目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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26話 静かな終幕

「……姉さんの言動を真似して、誤魔化したつもりか?」

 

 欠損した右脚はブーツなどの装備品ごと再生され。全身から満ち溢れている自信満々なオーラに、美しくも小生意気さを感じさせる不敵な笑み。

 ゲルセミウムという、かつて滅んだ悪魔による肉体の乗っ取り疑惑なぞなんのその。トリフィードと名乗った目の前の存在は一見、緋乃という少女の悪魔化した存在にしか見えなかったが──しかし、緋乃に対して強い執着心を持つベアトリスの眼は誤魔化せなかった。

 

「私にはわかる。お前……姉さんじゃないな?」

 

 ベアトリスはトリフィードと名乗った目の前の悪魔に、殺意の籠った眼差しを向けながらそう言い放つ。

 そのトリフィードの正体を確信した強い態度に、誤魔化しきれないことを悟ったのか。それとも、元からそこまで真面目に誤魔化す気が無かったのか。

 トリフィードはその顔に浮かべていた笑みを消し去ると、腕組みをしながらその首を軽く傾げた。

 

「フム……姉? 貴様の方がトリフィード(我が後継者)よりも歳上に見えるが……まあ良い、よくわかったな。我こそはゲルセミウム。かつて終焉の名で恐れられていた大魔王──の残滓のようなものよ」

「やっぱり……! ふざけるなよ貴様! 姉さんを……ソイツをどうこうしていいのは、この私だけ──」

 

 トリフィードの言葉を聞いたベアトリスは激昂。

 緋乃にさんざん妖気を浴びせられ、もはや大した力も残っていないだろうに。怒りに身を任せ、トリフィードに攻撃を仕掛けようとしたのだが。

 

「やれやれ……」

 

 ベアトリスが踏み出すのよりも早く。トリフィードの右腕が掲げられ、その白く細い指が練兵場の天井を指し示し──その指先から極細の光線が放たれた。

 

「なっ!?」

 

 機先を制するかのように行われた威嚇射撃。いや、威嚇射撃という行為自体には何の問題もなかった。

 問題なのは、トリフィードが放った光線のその威力。

 

「地上まで、一気にぶち抜いたの……?」

 

 白い指先が指し示すその先には、光線の太さを明らかに超える、綺麗に抉り取られた直径一メートルほどの円形の穴。そして、その遥か先から覗く青い空。

 とてもではないが、牽制用の小技……それも遠距離攻撃が出していい破壊力ではない。

 

「なんて威力……それにこれは……」

 

 ベアトリスはトリフィードが雑に放った光線の、そのあまりの弾速と威力に戦慄する。

 弾道を見切るどころか、光線が通り過ぎた後の残光を追うので精一杯。威力に関しても、単純に地面を突き破ったり、高エネルギーで溶解させたりしたのではこうはいかないだろう。

 そう、これではまるで、空間ごと削り取られたかのような──。

 

「力の差が理解できたか? 無駄な抵抗はやめろ。現状、貴様を始末するのは容易だが──それをやってしまうと、ライバルとの決着を奪われたトリフィードにすり潰されてしまうのでな」

「くっ……!」

「貴様は我がトリフィードの身体を乗っ取ったと勘違いしているようだが……今の我に、それを成すだけの力は残されていないし、するつもりもない」

 

 怯んだベアトリスを見て、説得の好機(チャンス)だとばかりに──いや、事実として好機なのだろう。トリフィード(緋乃)の身体を動かすゲルセミウムが語り掛ける。

 

「姉さ……緋乃とかいうあの子は、無事なんでしょうね?」

 

 出鼻をくじかれたことで興奮が収まり、冷静な部分が戻って来たのだろう。

 ついつい姉と口に仕掛けたところを訂正し──別に隠す必要性はそこまで無いのだが、どうせなら姉に自分から気付いて欲しいのだ──ベアトリスはゲルセミウムに対し、一つ質問を投げかけた。

 

「当然だ。我はただ、あやつの暴走を抑える為に、一時的にこの肉体を借り受けたにすぎん。あと数時間もすれば……普通に奪い返されて、それで終わりよ。まあ、その前にさっさと返す予定ではあるが」

 

 ゲルセミウムの言葉を聞いたベアトリスは、そのまま無言で考え込む。

 敵である自分を騙すにしても、こんな嘘をついたところで何の意味も無いし……そもそも圧倒的な実力差があるのだから、さっくりと始末してしまう方がよっぽど手早く簡単だ。

 

 ──ならば、今ここで奴が語ったことは、とりあえず真実だと思っておくべきか。

 そう判断したベアトリスは、不機嫌そうな表情はそのままに、身に纏う闘気を霧散させた。

 

「ウム、それで良い。……というか、むしろお前たちは我に感謝すべき立場なのだぞ? そこのところをよく理解しておくべきだ」

「感謝ですって……?」

「ああそうとも。我がこうして出張らなければ、縦も横も関係なく──等しく全てが消し飛ぶことになっていたのだからな」

「はぁ……すべてが?」

 

 矛を収めたベアトリスを見て、最初は満足げに頷いていたゲルセミウムであったが──すぐにその表情は不満げなものへと変わり、ベアトリスに対し感謝の言葉を要求し始めた。

 

「そうだ。咄嗟に我が飛び出し、無駄に強力で無駄に精巧な偽体を作成することで増大しつつあった魔力を全消費。真体の解放をキャンセルしたから良いものの……」

「は、はぁ……?」

 

 困惑するベアトリスに対し、ゲルセミウムはなおも続ける。

 偽体に真体。聞き覚えの無い言葉だが、まあその語感から何となく察することはできる。分身と本体的なアレだろう。

 どうやら我が姉が本気で悪魔として覚醒すると、その余波でとんでもないことになるらしい。

 

「いかんな、この体に入り込んでからというもの──トリフィードの精神に我の方が侵食されつつある。手っ取り早く終わらせないと、不味いことになるな……」

「成程。あの子の影響を受けていたから、そんなに気安かったのね」

 

 ゲルセミウムがふと漏らした呟き。それを聞いたベアトリスの胸にストンと落ちるものがあった。

 確かに、世界を滅ぼす大悪魔という割には──雑に放った光線の破壊力以外──その風格というものがあまり感じられなかったゲルセミウムであったが。なるほど、姉の影響を受けていたというのなら納得だ。

 

「でもどうして、あの子の為にそこまで……?」

「まあ……本人的にはちょっとしたパワーアップ程度の軽い認識で覚醒し、気が付いたら全部終わっていました──というのは、な。勿体無いであろう?」

「勿体無い、ねぇ……」

「そうだ。破壊とは、滅びを与えるというのは、楽しく心が躍るもの。自身の後継者にもそれを味わってもらいたいと願うのは、ごく普通の考えだろう」

 

 ベアトリスはゲルセミウムから帰ってきた答えを反芻し、脳内にてその言葉の真偽を検証。

 そんなベアトリスに対し、ゲルセミウムは続けて己の思想を伝えるのであった。

 

「ずいぶんと物騒な気遣いね」

 

 普通の人間ならば、ゲルセミウムの気遣いを“余計なお世話”と切って捨てるのだろう。

 しかしベアトリスもまた、微細ではあるが攻撃衝動や破壊衝動を植え付けられた人造人間。

 ゲルセミウムの思想に関して、まあ理解できなくもないと、軽く鼻を鳴らしながらそう返した。

 

「当然だ。トリフィードは我が力を受け継ぎ──この我を差し置いて第一位の座に着く、憎きガオケレナの奴を滅するという野望をも引き継ぎし者。我が後継者にして、娘のような存在だからな」

 

「ガオケレナ……? どこかで聞いた事があるような……」

 

 勝手に自身の姉を娘認定し、間に割り込んできたゲルセミウムに思うところがないかと聞かれれば嘘になるが──それよりもベアトリスには、ガオケレナという名前に引っかかるところがあった。

 

 ──ああ、そうだ。確かそんな感じの名前の神を崇める、胡散臭い宗教団体があったはずだ。もしかして、この悪魔と何らかの関係が? 

 

「理解したな? では、さっさと消え去るが──フム?」

 

 思索に耽るベアトリスの沈黙を、会話を打ち切るいい機会だと判断したか。

 軽く手を振り、ベアトリスに対し退散を促すゲルセミウムだったが──丁度そのタイミングで、練兵場の内部に怪しい霧が入り込んできたではないか。

 

「霧……? こんな地下で──いや、これは!」

 

 通路より侵入してきた霧に対し、最初は訝し気な眼差しを向けていたベアトリスだったが──霧を払おうと腕を振って風を起こしても、その影響を全く受けずに立ち込め続けるその様子を見て、己が目を見開いた。

 

「吸い込んだものを昏倒させる、魔法の霧か。……さてはあの小娘の仕業だな?」

 

 困惑するベアトリスの目の前で、ゲルセミウムは落ち着き払って霧の正体を言い当ててみせる。

 やはり悪魔というだけあって、魔法に関しての知識は豊富らしい。

 

「くっ……こんなもの……!」

「無駄だ無駄だ、そんな単純な物理現象で防げるものではない。そら、さっさと逃げておけ。我にはまだ、最後の“微調整”が残っているのでな」

 

 小規模な風で駄目なら、より大きな風で──とその身に気を纏うベアトリスと、それを諌めるゲルセミウム。

 なし崩しで一時休戦状態になったとはいえ。敵であるゲルセミウムの提言を受け入れることに、多少の抵抗感があったベアトリスだが、意地を張っていられる状況でもなし。

 

「ここは素直にそうさせて貰うのが、賢い選択のようね……」

 

 最後にそう言い残すと、空間転移の異能でも発動したのだろう。ベアトリスの姿がフッと掻き消え、練兵場の中には仁王立ちするトリフィードinゲルセミウムの姿だけが残る。

 

「さて、と。それにしても貴様ら──いつまで覗き見しているつもりだ?」

 

 そうして一人残った白銀の悪魔は、その眉を不快気に歪めるとそう吐き捨て。

 

「不愉快だ」

 

 前方に二本、後方に二本。それまで翼のように広げていたワイヤーを、それぞれ別方向へと向けたかと思えば。

 ワイヤー先端部に備え付けられた鏃の切っ先が、中央部から二つに開き。

 

「消えろ」

 

 その隙間から姿を現した発射口より、空間をも抉り取る真紅の光線が放たれた。

 光線は光の尾を残しながら、練兵場の外壁を瞬時に貫き──壁の中に埋め込まれていた三つのカメラと。

 

「気付かれた? バカな、何故こうも正確な位置を──」

 

 恐らくはこの地下基地の司令官、あるいはそれに準ずる立場であろう。

 周囲をモニターや大量の機器に囲まれた司令室にて、全体の指揮を執っていた初老の男を、この世から消し去ったのであった。

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