「む~」
「どうしたの緋乃? さっきからなんか元気ないけど。……もしかして、さっき総一郎さんから言われたこと気にしてる?」
総一郎と別れた後、緋乃と明乃は緋乃の部屋にて対戦型ゲームに興じていた。
しかし折角遊んでいるというのに、時折浮かない表情を浮かべる緋乃。
そんな緋乃に対し、明乃はその緋乃の心を悩ませる原因を言い当ててみせる。
「うん、まあね……。妖魔って害獣みたいなもんだって聞いてたから、いっぱい倒せばみんな喜んでくれると思ってたんだけどね。なんか実際にはそうじゃないみたいだし……」
「そうねぇ。人手が足りないとか言っておいて、いざ新入りが活躍したら嫉妬するって器が小さすぎるわよねー」
緋乃の言葉に対し、うんうんと頷いて全面的な同意を示す明乃。
大親友である明乃に肯定されたことで、緋乃の顔に僅かに笑顔が戻り、その雰囲気も明るいものとなる。
「でも、気にしすぎはよくないわよ。確かにムカつくことは確かだけど、相手に合わせてこっちまで器を小さくすることは無いんだから。誰が何と言おうと、成果を上げてる緋乃こそが正義なのよ。だから、緋乃は細かいことなんて気にせず胸を張ってなさい!」
「あうっ。もう、痛いよ明乃……」
笑顔でバンバンと緋乃の背中を叩く明乃。
背を叩かれた緋乃は眉を顰めて文句を口にするものの、それでもその口元にはしっかりと笑みが浮かんでおり──それを確認した明乃も満足気な笑みを浮かべる。
「そうそう、元気になったようでなによりだわ。それじゃ──隙ありぃ!」
「んぁ!? ず、ずるい!」
「へへーん、よそ見してた緋乃が悪いのよ!」
緋乃が画面から目を離していたその隙に、こっそりと自身の操るキャラを有利な位置へと移動させていた明乃の必殺技が炸裂。
緋乃の操るキャラクターは、情けない悲鳴を上げながら画面外へ吹き飛ばされるのであった。
◇
総一郎からの依頼を受け取ってから四日後の土曜日。
緋乃と明乃は、つい数か月前にゲルセミウムと死闘を繰り広げたスタジアムの跡地へとやってきていた。
「うーわ、こりゃ酷いわね……。空気が澱んでるっていうか、気が滅入るというか……。確かに汚染って表現がピッタシね。人が寄り付かないわけだわ……」
「そう? わたし的にはすっごい居心地良いんだけど。なんか落ち着くっていうか、安らぐというか……」
瓦礫の山を歩きながら、うんざりした様子で明乃が口を開く。
しかし、そんな明乃の言葉に対し──緋乃は戸惑いながらも真逆の感想を述べる。
「まあ、そりゃ緋乃はアイツから力を受け継いでいるわけだしね。しかもアイツって緋乃にホの字だったし……。これは案外、このあたりに漂う気を吸収しても問題なかったりしてね?」
緋乃のその感想を聞いた明乃が、冗談混じりに緋乃へと外気の吸収を提案し──それに対し、緋乃は真剣な表情で頷いた。
「うん、正直いける気がする。外気の吸収なんて超技術、本来なら出来ないんだろうけど……。でも、この場所ならいける気がする」
「え、緋乃?」
困惑の声を上げる明乃を無視し、緋乃は右手を天に向けて掲げると人差し指を立てる。
そうしてそのまま目を閉じ、意識を集中させたその瞬間。
「緋乃!」
「えっ──!?」
自身の名を叫ぶ明乃の声に、緋乃は現実へとその意識を引き戻される。
何事かと緋乃が慌てて目を開いてみれば──。
「くうう……!」
まるで映画や時代劇などに出てくるような鎧武者、その刀を明乃が右腕を盾にして受け止めている姿だった。
「明乃!? お前──!!」
『……!』
明乃が襲われている──いや、自分を庇ってその攻撃を受け止めたのだと理解したその瞬間。
緋乃は怒りを露にし、その全身へ膨大な気を漲らせると──容赦も手加減も一切ない、殺意に満ちた本気の蹴りを鎧武者へと叩き込む。
「なっ!?」
しかし、勢い良く振り上げられた緋乃の脚は、何もない中空を通り過ぎる。
突如として、鎧武者の姿が消えたのだ。
そうして渾身の上段蹴りを空ぶったことで大きな隙を晒す緋乃のその背後に、鎧武者がその姿を現し──大上段の構えからの唐竹割りを繰り出した。
銀色にきらめく刃が、緋乃の脳天目掛けて勢いよく振り下ろされ──。
「──ぐっ!」
漆黒に染まった緋乃の右手によって受け止められた。
両手の硬質化。理奈の見立てでは下手な金属をも上回る硬度を発揮する緋乃の両手。
それを更に膨大な気に物を言わせて、これでもかと強化しているのだ。その防御力は圧倒的の一言であり──受け止めた刀を逆に粉砕した。
「う、おおおお──!」
『──!?』
そうして武器を失った鎧武者に対し、緋乃は硬質化した右手による貫手を放つ。
緋乃の右手は鎧を粉砕し、その胸部へと勢いよく突き刺さり──。
「はじけろぉ!」
鎧武者の体内より、白い光が漏れたかと思った次の瞬間。
大爆発が起き、鎧武者はその膝から上を完全に吹き飛ばされるのであった。
「はぁー……。びっくりしたぁ……」
「大丈夫!? 緋乃!」
緋乃は鎧武者の残骸が黒いもやとなって消え去るのを確認すると、その身に纏っていた気を消し去り、深く息を吐きながら肩を落とす。
明乃はそんな緋乃に慌てて駆け寄るとその両手を取り、緋乃が怪我をしていないかを確認する。
「もう、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それより明乃こそ大丈夫なの? 妖魔の刀を素手で受け止めてたじゃん」
「ああ、あたしは平気よ。
「ま、まあね……。女のカンってやつかな……?」
刀を受け止めていた右腕を緋乃に見せつけるように掲げ、無傷であることをアピールする明乃。
そんな明乃の繰り出した質問に対し、緋乃が歯切れの悪い答えを返し……それを聞いた明乃が呆れたようにため息を吐く。
「正体分からないまま殺そうとしてたんかい。いやまあ冷静に考えたらなんか嫌なオーラ纏ってたし、いきなりワープしたり怪しかったけど……」
「だ、だってアイツ、明乃に刀を向けて……。それ見たら頭に血が上って……」
硬質化が解かれたことで、肌色に戻った手の人差し指をもじもじと合わせながら、言い訳をする緋乃。
そんな緋乃の様子を見た明乃は、しょうがないなあとでも言いたげな様子の笑みを浮かべると──緋乃の頭をゆっくりと撫でまわす。
「でもありがとね。心配してくれたんでしょ? でも、やりすぎには注意しなさいよ?」
「えへへ……。うんうん、大丈夫だよ」
にへら、と。気の抜けた、だらしのない──心からの笑みを浮かべる緋乃。
それを見た明乃は軽く頬を染めると、慌てて緋乃から目を逸らす。
そうして照れ隠しから目を逸らした明乃だったが、急にその目が鋭く細められる。
「明乃?」
「しっ……。誰かいるわ。あの向こうの森ね……」
疑問の声を上げる緋乃に対し、手短に自身の見つけたものを報告する明乃。
それを受けた緋乃もまた、表情を真剣なものに変えて気を研ぎ澄ます。
そうして明乃と緋乃、二人の少女が気を張る中──わざとらしくがさがさという音をたて、スタジアム外周部の森にいた誰かは去るのであった。
「行った……? 一体誰だったのかしら……」
「妖魔みたいな嫌な気配は感じなかったし、人間だと思うけど……。ああ、もしかして総一郎の言ってた、アレな人だったり……?」
「やっぱりそうなのかしらね?」
明乃の呟きに対し、緋乃が自分なりの答えを告げる。
明乃はその緋乃の答えを聞いた後も、しばらく頭を悩ませていたが……考えてもらちが明かぬとばかりに、その顔を両手で叩いて気合を入れる。
「あーやめやめ、考えたってキリがないわ! それよりも次の妖魔が湧かないうちに、さっさとこの仕事を終わらせちゃいましょ!」
「ん、そうだね。じゃあちょっとやってみる」
緋乃は軽く一歩前に踏み出すと、妖魔の襲撃前と同様にその右手を掲げて人差し指を立てる。
そうして目を閉じ、そのまま集中すること数秒。突然風が凪いだかと思うと、今度は緋乃の指先に向けて渦を巻くように流れ込み始め──風が収まった時には、ゴルフボール大ほどの大きさの黒い球体が浮いていた。
「うん、なんかできた」
「うわっ、すっごい禍々しいわねそれ……。しかも結構なエネルギーじゃない? なんかビリビリするし……。で、それどうするの?」
「うーん、そうだね……」
指先に黒いエネルギー球を浮かせたまま、緋乃は腕を組んで考えを巡らせる。
そのまましばらくの間悩んでいた緋乃であったが、ふとその表情を真剣なものとすると、その右手をゆっくりと開き──。
「取り込む」
そのまま球体を握りしめ、その中に満ちる膨大なエネルギーを受け入れるのであった。
「ちょ、緋乃!? この馬鹿、いきなり全部取り込まなくても──!」
「むぅ、明乃は心配性だね。問題なさそうだから取り込んだだけなのに」
いきなりゲルセミウムの残留魔力を全て取り込んだ緋乃を見て、明乃が慌てた声を出す。
しかしそんな風に大慌てする明乃に対し、緋乃はのんびりとした様子で返事を返した。
「って大丈夫そうね……。はー、焦ったわぁ……。いやホントに大丈夫なの? ほら、後から湧き上がってくる力を抑えきれずに暴走とか、そんな感じの展開ってお約束じゃない」
「うーん……。いまのとこそれも大丈夫かな? いやまあ、確かに結構なエネルギーではあったよ? でもほら、わたしってすっごいたくさんの気を持ってるからね。このくらいなら余裕で制御可能だよ」
えっへん、とその薄い胸を張る緋乃を見て、明乃が安堵のため息を漏らす。
「それよりほら、このあたりの雰囲気とかどう? 良くなった? わたしは元から居心地よかったからわかんなくてさ」
「ああ、そうね……。うん、嫌な感じは全部消えたし……問題なさげね!」
「えへへ、じゃあこれで依頼完了だね! お疲れ明乃!」
いえーいと笑顔でハイタッチをする明乃と緋乃の二人。
そんな二人の少女を、スタジアム外周部の森の中からこっそりと観察する一つの影があった。
◇
(なんだあの化け物……アレ、本当に人間か?)
茂みの中より、一匹の下級妖魔がハイタッチをする二人の少女を観察していた。
その体長1mほどの亀のような姿をした妖魔は、本来ならば本能に呑まれて手当たり次第に人を襲うはずの下級妖魔にしては珍しく、始めから知性を獲得している希少な妖魔であり──知性を獲得した影響か、他の妖魔に比べると戦闘力が一段は劣る個体であった。
(いい感じに陰の気が溜まってる場所に来てみれば、あんな化け物どもに出くわすとはな……。オレ様も運が無いぜ……)
自身が弱いことを理解している妖魔は、天敵である退魔師に見つからないよう、妖気を極限まで抑え──こっそりと陰の気の集まる場所へ赴いてはこれを回収。少しづつではあるが自身を強化するということを繰り返していた。
故に、陰の気に満ちたこのスタジアム跡地へと惹かれてやってきたのだが……いざ到着してみれば、その場には退魔師と思わしき二人の少女が既にいた。
(赤髪の方もかなりやべーが、黒髪のちっこい奴はマジで別格だ……。ていうかやっぱあいつ人間じゃねーな。中から強烈な妖気を感じるし、他の人間に比べたら異様に顔や体の出来がいいし……それに尻尾まで生えてるしな。間違いない、うまく化けてはいるが妖怪だろう。……おいおい、人間を滅ぼすのがオレたちの在り方だろうが。退魔師に協力するとか何考えてんだよ)
本能のまま人を襲う悪霊や妖魔と違い、高い知性を獲得した妖怪の一部には退魔師へ協力することで、その見返りとして討伐を免れたり──人間たちに混じってふらふらと遊んでいる変わり者が存在することは妖魔も知ってはいた。
しかし、あくまで知識の上で知っていただけであり、実際に目にしたことはなかったのだが──こうして実際に目にすると、その裏切りにも等しい行為に対する怒りと、その身に秘める圧倒的な力に対する畏怖が湧き上がってくる。
(ちっこい黒髪の方は緋乃……とか呼ばれてたな。んで、あっちの赤い髪の奴が明乃と。……今に見てろよ裏切者め。今はまだ弱っちいが、力を蓄えて……オレ様もいつか、妖魔から妖怪になってやる。その時がお前らの最期……。いや待てよ、どうせなら子分としてあいつをこき使ってやるってのも面白そうだな……)
見つからないように細心の注意を払いながらも、内心で来るべき未来を夢想する妖魔。
その妖魔の
「よし、じゃあ問題も無さげだし、言われたことは全部終わったし……帰りましょっか」
「だね。えっと時間は……12時ジャスト。どうする? どこかで適当にご飯食べてく?」
「いいわねー。じゃあ食べてから帰るってことで。それにしても、まさかこんな明るいうちから妖魔が出てくるなんてね~」
(よし、いいぞいいぞ! さっさと帰っちまえ!)
退魔師の娘とそのパートナーらしき妖怪の少女の会話を盗み聞いた妖魔は内心で喝采を上げる。
二人は限界まで妖力を抑えた自分には気づいていないようであり、そのままこの場から立ち去るようだ。
喜ぶ妖魔の前で二人の少女がくるりと背を返し、スタジアムから出ようと一歩歩み出し──。
「む? なんか嫌な気配しない?」
「ほよ?」
「──ほら、あっちの森の方から」
(──やっべ!?)
自身の隠れている茂みの方へ鋭い目を向ける赤髪の退魔師。
その言葉を受けた妖怪の少女もその目を鋭くし、太ももに巻き付けていた尻尾をしゅるしゅると解き──まるで蛇が鎌首をもたげるかのように、その尻尾の先端についた鋭い刃を、妖魔の隠れる茂みへと向ける。
(くそ、ラスト一匹だ! 頼むから引っかかってくれよ!)
ぐぐぐ、と妖怪の少女の尻尾に力が籠められるのを確認した妖魔は、大慌てでその口を開き──その中から、一匹の悪霊を解き放った。
このような状況に遭遇した際の囮にするために、妖魔は悪霊をその腹の中に隠し持っていたのだ。
解放された悪霊はその勢いのまま茂みから飛び出ると──退魔師の少女たちを見つけ、二人から逃げるように飛んでいく。
「──やっぱりいたわね!」
「さすが明乃だね。危うく見逃すところだったよ──っと!」
ふよふよと飛んで逃げる悪霊を確認した少女たちが声を上げると同時。
妖怪の少女の尻尾が勢いよく放たれ──目にも止まらぬ速度で、逃げる悪霊を撃ち抜いた。
(速い! なんて速度だよあの尻尾! しかも威力もやべえ! くっそ、腐っても妖怪って事か……!)
妖怪の少女の放った尻尾による攻撃は、悪霊を一撃で霧散させるだけに飽き足らず、そのままその背後にあった森の大木を次々と貫いて粉砕していく。
その尋常ではない速度と威力を目の当たりにした妖魔が内心で驚愕の声を漏らす。
「あ、コラ! ちょっとやりすぎよ!」
「いっけな。威力出しすぎちゃった。てへ、失敗失敗」
ちろりと舌を出しながら反省の意を示す妖怪の少女。
そんな少女の頭に、赤髪の退魔師はコツンと軽く拳骨を落とすと戦闘態勢を解いた。
「よし。これで今度こそ、本当の本当にお仕事完了ね」
「気配は……もうないね。うん、ありがと明乃」
妖魔が囮として放った悪霊を倒したことで、少女たちはこの場の問題はすべて解決したと思ってくれたようだ。
妖怪の少女も戦闘態勢を解くと伸ばした尻尾を引き戻し、そのままくるくると太ももに巻き付けていく。
「どーいたしまして。じゃあさっさと帰りましょ? 尻尾の件で怒られると困るし~」
「ぐぬぬ……。こんなはずじゃあ……」
「緋乃はもうちょっと尻尾の手加減も練習しないとダメね。理奈に言って、また森を使っていいかを──」
仲良く会話をしながら、背を向けて去っていく二人の少女。
遠ざかっていく少女たちのその背を見て、妖魔は安堵のため息を深く吐くのであった。
『ハァー……。あ、あぶねえところだった……! クソッ! この屈辱は忘れねえ……。早く、早くオレ様も強くならねえと……!』