖魔の残骸。
黒いもやを吹き出しながら、その輪郭を薄れさせていくそれを見て奏が気を抜いたその瞬間。
妖魔の目の部分が光ったかと思うと、再びカシャリという音が鳴り、地面に転がる妖魔の胴体から砲門が現れる。
驚愕からその身体を硬直させる奏の前でその砲門が光り輝き──。
「──キャアア!?」
突如として飛来した
「けほっ、けほっ……。一体何が……」
まるで大砲でもぶち込まれたかのような圧倒的な衝撃。それにより、盛大に巻き上がった土煙を手で払いながら奏は何が起こったのかを確認する。
「……ワイヤー?」
妖魔の残骸があった地面。
盛大に吹き飛び、クレーターのできたそこへと目をやれば──そこには、一本の細いワイヤーが撃ち込まれていた。
疑問の声を上げる奏の前で、そのワイヤーが地面から抜け、勢いよく巻き取られていく。
奏がそのワイヤーの巻き取られていく先を見れば、三人の少女たちがこちらへと駆けてくるのが確認できた。
「いや、あれは……しっぽ? ああ、成程。あの子が……」
奏が目を凝らせば、先頭を駆ける少女の腰あたりから、先ほどのワイヤーと似たような尻尾が生えているのが確認できた。
少女が駆けるたびに大きく揺れるその尻尾を見て、一人納得した声を漏らす奏。
次元の悪魔事件を解決した小さな英雄。その少女の名と姿は、当然ながら奏も把握していた。
「それにしても、あの距離からこれほどの威力かぁ。凄まじすぎて、羨む気持ちも湧いてこないな……」
尻尾の持ち主である少女──緋乃と奏の距離は、およそ500mほど。いや、尻尾の射出時点ではもう少し距離があっただろうから、実際には600m程度だろうか。
それだけの距離が開いていたというのに、あれだけの破壊力と精度だ。尋常ではない。
「あれが味方とは、頼もしい限りだな。是非とも、
現在の退魔界隈における中堅どころとして、それなりに色々な退魔師を見てきた奏からしても緋乃という少女は別格だ。
まだ100m程度の距離が開いているにもかかわらず、ピリピリと肌に感じられる膨大な気。
これだけの気があれば、ただ純粋に身に纏うだけでも大抵の妖魔どころか妖怪ですら殴り殺せるだろうし──距離を取っても、先ほどの尻尾攻撃が飛んでくる。
恐らく、彼女を超える退魔師はこの国には存在しないだろう。
「さて。その前に、依頼の邪魔をした言い訳を考えないと……」
奏は別に依頼を受けて戦っていたわけではなく、たまたま近くを通りがかった際に妖魔の気配を感じたので駆けつけただけの部外者だ。
そして、駆けつけてきたタイミングの良さから察するに、緋乃こそが先ほどの妖魔を退治する依頼を受けた請負人であり──自分はその依頼に割り込んだ上に勝手にピンチになり、みっともなく助けられたお邪魔虫というわけだろう。
困惑の表情を浮かべながら近寄ってくる三人の少女たちを見ながら、奏はどう説明すればよいのか頭を捻るのであった。
◇
「──という訳なんだ。君たちの獲物を横取りするような真似をして、申し訳ない。すまなかった」
「いえいえ、頭を上げてください白石さん。元はといえばあたしたちが遅れたのが悪かったんですし、おかげで被害が出ずに済んだんですから!」
緋乃たちは、依頼を受けた自分たちよりも先に妖魔と戦っていた、白い髪の少女──白石奏より事情を聞いていた。
話を聞くところ、別の地域に発生した妖魔退治の依頼を終えた奏は、帰宅するためにたまたまこの菊石市を通りがかったところ偶然にも妖魔の気配を察知。
発生地点は住宅街に近く、このまま放置すれば退魔師の到着よりも先に妖魔が暴れて被害が出ることは免れないと判断した奏は──依頼を受けてはいないのだが独断で討伐を決行。
そうして奏が妖魔を片付けるその直前、緋乃たちが姿を現したというわけだった。
「そう言ってもらえると助かるかな。それと最後の一撃に感謝を。不知火さんの援護が無ければ、手痛い一撃を貰うところだった」
「ん、間に合ってよかった。ふふ、すごいでしょ? わたしの尻尾」
「ああ、凄まじい一撃だったよ」
礼を言う奏に対し、微笑みながらそれを受け止める緋乃。
奏は緋乃の背後でふりふりと左右に揺れる尻尾へと興味深そうに目をやっていたが、ふと気を取り直すと真剣な表情へ戻る。
「依頼の報酬に関しては、すべてそちらのものだから安心して欲しい。最後のしっぽ攻撃で抉れた地面の修繕も、私の方で直しておくから安心してくれ」
「え、いいの? わたし、最後に尻尾撃ち込んだだけで実際にはほとんど白石さんが……」
「ああ、これはあくまで君たちの受けた依頼なわけだしな。私はただの乱入者。むしろ、怒られてもおかしくない立場なわけであって……」
「むぅ……。でも、白石さんも怪我しちゃってるし……」
奏の言葉を聞いた緋乃が、納得のいかない表情を浮かべる。
それを見て奏はくすりと微笑む。
「怪我に関しては私の未熟だ。実際、不知火さんなら無傷で倒せただろう相手だしな……。ああ、それと私のことは気軽に奏と呼んでくれ。年齢は私の方が上かもしれないが──退魔師としての腕前なら、不知火さんの方が遥かに上なのだから」
そこまで口にすると奏は緋乃が何かを口にする前にくるりと背を向け、抉れた地面へと数枚の呪符を投げ込む。
そのまま奏が何言か呪文を呟いで印を結ぶと、抉れた地面がもこもこと盛り上がり──数秒後には、元の状態へと戻るのであった。
「抉れたのがただの地面で助かったよ。落ちこぼれの私には、アスファルトやコンクリートを再現するなんてことは出来ないからな」
「え? ふつ──」
奏の口から洩れた落ちこぼれという言葉に対し、緋乃が反応しかける。
普通に強かったと思うけどなんで? と思わずその理由を問いただしそうになる緋乃であったが──いくらなんでも失礼すぎると、ギリギリのところでなんとか踏み止まる。
「──げふん。あの、奏さん。わたしのことも気軽に緋乃って呼んでもらえれば……」
「わかった。それじゃあ今日はありがとう、緋乃。また縁があれば、その時はよろしく頼むよ。では、私はこれにて」
思わず漏れてしまった声をごまかすため、慌てて呼び名に関する話題を口にした緋乃。
幸いにして奏は緋乃の失言未遂に気付いた様子はなく、そのまま緋乃に対し改めて礼を言うと一礼して去っていった。
「ふう……。礼儀正しい人で良かったね、緋乃ちゃん。鋭い雰囲気の美人さんだったから、遅い! とか怒られると思ってドキドキしちゃったよ~」
「でも話してみれば優しそうだったし、報酬も全部くれたし、緋乃が尻尾で吹っ飛ばした地面も直してくれたし……良い人だったわね~。あとこう、刀でスタイリッシュに戦って格好良かったし!」
「うん、確かにカッコよかった。たなびくコートにきらめく銀閃──ちょっと憧れちゃうね」
奏の姿が見えなくなったことを確認すると、理奈と明乃が笑顔で緋乃へと寄ってきて口を開く。
素手で居合斬りの真似をしながら奏の格好良さを褒める明乃に対し、緋乃も深く頷いて同意を示す。
「さてと……じゃあ、わたしたちも帰ろっか? もうかなり暗くなってきちゃったし」
「うっわ、もうこんな時間じゃない! 早く帰らないとお母さんに怒られる!」
「あはは、じゃあまたダッシュで帰らないとね」
「ふふふっ……」
緋乃の声を聞いた明乃がスマホで時間を確認し、そのまま慌てた声を上げる。
そして、それを見た理奈が笑い声を上げ──緋乃もその声につられて笑い出す。
そうして三人は大急ぎでそれぞれの自宅へと戻るのであった。