「──で、おめおめと一人逃げ帰って来たわけか。しかも勝手に持ち出した未完成の薬まで使うとか、お前なぁ……」
明乃と理奈が黒門会の襲撃を退けたその翌日。
緋乃たちが住む勝陽市から、遠く離れた地に存在する黒門会の事務所の一室にて。
『申し訳無いっす……。でもあの子たち、ホントに強くて……。
金龍の通話するその相手は、黒門会の下っ端構成員──ということになっている、
金龍はフリーで活動していた時期に、何度かミリアムと肩を並べたことがあり、その時の縁で、結社の依頼を引き受ける際に同組織から借り受けてきたのである。
「らしいな。あいつの防御力には、俺も一目置いてたんだがな……」
『今回は
しかしこのミリアムという女。能力は確かなのだが、とにかくやかましい。
任務を失敗したのは自分が失敗したのではなく、相手が優秀だったからだとでも言いたいのだろう。ミリアムは自分たちの戦った二人の少女が、いかに強かったか。いかに優秀だったのか早口でまくし立てる。
『それと赤い髪の子もヤバかったっすよ! なんすかあの馬鹿みたいなパワーのサイコキネシス! しかもパワーだけじゃなくて小細工方面も優秀で……ぶっちゃけ羨ましいー!』
本人も中々に強力な異能を持っている癖に、隣の芝は青く見えるということか。明乃の異能と才能へと文句を垂れるミリアムに対し、金龍は呆れ声を上げる。
「声がでけえ、あと俺にキレられても困るわボケ。まあアレだ……天才ってのはどこにでもいるもんだ。お前だって、どちらかと言えばそっち側の人間だろうに」
『うへへ……そう褒められるとなんか照れるっすね……』
ミリアムの持つ異能〈
これは放電による攻撃や、全身に微弱な電流を流す事による身体能力の引き上げは勿論のこと。
鉄の棒を電磁石に仕立て上げたり、自身を高出力のバッテリーと見なす事でジャマーやレールガンといった兵器を稼働させたり
確かに汎用性においては念動力に劣るかもしれないが、決して弱い異能ではない。むしろ強い上に面白い使い方もできる、当たりの部類に入る能力だろう。
『にしても赤髪の子に水城家のお嬢様と、ターゲットの側に二人もあんな強い子たちがいるとか、ホント出来すぎっすよ……』
「きっとあちらさんも、そういう場所を選んで根を張ったんだろうな。なにせ、お姫様を奪って逃げたのは元幹部の女だ。コネやらカネやらを駆使して、あらかじめ潜伏先を探しといたんだろう」
『確かにお姫様がいれば、向こうに気に入られるのは簡単っすね。なにせ、あのアンゼルム博士やロベルト博士が予算じゃぶじゃぶで造り上げた、究極の愛されボディだって話じゃないっすか』
きっと本人としては冗談のつもりだったのだろう。ミリアムは笑い交じりで、そのような言葉を口にした。
しかしながら。軽くではあるものの、緋乃と一戦を交えた経験のある金龍は知っている。いや、正確には
あの少女の持つ特性は、そのように笑って流せるほど、単純なものではないということを。
「ああ。フェロモンだか何だか知らねーが、かなりヤバいぜあれは。軽く拳を合わせた俺が保証する。見た目が幼いから~って油断してると、ガチで心を持ってかれるぞ」
『ええー、そんなにっすか? なんか嘘くさーい』
「いやいや、マジもマジよ。俺も最初はあの娘のことなんて何とも思っていなかったさ。なのによ、戦ってるうちにどんどん自分が絆されてくのを感じるんだ。『この綺麗な顔を殴るのは可哀想だな……』って感じでよ」
最初は金龍の言葉を疑っている様子のミリアムであったが、説明を続けているうちに金龍の真剣な様子が電話越しに伝わったのだろう。徐々にではあるが、ミリアムの声からおふざけの色が消えていく。
『うへぇ……。ま、まあでもアタシは女だから……』
「人種、性別、年齢に関係なく問答無用で
『マジすか。
「ま、もし戦う事があれば気を付けとくこったな。気が付いたら手加減モードで戦ってて、反撃食らって死にましたーとか洒落にならんからな」
『っすねー。気ぃつけときまーす』
「わかりゃあいいんだ。それじゃあ、そろそろ切るぞ?」
『はーい、了解っす。それじゃあ金龍さんもお気をつけて〜』
そうしてミリアムからの報告という名の雑談を終えた金龍は、体勢を変えてソファーに寝転びながら、ふと湧き上がってきた“とある疑問”について考えを巡らせていた。
いったい、金龍は何を疑問に思ったのかというと。
(それにしてもあの女……組織を抜けてまで守った娘が狙われてるってのに、まったく動く素振りを見せねえな。何故だ?)
今現在は不知火優奈と名乗っている、実験体の娘を攫って逃げた元幹部の女についてのことだった。
(いくら奴さんの腕が立つとはいえ、所詮は個の力でしかない。組織に抗うことが不可能である以上、逃げるなりどこか別の組織の庇護下に入るのが正解のはずだが……)
元幹部という事は、間違いなく本人の腕前は達人級。その中でも上位クラスに位置することは間違いないだろう。
だが、
しかし、それは相手側だって重々承知のはず。なにせ元幹部なのだ、様々な国の組織に根を伸ばしている自分の組織の厄介さも、他を圧倒する技術に裏打ちされた強大さも、嫌というほど知っているはず。
(なのに、何故動かない? 既に色々な組織からラブコールが届いてるってのに……)
だというのに、お相手は逃げる素振りどころか、動く姿勢すら見せやしない。
確かに
メディアに大々的に露出するという極大のリスクを支払った結果ではあるが、あの娘は今やこの国において時の人だ。表裏や大小に関わらず、あの娘を求める組織は非常に多い。
その気になればいくらでも支援を受けられる状況だというのに、何故か動かない。不気味だ。
きっとなにか、真の目的があるに違いない──と金龍がそこまで考えたその時。
「っとお! なんだなんだぁ!?」
突然発生した激しい衝撃と爆発音に事務所が震え、金龍は驚愕の声を上げるとともに、ソファーから飛び起きる。
「金龍氏、ご無事ですか!」
「きっと襲撃です、迎撃の許可を!」
そうして金龍が飛び起きたその直後。別の部屋へと詰めていた黒門会の構成員たちが、荒い足音を立てながら金龍のいる大部屋へと駆けつけてきた。
「よし、ならばまず状況の確認と──」
駆け付けてきた彼らの手には
「おっ邪魔っしまあぁぁーす! 死ねオラーッ!」
「ぐああぁぁぁーッ!!」
「このガキ、俺たちを誰だと思って──」
「ごちゃごちゃうるさい死ねっ! いや許可下りてないからやっぱ死ぬな! ぶっ飛べ雑魚どもーっ!」
「ほげえええええー!?」
金龍の出す指示の声を打ち消すかの如く、
「ひぃぃ、逃げ……!」
「儂のことも忘れんで欲しいのう! そぅーら風刃特盛! 大サービスじゃ!」
「う、腕が! 俺の腕がっ!」
さらにそれだけではなく、かつて金龍の前に姿を現した、この地に根付く妖怪だとかいう女の声と。
そして、彼女たちが巻き起こす破壊の音が、断続的に鳴り響くのであった。
フェロモンの効きには個人差があるので、たまーに効かない人もいたり
逆に馬鹿みたいにぶっ刺さって脳を焼かれる人もいたり
ちなみに金龍おじさんには100点満点中40点くらいの効果