「──こうしたギフト能力を悪用した犯罪者に対抗するため、1956年。アメリカのニューヨークにて、異能力者管理機構が設立されたわけですね」
(ふわぁ~あ……。退屈ねぇ……)
緋乃が邪教徒殲滅作戦への協力を約束してから数日後の朝。
教科書を読み上げる教師の声を聞き流しながら、明乃は斜め前方にある、緋乃の席へと目を向ける。
しかし、本来ならば小さな親友が座っているはずのその席には誰もおらず。
生徒たちで埋まる教室の中、一つだけぽっかりと空いた空間を見て、一抹の寂しさを覚える明乃。
(あの緋乃が風邪、ねぇ……)
朝、いつものように緋乃を迎えに行こうとした明乃。
しかし、そんな明乃に対し告げられたのは、緋乃が高熱を出したから今日はお休みだという悲報であった。
(朝はついうっかり流されちゃったけど、怪しい……。めっちゃ怪しい……。絶対嘘だわ……)
申し訳なさそうに頭を下げる優奈に押され、その場はついあっさりと引き下がってしまった明乃であったが、今になって考えてみると、怪しいにも程がある。
(あそこまでハイレベルに気を操れる緋乃が、普通の風邪なんて引くわけないし? とうかそもそも、今の緋乃ってば自己再生能力まで身につけてるし、仮に風邪を引いたとしてもすぐ治るでしょ……)
気とはこれ即ち生命力のことであり、この運用法を身に着けた格闘家という存在は、病気や怪我に対する極めて高い抵抗力を持つ。
特に、緋乃ほど高度な気の運用法を身に着けた存在が、ただの風邪に負けるなんてことは普通に考えてあり得ない。
さらにそれに加え、緋乃は魂の何割かが悪魔のそれに近しい状態になっており、その影響を受けて肉体も変質しているのだ。無論、強い方面に。
考えれば考えるほど、緋乃の風邪が仮病であるという答えに行き当たり──明乃はため息を吐く。
(ズル休み……なワケないわよね。緋乃ってば以外と真面目だし、いくら優奈さんが緋乃にダダ甘いとはいえ、さすがにそれくらいは止めるでしょ……。つまり、どうしても外せない、なおかつ、誰にも言えないような用事が入ったって事でしょうね……)
「ではプリントを配るので、一人一枚とって後ろの席に回してください」
表面上では何でもないように授業を受けつつも、内心では急に休んだ緋乃についての疑念を募らせていく明乃。
ただのズル休みならば別にいい。いや、別によくは無いんだけど、まあ別に危ないことをしているわけでもないし、許容範囲内ではある。
しかし、もしこれが、危険な用事だった場合。具体的には、ちょうど今、自分たちが手を出している──。
(たぶん……妖魔関連……よね。急に緋乃が、このあたしに何も告げずに休んで、優奈さんもそれに協力するなんて……)
「ふむ……少し早いですが、キリもいいですから本日の授業はここまでとしましょう。残り五分は休憩タイムです。チャイムが鳴るまで、教室から出たり、騒がしくするのはNG。静かに休憩するように」
(お、ラッキー。ナイスタイミングね)
緋乃が急に休んだ原因。それに当たりをつけた明乃は、周囲から見えないよう、机の影にてこっそりとスマホを構えるとメッセージアプリを起動。
そのまま理奈に今日の件を伝えるメッセージを送る。
(理奈なら、何か情報を知ってるかも……。危ないことに首突っ込んでなきゃいいけど……)
◇
時間は少し進み、同日の午後15:00。とある海沿いの街の高台に、一台の黒いワンボックスカーが止まっていた。
そして、その車の中には、総一郎と六花、そして学校を休んだ緋乃の姿があり──三人は車の中より、邪教徒たちのアジトである別荘を見下ろしながら、作戦開始の時を静かに待っていた。
「準備に手間取っているようだな……。本来なら、14:00には襲撃を開始したかったのだが……」
「人払いの結界と、工事や事故を装った通行止めに交通封鎖。相手に気付かれないようにしなくてはなりませんものね……。前者はともかく、後者はそれなりの手間ですし」
予定よりも遅れた時刻に眉を顰める総一郎と、それをやんわりと宥める六花。
いつ準備完了の連絡が届くのかと、徐々に緊張感の高まる車内の空気。緋乃はそんな居心地の悪い空気を変えるべく、コホンと軽く咳払いをすると、明るい調子を作り出して総一郎と六花の二人へ話題を振る。
「あの別荘ってさ、地下が秘密基地みたいになってて、そこで妖魔を匿ったり強化したりしてたんでしょ?」
「ええ、報告ではそうなっていましたわね。巧妙に偽装されていますが、あの別荘には霊脈からのラインが繋がっていますし……まあ、そうなのでしょう」
六花は不愉快そうに鼻を鳴らしながらも、緋乃の言葉に頷いてみせる。
「うんうん。じゃあさ、もし相手がすごく強い妖魔やら妖怪を繰り出して来たらどうするの? 人払いしてるってことだし、こっちも派手にやっちゃっていいの?」
「まあ、そこら辺は時と場合によるな。あまり目立つような真似は避けて欲しいというのが本音だが──それで負傷したり、敵を見逃してしまっては意味がないからな。危ないと思ったら、いくらでも派手にやって構わんぞ」
「お兄様はこう仰っていますが、限度というものがありますからね? まあいざとなったら、異能犯罪者か魔法使い連中の仕業にしてしまう、という手もありますが、それは本当に最終手段です。ですので、く・れ・ぐ・れ・も、気をつけなさいよ尻尾娘」
緋乃の上げた疑問の声に対し、肯定的な意見を返す総一郎と、逆に釘を刺す六花。
一瞬、どちらの言うことを聞くべきか迷う緋乃であったが──実際にそうなってから考えればいいか、とすぐにその思考を切り上げた。
「貴女の必殺技には、派手なものが多いですからね。特に、あのブレイジングバスターとかいう、超高度落下攻撃なんて──っと」
「む……」
そのまま続けて緋乃に釘を刺そうとしていた六花であったが、その小言は総一郎の胸元から着信音が鳴ったことで打ち切られた。
緋乃と六花の見守る前で、総一郎はスーツの胸ポケットからスマホを取り出すと耳に当てた。
「……私だ。ふむ、なるほど。ご苦労だったな。では引き続き、隠蔽任務に就いてくれ。……ああ、わかっている。そちらも気を付けるのだぞ」
手早く通話を終えた総一郎が、その耳からスマホを離したのを確認すると、緋乃は緊張した面持ちで話しかける。
「作戦、開始?」
「ああ。ようやく全工程が完了したようだ。待たせたな、緋乃。仕事の時間だ」
「やっとですか……。ふふふ、腕が鳴りますわね……」
コートを羽織り、車から降りる準備を整えながら緋乃の言葉に返答をする総一郎。
そして、そんな総一郎を見て、不敵な笑みを浮かべつつ、組んだ手に力を込める六花。
「作戦は覚えているな? 俺たちの仕事は、いるかもしれない相手側の強者に対する抑えだ」
「ん、わかってる。一歩引いたところで待機だよね?」
「そうだ。異変があれば即座に駆け付け、出番が無ければそれでよし。では、行くぞ」
車から降り、別の相手へと連絡を取る総一郎を横目に、緋乃と六花も車から降りた。
緋乃が車から降りると同時に、冷たい海風が吹き荒れ、緋乃の羽織るコートが激しくはためく。
「……風も冷たくなってきてるし、そろそろ、
◇
「ふあぁ~あ……。あー、よく寝た」
「お、ようやく起きたか。まったく、この状況でよく寝れるよな……」
「しゃーねーじゃん? 昨日は遅くまで儀式に付き合ってたんだしさ。んで? 退魔師の連中に動きは無しか?」
「ああ。今の所はバレてねーみたいだぜ」
別荘内部の、リビングと思われる大部屋にて話し合う二人の男。
二人はTVのニュース番組をぼーっと眺めながら、地下の施設にて行われている儀式について語り合う。
「そりゃよかった。にしても、妖魔を育てて人類の口減らしかぁ……。なんかこう、いざ上手くいきそうになると、本当にやっちまっていいものか戸惑っちまうな~」
「まあな……。それより、妖魔様。もしくは妖魔殿、だぞ。寝起きとはいえ気を抜きすぎだ。今の台詞が上の連中の耳に入ったら大目玉だぞ?」
「うへぇ、そりゃ簡便だな」
相方からの注意を受け、頭をがりがりと掻きかがら、辟易とした声を上げる男。
下級の構成員である男たちには、幹部や上層部の人間とは違って、妖魔に対する敬意などは無いようであり──むしろ、その口調からは妖魔を見下している様子すら感じられる。
しかし、それも当然のことだろう。妖魔とは、実体を得た陰の気の集合体。
陰の気とは、人間に限らずほぼすべての命あるものにとって、本能的に嫌悪感を感じてしまうもの。
それを知性に乏しいからか、完全に制御しきれずに、周囲へと垂れ流しているのが妖魔だ。
生物は妖魔を嫌い、妖魔は生物を嫌う。それが当然の理であり、妖魔を崇める幹部たち上層部がおかしいのだ。
金払いがいいから寄ってきただけの男たちにとって、本気で人類を害虫だと思い──その排除を目論んでいる彼らの思考は、理解しがたいものがあった。
「散歩がてら、ちょっくらコンビニでも行ってくるわ。ついでになんか買ってこようか?」
「お、悪いな。じゃあ飲み物が切れてたはずだし、適当にお茶のデカいやつでも頼むわ」
「あいよー」
話を終えた男は防寒用のコートを羽織り、財布の中身を確認するとリビングから出ていく。
そうして男が廊下を歩き、玄関の前までたどり着いたその瞬間。
爆音がするとともに、勢いよくドアが弾け飛んだ。
「うおおぉお!? いったい何が──ぐあぁっ!?」
「突入完了! 目標は地下だ。いくぞ!」
突然の異常事態を前に、混乱する男。そんな男を、煙の中から現れた人影が殴り飛ばし、一撃でその意識を奪う。
その人影──筋骨隆々とした大男は、背後に向かって叫ぶと、別荘の中へと乗り込んできた。
大神総一郎の提案した邪教徒殲滅作戦が開始されたのだ。
「オイ、なんだ今の音──退魔師だと!? クソッ! 奴らだ! 奴らが来たぞー!」
「なんだと! 隠蔽は完璧だったはずだろうが!」
「ええい! もう少しで儀式も終わるってのに!」
当然、その玄関を破る音は別荘内部にいた邪教徒たちにも伝わっており、部屋の扉が次々と開き、また二階や地下室へと続く階段から、邪教徒たちが次々と姿を現した。
そうして現れた邪教徒たちは、侵入者を排除すべく、呪具などのそれぞれの獲物を手に大男に向かって駆け出し──そのタイミングを見計らって、退魔師の別動隊が窓を破って別荘へと侵入。邪教徒たちを背後から強襲した。
「突入ー!」
◇
「うおー、すっごいね。秘密基地みたい……」
「本当ですわね……。よくもまあ、これだけの地下施設を作ったものです」
他の退魔師たちが先行し、制圧した別荘の地下に存在する施設。その通路を、緋乃と六花は歩いていた。
邪教徒たちの大半はこの地下施設にいたらしく、通路の先からはいまだに激しい戦闘音と怒号が聞こえてくる。
二人はそれらに意識を割き、いつでも救援に駆け付けられる態勢を取りながら、制圧された通路を悠然と歩んでいた。
ちなみに、総一郎は地上にて全体の指揮を執っているので、ここにはいない。
「あの人たち、結構やるね。なんかすごい一方的」
「腕に覚えのある人間を集めましたからね。当然ですわ」
頭の後ろで手を組みながら、感心した目を前方へと向ける緋乃と、それに対し得意気な声を返す六花。
「これなら、わたしたちの出番はないかもね──っと」
「どうかしましたか? ……ああ、なるほど」
雑談の際中に、ふと足を止めた緋乃。
そんな緋乃に対し、六花は訝しげな声を上げるが……緋乃の視線の先を見て、すぐその理由に気付いたのであろう。納得の声を上げた。
「そんなところでコソコソしてないで出てきたら? バレバレだよ」
緋乃は通路に立ったまま、机がひっくり返って物が乱雑に散らばる一室へと声をかける。
その視線の先には、大きな柱時計があり──それに向けて緋乃は鋭い視線を送る。
「……むぅ、仕方ない」
声をかけてそのまま待つこと数秒。しかし、部屋の中は静まり返ったままで何も起こらない。
痺れを切らした緋乃は、その背後で揺らしていた尻尾の先端を時計に向ける。
「畜生が!」
そうして緋乃が尻尾を勢いよく放つと同時。
柱時計の中から細身の男が飛び出し、その直後に時計は緋乃の尻尾により粉砕される。
「死ねぇ!」
そうして飛び出てきた男は、緋乃が尻尾を引き戻すその前に。
必死さが感じられる猛ダッシュで緋乃へと駆け寄り、その距離を詰めると、懐から取り出した大振りなナイフを突き出してきた。
恐らくは暗殺用の呪具だろう。男の持つナイフは、毒々しい赤い光に覆われており──刺されてしまえば、禄でもないことになるのは目に見えている。
「ほいっと。……てりゃぁ!」
赤い光を纏うそのナイフを見た緋乃は、回避を選択。
ギリギリまで引き付けたあとに、半身になることで突き出されたナイフをあっさりとかわした緋乃は、そのままその右脚を振り上げる。
「ぼごぉ!?」
華麗に弧を描いて、男の顎へと突き刺さる緋乃の足。
その衝撃で男の手からナイフが転げ落ち、また強制的に口を閉じられたことで、折れた歯が宙を舞う。
「あ……が……」
哀れにも顎を粉砕された男は、ガクガクと膝を揺らしたかと思うと、その場にどさりと崩れ落ちた。
「あら、いい蹴り。物凄く綺麗に決まりましたわね」
「ふふっ、六花もそう思う? わたしもね、今のはすっごく気持ちよく決まったなーって」
六花は緋乃と話しながらも、ちょうど足元へと転がってきたナイフを拾い上げる。
そのままナイフを目の前に持ち上げて、まじまじと観察する六花。
「ふむ……。ただの妖気を帯びたナイフですわね。まあ、一応回収しておきますか……」
「なあんだ。心配して損しちゃった」
ナイフの鑑定結果を聞いた緋乃は、つまらなさそうにため息を吐くと、通路の奥側へと向き直る。
向こう側もどうやら制圧が完了したようであり、いつの間にか、やかましく響いていた戦闘音も消えていた。
「ちょうど、向こうも終わったみたい。結局、わたしの出番はなかったみたいだね」
「いいことじゃないですの……と言いたいところですが、妙ですわね」
「妙?」
六花の言葉に、緋乃は首を傾げる。
「ええ。いくら何でも、抵抗が無さすぎるといいますか。これだけの規模の施設だというのに、上級妖魔の一匹も出てこないなんて……」
「丁度退治されたばっかで、補充する前だったとか?」
六花の疑問に対し、とりあえず思いついたことを口にする緋乃。
緋乃の言葉を聞いた六花は、軽く頷いて同意を示すと、もう一つの可能性を口にする。
「もしくは、既に場所を移した後か……ですわね。まあ、とりあえず、今回はこれで──なっ!?」
「うわっ、これは──」
六花が口を開いている際中。突如、別荘の外から──地下のため、方角はよくわからないが、恐らくは山の方から──強烈な妖気が湧き上がってきた。
それを感じ取った緋乃と六花の二人は、思わず驚愕の声を漏らす。
「くそっ! 道理で雑魚しかいなかった訳だぜ!」
「仲間を使い捨てにするなんて!」
「早く、早く外に!」
「大神さん! 大神さん!」
「こ、これは一体どういうことですの!?」
恐らく、彼らも外からの妖気を感じ取ったのであろう。
先ほどまで制圧に参加していた退魔師たちが、形相を変えて引き返してきた。
六花はそのうちの一人、自身の名字を呼ぶ男に対し、何があったのかを聞き出そうとする。
「
「何ですって!」