目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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9話 閃光

「──いやあ驚いた、結構やるじゃん? ちょっとだけビビっちゃったよ」

 

 奇襲気味に放たれた緋乃の蹴り。気を開放した上でたっぷりと助走をつけ、その勢いを乗せて放たれた渾身の一撃。

 しかしその一撃は、ギリギリのところで少年によって受け止められてしまっていた。

 緋乃にも劣らない程の膨大な気を纏った少年は、胸の前で右手を下向きに構え、そして更にそこに左手を添え。

 緋乃の振り上げた右足をガッチリと捕らえており──突進で得た運動エネルギーを使い果たしてしまった緋乃は、先ほどまでの状態から一転。片足立ちという、非常に不利な体勢を強いられていた。

 

「おやおや? あっさり受け止められたのが、そんなに予想外だったのかな? 可愛いねぇ……」

「くっ──! はな……せぇ……っ!」

 

 緋乃の足を掴み、締め上げている少年の力は予想以上に強く、もがいて脱出するのは不可能。

 また体勢も非常に不安定であるため、空いている腕で攻撃を仕掛けたところで無意味。

 気を流し込んで起爆しようにも、自身にも劣らない程の気を纏っている少年には目くらまし以上の効果は望めない。

 背後には自立兵器がその砲口をこちらに向けていることもあり、通常ならほぼ詰みに近い状態。

 しかし、緋乃は()()()()()ではない。このような状態にあってもなお、致命の攻撃を繰り出すことができるのだ。

 

「し……ねぇっ!」

 

 動きを封じられた緋乃が取ったのは、尻尾による攻撃。

 緋乃は片足立ちの体勢のまま、大きく円を描くように尻尾を少年の側面へと回り込ませ──そのまま少年を串刺しにせんと勢い良く突っ込ませる。

 

「甘いんだよ!」

 

 少年は迫りくる尻尾を横目で確認すると、素早く後方へと飛び退る。

 緋乃と少年との間を、猛烈な勢いで尻尾が通り過ぎていき──そのまま通路の壁を粉砕。ちょうど二人の横にあった研究室へ、新たな出入り口を作り上げた。

 

「ハ、この間抜けが。吹っ飛びな!」

 

 ギリギリのところで緋乃の尻尾をかわした少年は、そのまま緋乃に対して嘲りの声を上げる。

 少年が飛び退いたことで射線から外れたからか、それとも少年が指示でも送ったのか。

 それまで緋乃の背に狙いを定めつつも、沈黙を保っていた自立兵器。その主砲がついに火を噴いた。

 少年に捕らえられていた脚を下ろし、体勢を整えている際中の緋乃の背中に向かい、大口径の砲弾が発射され──。

 

「だれがっ!」

 

 しかし、自立兵器への警戒を怠っていなかった緋乃はこの攻撃を即座に察知。その身体能力に物を言わせ、無理矢理跳び上がることでこれを回避した。

 天井スレスレにまで跳び上がった緋乃は空中で体を逸らし、自立兵器の位置を素早く確認すると、そのまま間髪入れずに尻尾を操作。

 壁を突き破って通路横の研究室へと飛び込んでいた尻尾が、自立兵器のすぐそばの壁を再び突き破ってその姿を現し──その勢いのまま、空中の緋乃に狙いを定めていた自立兵器を側面から貫いた。

 

「まぬけだーっ!」

 

 自分を狙っていた自立兵器を破壊した緋乃はそのまま──理奈が突然消えたことでエラーでも起こしたのか、その動きを停止していた──もう1台の自立兵器も尻尾で貫くと、そのまま大きく尻尾を振り回す。

 その動きにより発生した遠心力に従い、2台の自立兵器の残骸が勢いよく尻尾から放り出される。

 残骸が飛ぶその先には、余裕の笑みを浮かべた少年が立っており──。

 

「二枚抜きかぁ、結構やるじゃん……!」

 

 緋乃の尻尾さばきに感心する少年目掛け、猛スピードで投げつけられた自立兵器の残骸(スクラップ)

 いくら屋内用に小型化されているとはいえ、それでも多々の火器を備え付けられたその重量は相当なもの。直撃すれば、たとえ格闘家であってもただでは済まないだろう。

 しかしその光景を見てもなお、少年の余裕は崩れない。口元に笑みを浮かべたまま、軽く腰を落として拳を構える。

 

「ウラァ!」

 

 気合いと共に放たれた少年の拳が、自身へと飛んでくる自立兵器を粉々に打ち砕く。

 砕け散った金属片に、内部に収まっていたネジやコンデンサーなどといった様々な部品。それらが勢いよくぶち撒けられ、宙を舞う。

 パラパラと落ちていくそれらの破片を前に、少年が満足気に息を吐いた次の瞬間。少年の心臓を貫かんと、破片の隙間を縫って緋乃の尻尾が飛来する。

 拳を放った直後の一瞬の隙。その隙を狙い、いまだ宙にある緋乃が繰り出したのだ。

 

「おおっと!?」

 

 明確に殺しに来ているその一撃を見て、少年はぎょっとした顔をしつつ、大慌てで体を捻った。

 少年の胸元を、尻尾の先端に付属した刃が掠める。ボディーアーマーに鋭い傷跡が刻まれ、少年の肌を薄く裂く。

 少年に回避された緋乃の尻尾は、そのまま勢いよく少年のすぐそばの床へと突き立ち、轟音を響かせる。

 紙一重で緋乃の尻尾を回避した少年は、その際に発生した衝撃波で体をよろめかせ──。

 

「てりゃああぁぁ!」

「しま──ゴッ!?」

 

 そこに今度は、緋乃本体が超高速で突っ込んできた。

 足首に尻尾を巻きつけ、その伸び縮みする力を最大限に利用した飛び蹴り。緋乃命名、流星脚が少年の胸部へと炸裂。

 緋乃の履くブーツの底面が、メキメキとボディーアーマーへとめり込んでいく。

 

(よし、()った!)

 

 ブーツ越しに伝わるその感触より、緋乃は勝利を確信。

 このままボディアーマーを粉砕し、その勢いのまま心臓も潰してやろうと、緋乃はより一層の力を右脚に込め──あと一息。あと一息で心臓を踏み抜けるというところまではいったものの、結局ボディアーマーを抜くことはできず。少年の身体が後方へと吹き飛んでいってしまった。

 

(ちぇ……。仕留めきれなかった、か。わたしの蹴りでも抜けないとか、思ったより硬いね。あのアーマー)

 

 着地した緋乃は背中から吹き飛んでいく少年を眺めつつ、伸びに伸びた尻尾を元の長さへと戻していく。

 通路の壁に開けた2つの穴を経由し、シュルシュルと縮み、巻き取られていく尻尾。

 不自然な状態にあった器官が、元のあるべき状態へと戻っていく。その心地良い感覚に眉を緩める緋乃。

 しかし、緋乃がそうして気を抜いた瞬間。吹き飛んでいた少年がその首を持ち上げ、ギロリとした視線を緋乃へと向けた。

 

「──ッ!」

 

 これまでの余裕と侮りを含んでいた視線とは違い、怒りと殺意の籠められた視線。

 籠められた殺意の大きさから、その視線を向けられた緋乃は思わず怯んでしまうが、すぐに気を取り直すと構えを取る。

 このまま吹き飛ぶと、あの少年は通路の壁に斜めから突っ込んでいくことになる。

 壁にめり込んで動きが止まるのなら、もしくは壁に弾かれて通路に転がるのなら、このまま思いっきり助走をつけて蹴りを叩き込む。

 壁を突き破って、隣の部屋に転がり込むのなら……まあ敵地だし、いちおう様子見で。

 

(……いや、むしろ変な仕掛けや増援がありそうなここで戦闘続行するよりも、いちど外まで撤退して仕切り直した方が賢い系? ……別にさっきの視線にびびった訳じゃないけど。別にびびった訳じゃないけど)

 

 そうして吹き飛んでいく少年を眺めつつ、この次はどう攻めるか、思案を巡らせる緋乃。

 しかし少年の次にとった動きは、緋乃の予想を超えていた。

 

「この……クソガキがァ──!」

 

 吹き飛んでいく少年は大きく叫ぶと、体の左右で両手を振り上げ──そのまま床目掛け、一気に振り下ろす。そうしてそれと同時に、両手から勢いよく気を放出。

 床に向かって特大の気弾を叩き込むと、その反動と勢いを利用して。

 吹き飛ぶ勢いを強引に殺しつつ、無理矢理に体を引き起こした。

 

「調子に──乗るなよ!」

 

 そうして体を引き起こした少年は、その身体能力に物を言わせて、緋乃目掛けて一気に突進。

 コンクリートの床にひび割れを残しながら、猛スピードで突っ込んできた。

 

「なっ……!」

 

 少年の突進に対し、思わず面食らってしまう緋乃。

 緋乃の予定では少年の動きに合わせて、こちらから突撃して攻撃を加えるつもりだったのだ。

 そのつもりで今か今かと踏み込みのタイミングを窺っていた緋乃にとって、この突進は予想外の一手。

 

「食らえッ!」

「こ、このっ……!」

 

 少年は勢いに乗ったまま、緋乃の顔面に向かって右拳を繰り出す。

 緋乃はこれを防ごうと左肘を合わせ、何とか受け止めるものの──受け止めた左腕に走る激しい衝撃と痺れに驚愕する。

 

(痛っ……なんて力!? くそぉ、ヒョロいくせに生意気な……!)

 

 いくら助走の勢いが乗っているとはいえ、想像以上のその破壊力に冷や汗を流す緋乃。

 そして、そんな緋乃の内心を感じ取ったのか。少年は嗜虐的な笑みを浮かべると、そのまま第二打、第三打と攻撃を繰り出してくる。

 

「オラオラァ! さっきまでの余裕はどうしたぁ!」

「くっ……!」

 

 少年の物言いに眉を顰めながらも、なんとかその猛攻を避け、または受け流し。

 できる限り受け止めないよう、緋乃は持ち前の直感と動体視力を駆使して連撃を捌いていく。

 

「こん、のおぉ──!」

 

 しかし、当然ながらそのような無理は長く続かない。

 限界を悟った緋乃は少年の連撃の合間を縫い、その腹部へと必死に蹴りを叩き込み──なんとか少年を引き剥がそうとするのだが。

 

「甘いわっ!」

「カハ──ッ!?」

 

 そのような苦し紛れの一撃が通用するわけもなく。

 緋乃の蹴りはあっさりと少年に受け止められ、逆にその反撃として放たれた拳が緋乃の胸部へと直撃。

 緋乃は勢いよく背中から吹き飛んでいき、そのまま通路の床の上へ無様に叩きつけられた。

 

「こ……んのぉ……」

「ハッ、ずいぶん必死じゃないか。筋力(パワー)がない奴は大変だねぇ。ま、いくら凄くても所詮君は暗殺(タイプ)。純粋な戦闘(タイプ)である僕の相手じゃない」

(まさか、このわたしが押し負けるなんて……。悔しい、本当に悔しい。あと痛い……)

 

 拳の叩き込まれた場所を片手で抑えながら、よろよろと緋乃は立ち上がる。

 その表情は少年をきつく睨んではいるものの、左目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。

 痛みと悔しさに顔を歪める、そんな緋乃を見て機嫌が戻ったのか。少年は得意気な表情を浮かべたまま緋乃を煽り始めた。

 

(スピードはこっちが僅かに上だけど、パワーは完全に負けてる。敵地だからと自重してたけど、このままじゃマズいし……仕方ない、こうなったら異能(ギフト)解禁だ。次にあいつが動こうとしたら、その瞬間に重力を反転させて、全力で蹴り飛ばしてやる……)

 

 緋乃はそんな少年の煽りを完全に聞き流しつつ、ここから逆転する為の策を練る。

 この状況から少年に対し勝利するために、緋乃の練ったその策とは異能(ギフト)

 今までは監視カメラなどを警戒して使用を制限していたのだが、スピードを生かせないこの狭い通路でパワー負けしている現状、もはや使用を躊躇っている場合ではない。下手に温存しようとすれば、負ける。

 そう判断したがゆえの異能解禁だ。

 

(あーあ。たぶん、監視カメラとかセンサーとかでバレちゃうんだろうなあ。緋乃ちゃん大失敗。さっさと外におびき出してれば、もうちょっといい感じに行けたかもなのに)

 

 むん、と気合を新たに緋乃は構えを取る。

 まだ諦めた様子を見せず、立ち向かってくる気満々の緋乃を見て、少年はやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「まだやる気なのかい? この状況じゃあ、どうあがいても勝ち目はないってわかっただろうに……。データ通り、頭の出来はあまりよろしくないみたいだね?」

「うるさい……。ねえ知ってる? バカって言う奴が本当はバカなんだよ? つまりお前こそ真のバカ。バーカ、バーカ」

 

 少年の煽り文句に対し、緋乃は不機嫌そうに眉を吊り上げながら煽り返す。

 そんな緋乃に対し、少年は肩を竦めながらその口を開く。

 

「ハイハイ。自信満々なとこ悪いけど、君の考えを当ててあげようか? どうせ、こっちの初動を『重力操作』の異能(ギフト)で潰して、その隙に全力の反撃を叩き込む……なんて考えてるんだろう?」

 

 お見通しなんだよ、と緋乃の立てた作戦を見透かしたように口にする少年。

 その少年の言を受け。緋乃は思わず、驚きに目を丸くして言葉を失ってしまう。

 緋乃のその反応は、少年の発言を完全に肯定するものであったのだが──驚愕に脳を支配された緋乃は、生憎とそれに気付けなかった。

 

「なっ、えっ……」

「図星だったみたいだね。本当にわかりやすいねえ、君。少しはポーカーフェイスの練習でもしたらどうかな? ま、今更始めたところでもう遅いか。ハハッ」

 

 緋乃にとって、自身の持つ異能。その真の能力が既にバレていたという現状は完全に予想外。

 緋乃は露骨に狼狽えながらも、なんとか誤魔化そうと必死に言葉を探す……のだが、心底呆れたという様子の少年にその言葉は打ち切られた。

 

「残念だけど、君のその作戦は失敗だ。異能者(ギフテッド)対策の一環でね、この研究所の地下部分は、異能が使えないようになっている」

「異能封じ? そんなことが……」

「できるんだよ。何せ元々、ギフトってもんは──アグッ!?」

 

 緋乃に対し、得意気な顔で施設の機能について語る少年。

 しかし話の途中で、突如として顔を顰めたかと思うと、ビクンとその体を跳ねさせた。

 少年のその反応に対し、緋乃が驚いていると──少年は言い訳をするかのように、痛みに耐えるのかのような表情を浮かべながら、口を開いた。

 

「いっけねー、うっかりしてた……君の反応が面白いもんだから、ついつい禁則事項まで喋っちまうとこだった……」

「禁則事項ぅ?」

「そ。俺は組織で言ったら、まだまだ下から数えた方が早いからね。悲しいことに、権限がそこまでないのさ。だから、君を捕まえた功績が欲しいワケ。もっと上に行くためにね……」

 

 自信の圧倒的優位を確信しているがゆえの慢心か。それとも性格か。緋乃の上げた疑問の声に対し、少年は律儀にその答えを口にする。

 緋乃はそうして少年との会話を引き伸ばしつつ──その隙に少年の発言の真偽を確かめようと、自身の周囲を対象に異能の使用を試みる。

 緋乃の意志に応じ、その瞳が青く輝く。頭の奥に、ずっしりと重い感覚が走る。

 異能を使うときに感じる、いつもの感覚だ。本来ならば、これで緋乃の周囲にかかる重力は半減するはずであったが……。

 

(うそ、本当に使えない……。なにこれ……信じられない……)

 

 少年の発言通り、緋乃が心の底から信じる異能。重力操作の力は全く発動しなかった。

 いや、発動自体はしている筈だ。脳にかかる負荷──精神力の消耗がその証拠。

 自分では確認できないが、少年の反応より、瞳だって発光していたはずだ。

 そう、異能の発動はできていたはず。しかし、実際にはなんの現象も起こっていない。

 

(ゲームでよくある、魔法が打ち消される洞窟ってカンジ……なのかな? 厄介……)

「ハッ。どうやら理解できたみたいだね。これで万策尽きたね? 無駄な抵抗はやめて、大人しくするんだ。まあ、うちのお偉いさんは君にご執心のようだから、悪いようにはされないはず──」

 

 困惑する緋乃に対し、少年は「その反応が見たかった」とばかりに意地の悪い笑みを浮かべると、そのまま煽るような口調で降伏を勧告し始めた。

 

「はぁーあ……。仕方ない。ほんっとーに仕方ない。これだけは、本当にこれだけはやりたくなかったんだけどなぁ……」

 

 少年のその煽りを受けた緋乃は、心底面倒臭そうにため息を吐くと、その表情を引き締める。

 

(実戦で使うのは初めてだけど……やるしかないよね。まあいいや。こいつが相手なら、真の切り札は使わなくて済みそうだって前向きに考えよう。うん、まだ人間を止めたくはないからね……)

 

 これから使うのは、できれば使いたくない部類の奥義。

 脳のリミッターを外すことで、自身でも制御しきれない程の気を一気に解き放つ──生命力を湯水のように消費する、自爆とも言える身体強化技。

 

(魂の変質、かぁ。尻尾が生えたのもそうだけど、まさかこんな()()()もあるなんてねえ……。まあ、強いと言っちゃあ強いんだけど……)

 

 しかし、この技は確かに危険ではあるものの、本来ならばそこまで恐れるような技ではない。

 確かに肉体はボロボロになるし、気を無駄とも言えるほど大量に消耗してしまうことで、しばらくのあいだ地獄を見ることになるのは事実だが──別に死にはしないのだ。

 しかも緋乃には微量とはいえ、常時発動型の再生能力が備わっている。故にそこまでのリスクを背負わず、この限界突破技を使用できる。

 ならば、なにが問題なのかと言うと。文字通りに、()()()()()()()()()という行為そのものが、緋乃にとっては大問題なのである。

 

「へぇ? 素の能力で負け、とっておきの異能も封じられておいて、まだそんな強がりが言えるなんてね。驚きだよ」

「強がり? 強がりなんかじゃないよ。わたしにはね、切り札がふたつあるんだ。まあ、本当はこんなところで使う気なんて無かったんだけど……いろいろと状況が悪いから、仕方なく使ってあげる」

 

 もちろん、弱い方の切り札をね。

 そう緋乃が口にした台詞を聞き、それまで緋乃を嘲っていた少年の眉が不快そうにつり上がった、その次の瞬間。

 緋乃の瞳孔が胡麻粒の如く急激に収縮したかと思うと、今度は十字型に裂けるかのように大きく広がり──。

 

「おおおぉぉぉ──っ!」

「なっ!? こ、これは……!?」

 

 またその瞳孔の変化と同時に、緋乃の纏う気も爆発的に増大。

 否、それだけではない。その緋乃が纏う気に時折、邪悪さを感じさせる黒い瘴気のようなものが混ざり始め。その圧力を前に、少年は冷や汗を流しながら一歩後ずさる。

 

「この禍々しい気……なるほど、これが妖力……。生物を殺すことに特化した力……」

 

 そう、緋乃にとって全力を出すという事は。それ即ち、普段は抑え込んでいた人外としての部分を完全に開放するということ。

 相手が正の気や霊力が効果的な妖怪であったため。また当時は内より溢れ出る破壊衝動を抑え込めなかったため。

 以前行われた大妖怪との決戦では使えなかった、緋乃の切り札そのいち。

 悪魔としての部分を前面に押し出した、より効率的に人間を殺す為の強化形態。

 

「ふふっ……言っとくけど、こうなったらもうわたし、手加減とか出来ないから。命乞いとか遺言があるのなら、先に聞いといてあげる」

 

 目の前の生意気な少年を殺したい。完膚なきまでに破壊し尽くし、その絶望に満ちた断末魔を堪能したい。

 気を完全開放したと同時に、胸の内から次々と湧き上がってくる攻撃的な衝動。

 今まで我慢し続けてきた反動だろうか。緋乃は予想よりもはるかに強かったその衝動に、一瞬で飲み込まれ──まあそもそも理奈や明乃の目が無い以上、元から抑える気はなかったのだが──その顔に嘲笑を浮かべる。

 

「ハッ。あまり調子に乗るなよ……。そんな単純な技、僕にだってできるに決まってんだろうが!」

 

 緋乃の煽りに対し、不機嫌そうな反応を返しながら少年もその膨大な気を一気に解き放つ。

 先の戦闘において、緋乃にも匹敵する量の気を見せつけた少年。その少年の限界突破もやはり凄まじく、解放された気が通路内部を荒れ狂う。

 だが、しかし。ほぼ互角だった先ほどまでとは違い、今開放されたその量は明らかに緋乃よりも少なかった。

 

「馬鹿な……!」

 

 本来ならば、気の保有量においても緋乃を上回っている自信があったのだろう。

 それが蓋を開けてみれば、緋乃に及んでいなかった。その事実を前にして、呻く少年。

 だが、それもそのはず。緋乃はこれまで、魂の変質がこれ以上進まぬようにと、人間としての力のみを使って戦ってきていたのだ。

 しかも、緋乃がこの技を使いこなせるようになったのは、本当につい最近の出来事。

 少年やその背後にある組織の計算から外れるのも、当然のことであろうというもの。

 

「形勢逆転、だね。で、なにか言い残すことは? ないならもう殺しちゃうけど、いいかな?」

「ぐ……。だが、気の大きさが、そのまま勝敗に直結するわけじゃない……!」

 

 自らを奮い立たせるかの如く、啖呵を切ると構えを取り、高めた気を肉体へと集中させる少年。

 それに対するは、嘲笑を崩すことなく自然体のまま立つ緋乃。

 睨み合う事、ほんの数秒。少年は雄叫びを上げながら、緋乃に対して一気に踏み込み──。

 

 

 

 

 

 

 

「ち……くしょ……」

「へぇ、そんなになってもまだ意識があるなんて。すごいすごい」

 

 緋乃の手刀、及び尻尾によって四肢を斬り落とされ、無様に倒れ伏す少年。

 少年は気で切断部位を覆うことで疑似的に止血をし、また緋乃の妖力による汚染を浄化することには成功していたものの──このまま放っておけば、死に至るのは確実。

 今すぐにでも上級の術師による治癒を受けた上で、病院に担ぎ込む必要があるのだが……しかし、今の攻撃衝動に支配された緋乃にはそのような気は微塵もなかった。

 

「わたしを舐めるからこうなるんだよ? 大人しく最初からひれ伏してれば、こんなことにはならなかったのにね?」

「ガッ……アア……!?」

 

 緋乃は倒れ伏す少年の背に尻尾を突き立てると、そのままぐりぐりと傷口を抉りながら少年をなじり始める。

 その口調は非常に楽しげなものであり、また緋乃の口元は大きく弧を描いていた。

 

「でもわたしは優しいからさ、もしお前がこの研究所のデータを全部よこすっていうのなら……助けてあげちゃうよ? さあ、どうする?」

 

 少年に対し、その命を引き換えにした取引を持ち掛ける緋乃。

 まあ、今の緋乃にとっては「助ける=トドメを刺さずに見逃してやる」という程度の認識であり、別に少年の命を救う気などは毛頭ないのだが。

 

「ぐっ……ふふっ……ははは……」

 

 そんな緋乃の内心を知ってか知らずか、背中から胴体を貫かれた少年が小さく笑い声を上げる。

 

「僕に、そんな権限が……あるわけ……ない、だろ……? もっと……考えて、ものを、いう事だね……」

 

 緋乃に現在進行形で傷口を抉られ続けている痛みを堪えながら、必死に口を開く少年。

 しかし、その少年の言葉を聞いた緋乃は、わざとらしく大きなため息を吐くと──少年へと近寄り、その頭を勢いよく踏みつぶす。

 

「グウゥ……!」

「あっそ。使えない奴だね、本当に。……まあいいや、じゃあ死ね」

 

 緋乃は落胆した様子を隠そうともせず、少年にとどめを刺そうとその尻尾を一度引き抜き。

 先端をドリル状に変形させると、勢い良く回転させ始めた。

 緋乃たち以外に誰もいない地下通路に、ドリルの回転音が響き渡る。

 

「ガハッ、ゴホッ……。ま、まあ、落ち着けよ……。もうすぐだ……もう少し待てば、面白いものが見られるぞ……?」

「面白いもの? へぇ、何が見られるっての?」

 

 ドリルの回転音が響く中、緋乃を引き留めようとする少年。

 命乞いをするわけでも無く、ただ面白いものと口にしたその少年の言に惹かれた緋乃は、トドメを刺すのをやめて少年に続きを促す。

 

「ハァ……ハァ……。申請は……通ってるな……よし、あと5秒……」

 

 ごろりと体を転がし、少年は仰向けになると、そのままカウントダウンを開始。

 緋乃は訝しみながらも、なにが見られるのかその期待に尻尾をうねらせながら、少年のカウントダウンへと耳を傾ける。

 

「2……1……受け取りな、僕からの、プレゼントだ……!」

 

 そうして、少年が笑いながら台詞を言い終えるとほぼ同時に。

 通路の奥、研究所の最深部から。また通路の横に並ぶ、研究室と思わしき場所から。

 一斉に、眩いばかりの光が漏れ出し──。

 森林の内部にひっそりと建てられた秘密研究所は、轟音と共にこの世から消滅した。

 その内部に、緋乃と少年。そして気絶したままの研究員や警備兵たちを抱え込んだまま。

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