「またのご利用を~」
「いやー、歌った歌った。満足だわ!」
「あれだけ歌っといてずいぶんと元気だね明乃ちゃん……」
「ちょっと調子に乗りすぎたかも。のどに違和感」
土曜日の午後1時過ぎ、とあるカラオケボックスより明乃、理奈、緋乃の三人が姿を表す。
休日ということで、緋乃たち三人は繁華街へと遊びに来ていたのだ。
あまり歌うという行為が好きではない緋乃であったが、明乃と理奈の二人に多数決で負けた結果、仕方なく──三人の中で一番楽しんでいた気がするが、きっと気のせいだ──付き合っていた。
「お腹減ったし、そろそろお昼にしましょっか。緋乃も面倒がらずにちゃんと食べなきゃ駄目よ? 大きくなりたいんなら特にね」
「まあ、私の個人的な意見としては今のままがいいけどねー」
「むむむ……」
明乃に痛いところをつかれてしまい、唸る緋乃。
確かに食事を摂る必要は無くなったけど、だからといって何も食わないのは成長的な意味でよろしくなさそう。
もっと身長伸ばしたいし、あと胸なんかも大きくなって欲しい。でも、味のしない食事をするのはなんか面倒──いや、食事と思うから駄目なんだ。鍛錬の一環と思えばいい。
そう、これは鍛錬。わたしが最高に強くて最強にセクシーな体に成長するための試練なんだ。面倒臭がってたらいけない。
そうして気を取り直した緋乃は、少し遠くにあるハンバーガーショップの看板を指差しながら声を上げた。
「じゃあ
「押忍かぁ……。そういや最近食ってなかったわね。そうね、今日はヘルシーに行きましょっか」
「健康的……? ヘルシー……?」
押忍バーガーとは注文を受けてからバンズやパティを焼くスタイルのバーガーショップであり、値段こそ少々張るものの、味と量を売りにした店で人気も高い。
サイドメニューのサラダもオリジナルのドレッシングがなかなか人気であり、インターネット上でもよくドレッシングを売ってくれという書き込みが散見される。
しかし、やはりバーガーショップである以上メインは肉であり、カロリーもまた相応に高く健康的であるとは決して言えない店だ。
緋乃と明乃の会話を聞いた理奈が、何言ってんだこいつらと言わんばかりの声と表情を向けるのも仕方のないことであろう。
「決まりだね。じゃあいこっか。わたしはホットドックにサラダかな」
「あたしはどうしよっかなー。久々だしチリにしようかしら」
「私は野菜押忍バーガーかな。あとポテトも」
そのまま談笑しながらバーガーショップ目指して歩く三人であったが、少し歩いたところで明乃がふと足を止めた。
「むっ、あれは……」
「どうしたの明乃? ……ああ、なるほどね」
「なになに? 何かあった──あ、そういう事ね」
明乃が目線を向けた方向。そこには高校生くらいの年齢だと思われる二人の軽薄そうな少年と、それに絡まれている一人の少女の姿があった。
「なあなあ、ちょっとぐらいいいだろ?」
「そうそう、飯奢るからさ。付き合ってくれよ~」
「うーん。ワタシ、越してきたばかりでこの街を一通り見たいからちょっと困るネ。また次の機会にでも──」
眉を顰めて困った顔をする茶髪の少女に対し、強引に詰め寄ろうとする二人のナンパ少年。
少女は少年たちに気付かれないよう、さり気なく辺りを窺ってはいるものの──周囲を歩む人間は、面倒ごとに巻き込まれたくないと言わんばかりに少女の側を早足で通り過ぎていく。
「へー、こっちに来たばかりなんだ。なら丁度いい。その案内役、オレ等が引き受けよっか?」
「いやあ、ありがたい申し出だけど……気の向くまま、一人で自由に見て回りたいのよネ」
「まあまあ、そう言わずにさー」
あからさまに嫌がる素振りを見せる少女に対し、少年たちはしつこく食い下がる。
しかし少年たちが必死になるのも無理は無いだろう。何しろ少女の方はかなり整った顔立ちをしており、さらに出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという、スタイルの良い体つきをしていたのだ。
何とかしてお近づきになりたい。否、ここで唾をつけておきたいと、少年たちはあの手この手で少女の興味を引こうと苦心し──。
「ちょっと、その
そこに明乃が勢いよく割り込んだ。
「ハァ? なんだコイツ……ってお前は……!?」
「なんだ? ケンちゃんこの子の知り合い? おっほ、この子も滅茶苦茶な美人さんじゃないのよ。俺、
少女を庇うようにその前に立ち、睨みつけてくる明乃を見て少年たちは不機嫌そうに顔を歪めるが、明乃の顔を確認するとその表情は一転。
一人は驚愕に目を見開き、もう一人はより上等な獲物を見つけたとばかりに上機嫌そうな声を上げる。
「おい馬鹿止めろ、そいつは不味い。うかつに手を出したら死ぬぞマジで。っていうかさっさと逃げるぞ。こんなところをリーダーに見つかったら……!」
ケンちゃんと呼ばれた少年は冷や汗を流しつつ、周囲をきょろきょろと見回しながらナンパの矛先を明乃へと変更した友人を諌め──そんな少年の背後より、疑問の声が一つ上がる。
「ふーん、見つかったらどうなるの?」
「そりゃお前、ボコボコのギタギタに──」
背後より上がった声に対して回答をするナンパ少年ことケンちゃん。
しかし、ふとその声が友人のそれとは違うことに気付き、恐る恐るといった様子でゆっくりと振り返る。
「そ、その声……まさか……」
「はぁい、そのまさかだよ。みんなのアイドル、緋乃ちゃんです。いぇい」
そうしてゆっくりと振り返った少年は、ニコニコと笑いながら自身の背後に立つ緋乃を目撃。
冷や汗をダラダラと流し、引きつった笑顔を浮かべながらも、緋乃に対して頭を下げる。
「リ、リーダー……ご無沙汰してます。
「ん。元気なのはいいことだけど、あまり他人に迷惑をかけないようにね。この人、結構困ってたよ?」
「はい、スイマセンっした。いや、めっちゃハイレベルな子を見つけて──ああ、さすがにリーダーに比べりゃあ落ちちゃいますが、それでも俺ら基準で滅多にお目にかかれないぐらい可愛い子を見つけて、それでちょっと調子に乗っちゃったと言いますか……」
呆れ顔を浮かべる緋乃に対してペコペコと頭を下げながら、しどろもどろになりながらも言い訳を口にする健吾。
いかにも喧嘩慣れしてそうな不良少年が、自分より一回り以上小さく幼い少女にひたすら頭を下げるというその光景を目にし、その場にいた全員──明乃と理奈、そして和久にナンパされていた茶髪の少女の4人だ──が目を丸くする。
「oh……。なんかよくワカンナイことになってるネ……」
「おいおいおい、嘘だろ? リーダーってまさかこの子が……?」
心底驚愕した様子を見せる和久と茶髪の少女を尻目に、さり気なく緋乃の隣まで移動してきた理奈がこっそりと緋乃に耳打ちをする。
「緋乃ちゃん、いつの間に不良のリーダーなんてやってたの……? なんかすごく恐れられてる感じだし……」
「ん、実はよくわかんない。歯向かってくる奴を手当たり次第にボコってたら、なんかいつの間にかそうなってた」
「うわあ、すっごい適当だぁ……。でも緋乃ちゃんらしい……」
その後、健吾の拙い言い訳をとりあえず全部聞いた緋乃は、やれやれと軽くため息を吐くと健吾に対して呆れ顔を向けた。
「ま、別にナンパするなとはさすがに言わないけどさー。でも、断られたらさっさと身を引くべきだとは思うよ? 粘ったところで、相手が乗ってくれるわけでも無いんだしさ。お互いに気まずいし、時間の無駄でしょ?」
「はい、その通りっす! ちいと意地になってました!」
「謝るのならわたしじゃなくてあっちの女の人ね」
「うっす!」
緋乃からの指摘を受けた健吾は、最初にナンパをかけていた茶髪の少女──顔立ちから中国系だと思われる──へと向き直ると、力強く頭を下げた。
「足止めしてすいませんでした!」
「あ、うん。わかってくれたらいいネ。それじゃ、ワタシは急いでるからもう行くよ。アリガトね、緋乃!」
「どういたしましてー」
茶髪の少女はあっさりとその謝罪を受け入れると、緋乃に礼を言い、手を振りながらこの場を離れていく。
(なんで自分で追い払わなかったんだろ。見た感じ、結構な
緋乃はそんな少女に対し、男たちへの対応について少々疑問を覚えながらもヒラヒラと手を振り返し──少女の姿が完全に見えなくなったところで、これまで黙っていた和久が口を開いた。
「なあ、本当にアンタみてえなちっこいのが、ここいらの連中のまとめ役をやってんのか……?」
「おいカズ、やめろ。まあ確かにこの人は小柄で細いから、とてもじゃないが戦う人種に見えねえが……マジでつええんだ。なにせ、あのプロも参加してた新世代大会の実質的な優勝者だぜ? 俺らみてえな、アマチュア以下のカスじゃ足元にも及ばねえよ」
「悪いが、俺はTVは見ない派でな。それと、自分の目で見たもんしか信じねえと決めてるんだ」
開口一番、緋乃に喧嘩を売るような発言をする和久。
それを聞いた健吾が慌てて止めに入るも、それを押し退けて、和久は緋乃に向かって歩き出す。
「俺は
「へぇ……わたしとやろうってんだ? 生意気だね」
「ハッ、そりゃこっちの台詞だぜ。見た感じ、中学生ってとこだろ? どんだけ強いんだか知らねえが……一応、こっちは先輩だぜ? 少しは年上を敬えや」
向かってくる和久を見てニヤリと、犬歯を剥き出しにした攻撃的な笑みを浮かべる緋乃。
もはや止められる雰囲気ではないということを悟ったのであろう。それを見た明乃と理奈は頭に手を当ててため息を吐くと、緋乃と和久からゆっくりと離れていく。
「敬う? わたしの足元にも及ばない、惰弱で貧弱な虫ケラを? 面白い冗談だね」
「フン、ちいとばかし顔が良いからって調子に乗りやがって……」
そうして歩み寄ってきた和久は、緋乃の眼前にて立ち止まる。
1m程の距離を空け、至近距離にて向かい合う緋乃と和久。
和久の身長は170cmを超えるため、和久が見下ろして緋乃が見上げる形だ。
高まる緊張感に──緋乃たち三人は余裕に満ちているのだが──健吾が唾を呑み、周囲を歩く通行人も立ち止まって緋乃と和久へと目を向ける。
「ふふん」
「チッ……」
得意気に口元を吊り上げる緋乃に対し、和久は緊張した様子でその額に汗を滲ませる。
場数を踏んでいるが故の直感か、それとも知らないと言ったのは嘘で、本当は緋乃のことを知っていたのか。
なんにせよ、和久は緋乃の事を難敵と認識しているようで──先に仕掛けたのは和久であった。
「っらぁ!」
気合の入った声と共に放たれるのは右の正拳突き。
何かの武術でもやっていたのか、体の捻りを乗せた、基本に忠実な一撃だ。
緋乃と和久の間には、およそ20cm超の身長差が存在する。故に、真正面に繰り出された和久の拳は、前方に立つ緋乃の顔面へ向かって突き進み──。
「甘いね」
パシン、という軽快な音を立て。
あっさりと、緋乃の左手によって掴み取られた。
「ぐっ……! てめ、放し──ごっ!?」
掴まれた手を振り払おうとする和久であったが、気で強化された緋乃の腕はびくともしない。
そうして和久が腕に気を向けたその瞬間。緋乃はその隙を見逃さず、和久の土手っ腹へと拳を叩き込んだ。
「お……お……」
緋乃のボディーブローは和久の腹筋による守りを一瞬で突破。
和久の体が
所詮は自分より弱い相手にしか粋がれない半端者。格上の相手にボコボコにされながらも、必死に喰らいついて逆転するという悦びを知らぬ不良学生ならこの程度だろうと──これまで散々叩きのめしてきた不良たちの耐久度から判断を下す緋乃。
しかしどうやら、今回の相手はこれまでの不良たちより根性があるようだ。
「こ……の……」
「へぇ、耐えるんだ」
緋乃の拳に悶絶し、腹を抑え、よろめきながらもこちらを睨んでくる和久。
その様子から、和久がまだ折れていないことを感じ取った緋乃は関心の声を上げる。
もっとも、だからといって攻撃の手を緩めるほど緋乃は甘くない。
相手がまだやる気だというのならば、完膚なきまでに叩きのめすまでのこと。
「意外とやる、ね」
「な……!」
緋乃は素早く和久との距離を詰めると、真正面からその肩にトンと跳び乗り、そのまま自身の太ももで和久の頭を挟み込み──。
「うにゃあ──!」
「ガッ──!?」
叫び声を上げるとともに、身体を勢いよく後方へと逸らし、そのままバク宙をするかのように一回転。
太ももに挟んだ和久の脳天を、アスファルトへと叩きつけた。