目指すは地球の最強種   作:ジェム足りない

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九話 路上試合

 三人が振り返って声の持ち主を確認すれば、そこには白い空手着に黒帯を締め、逆立てた髪をした見るからに暑苦しそうな少年が一人。

 少年といっても中学生である緋乃達よりも年上で、恐らくは高校生くらいの年齢はあるだろうか。

 当然ながらその体は大きく、身長に関しても170cm以上はあり、更にその引き締まった体には筋肉がしっかりと付いているのが見て取れる。

 

「やはりお前だったか。いや、人違いじゃなくてよかったぜ」

「……ああ、あの時の」

 

 どこか見覚えがあったのだろう。少年を見た緋乃は少し考えこんだ様子だったが、すぐにその正体に思い当たり、得心のいった顔をする。

 その緋乃の反応を見て、少年を初めて見る理奈が緋乃に対して質問を飛ばした。

 

「緋乃ちゃん知り合い?」

「ん。近くの空手道場のエース……だったはず」

「ああ、緋乃の被害者ね」

「被害者? ああ、なるほどー……」

 

 緋乃の口から少年の正体が語られ、明乃がそれを補足する。

 二人の説明を受け、理奈も納得がいったのか、少し同情したような視線を少年に向けた。

 

「ふん、確かに俺はあの時、お前に後れを取った。言い訳ならいくらでもあるが、それは男らしくないからな。言い訳はせん」

 

「ふーん。で、なにか用? リベンジ?」

「ふむ。その通りだと言ったら……どうする?」

「かっこわるい」

「なんだと?」

「ん。女子中学生に男子高校生がリベンジとか、かっこわるい」

「ひ、緋乃ちゃん。そんな煽らなくても……」

 

 左手を口元に当て、見下すような目線を向けつつ口元を歪めて少年を挑発する緋乃。その言葉を受け、少年の額に青筋が浮かんだ。

 二人の様子を見て、理奈が慌てた様子で緋乃を諫めるがもう遅い。既に少年はその身に気を纏い、緋乃に対して完全に闘いを挑む体勢を取っていた。

 

「ふん、下手な挑発だ……。今回は宣戦布告だけで済ませるつもりだったんだがな。だが、しかし! いいだろう! その下手な挑発、乗ってやろうじゃないか!」

「宣戦布告?」

 

 眉をひそめながら男の言葉を反芻する緋乃に対し、少年はゆっくりと構えを取りながらその疑問に答える。

 

「そうだ、お前も知っているだろう? 新世代……新世代……。……格闘大会のことだ! あれの年齢制限が引き下げられたからな。どうせお前も出るんだろう? 本当ならそこで進化した俺を見せつけてやるつもりだったんだが、予定変更だ」

「なるほど、そういうことか。ふふっ、いいよ。格の違いってやつを教えてあげる……。明乃、理奈。悪いけど少し下がってて。すぐ終わらせちゃうから」

「ふ、言ってくれるじゃないか」

 

 緋乃の徴発を受け、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる少年。そんな二人を見て、明乃は仕方ないわねとでも言いたげな様子でため息を吐き、理奈は驚いたような顔を浮かべる。

 

「ちゃんと手加減しなさいよー」

「え、本気でやるの? 今、ここで? 明乃ちゃんも止めないの!?」

「いやなんかもう止める雰囲気じゃないし仕方ないでしょ。誰かさんが挑発するから向こうもやる気満々だし」

「ふふん。あ、理奈。これ持ってて、お願い」

 

 緋乃は得意げな表情を浮かべると、未だに戸惑った様子の理奈にカバンを預け、構えを取る少年と向かい合うように前へと出る。

 自然体のまま、緋乃はその全身に気を纏い──その余波でジャケットがはためく。

 構えこそ取ってはいないが、緋乃が戦闘態勢を整えたことを察したのだろう。最終通告とばかりに少年は緋乃に向かって口を開いた。

 

「以前の、お前にやられた時の俺と思うなよ。俺はお前に敗北してから毎日毎日、必死に鍛錬を積んできたんだ。お前が今日みたいに遊び惚けてる間にもな」

「む、失礼。ちゃんと毎晩トレーニングしてるし、日曜日は鍛錬の日にしてるんだから」

「…………そうか。…………それは悪かったな。では、いくぞ!」

「いつでもいいよ」

 

 緋乃の言葉に対し、何か言いたそうな表情を浮かべるも、結局口には出さず言葉を濁す少年。

 戦闘開始の宣言をした少年は一息に駆け寄るのではなく、じりじりと距離を詰める。そのままお互いの攻撃が届かないであろう、間合いの一歩手前で睨み合う。

 

(威勢がいいことを言う割には慎重。なるほど、何も考えず適当に突っ込むだけのあの時よりかは確かに成長してる)

 

 そのまま十秒ほどお互いに手を出さず、睨み合いが続いただろうか。焦れた様子で緋乃が口を開く。

 

「来ないの? わたし、早く帰りたいんだけど」

「ふん。そうやって手を出させたところをカウンターで沈めるつもりなんだろう? その手は食わんぞ」

「そう……。はぁ、仕方ない」

 

 緋乃は呆れたような表情と声色を作って少年を挑発してみるが、少年はそれに乗る気はないようだ。

 眉一つ動かさない少年を見て、このままではらちが明かぬと自分から攻め込むことを決めたのだろう。

 緋乃が小さくため息を吐いたかと思った次の瞬間。少年との距離を一瞬で詰めた緋乃が、その右脚を少年の頭部目掛けて振り上げていた。

 

「ふっ!」

「ぐぅ……!」

 

 文字通り目にもとまらぬスピードで仕掛けた緋乃ではあったが、少年はそのハイキックに対し、とっさに腕を掲げて防ぐことに成功した。

 しかし緋乃の攻撃はそこで止まらない。そのまま二発、三発と連続して蹴りを繰り出す。

 

「それそれぇ!」

「あぎぃっ!」

 

 二発目のミドルキックはギリギリ防御されてしまったが、三発目のローキックは少年の脚に直撃。

 少年はその蹴りの衝撃と痛みに悲鳴を上げると、その体勢を大きく崩す。

 そして当然、そのような大きな隙を見逃すほど緋乃は甘くない。

 緋乃はすかさずステップで距離を詰めると、そのまま追撃の膝蹴りを放ち──少年の脇腹へ、その膝をめり込ませる。

 

「がはぁっ……!?」

「沈め」

 

 緋乃は少年がその意識を痛みに支配されている隙に、素早くその頭部へと右腕を伸ばして少年の頭を掴む。

 そうして掴んだ頭を勢いよく引き倒すと同時に、緋乃はその右膝を少年の顔面目掛けて振り上げた。

 

「ひぇっ……」

 

 鈍い音と共に少年の顔面へと突き刺さる緋乃の膝。その衝撃で飛び散る血。それを見て思わず声を出してしまう理奈。

 緋乃とよく行動を共にしてその闘いぶりを知っており、本人もまた闘う人間である明乃ならともかく──あまり緋乃の闘いを知らない理奈には刺激が強かったのだろう。

 ほんの一瞬だけ声を上げた理奈の方に気を取られた緋乃であったが、まだ戦闘中だと即座に意識を切り替える。

 

(これでラスト……!)

 

 先ほどの膝蹴りが効いたのだろう。緋乃はフラフラとよろめく少年に対し、これでトドメだとばかりに強烈な後ろ回し蹴りを放った。

 少年の頭部目掛け猛烈な勢いで迫る緋乃の踵。大きく体勢を崩した少年にはそれを防ぐことも避けることもかなわず、緋乃の踵はそのまま少年の頭部へと直撃し──。

 しっかりと筋肉がついていて重いだろうその体を、豪快に吹き飛ばした。

 

 

「ふぅ……」

 

 少年が白目を剥き、気を失っていることを確認した緋乃は纏っていた気を消去。ふうと小さく息を吐いて、意識を戦闘モードから平常時のそれへと戻す。

 

「わたしの勝ち。大勝利。ぶい」

 

 緋乃は自身の背後で観戦していた理奈と明乃に振り返ると、得意げな表情を浮かべつつ両手でピースサインをして勝利宣言。

 

「お、おぉ〜、緋乃ちゃんすごい……」

「理奈ちょっと引いててウケる」

 

 それに対し理奈は少し引いた様子を見せつつもパチパチと小さく拍手をし、そんな理奈を見て明乃が小さく笑う。

 預けていたカバンを受け取ろうと、緋乃がトテトテと理奈へ向かって歩き出したその時。緋乃の背後で少年がゆっくりと起き上がってきた。

 

「まだだ……! まだ……!」

「ひえ、まだ動けるの!?」

「さっすが男の子。凄い根性だねぇー」

「はあ、面倒。まあいいや、さっさと始末…………ん?」

 

 驚く理奈と感心する明乃を背に、再び緋乃が戦闘態勢を取ろうとする。しかし、起き上がった状態のままピクリとも動かない少年に違和感を感じたのだろう。

 訝しげな表情を浮かべつつ少年へとゆっくりと近づいてみるものの、少年は一向に反応を示さない。

 そう、少年は立ったまま気絶していたのだ。

 

「うーん、立ったまま気絶とか凄いね。リアルで見たの初めてだわ」

「男の意地、って奴を感じるね……」

「ん。びっくり」

 

 意識を取り戻した少年に襲われることを誰も考慮していないのか、それとも襲われても迎撃する自信があるのか。

 気絶する少年に近づいた明乃、理奈、緋乃の三人。三人は少年が本当に気を失っていることを確認すると、それぞれ好き勝手な感想を言い合う。

 

「じゃ、緋乃の勝ちってことで帰りましょっか」

「だね」

「え、ほっといていいの? この人怪我してるんじゃ……」

 

「いやー、別にいいよ。アタシが治しとくから。うちのセンパイが迷惑かけてゴメンねー」

 

 少年を放置して帰ろうと反転する明乃と緋乃に咎めるような声と眼差して訴えかける理奈だったが、しかし、三人の後方、少年の背後からその理奈を止める声が上がった。

 慌てた様子で理奈が振り返ると、そこには少年と同じ空手着を着た、茶髪の少女の姿があった。もっとも、この少女も三人達より年上ではあったが。

 

「や、初めまして。アタシ、そこに転がってる人の後輩。んでんで、アタシってば治癒のギフト持ちだったり。イェイ。まあそういう訳だから、君たちは気にせず帰っていいよー」

 

 明るい調子で声を上げる少女。それを受け、三人は少女に対し軽く頭を下げるとお礼を言う。

 

「じゃあお願いしまーす」

「お願いします」

「あ、アリガトウゴザイマス。では私たちはこれにて……」

 

 じゃあねーと手をひらひら振る少女を背に、三人は再び帰路に就いた。

 緋乃は歩きながらジャケットのポケットからハンカチを取り出すと首筋や髪の根元などををぬぐい、再びハンカチをポケットに仕舞う。

 そうして汗を拭くと、今度はカバンから小さなスプレーを取り出し、首筋にその中身を数回ほどプッシュ。緋乃の周囲にふわりと甘い香りが漂う。

 

「どう?」

「うん、オッケー」

 

 隣を歩く明乃に確認して太鼓判を貰った緋乃は機嫌のよい笑みを浮かべると、そのまま三人で横並びになり歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 お喋りをしながら歩いていく三人の姿が遠くなり、角を曲がって完全に見えなくなったことを確認すると、空手着を着た少女はため息を吐いた。

 

「はーい。もうあの娘たち見えなくなったんで、気絶のフリやめていいッスよセンパイ。まああの赤髪の子には、バレてたっぽいっすけどね」

「そうか……いや正直助かった。なんか、意識飛んでる間に近寄られてて、ちょっと困ってたとこでな。完全に終わった雰囲気だったし。あ、治癒頼んでいいか?」

 

 少年はパンパンと空手着をはたきながら少女へ礼を言う。

 実は立ったまま気を失っていた少年だが、三人娘に近寄られた時点で意識を取り戻していたのだ。

 しかし意識を取り戻したはいいものの、完全に試合終了とばかりに気を抜いていた緋乃に襲い掛かるのは流石に躊躇われ、また闘いを再開する雰囲気でもなくなってしまった為、仕方なく気絶したフリで三人娘が帰るまでやり過ごそうとしていたのだ。

 

「はいはい。じゃ治すんでじっとしててくださーい。むんっ」

 

 少年の治癒要請を受けた少女は、少年の怪我をした部分にへ手のひらを近づけると気合を入れる。すると少年の肌が淡い光に包まれ、怪我がみるみると治っていく。

 同様の行為を何回か繰り返し、目に見える範囲の怪我を全て治し終えると、少女は呆れた様子で口を開いた。

 

「ほい終了っと。にしてもあの娘、可愛らしい顔して結構エグいっすね~。センパイが頑丈だから良かったものの」

「まあ、あいつの闘いはお互いに気を使えるのを前提としている節があるからな……。でもまあ、だからか小学生の時は大会とか遠慮してたみたいだぞ?」

「あー、なる。だから完全に無名なんすね。いやまあ最近は小学生の大会を無視する子供も増えてきましたケド」

「原則で気の使用は禁止だからな。まあそりゃあ、気を扱える子たちからすると物足りんわな」

 

 三人娘が去った方角を見つめながら、雑談をする少年と少女。その様子からは二人の仲の良さが伺える。

 

「で。見ていて気持ちいいくらいのボロ負けでしたが、何か掴めましたかセンパイ?」

「ぬぅ……」

 

 手を口元に当て、ププっと笑いながら少年を煽る少女。

 少年はそれに対し、何か言い返したさそうな表情を浮かべるが、怪我を治癒してもらった恩がある手前強く出れず、また無視することもできないので相槌代わりにとりあえず唸る。

 

「あいつの動きは読めていた。読めていたんだが体がついてこなかった。技術がどうこう以前にスペック不足だ。とりあえずは身体強化のレベルを上げることが急務だな」

「前回の時よりもっと速くなってましたもんね。なんか蹴りも重そうでしたし。多分前は舐めプしてたんすよきっと」

「だろうな。それに恐らくだが、あいつはまだ本気じゃない。思い返せば、雰囲気に余裕があったしな。……まったく、才能というのは恐ろしいな」

 

 少年は腕組みをしつつ先ほどの闘いについて自己分析を行い、自身に足りない部分を述べる。それを受けて少女も自身の意見を返した。

 

(思い上がっていたのは俺の方だったか。……いや、大会前で助かったと思おう。今ならまだ間に合う。鍛え直せる。うむ、ポジティブに考えよう)

 

 そのつもりはなかったのだが、知らず知らずのうちに自身が増長していたことを悟り、内心で戒める少年。拳を握りしめ、大会の期日までに自信を鍛え直すことを誓う。

 そんな少年の内心はいざ知らず、その横で少女が暢気な声を上げる。

 

「にしてもあんな細い体でこの破壊力とかやべえっすねえ。存在そのものが初見殺しじゃないっすか」

 

 少女の発言を聞いた少年は握りしめていた拳を開放し、近くの電柱からカアカアと鳴きながら飛び去って行くカラスを眺めながら声を出す。

 

「まあ確かにな。俺も最初は引っかかったし。……ただでさえ小さい上に、あんな筋肉以前にそもそも肉がついてない体しといて実はゴリゴリの近接タイプですとかなあ。絶対予測できんわ」

「お顔の方もめっちゃレベル高いですしね。あの可愛いお顔に攻撃叩き込めってのも難易度高いっすわ。アタシには無理、出来ない。いやまあ、たぶんアタシのレベルじゃあ当たってもノーダメでしょうが」

 

 そんな少女の意見に対し、少年もフッと小さく笑いながら頷き同意の意を示す。

 

「見た目とは対極の重戦車タイプだからなあいつは。でも格闘技なんかよりも、アイドルとかモデルとか、そっちの方が絶対似合ってると思うんだがなあ」

「あー、確かに。声も可愛いし、歌とか歌ったら凄そう。天下取れますって絶対」

 

 しばらくの間、他愛のない雑談をしていた少年と少女だったが、ふと話題が切れた瞬間。少年は自身の顔を両手で強く叩いて気合を入れる。

 恐らくはおしゃべり好きの少女に合わせていたものの、予想以上に雑談が長引いてしまったので打ち切るタイミングを狙っていたのだろう。

 

「よし、休憩ここまで! 急いで鍛え直しだ! 大会までに何とか仕上げる! 道場に戻るぞ、ついてこい!」

「えぇー、一応怪我してたんだしのんびりしましょうよー。んな急がなくっても」

「急がねばヤツという高い壁は超えられん! ヤツが本気でトレーニングに励んでいない今のうちに差を縮めなくては! さあ行くぞ!」

「あ、待って。待ってくださいよセンパーイ!」

 

 うおおと雄たけびを上げつつ、自身の所属する道場へダッシュで戻る少年と、慌ててそれを追いかける少女。

 その様子を家から出てきた近所のおばあさんが偶然目撃し、おやおやと微笑ましいものを見る表情を浮かべるのであった。

 

「おやまあ。若いっていいわねぇ……。ああ、南米でギャング相手に暴れ回ってた頃を思い出すわぁ……」


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