「はい、わたしの勝ち」
「か、カズ──!?」
歩道の上に倒れ伏し、頭から血を流しつつその体をピクピクと痙攣させる和久。
その光景を見た緋乃は、今度こそ勝利を確信。得意気な表情を浮かべつつ、その控えめな胸を張って勝ち誇り──倒れたまま動かない和久に向かって、大慌てで健吾が駆け寄る。
「おい、しっかりしろ! ああもう、だからやめとけって──」
「フランケンシュタイナーとは、派手にやるじゃない!」
「トンっと飛び乗って、ぐりんっと一回転して……うん、軽業師みたいですごかったよ~! それにしてもあの体勢は羨まゲフンゲフン……!」
意識のない和久を揺さぶりながら、愚痴ともとれるような言葉を漏らす健吾。
そんな男たちを無視して、緋乃へと歩み寄りつつその戦いぶりを褒め称える明乃と理奈。
「ふふん、実はちょっと前にTVであの技を見てね? わたしもやってみたいなーって思ってたんだよね」
「あー、なるほどね。確かに見た目が派手で威力も高いと、緋乃好みの技ねぇ」
「うん、実際にやると楽しかった。威力も思ったよりあったし……嬉しい誤算って言うのかな? でも、やっぱり隙が大きいのが難点だね。もっと練習して、スムーズに技をかけれるようにしないと」
和久の頭が叩きつけられたことで、大きく砕けて凹んだ歩道のアスファルト。
緋乃はそこへと目をやりながら、今後の課題を口にする。
「言っとくけど、流石のあたしもアレをかけられるのは嫌よ? たんこぶできちゃうじゃない」
「あ、じゃあ私が立候補しちゃおうかな。魔法で地面をちょいと弄れば──」
緋乃が何かを言う前に、先手を取って練習相手から外れようとする明乃と、逆にぐへへと笑いながらこれに立候補する理奈。
しかし、緋乃は笑みを浮かべつつ、軽く首と手を振りながら二人へと言葉を返す。
「いやいや、大丈夫だよ。こっちで適当な
「いや、それ普通は逆じゃない……?」
「うう、緋乃ちゃんの太もも堪能チャンスが……」
緋乃の言葉に対し、困惑する明乃と残念がる理奈。
そんな親友二人の反応に対し緋乃が首を傾げていると、ちょうどその視界の端に、和久が健吾に支えられつつ起き上がる様子が映る。
「う、ううう……」
「おお、よかった! 無事だったかカズ……ってお前大丈夫か? すっげー汗だぞ」
「お゛お゛お゛……」
心配そうに声をかける健吾へと何の反応も返さず、膝立ちのまま俯き頭を抱え、唸り声を漏らす和久。
健吾の言う通り、ぶるぶると小刻みに震えながら大量の汗を流す和久のその姿は、どこからどう見ても正常ではなかった。
「あ、意識戻ったんだ。へー、けっこう頑丈ねえあの人」
「でも、なんか様子がおかしいみたいじゃない? もしかして打ちどころが悪かったのかな? よし、私がちゃちゃっと治して──」
緋乃に遅れて和久が意識を取り戻したことに気付いた明乃と理奈の二人も、その様子のおかしさに気付いたのか。
回復魔法を使える理奈が、和久たちに向かって歩みだそうとしたその瞬間。
「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛──!!」
突然の咆哮。
急に立ちあがった和久が、天へと顔を向けて大声を上げたのだ。
ビリビリと周囲の空気を震わせるその音に、緋乃たちだけではなく、遠目で緋乃の戦いを観察していたギャラリーや通行人が一斉に目を見開く。
「ア゛ア゛……ウ゛ウ゛……」
呻き声を上げ、涎を垂れ流しながら緋乃たちの方へと向き直った和久。
その見開かれた目は血走って真っ赤に染まり、理性のりの字も感じられず。
更にそれだけでなく、全身の筋肉も肥大化。先ほどまでの理性のあった状態と比較して、一回り以上は大きくなっていた。
「うわ、きっしょ」
「な、なにアレ……。なんかおっきくなってる……」
「怒り心頭……とは違うわね。明らかに理性トンでるし、おかしいわよ! 異常よ異常!」
そんな和久を見て、緋乃はその見た目の醜さからくる嫌悪感に顔を歪め。
理奈と明乃は異常そのものといった和久の様子にドン引きし、怯えた様子で後ずさる。
「う、う、うわあぁぁぁ!」
友人のあまりの変貌ぶりにフリーズでもしていたのであろう。
それまでマネキンのように固まっていた健吾が突然、悲鳴を上げて逃げ出した。
「なにあれ、モンスター!?」
「おいおい、なんかヤバそうだぜ!」
「ああ、ただの喧嘩じゃなさそうだな……!」
健吾が逃げ出したのを見て、先ほどの咆哮を聞いて集まってきたギャラリーたちもそそくさと逃げていく。
そうしてこの場に残ったのは、緋乃たち三人と和久の四人だけとなる。
「ね、ねえ理奈……。なんか急に変身したけど、あれって魔法関係だったりしない……?」
「い、いやあ。別にこれといって魔力の反応は無かったし、ちょっと違うんじゃないかなーって……」
「うーん。これってやっぱり、わたしのせいってことになるのかな……?」
怯んだ様子を見せる明乃と理奈を背にかばいつつ、のんきな感想を漏らす緋乃。
全身の筋肉がパンプアップしているのを見るに、確かに筋力は大幅に上昇しただろう。
発散する闘気も、ほんの数分前とは比べ物にならないくらい増えている。きっと、使える気の量も大幅に増えている事だろう。
だが、
プロの格闘家に魔法使いに悪魔や妖怪。自分がこれまで戦ってきた強敵たちに比べれば、数段は劣る存在でしかない。
内心にてそう判断を下したがゆえの余裕である。
(いや、ただの不良をここまで強化するんだ。どうやったのかはわからないけど、もしちゃんとした格闘家に
しかし、緋乃はすぐに気を取り直すとその表情を引き締める。
当然ながら、緋乃はこの現象を引き起こしたのが
その根拠は単純明快。ろくに気を練ることもできない未熟者が、いきなりこんな強化技を使えるわけがないからである。
「グオ゛ア゛ア゛ア゛──!」
そうして緋乃が考えを巡らせるもつかの間。
これまで唸り声を上げるだけだった和久が、再び咆哮を上げつつ、緋乃目掛けて一気に突進してきた。
急激にパンプアップした肉体を上手く動かせないのか、その走りは少々不格好で滑稽なものではあったものの──それでも強化された筋力に物を言わせ、猛スピードで接近してくる和久。
「うわ来た!? なんかキモい!」
「むっ……。いい? 二人とも、手出し無用だからね? いっけぇ!」
涎を撒き散らしながら駆けてくる和久。
それを見て、理奈は思わずといった様子で悲鳴を上げ、同時に緋乃は迎撃を選択。
格下相手に使うまでも無いと、これまで太ももに巻き付けていた尻尾を一瞬で解きほぐすと、和久へ向かって勢いよく射出。
緋乃の尻尾は音を置き去りにして、和久の胴体を貫かんと伸びていき──。
「ゴア゛ア゛ア゛!」
初めて見るはずの緋乃の尻尾攻撃。これに対し、和久は無理矢理に横っ飛びを行う。
ガードレールを飴細工のようにぐにゃりと折り曲げながら、車道へと転がり出る和久。
緋乃の尻尾は和久のいた場所を通り過ぎ、そのまま歩道の後方へと着弾。爆音と共に派手にアスファルトを粉砕し、その破片を盛大に撒き散らす。
「遅いよ!」
「!?」
しかし、緋乃とてその程度は織り込み済み。
車道へ転がり出た和久の側面に回り込むと、起きあがろうとしている和久の頭部に向かって後ろ回し蹴りを繰り出す。
「っせりゃあ!」
「ガッ!?」
緋乃の履くブーツの踵が、勢いよく和久のこめかみへと突き刺さる。
その衝撃に和久の巨体が宙を舞い、ゴロゴロと転がりながら歩道へと押し戻された。
「車道で戦ってちゃ、車が巻き込まれて危ないからね……。ほら、こっちだよ!」
たまたま車が走行していなかったので助かったものの、ここは繁華街で、しかも今は休日の昼なのだ。
いつ車が来てもおかしくないと判断した緋乃は、和久を挑発しつつ、近くにあった公園へとひとっとび。
剥き出しの地面の上へと着地して、和久を迎え撃とうとする。
「ヴオ゛オ゛──!」
緋乃が移動したのを見た和久は、雄叫びを上げつつ突進。
さすがに少し慣れてきたのか、その走るモーションは先ほどの拙いそれに比べて、かなりマシになっている。
そうして激しい足音を立てつつ、緋乃へと接近した和久はその丸太のような腕を振り上げ──緋乃目掛けて一気に振り下ろす。
「見え見えだね──そらっ!」
上空より襲い掛かる巨人の拳。
自身を圧し潰すよう放たれたその一撃を、緋乃は右足を一歩後ろに下げ、身体を捻ることで回避。
そのまま捻った体を利用して、踏み込んできた和久の足目掛けて強烈なローキックを放ち──。
「グゴッ!」
直撃。足を砕かれた痛みに悲鳴を上げつつ、その衝撃で体勢を崩す和久。
「まだまだ!」
「ギッ──!?」
緋乃は骨を砕く感触に薄い笑みを浮かべつつ、その身体をくるりと一回転。
大きな隙を晒す和久の脇腹目掛けて肘打ちを叩き込み、その巨体を吹き飛ばす。
肘打ちを叩き込まれた和久は吹き飛ばされながらも、倒れてなるものかとばかりに必死にその足を踏ん張るが──。
「!?」
自身を追いかけるよう接近してきた緋乃が、真正面にてその脚を天高く振り上げている姿を確認し。理性を失っているはずの和久の表情が、絶望と恐怖に歪む。
そんな和久の表情を確認した緋乃は、相手が打つ手の無いことを──つまり勝利を確信。
これでトドメだとばかりに、より一層の気を右足へと籠め──踏ん張ることで中腰になっていた和久の脳天目掛けて、一気に振り下ろす。
「堕ちろぉ!」
「────!?」
膨大な気が込められたことで光り輝く緋乃の踵が、和久の頭へと叩き込まれ。
公園の地面にクレーターを作りつつ、和久を盛大に地面へとめり込ませるのであった。
「終わったよー。またまたわたしの勝ち。ぶい」
「ああ、うん……。倒したのはいいけど、ずいぶん派手にやったわね……」
「歩道にガードレールにこの公園。被害甚大だねえ」
笑顔でVサインをする緋乃に対し、明乃と理奈の二人はため息を吐きながら、緋乃の戦いによって生み出された破壊痕へと視線を送る。
「あーあ、これはお巡りさんに大目玉食らうこと間違いなしね。あたしが協力してりゃ、もっとスマートに終わってたのになー」
「う……」
「そうそう、私や明乃ちゃんが適当に拘束して、緋乃ちゃんが顔面に何発か蹴りを入れればそれで終わってたのに」
「ううう……」
最初は尻尾を振りながら得意気な表情を浮かべていた緋乃であったが、二人からの指摘を受けるたびにその表情は徐々に沈んでいき、尻尾も力なく垂れていく。
「で、でもでも、一応こっちは喧嘩を売られた被害者側な訳だし……? 悪いのはあの不良じゃないかなーって……」
「一方的に叩きのめしておいて何が被害者か」
「そもそも、緋乃ちゃんが喧嘩売りまくり買いまくりなのが問題な訳だしね」
「ふ、ふぇぇ……」
何とか絞り出した反論もあっさりと切って捨てられ、本格的に落ち込み始めた緋乃。
このままでは不味い。ただでさえ、この地域担当のお巡りさんからは喧嘩の件に関してよく小言を貰っているのだ。
歩道や公園に関してはともかく、ガードレールをぐにゃぐにゃにしてしまったのはかなり痛い。絶対に怒られる。
やったのはわたしじゃなくて、
「た、たすけて理奈……」
ガミガミと交番で怒られる自分自身を想像した緋乃は軽く涙目になりつつ、上目遣いで理奈に擦り寄りながら助けを求める。
「んふふふふ~。え~? どうしよっかな~?」
「お、お願い理奈! ぱぱーっと魔法であのガードレールを直しちゃって!」
ニヤニヤと笑みを浮かべつつ、顎に手をやる理奈へと緋乃は縋り付く。
色々と顔が効く刹那に頼むという手もあるが、刹那に対してはつい先日に別件でお願いをしたばかり。
あまり借りを作りすぎるのもよろしくない気がするので、ここは気心の知れた理奈に──理奈の要求であれば、たとえそれがどんな無理難題でも受け入れる自信があるからでもある──なんとかしてもらおうと必死に頼み込む。
「まったく、緋乃ちゃんは仕方ないなー。でもその代わり、後で私のお願い聞いてよね?」
「ありがと理奈! 大好き、愛してる! 何でも聞くから言って言って!」
とはいえ、緋乃に対しては人一倍甘い理奈。
迷ってみせたのも、緋乃の困った顔が見たいからという理由ににすぎず──すぐに緋乃の頼みを聞く姿勢を見せる。
「ふひゅひゅ、ねえねえ今の聞いた明乃ちゃん?」
「えーえー、聞こえてた聞こえてた。だからそのムカつく顔やめなさい。はったおすわよ」
満面の笑みを浮かべながら放たれた緋乃の言葉を聞き、だらしない笑み──というか、率直に言えばキモい笑み──を浮かべながら隣の明乃へと向き直る理奈。
明乃はそんな理奈に対し、額に青筋を立てながら拳を見せつける。
「おっと怖い怖い。そーだねー。最近、なんかライバルが増えたし……ここらで一発キメて、絶対的な差をつけておきたいところだけど──」
「りーなー?
「わ、わかってるって明乃ちゃん。そんな大した要求はしないよ。だからその拳を収めて欲しいなーって……」
緋乃を見ながらブツブツと独り言を呟く理奈であったが、小さな声で呟かれたそれを耳ざとく聞き止めた明乃が真顔で拳を震わせたのを見て、慌てて弁明を入れる。
「そうだね、まあ緋乃ちゃんへのお願いは後にして、警察が来る前にさっさとあのガードレールを直し──」
「ヴガア゛ア゛ア゛ア──!」
「──うびゃあああああ!?」
そうして理奈が公園から出ようと一歩踏み出した瞬間、本日何度目かの咆哮を上げつつ、意識を取り戻した和久がしつこく立ち上がる。
まさか息を吹き返すとは思っていなかったのだろう。完全に予想外の方向からやってきたその大声を受け、女の子がしてはいけない表情をした理奈が汚い叫び声を上げる。
「い、生き返った!? どんだけタフなのよ、こいつ!」
「はぁ、はぁ……。め、めっちゃビビったぁ……! マジでビビったぁ! ちょっぴり心臓止まったよぉ!」
「あはは、理奈かわいい。……でも、さすがにしつこいね。心が広いことで有名なわたしも、さすがにちょっとイラっとしてきちゃったかな?」
和久の予想外の復活を受け、驚きを露にする明乃と、胸を押さえて息を整える理奈。
そして、そんな二人の反応を見て微笑んでいた緋乃であったが──すぐにその表情から笑みが消え失せ、再びその身から闘志を発散する。
「ウグ、オオオ、グオオオオオ!!」
「ええい、仕方ない! あたしが拘束するから、緋乃は適当にアイツを気絶──」
「ううん、その必要はないよ明乃」
こちらへ向かい、懲りずに突進してくる和久を目に両腕を前に突き出す明乃。
しかし緋乃はそんな明乃の腕に手を当てて、腕を下ろすように促す。
「ちょっと緋乃……」
この期に及んでまだタイマンに拘るのかと言わんばかりに、口を尖らせる明乃。
しかし、明乃が緋乃に対する文句を口にしようとしたその直前。
「もう終わりだから。──はい、どーん」
地面から勢いよく飛び出してきた緋乃の尻尾が、突進する和久の胴体を撃ち抜いた。