緋乃とその子分である不良たちが、人相の悪い男たちと戦闘を繰り広げることになる少し前。
理奈から『緋乃ちゃんには内緒の用事がある』と呼び出された明乃は、水城家の地下に存在する工房──当然、緋乃と明乃の二人は知らなかった──にお邪魔していた。
「ふんふふ~ん、ふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら工房の一室、その中央に設えられた木製のテーブルの上へと、様々な色をした液体が入っている瓶や空のグラスを並べていく理奈。
そんなご機嫌な様子の理奈を目の前に、頬杖をつきながら椅子に座っていた明乃が呆れ声を上げる。
「ずいぶんと上機嫌じゃない。そんなにいい事でもあったの?」
「むふふ~、わかる? わかっちゃう?」
理奈はにやにやと笑いながらも、壁に備え付けられた棚から試験管やガラス瓶に、ピペットなどの実験用具を取り出して机の上に並べていく。
いかにもこれから何をやるのかを聞いて欲しそうな、その勿体ぶる反応を見た明乃は『なんかムカつくなコイツ』とでも言わんばかりにその目を細めると、机の上に置いたスマホの画面へと目を移した。
『てめえか、最近調子こいてくれてるクソガキってのは。……にしてもちんまいなあ』
『クソ強い奴がいるって聞いてきたのに、てんで弱そうなガキじゃねーのよ』
『その綺麗なお顔を傷つけたくなきゃ、お家に帰ってジュースでも──』
そのディスプレイに映るのは、とあるSNS上に投稿された数分のショート動画。
不良と思われる三人の男子が、見慣れた
夏で知名度を上げて以降、とあるアカウントから定期的に投稿されている緋乃のストリートファイト動画──緋乃曰く、子分たちに撮影・編集させているらしい──だ。
地元の道場の門下生や腕自慢の不良たちを緋乃がなぎ倒していくという動画なのだが、ごく稀に名のある人間が出てくることもあり、そういう回は再生数が異様に多かったりする。そんな動画だ。
ちなみに決闘の申請は一応出しているとのことだが、正直嘘くさいと明乃は思っていた。
あの面倒臭がりの緋乃と、ルールに縛られることを嫌う不良という人種(明乃の偏見含む)が素直に申請なんかを出すとは思えないからだ。
『てりゃっ! そいやっ!』
『あが……!?』
『なっ──ぐもっ!』
そんな明乃の内心はさておき、画面内の緋乃は相手が煽っている隙に不良たちとの距離を瞬時に詰めると、まず1人目の顔面にハイキックを叩き込んでこれを撃破。口ではなく足が先に出るあたり、彼らの罵倒の何れかが緋乃に刺さっていたのであろう。
突然の暴力に残りの不良たちが硬直する中、緋乃はすかさず2人目へと向かい踏み込み、それと同時に左肘をその腹へと叩き込む。肘を叩き込まれた不良は目を見開き、悶絶の声を上げながら、ガクガクと身体を震わせてその場に崩れ落ちる。
『こ、この──』
『甘い!』
2人の仲間がやられた怒りからか、それとも自分もその仲間たちのようになることを恐れてか。最後の1人となった不良が、その右拳を繰り出してきたところに緋乃のカウンターが炸裂。
繰り出された拳に左腕を合わせることで、これを軽く弾き飛ばす──と同時に脚を持ち上げ、そのままお返しとばかりに土手っ腹へとブーツの底を叩き込む。
(うーん……。一応、手加減はしてるみたいだけど……)
『──おぼっ!?』
肉体が変質し、瞳孔が
それを考慮すれば、この動画内の緋乃は相当な手加減をしているのだろうが……。
(相変わらず手加減の度合いが甘いのよねぇ。これ内臓逝ったでしょ、かーわいそー)
と、内心で大雑把すぎる緋乃の手加減へと苦言を呈する明乃。
そんな明乃の感想はさておき、緋乃の蹴りを食らった不良は地面と水平に、まるでボールのように吹き飛んでいき──そこで明乃はふと、作業をしていたはずの理奈の姿がいつの間にか消えていることに気づいた。
「わっ!」
「びゃああ!?」
理奈の姿が見えないことを不審がった明乃が周囲を探ろうとしたその瞬間、理奈の声が耳元で炸裂。
恐らくは明乃が動画へと集中した隙に、お得意の魔法で気配でも隠匿していたのであろう。
完全な不意打ちであったその一撃に、明乃は思わず悲鳴を上げながら、椅子から転げ落ちてしまう。
「あ、あんたねぇ……ぶん殴るわよ!?」
「あはは、ごめんごめーん」
椅子から転げ落ちた体勢のまま、わなわなと拳を震わせて怒りを表明する明乃。
それを見た理奈は両手を上げて降参のポーズをとりつつ、ニヤニヤと笑いながら、ゆるしてーとあまり気のこもっていない謝罪の言葉を吐く。
理奈のその様子に内心むかっ腹を立てる明乃であったが、まあ理奈のことを忘れてスマホに夢中になっていた自分も悪かったかなと思い直したことでその拳を収め、ミニスカをはたいてから椅子へと座り直す。
たかが椅子から転げ落ちた程度で怪我をするほど、やわな身体でもないわけだし。
「ったくもう……」
「だって話しかけても反応なくてつまんなかったんだもんー。で、ところでなんの動画見てたの?」
「こんな動画よ」
やはり理奈のこの悪戯は、自分にも責任の一端はあったらしい。納得は行かないが。
とりあえず自身の考察が当たっていたことを再確認した明乃は、手早くスマホを操作して、動画をもう一度始めから再生する。
そうして再生される動画の初期部分を見て、理奈は納得した様子で頷いた。
「あー、緋乃ちゃんの動画ね。私もそれ見たよー。なんだかんだで割と高評価みたいだし、旦那さまとして鼻が高いよ~。ふへへ」
ふにゃあっとその表情を崩しながら、突っ込んでくださいと言わんばかりの台詞を口にする理奈。
最初は理奈のこのボケをスルーしようかと思っていた明乃だったが、ここでスルーしたら調子に乗って旦那アピールを連発してきそうだな、ということにふと気付き。仕方なくだが、突っ込みを入れておくことにした。
何せ、自分と理奈は確かに親友ではあるが、緋乃を巡るライバルでもあるのだから。
まあ最も、自分が緋乃を射止められたとしても別に独占するつもりは無く、理奈と共に愛でるというのもやぶさかではない。ただ、緋乃にとっての1番の座は譲れないというだけだ。
(
まあ、緋乃との未来を歩むにあたって、極めて重要な術式を理奈に握られている、というのも理由だったりするのだが。
「誰が旦那よ誰が。ま、こういうバトル系の動画は元から受けがいいし……緋乃自体が文句のつけようのない美少女だものね。中身は完全にクソガキなんだけど」
歳を重ねるたびに成長どころか逆に退行していき、いつの間にやら理知的な面が完全に消え失せて、我儘なお子様と化していた緋乃を脳裏に思い描き明乃はため息を吐く。
考えるよりもまず先に足が出るわ──手ではなく足である。特に反射的に行動するためか、スカートを履いている時でも遠慮なく大開脚したりと足癖の悪さに頭が痛くなる──すぐ調子に乗るわ、相手を過小評価して見下すわ。
問題だらけの悪童の癖に、
(でもそれが最高に可愛いし似合ってるから複雑なのよねぇ……)
なにせ、悪ガキムーブを取って調子に乗る緋乃は──本人に言うと無限に調子に乗り出すので絶対に言えないが──可愛いのだ。明乃的にドストライクなのだ。
苛めて涙目にさせてやりたいという気持ちと、褒めちぎって更に調子に乗らせたいという気持ちがほぼ同時に、無限に沸き上がってきてこう、大変なのだ。
「『弱いもの虐めはどうかと思う』みたいなコメントもちょくちょくあるけど……ま、おおむね好意的なコメントが多いよねー」
そうやって悶々とした思いを募らせていた明乃であったが、緋乃の動画について語る理奈の言葉が耳に入ってきたことで、その意識を現世へと舞い戻らせる。
とりあえず今日は緋乃を抱き枕にして寝よう。甘くていい匂いのする緋乃の匂いを満喫しつつ、ぐっすりと眠ろう。そう今夜の予定を決めつつ、平静を装いながら口を開く。
「まあ結局のところ、双方合意の上のバトルな訳だからね。部外者がどうこう言えるもんじゃないし」
「ご、合意……だったっけ?」
「思いっきり挑発仕掛けてたじゃない。あれじゃ反撃食らっても文句言えないわよ」
明乃は困ったような顔をする理奈に対し、緋乃の正当性を告げる。
緋乃は自分のことを喧嘩に否定的な甘い人間だと勘違いしているようだが、別にそんなことは無い。
挑発に拳で──緋乃だと蹴りになるんだろうが──返すくらいは正当な権利だと思っているし、自分だってこれまでに何度もやってきた。
ただ緋乃はいろいろと大雑把なので、自分が横で目を光らせて、何度も何度も刷り込んでやらないと大惨事に繋がりかねないのだ。
あの子は
「……で、そんなことよりも準備は終わったの?」
「ああうん、ばっちしだよ〜」
話題が緋乃のそれへとズレてきていることを感じ取った明乃は、理奈へと本題に戻るように促す。
理奈もまた、話題が脇道にそれていた自覚があったのだろう。明乃の言葉に対し、素直に頷いて準備が完了したことを告げる。
「いやー、実はね? 緋乃ちゃんへの誕プレが、ようやく完成しそうでさ~。いやホントはクリスマスプレゼントの予定だったんだけどね? 思ったより手こずって、後ろにずれこんじゃって……」
「なるほどね、だから緋乃には内緒ってワケね」
「そうそう。どうせなら驚かせてあげたくてね~」
明乃の対面へと移動した理奈は明乃と会話をしながら、ビーカーからカラスのコップへと紫色の薬品を注いでいく。
コップに注がれたその液体からは、ハーブ系特有の清涼な香りがした。
やはりというかなんというか、
そして自分は、その緋乃にプレゼントする魔法薬が正しく効くかどうかを確認するための、実験台という訳だ。
「……で? コップに注いだって事は、それを飲めってこと? 先に聞いとくけど、変な薬じゃないでしょうね?」
コップに注がれた液体へと、試験管からさらに透明な液体を注いでいる理奈を半目で見ながら、明乃は軽く牽制を入れておく。
なにせ、頭はいいけど時折バカみたいなことをする理奈のことだ。発情薬だとか感度〇〇倍の薬だとか、そういうふざけた薬を作りかねない。
いや緋乃に飲ませる分には別に構わない──緋乃のエロ可愛い姿は自分だって見てみたいし──のだが、自分がそういうものを飲むのはごめんこうむる。
「あはは、そんな警戒しなくてもだいじょーぶだよ〜。だって緋乃ちゃんに送るプレゼントだよ? 変なものな訳ないじゃん?」
「あっそう……」
そのように警戒の目線を目の前の魔法薬へと送る明乃であったが、理奈は明乃のその反応を笑い飛ばしつつ、今度は赤黒い液体の入った試験管を取り出す。
そのなんだか見覚えのある液体を確認し、明乃は嫌そうに眉を顰める。
「んで、お次に私の血液を混ぜて……最後に魔力を籠めて……」
「うぇー、やっぱ血だったか……」
そうして全ての材料を混ぜ終えた理奈は、仕上げとばかりにコップに手をかざして小声で呪文らしきものをブツブツと呟き始める。
するとどうだろう、理奈の手と魔法薬が薄い光に包まれたかと思ったら、魔法薬がその色を変えていくではないか。
「できたー! 理奈ちゃん特性、感覚共有薬の完成です!」
そうして元の濃い紫色から鮮やかな青色へと変化した魔法薬を見て、理奈は得意満面といった感じの笑みを浮かべながら喜びの声を上げた。
「おおー、見た目は綺麗じゃないの……って感覚共有ぅ?」
「うん、そうだよ〜。私の感覚と飲んだ人の感覚を、一時的にリンクさせるお薬だよ!」
明乃の上げた疑問の声に対し、理奈は得意気な顔で、今完成したばかりの魔法薬の効果について説明する。
その効果を聞いた明乃は首を傾げていたが、すぐに理奈の真の目的へと辿り着き、それが正解かどうかを確認するために口を開く。
「感覚を共有……ってことはプレゼントってまさか……」
「うん。緋乃ちゃんに、味覚をプレゼントしてあげようと思ってね!」
クソ生意気だけど自分には信頼度MAXで全力で懐いてくる(顔が滅茶苦茶いい)幼馴染の女の子にドハマリした明乃ちゃん。
例の術式……一体ナニをどうする術式なんだ……?