目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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11話 親子喧嘩

 恭二がソニアへと、研究所を巡る戦いの顛末を報告しているちょうどその頃。

 勝陽市からほど近い、水城家が所有する森の奥深く。まるで広場のように木々が切り開かれたその場所にて。

 緋乃と優奈。一見すると年の離れた姉妹にしか見えない母娘が、激しくその拳をぶつけ合っていた。

 

「お母さんの──」

 

 剥き出しではあるものの、乾燥して硬く固まった地面。

 緋乃はその地面にひび割れが入るほどの強烈な踏み込みを行い、常人の目では捉えきれない程の速度で一気に優奈との距離を詰めると、その勢いのまま拳を振るう。

 

「バカ──!」

 

 怒りの咆哮と共に放たれた緋乃の拳が、優奈が防御の為に掲げた腕へと直撃。

 それを受けた優奈は、ガードを取った姿勢のまま、派手に土煙を巻き上げながら十数メートルほど後ずさる。

 

「それは……こっちの台詞よ──っ!」

 

 体勢を整えた優奈が、今度はこちらの番と言わんばかりに瞬時に距離を詰め、緋乃へと拳を繰り出す。

 優奈の踏み込みの速度も尋常なものではなく、緋乃のそれに劣らないほど──否、むしろ緋乃よりもその速度は速く。また地面にひび割れを残さないなど、より洗練されたものであった。

 

「──ッ!」

 

 しかし、いくら動きが速くても緋乃と優奈の間にはそれなりの距離がある。

  その気になれば、回避はおろか尻尾による迎撃。または重力操作(異能)による干渉から、大地を巻き込み蹴り上げることによる撹乱。

 多種多様な対抗手段が思いつく、そんな見え見えの突進からの一撃。

 しかしその一撃を前にして、緋乃はあえてその場所に踏み止まる。腰を軽く落とし、眼前で両腕をクロスして、そこに気を集中させる。

 そうして緋乃は、優奈の一撃を真正面からしっかりと防ぎ止めた。

 

「ぐっ──」

 

 だが膨大な気に物を言わせてパワーを補うことはできても、緋乃と優奈との間にある体重の差までは補えない。

 小さな緋乃の体は、勢いの乗った優奈の一撃に耐え切れず宙を舞う──ことなく、地に両足を着けたまま、数瞬前の優奈と同様に後ずさる。

 

「まだまだぁ……!」

 

 緋乃が無様に吹き飛ばかなった理由。それはつい先ほどまで緋乃が立っていた地面へと突き刺さっている尻尾にある。

 優奈の拳を受け止める直前。緋乃は尻尾を地面深くに撃ち込むことでこれをアンカーとし、体が浮くことを防いだのだ。

 

「引っ越しだなんて……! 逃げるなんて! わたしは絶対に嫌なんだから──ッ!」

 

 尻尾を地面から引き抜いた緋乃は、()()()()()()()()()()()()瞳孔の(まなこ)で、優奈を睨みつけながら啖呵を切ると再びその脚に力を込め。

 拳へと気を集中させながら、勢いよく飛び出していった。

 

 

 

 

「おーおー、二人とも思ってたよりマジだね。優奈さんのガチバトル、久々に見たけど……やっぱり強いわねえ……」

「な、なに感心してるの明乃ちゃん。なんか思ってたよりずっと派手だよ? 『ちょっとした親子喧嘩』って言ってたのに……! ていうか優奈さん、なんか強くない……!?」

「そりゃまあ、ねえ? だって()()緋乃の母親よ? 猛獣の母親は、同じく猛獣に決まってるじゃない?」

「い、言われてみれば確かに……」

 

 周囲へと激しい打撃音を響かせながら行われる、緋乃と優奈の親子喧嘩。

 ただ交互に、全力で殴り合うという──技術や駆け引きといった要素が微塵も絡まない、純然たる意地と意地のぶつかり合い。

 緋乃と優奈が激突する広場より、少しばかり離れた小高い丘の上。明乃と理奈の二人が、その戦いを観戦しながら言葉を交わしていた。

 

「ま、二人ともなんだかんだで周囲に気を使う余裕はあるみたいだし、大丈夫でしょ。理奈が心配するような大怪我はしないって!」

「そ、そうだね、うん……」

 

 楽観的な感想を漏らす明乃に対し、浮かない表情のまま返す理奈。

 尻尾による直接攻撃と異能を封印し、得意の蹴り技も控えめな緋乃。

 緋乃よりも体が大きい分、純粋な殴り合いでは有利ということか。余裕をもって体勢を整えるのだが、あえて緋乃に攻撃の順番を譲る優奈。

 確かに明乃の言う通り、本気の潰し合いという訳ではないのだろう。

 そのことを理解して、理奈も小さく頷くのだが……それでもその声は暗く、目の前で行われる親子喧嘩に対しての罪悪感が感じ取れた。

 

「はあ、そんなに落ち込まないの。話を聞いた限り、優奈さんに黙って勝手に依頼を受けて、独断で研究所とやらに突っ込んだ緋乃が悪いんだからさ。理奈だって研究所の爆発に巻き込まれて、怪我しちゃったんでしょ?」

 

 そりゃ緋乃にダダ甘な優奈さんでも、いい加減に怒るわよ。と訳知り顔で頷きながら、理奈に責任は無いと説く明乃。

 しかし明乃のその説得を受けてもなお、理奈の表情は沈んだままだ。

 

「別に、私の怪我は大したことなかったし……。それよりもあの時、私がしっかり止めてれば……。そのせいで、遠くに引っ越しだなんて……」

 

 母である優奈に黙ったまま、勝手にユグドラシルという犯罪組織に関わる依頼を受けた緋乃。

 さすがにこれは一線を越えてしまったらしく、これまで緋乃の行動に口出ししなかった優奈もついに爆発。

 緋乃は激しく叱られた上、これ以上この組織から狙われないようにと、遠方への転居と格闘戦の禁止を言い渡され──明乃や理奈と離れ離れになりたくない緋乃は、当然の如くこれに反発。

 引っ越しの是非を賭けて、拳による話し合い(親子喧嘩)が始まったという訳である。

 

「だ、大丈夫よきっと! いくらなんでも、一軒家を引き払ってのお引っ越しとか突然すぎるし? 勿体なさすぎるし? 緋乃に対する怒ってますアピールとか、たぶんそういうのでしょ……!」

 

 不安そうな表情のまま呟かれた理奈の言葉に対し、明るい表情を作りながら答える明乃。

 しかし、いざ答えているうちに不安になってきたのか。その後半は、まるで自分に言い聞かせるかのような調子になっていた。

 

「くぅ、優奈さんの前で、緋乃をおおっぴらに応援するわけにはいかないし……」

 

 今回の件について、どう考えても悪いのは緋乃である。

 しかし、この喧嘩で緋乃があっさりと負けてしまった場合。遊び半分の覚悟だったと判断され、本当に緋乃がこの町から出て行ってしまうかもしれない。

 その未来を想起してしまったのか、心なしか焦った様子で、眼下にて行われる戦いへと明乃は目をやり──。

 

『おぼふっ!?』

「あ、モロに顔面に……!」

「あの馬鹿、何食らってんのよ!」

 

 丁度その時。優奈の拳が緋乃のガードを突き抜けて、その頬へとめり込んだ。

 緋乃は殴られた勢いのまま吹き飛び、そのまま地面の上をバウンドする。

 

「ああっ、鼻血出てるしめっちゃ涙目じゃない……! 耐えろ、耐えるのよ緋乃……!」

「嘘ぉ……。馬鹿みたいに硬い緋乃ちゃんの顔面に、真正面からダメージを入れるなんて……」

 

 顔と髪は女の命と、緋乃は頭部の防御に関しては特に気を使っていた。

 風呂場でリラックスしている時でも、寝ている時でも。どんな時でも無意識下のうちに気を纏えるようにと鍛え上げた結果、緋乃の頭部は異常なまでの防御力を誇る。

 どのくらいの防御力かというと、下手に殴ると殴った側の拳が砕け、刃物で斬りつければ逆に刃物側が刃こぼれするほどだ。

 その緋乃の防御を突き破りダメージを与えるなんて、いったいどれほどの威力の拳なのかと、理奈は体を震わせる。

 

『痛いじゃないのバカ──!』

『痛くしてんのよ大馬鹿──!』

 

 しかし、殴られた緋乃はこれまで以上の大声で叫ぶとともに、より激しい勢いで優奈へと向かい拳を振るう。

 それを確認した明乃と理奈の二人は、顔を見合わせてほっと一息を吐く。

 

「よかった、なんか平気そうだね……」

「そうね……。まあ無事みたいででよかったけど……いつまで殴り合ってんのかしら、あの二人……」

「周囲の生命力を吸い上げて自分のものにできる緋乃ちゃんはともかく、優奈さんもなかなかのスタミナお化けだね……」

「エネルギーお化けの緋乃は置いておくとして、優奈さんもかなりの気の持ち主だからね。こりゃ長くなりそう……。お昼ご飯、食べた後でよかったわー」

 

 緋乃には自分の意見を押し通して、引っ越しの話を無かったことにして欲しいものの、さすがにこうも戦いが長引くと緊張感が保たない。

 そう言わんばかりに、はははと乾いた笑いを漏らす明乃と理奈。

 そんな二人の反応など露知らず、緋乃と優奈は広場にて激しい殴り合いを繰り広げ続ける。

 

『このっ! 自動(オート)で回復とかズルいわよ! それ止めなさい!』

『止めたくても止められないの! 大人のクセにガタガタ言うなー! こっちは子供だぞー!』

 

 明乃と理奈の二人の見守る前で、緋乃と優奈による、心中を叫びながらの殴り合いは続き──。

 日が落ちる直前になってすべてを吐き出し終わったのか、ようやく二人は和解。

 今後は優奈に必ず話を通すという条件の元、引っ越しの件も水に流されるのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の夜。明乃と理奈と共に、自室にて床に就いた緋乃がふと目覚めると。

 そこは様々な建築物の残骸や焼け焦げた瓦礫で埋め尽くされた、黄昏の世界であった。

 

「え、え? えええ?」

 

 大部分が吹き飛び、基礎が剥き出しとなった民家。中ほどから崩れ落ちたマンションやビル。

 地面には折れた電柱やへし曲がった街灯が転がっており、そこら中に穴が開いている。

 無残に蹂躙され尽くした、誰もいない世界。そこに緋乃はただ一人、ぽつんと立っていた。

 着替えた覚えも何も無いのに、いつの間にかタンクトップにホットパンツ、そしてジャケットを肩落としで羽織るという、いつもの私服姿でだ。

 

「えっと……。ここ、どこ……?」

 

 予想外の光景を前に、一体何が起こったのかと狼狽える緋乃。

 ──なにこれ。わたし、普通に寝たハズだよね? 明乃と理奈と一緒に。

 ──じゃあ、これは夢? いや、夢にしてはちょっとリアルすぎ……だけど、やっぱり夢だよね? 明乃も理奈もいないし。

 そうして混乱する緋乃の耳に、ふとその背後から。どこかで聞いた覚えのある声が届く。

 

『フム、ようやく我が声が届いたか……』

「────!?」

 

 慌てて声の聞こえる方向へと緋乃が向き直ると、そこには。

 

『久しい……というほどの時間ではないか。まあいい、よくぞ来た。我が後継者よ』

 

 人間より二回りは大きい、鈍く輝く鋼色のボディ。背中から翼のように生える、6本のワイヤーランス。

 まるで戦闘用のロボット兵器のような見た目をした存在──緋乃たちが半年ほど前に、死ぬような思いをして倒した大悪魔──ゲルセミウムが、腕組みをしながら佇んでいた。

 

「後継者? わたし、そんなものになった覚えはないんだけど……勝手に決めつけないでくれる? あとここどこ? いきなり呼びつけるとか、礼儀がなってないんじゃないの?」

 

 ゲルセミウムへと向き直った緋乃は、いつでも戦えるようその全身に闘気を漲らせながら、目の前にいる大悪魔へと訝しげな目を向ける。

 状況はよくわからないけれど、たぶんこいつが自分をここに呼び寄せたんだろう。

 そう判断した緋乃はゲルセミウムの目的を探るべく、注意深くその動きを観察しながら考えを巡らせる。

 

『フッ、そう警戒せずともよい。我は既にお前に負けた身。今更お前に対し、どうこうしようという気はない……。むしろその逆、手助けをしてやろうと思ってな。そら、その闘気(オーラ)を収めるがいい』

 

 しかしゲルセミウムはそんな緋乃の様子を見て、クククと愉快そうな声を漏らすと、ゆっくりと腕組みを解きながら己の目的を明らかにした。

 

「手助け、ねえ」

『そもそも現在の我は、お前に宿る力の欠片に残った残滓にすぎん。お前に害を及ぼすほどの力は残っていない』

 

 訝しげな目はそのままに、注意深くゲルセミウムを探る緋乃。

 確かに本人の言葉通り、その身体からは闘志を感じない。まるで凪のように穏やかだ。

 また以前戦った際に感じた、爆発寸前の火山のような圧倒的なエネルギーも感じない。

 

(確かに大した力は感じないね。それに以前戦った感じだとけっこープライド高いみたいだったし……人間()()()を相手に不意打ちとかをするタイプじゃない、か)

 

 そこまで考えた結果、緋乃はゲルセミウムの言葉を受け入れる。

 軽く息を吐くと全身に巡らせていた闘気を散らし、体から力を抜く。

 そうして話を聞く姿勢を見せた緋乃を確認し、それで良いとばかりにゲルセミウムは頷いた。

 

『まずはお前の疑問に答えてやろう。ここはお前の心象風景。わかりやすく言えば、お前自身の内面世界というものだ。故に、この世界に危険はない』

 

 むしろお前の領域(テリトリー)なだけあって一番安全な場所ではないか? とゲルセミウムは告げる。

 

『この景色を見る限り……どうやらお前は、人間どもの文明の破壊を好むらしいな。なかなか良い嗜好をしているではないか。我が後継者に相応しい精神よ』

 

 クククと笑いながら辺りを見回すゲルセミウムを見て、緋乃は眉を顰ませる。

 

「むぅ……そりゃまあ確かに、でっかいビルとか整備された街を思う存分壊してみたいなーって願望は持ってるけどさぁ。でもそんなの、誰だって持ってるごく普通の願望でしょ?」

 

 緋乃はゲルセミウムの言葉に対して反論しつつ、それよりもその後継者って呼び方はなんなのよ、と唇を尖らせた。

 

『どういう意味も何も、そのままの意味なのだがな。お前は我を倒した後、我の力を取り込み、受け継いだではないか』

「あの時は死にかけてたから、取り込むしか選択肢はなかったんだけど……」

『我の力を封印することも疎むこともなく、嬉々として使っておきながらよく言う。生命力の簒奪に、変幻自在のその尻尾。変化した肉体を拒絶するどころか、むしろ喜んでいたことに我が気付かないとでも?』

「ぐぬぬ……」

 

 ゲルセミウムの言葉に対し反論を試みる緋乃であったが、その反論はあえなく一蹴されてしまう。

 心なしか呆れた目線を向けてくるゲルセミウムに対し、まさにその指摘通りの行動を取っていたがために以後の反論を封じられ、悔しげに唸ることしか出来ない。

 

『しかし、だからこそ不思議だ』

「む?」

 

 ゲルセミウムの上げた疑問の声に対し、緋乃は首を傾げる。

 

『お前は人間を止めることに対し、何も感じていない特異な存在。だというのに何故か、お前は人間を続けている。人間を完全に止めるという選択肢を避けている』

「あー……うん、まあね……」

 

 緋乃は気恥ずかしそうな表情を浮かべつつ、頬を掻きながら言葉を濁す。

 そんな緋乃に対し、ゲルセミウムは追撃の言葉を放った。

 

『何故だ? 人間という種族に何の未練も持たぬ癖に、なぜ悪魔への変生を躊躇っている?』

「別に、お前には関係ないでしょ……」

『いいや、ある。今では見る影もないが、かつての我は最強だった。万物の刻限を告げし者、終焉のゲルセミウムの名は恐怖であり、絶望の代名詞でもあった。その我の後継者であるのだから──』

「あーはいはい、要は先代に恥じぬ力を持て。そのためにさっさと人間やめろってことね。でもお生憎様。わたしは今12歳だから……あと6年、いや5年は人間でいるつもりなの」

 

 緋乃はまだまだ続きそうなゲルセミウムの小言へと、面倒臭そうな声を出しながら割り込むと、もうしばらくの間は人間を止めるつもりはないということを告げる。

 

『ふむ? ……ああ成程、肉体の成長を待つという訳か。それに関してならば問題はない。悪魔とは精神を主体とした存在であり、肉体はその付属物にすぎん。肉体の成長具合など、後からいくらでも弄ることができる』

「……そうじゃないんだよねえ」

 

 訳知り顔で緋乃の告げた予定、その真意を見透かしたような発言をするゲルセミウム。

 しかし緋乃は『全然理解していない』とでも言いたげに、顔の前で軽く手を振りながらその発言を否定した。

 

「確かにさ、悪魔になればいくらでも体型を変えられるのかもしれない。理想のスタイルに変化できるのかもしれない」

 

 何が問題なのか理解できないとばかりに沈黙するゲルセミウムに対し、真剣な表情で緋乃はその理由を説き始める。

 

「でもそれってさ、魔力で作り上げた偽りのスタイルじゃない? 真の意味での、本当の意味でのナイスバディとは呼べないよね?」

『…………』

 

 何言ってんだコイツ、といった様子で呆れた雰囲気を出すゲルセミウム。

 しかし緋乃はそんなゲルセミウムの様子には気づいていないようで、自身の考えを熱弁し続ける。

 

「わたしが今、悪魔になったとして。高身長で出るところが出て、引っ込むところが引っ込んだナイスバディへと肉体を作り替えたとして。『でも真の姿は貧相なガキじゃん』とか煽られたら、言い返せないでしょ?」

『…………そうか』

 

 心底どうでも良さそうな声を出すゲルセミウム。しかし言いたいことを言えて満足した緋乃は、まるで論破したとでも言わんばかりに得意気な表情を浮かべる。

 

『まあ寿命という概念を持たぬ我々悪魔にとってみれば、数年など誤差にすぎん……。そのあたりは好きにするがいい』

「うん、好きにするよ。とはいえ、流石に死にかけたりしたらさっさと変身するけどね。悪魔になれば、なんかパワーとか再生力とかめっちゃ上がるみたいだし」

 

 緋乃が人間の身体に拘る理由を聞き出したゲルセミウムは、不承不承といった様子ながらも納得の姿勢を見せる。

 緋乃はそんなゲルセミウムに対し、ジャケットから取り出した、赤黒い液体の詰められたシリンジを見せつけながら口を開く。

 

「刹那さんから貰った、妖気がたっぷり籠められた血だよ。これを打てば、わたしはいつでも悪魔に変身できるってワケ。緊急時のとっておきアイテムってね」

『正確には変身ではなく変生。生まれ変わりに近いものなのだがな……』

 

 緋乃の言葉を言い直すゲルセミウムであったが、肝心の緋乃は『似たようなもんじゃん』と言って気にした様子を見せない。

 そのような緋乃の様子を見たゲルセミウムは呆れたかのような声を上げる。

 

『悪魔にとって重要なのは、決して折れぬ心の強さだ。そう考えると、お前のような考え無しの方がある意味()()()()()のかもしれんな』

「何その言い草。こう見えてもわたしは結構──っと!?」

 

 ゲルセミウムのその言葉に対し、緋乃が反論しようとしたその時。緋乃の内面世界が歪んだかと思うと、その景色を薄れさせていく。

 緋乃の身体が、夢から覚めようとしているのだ。

 

『どうやら時間切れのようだな。お前の本体が目覚めかけている』

「え、もうそんな時間なの?」

『この世界の主であるお前の協力があれば、無理矢理にでも続けられんこともないが……そう焦ることも無いだろう』

 

 我が力の使い方について教授してやるのは、また次の機会だと告げるゲルセミウム。

 相変わらず堂々とした姿で立ち続けるゲルセミウムであったが、その姿も周囲の景色と同様に薄れていく。

 

『人間どもの下らぬ争いごとに巻き込まれているようだが、お前はこの我の後継者。あの程度の相手に無様を晒すような真似は許さん。悉くを蹂躙し、勝利して見せよ』

 

 そうしてゲルセミウムの激励が緋乃の元に届くと同時に、緋乃の意識もまた浮上していくのであった。

 

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