目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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11話 うごめく影

「あー、あと一時間でようやく交代か……。ふああぁぁ……。あー、ねみー」

「だなぁ……。にしてもアレだな。妖魔がぽこじゃか湧いてくるせいで忙しいってのは分かるけどさ……だからといって見回り組の人間削りすぎだろ。霊脈の維持管理も、俺たち退魔師の大事なお仕事だろ?」

 

 周囲を山に囲まれ、人の気配が微塵も感じられぬ森の中。道なき道を歩く、二人の男の姿があった。

 二人は退魔師であり、この地に流れる霊脈、その本流ともいえるであろう場所の管理及び警備を割り当てられた者たちだ。

 

「なんでも、妖魔退治で金がかかるからってことで、警備の予算がガッツリ削られたらしいぜ?」

「オイオイ、噂では聞いてけどマジかよ~。元からギリギリ回ってねえぞコレってレベルだったってのにさらに削るか? 上は頭おかしいんじゃねえの?」

「ほんそれ! この前はマジヤバかったんだぜ! 後藤っているじゃん? あいつと一緒に見回りに行ったらさ、霊脈の真上に下級の妖魔が陣取ってやがってよ! いやー、俺と後藤の到着があと一日遅れてたらマジでやべーことに……! こう、生まれて初めて血の気が引くってやつを感じたぜ……」

 

 霊脈を妖魔に占拠されれば、そこから吸い上げた力でその妖魔が鬼のように強化されてしまうだけでなく──その地に流れる霊力が汚染されることで、草木は枯れ果て、妖魔や悪霊の発生率が激増するという最悪のオマケまでついてくる。

 故に、霊脈の維持管理は退魔師にとって重大な仕事の一つであるのだ。

 

「知り合いから聞いた話だと、どこの霊脈もそんな感じらしーぜ。ったく! それもこれも魔法使い連中が悪魔だか妖怪だかを呼び出したせいだ! いつの間にか勝手にやってきて、勝手に縄張り主張しやがって……!」

 

 語気を荒げた男が、たまたま足元に転がっていた石ころを蹴り飛ばそうとその脚を振りかぶった瞬間。

 突然、目の前の地面が勢い良く盛り上がったかと思うと、その中から先端の鋭く尖った岩が飛び出し──石を蹴ろうとしていた男の胸を貫いて、その命を奪い去った。

 

「う、うわあああぁぁぁ!? お、おい前田! しっかりしろ前田ァ!」

 

 胸を地面から生えてきた岩の槍で貫かれて磔にされ、ぶらぶらとその足を揺らす男。

 そんな男の惨状を見て、その同僚である男が腰を抜かしながら叫びを上げる。

 しかし、胸を貫かれた男はピクリとも動く様子を見せず──。

 

「く、くそったれぇ……! どこだ! どこにいやがるクソ妖魔! 仇を──ごっ!?」

 

 同僚の死を悟った男は、その仇を取らんと下手人である妖魔の姿を探す。

 懐から一枚の呪符を取り出した男は、きょろきょろと周囲を見回し──背後からの強襲を受け、勢いよく吹き飛ばされた。

 

「ぐ……。こ……の……!」

 

 地面を転がりながらも、憎き妖魔へ一矢報いんとその手に握る呪符へと霊力を込める男。

 そんな男の視界を、赤黒い閃光が覆い尽くすのであった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

『へっ、どうやら霊脈の警備が手薄になってるってのはマジらしいな。警備がこの程度とはな……』

 

 妖力の砲撃で気を失った男を岩の槍で串刺しにし、止めを刺しながら独りごちる一匹の妖魔。

 かつて、ゲルセミウムが現れたスタジアムの跡地にて、緋乃たちを観察していた妖魔だ。

 その体長は2mほどとかつての倍ほどの大きさとなり、発する妖気も以前とは比べ物にならないほど大きくなっている。

 

(いや違う。こいつらがあまり大したことないのは確かだろうが、オレ様も確実に強くなってきているんだ。コソコソと逃げ隠れては力を貯め込んできた甲斐があったってもんだぜ……!)

 

 男たちの死体を森の奥深くに向かって勢いよく放り投げ──男たちからの連絡が無いことを不審がった退魔師たちの応援が来ても多少の時間が稼げるよう、証拠隠滅を図りながら内心で悦に浸る妖魔。

 

(だがまだ足りねえ。あの裏切り者の力はこんな程度じゃないはずだ……。何しろヤツは妖怪だ。いくら力を蓄えたとはいえ、まだまだ妖魔にすぎねえオレ様じゃヤツの足元にも及ばねえハズだ……)

 

 妖魔は目を閉じ、かつてスタジアムで見た緋乃の戦いぶりを思い返す。

 今の自分より少し下とはいえ、侍の姿をした近接特化型の妖魔の渾身の一撃を平然と防ぎ──その刀を逆にへし折った圧倒的な防御力。

 反撃として繰り出された貫手は一撃で侍妖魔の鎧を貫き、そのまま爆散させた。

 極めつけには先端に鋭い刃の付いた尻尾だ。文字通りに目にも止まらぬスピードで、数百mは離れていた悪霊や大木を貫くという、理不尽極まりないスピードと破壊力。

 奴が尻尾を構えてから、一瞬たりとも目を離さなかったというのに、気が付いたらいつの間にか大木が粉砕されていた。

 もし自分があの尻尾に狙われたら……と思うと、とてもではないが助かるとは思えない。

 

『だがそれも、妖怪と妖魔という妖力差があってのこと……! そうだ、妖怪にさえなれれば話は変わる。変わるんだ……! ククク、待ってろよ裏切者のクソ妖怪! この調子でもっともっとオレ様は強くなる……。そして、あの時滅せられかけた礼をたっぷりとしてやる……!』

 

 かつて、緋乃が取りこんだ悪魔の力。

 それを妖怪の持つ妖力だと、緋乃のことを人類の敵対者でありながら、人類に媚びを売った裏切者の妖怪だと誤認したまま、妖魔は霊脈目掛けて走り出す。

 全ては、あの時目撃した至高の輝き──緋乃を言う存在を引きずり下ろし、屈服させるという最高の未来を味わうために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本の首都、東京。その都心部より少しばかり離れた地。

 周囲を田んぼや畑に囲まれたのどかな地に、和風の大きな屋敷が一軒建っていた。

 そうして、穏やかに朝日の降り注ぐその縁側にて、烏と戯れる和服姿の美女が一人。

 

「ふむふむ。やはり大高山の霊脈は汚染されていたと。うむ、やはり昨夜感じ取った通りじゃの」

 

 日光を反射し、艶やかに輝く黒い長髪をそよ風になびかせる女性の背には、大きな漆黒の翼が一対生えていた。

 女性は俗に言う、烏天狗と呼ばれる妖怪の一種であり──本来ならば人に仇なす妖怪でありながら、人間と協力関係にある変わり者であった。

 

「ほう。妖魔らしき影はもうないし、嫌な気配も感じないと。随分と逃げ足の速い妖魔じゃの~。よしよし、いい子じゃ……。ほれ、ご褒美じゃ。しっかりと味わって食うのじゃぞ?」

 

 烏天狗である女性にとって、鳥類との会話は基本技能と言ってもいい。

 そのまま烏と会話をして情報を得た女性は、その報酬を烏に与えると屋敷の居間へと戻る。

 そこには背広を着た一人の男──野中の姿があった。

 

「聞いての通り、霊脈汚染レースの一番乗りは大高山じゃ。とはいえ、もう妖魔は逃げだした後みたいじゃし……ほっといても問題はなかろ」

「いえいえ、さすがに放置しておくわけには……。新たな妖魔の呼び水になっては困りますしね。ご協力の方、ありがとうございます刹那(せつな)殿」

 

 野中の礼を受けた刹那は、軽く鼻を鳴らすと、不満そうにその眉を顰める。

 

「感謝しておるのなら休みをよこせ休みを。毎日毎日働かせおって。天狗虐待じゃぞ……」

「ははは……。いやあ本当に申し訳ありません。ですが、今はかの悪魔が出現した影響で──」

「その話はもう何度も聞いたわい! やーすーみー! 休みをよーこーせー!」

 

 刹那は畳の上に寝転がると、その長い手足をジタバタさせて不満をぶちまける。

 数百年以上の時を生きる、大妖怪といっても過言ではない刹那のその姿を見た野中は、どう反応すればいいのかがわからず冷や汗を流していた。

 刹那は関東地方に発生する妖魔、及びその発生予兆の感知を担当する部署に協力することで、討伐の免除及び多額の報酬を得ている妖怪だ。

 烏を自在に使役し、その気になれば五感を共有させることもできる刹那にとって、それは実に容易い仕事であり──適当に配下とした烏を飛ばし、本人は屋敷で寝転がっていれば金が転がり込んでくるという楽な仕事であった。……そのはずだった。

 

「ゲルマニアだか何だか知らんが、おかげでここ二月ほど屋敷にカンヅメじゃ! ネトゲで馬鹿な男共にレアアイテムを貢がせるのも悪くはないが──たまには街に繰り出して羨望と嫉妬の目で見られたい! ナンパされたい! ちやほやされたーい!」

 

 齢数百歳とは思えぬ、俗物そのものな欲求を高らかに叫び上げる刹那。

 刹那はそのまま、野中に対しひたすら愚痴を吐き続ける。

 相手はこの国の首都の治安維持に関わる超重要人物であり、それがゆえに逃げ出すわけにもいかず、困ったような表情を浮かべながら刹那の愚痴を聞き続ける野中。

 そうして一通り不満を吐き出して満足したのか、ふと刹那は起き上がると──その懐より一枚の写真を取り出した。

 

「はぁ~あ……。せっかく儂好みの超めんこい娘を見つけたというのに、愛でるどころか会いに行くことすら叶わんとはのう……。ううう、すまぬ娘。おぬしを娶りに行くには、もうしばらくかかりそうじゃ……」

 

 その刹那の取りだした写真に写るのは、野中もよく知る黒髪の少女──緋乃の姿が映っていた。

 相も変わらず露出度の高い私服に身を包み、その細い脚を天高らかに振り上げる緋乃の写真を目にした野中は驚愕からか、その目をほんの一瞬だけ見開く。

 

「あ、あのぅ……、刹那殿? その写真の娘はまさか……」

「うむ? ああ、こいつか。おぬしもよぉ~く知っておろう? 表裏問わず今話題の超絶美少女、緋乃ちゃんじゃよ。いやぁ~、儂も数百年ほどこの国を飛び回っていろんな娘を見てきたが、この娘はすごいの! 別格じゃ! ここまでめんこい娘を見たことなど一度もない!」

「そ、そんなに凄いのですか……?」

 

 興奮した様子で緋乃についてまくし立てる刹那を見て、緋乃がこの国に根付く退魔師の中でも最大級の規模と権威を持つ一族──その次期当主である男から思いを寄せられているということを知る野中は冷や汗を流す。

 

「かーっ! これだから仕事が恋人の輩は! ほらほら、その目をかっぽじってよーく見るのじゃ! この美しくも愛らしい姿を!」

 

 そんな野中の内心なと知ってか知らずか、緋乃の写真を目の前で掲げる刹那に対し、困ったような笑顔を浮かべる野中。

 

「この成熟と未成熟の間で揺らめく輝きこそ、至高の美であると儂は思っておる。故に、儂は一刻も早くこの娘の元に駆け付け──我が力を注ぎ込むことで、この美を永遠のものとせねばならんのじゃ! だというのに、仕事仕事仕事……! うっがー!」

 

 語っているうちに不満が再燃してきたのか、頭を抱えた刹那が吼える。

 そんな刹那の言葉を聞いた野中が、恐る恐るといった様子で声をかけた。

 

「えっと……刹那殿? すいません、今何か不穏な言葉が聞こえたような……? なんか、緋乃君を永遠のものにするとかなんとか……」

「はぁ……はぁ……。む? そうじゃが? こんなに可愛い娘が年を食って劣化するなど、認めるわけにはいくまいて。仮に天が認めても儂は認めん。絶対に認めん。この子は儂の元で、真の妖怪として生まれ変わり──儂の妻として、儂と末永くイチャコラして過ごすのじゃ」

 

 つい先ほどまでしていたアホ面を引っ込め、真剣な表情で語る刹那。

 刹那の纏う雰囲気は至極真面目な物であり──そこから刹那が本気で緋乃を手に入れようとしていることを理解した野中がやんわりと抗議の声を上げる。

 

「いやいや、刹那殿。彼女は人間です。人とは成長し、老い、そして去り行くものなのです。貴女が彼女に入れ込んでいることは解りました。ですが、人を妖怪にするなどそのようなことを認めるわけには……。それに妻って、貴女も女性じゃないですか」

「ハッ! 美しいものを愛でるのに性別も何もないわい。それに儂は妖怪じゃぞ? 生やすのも引っ込めるのも自由自在じゃ。昔は男として活動していたこともあったしの!」

「いえ、そういう問題では……」

 

 からからと笑い声を上げる刹那に対し、引き続き抗議の声を上げる野中。

 刹那はそのまま笑い声を上げていたが──ふと真剣な表情に戻ると野中を睨みつける。

 

「そんなことより、何が認めないじゃ……。儂は知っておるぞ? この娘は悪魔の力を取り込んだことで、退魔師の連中からは相当に嫌われておるそうではないか。結果として未遂に終わったが、襲撃して殺してしまおうとする連中もおったらしいの?」

「それは……」

 

 刹那からの指摘を受けたことで言葉を詰まらせる野中。

 そうして野中が口をつぐんだその隙に、刹那は畳みかけるように言葉をかける。

 

「風の噂で聞くところによると、この娘の浸食率はおよそ三割程度。まだまだ人間の要素の方が強いというのに、ほんの少し魂が変質しただけで人外扱いして排斥しようとしておる……。どっちにしろ同胞と認めず、殺そうとするのなら──三割も十割も一緒じゃろうが」

「いや、さすがにそれは暴論では──」

「やかましい。この娘は、儂が妖怪にして引き取る。これは決定事項じゃ。儂ら妖怪は、お主らのように下らぬ見栄や誇りで同胞を排斥したりなどせん。勘違いするなよ? お主らが先にこの娘を『いらん』と言うたのじゃ。……大神のせがれには伝えておけ。配下の掌握も満足にできぬ貴様には、この娘はやれんと」

 

言いたいことは言い終えたとばかりに、刹那は野中が反論を口にする前に、くるりと背を向けると足音も荒く居間を出て縁側に向かった。

 

「最初から、全部知っておられましたか……」

 

 気分転換とばかりに烏を呼び寄せ、餌をやる代わりに芸をさせようと戯れる刹那を尻目に──野中が深くため息を吐く。

 

「それにしても困ったものです。刹那殿の感知力と戦闘能力はズバ抜けてるから、無下に扱うわけにはいかないし……。緋乃君が断ってくれればいいんだけど、あの年頃の娘に永遠の命やらなんやら吹き込んだら、多分欲しがるだろうしなぁ……」

 

 これといった対妖魔戦力を持たぬ特殊事象対策室において、業界の支配者とも呼べる大神家の意向は絶対のものであり──その機嫌を損ねかねない今回の件をどう報告したものかと、困ったような表情を浮かべながら青空を見上げる野中であった。

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