長く感じた夏が終わり少しずつ気温が下がっていく9月上旬の頃、珍しく尚人は多少駆け足で実験室へ向かっていた。
「タキオンやったぞ!チームスピカとの合同練習の許可が降りた!」
「本当かいトレーナー君!?」
「ああ、双方に良い刺激になりそうだって。ありがてぇよな…!!」
「同感だねぇ、いつやるんだい?」
「来週だ。計測機器の調整は済ませとけよ。」
「分かったよトレーナー君。」
一週間後 グラウンド
「今日から一週間、宜しくお願いします。沖野トレーナー。」
「おう、宜しくな!」
「しかし…よく私みたいな新人の申し出受けてくれる気になりましたね。」
「そんな卑屈にならなくても良いだろう。」
「そうですかね…」
そんな感じで暫くトレーニングを見ていると、ふとこんな事を言われた。
「なぁ…運命って、お前は信じるか?」
その瞬間一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが、尚人の雰囲気が変わった。まるで修羅と呼ばれたあの頃の雰囲気と殺意を纏っていて、学園に居る全ての者が悪寒を感じた。
「…すみませんが私の前で運命という単語は控えて貰えませんか?過去に色々ありまして…」
「?…ああ。」
そう返事する頃には先ほどまでの逃げ出したくような威圧感はなりを潜め、いつもの雰囲気に戻っている。そんな様子を見て誰もがさっきの悪寒を気のせいと思い練習を再開する…ただ一人を除いて。
「…なぁマックイーン。」
「何ですのゴールドシップさん?」
彼女はゴールドシップ。チームスピカに所属しているウマ娘で、中央トレセンで最も行動の予測が出来ないことで有名である。そんなクレイジーの権化みたいなウマ娘が、えらく真剣な表情で、同じくチームスピカ所属のメジロマックイーンに周りに聞こえないように小声で話しかけていた。
「さっきの悪寒…マックイーンも感じたか?」
「えぇ…もしかして貴女も感じましたの?」
「ああ…あの悪寒、トレーナーがアグネスタキオンのトレーナーと話してた時に一瞬だけ出たんだ…」
「…?どういうことですの?」
「距離が遠くて何を話してたのかは分からねぇ…だが、一つ分かったことはアグネスタキオンのトレーナーは何かを言われて一瞬だけだが…ウマ娘ですら出せないレベルの殺意のようなものを感じたことだけだ。」
「なっ…あり得ませんわ!あんな感覚、人間に出せるわけ…」
その続きをゴールドシップは言い重ねるように止める。
「マックイーン…今言ったことは他言無用な。ゴルシちゃんレーダーが反応してるんだ…あのトレーナーはヤバいもんを隠してる。何かあればすぐ逃げろ。」
「…貴女がえらく真剣に話すので恐らくいつもの嘘では無いのでしょう。頭の片隅にでも置いときますわ。」
そんな不穏な噂をしてるのをスルーして尚人は沖野トレーナーと話を続ける。
…その様子を不満げに見てる者が居た。
「…トレーナーさん…」
サイレンススズカ。異次元の逃亡者という二つ名を持つほど脚が速いチームスピカ所属のウマ娘だ。
だが他のウマ娘と比べて何処か様子がおかしい…
「私の方が速いのに…」
(…ん?あれは…サイレンススズカか。何でこっちを…違うな、これ沖野トレーナー見てるな。しかもあの目…嫉妬か?)
何故嫉妬の目を向けられてるのかは分からないが、そのままトレーニングを続け、この日のトレーニングは終了した。
PM6:00 トレーナー室前廊下
「…さて、今日は早く終わったがどうするか…」
珍しくタキオンの実験も無く、暇になったので尚人は彷徨いていた。どうやらタキオンは慕われてる後輩から質問責めにあっているらしい。
「帰って久しぶりに飲もうかね…ん?」
廊下の先でサイレンススズカがぶつぶつ独り言を言いながら左回転していた。
(…せっかくだし聞いてみるか。悩みがあるなら沖野トレーナーに報告してやろう。)
そう思い、耳を澄ませる。すると…
「…トレーナーさん…どうやったら振り向かせられるのかしら…」
こんな感じの内容が聞こえてきた。そして尚人は理解した。
(あ、これサイレンススズカは多分恋ってやつになってるな。どうしよ…俺の目的を叶えるためのヒントになるかもしれんな、手伝い出来るか交渉してみるか。何を手伝えるかはいまいち分からんけど。)
そう決めてサイレンススズカに接触を試みる。
「…トレーナーさん…」
「…独り言ならもう少し小さい声で言った方が良いと思うぞ?」
「ひゃぁぁぁ!?ア、アグネスタキオンさんのトレーナーさん!?」
「どーも。」
「その…もしかして…聞いてました?」
「…トレーナーさん…どうしたら振り向かせられるのかしら…ってやつのことか?」
超上手い声真似をしながら話す。こうした方が緊張を緩ませられるだろう。たぶん。
「…どうする気ですか…?」
「…脅したりする奴も居るんだろうが、俺の趣味には合わない。それに沖野トレーナーには恩があるしな、あの人もそろそろいい歳だし、そろそろ相手見つけて欲しいと思ってたとこだ。」
「…?どういうことです?」
「あんたのその恋路、手伝ってやる。」
「…いいんですか?」
「ああ、悩んでタイム落ちたりしたらつまらんしな。俺個人としては互いにちゃんと支え合えれば好きに付き合っていいと思ってるし。」
この前法律関連を調べた際に、何故か児童福祉法がかなり緩くなっていた。どうなってるんだこの世界と思ったが、どうやらウマ娘とトレーナーが恋愛関係、及び婚約関係になるのは結構ザラらしい。
「…ありがとうございます。」
「ああ、といっても何からすればいいのか俺分からんけどな。彼女とか居たこと無いし。なんなら初恋すらまだだが、それでも良いなら手伝おう。」
「宜しくお願いしますね。」
こうして、サイレンススズカの恋愛成就大作戦が開始した。
『沖野トレーナー』
チームスピカのトレーナーで、常に飴を咥えている。しょっちゅう担当ウマ娘から関節技をかけられているらしく、耐久力は人間を超えてる。因みに担当ウマ娘の為に料理を奢ったりしてるから常に金欠らしい。
『ゴールドシップ』
チームスピカに所属しているウマ娘。現在居るメンバーでは最古参で、一人だけギャグマンガの世界に生きているような行動を取る。非常に勘が鋭い。
『メジロマックイーン』
チームスピカに所属しているウマ娘。ウマ娘世界で名を知らぬ者は一人も居ない名家、メジロ家の令嬢で将来は当主を継ぐと予想される。太りやすい体質で、大好物のスイーツを我慢してるという噂がある。
『サイレンススズカ』
チームスピカに所属しているウマ娘。元々はチームリギルに所属していたが、どうやら合わなかったらしくチームスピカに移籍した過去がある。スピード狂ならぬ先頭狂の気質があるらしく、どんな時でも先頭を欲してる。沖野トレーナーに恋心を抱いている。