時間が経つのは早いもので、もう一週間が過ぎ今日は選抜レースの日だ。
選抜レースとは、『
その為尚人を含めほぼ全てのトレーナーは選抜レース会場に来ていた。
(俺みたいなのが見てもあまり判断材料には出来ないけど、敵となった時の為のデータ集めとしては有用だろうな…)
「驚いたわね。さっき配られた追加資料、何事かと思って見てみたら、出走表にアグネスタキオンの名前が加わってるじゃない…!」
「えっ、アグネスタキオン!?実力は高いけどかなり危険な子だって噂の、あの…!?」
(へー、彼女走るんだ…本当に走りに来るのか?)
一週間の間に少し調べたが、アグネスタキオンというウマ娘は、学園としてはかなり扱いに困っているようだ。
しょっちゅう起こすボヤ騒ぎは勿論、よく分からない薬品の作成、一部教室の不正占拠、授業はほぼ出ずトレーナーも取らない、レースなんかは無論出ない。少し聞いただけでこれだけ出てくる。
かと言っていざ走ると実力は本物らしく、誰が言ったのかは不明だが、その末脚は『
ドーピングの疑いもあったが、友人(本人は否定しているが)のマンハッタンカフェによると
「タキオンさんはよくおかしなことをしますけど…そんな卑怯なことをするような人ではありません…。」と言っていた。
そんな彼女がトレーナーへのアピールをする為の機会と言っていい選抜レースなんかに本当に来るだろうか…?
「タキオンさーんっ、アグネスタキオンさーん!?おかしいな…カフェさん、アグネスタキオンさん見てませんか!?」
「え…わ、私に聞かれても…。」
「えぇ~…参ったなぁ…。」
やっぱりと言うかなんと言うか、アグネスタキオンは現れなかった。
「なぁんだ、タキオンはやっぱり今回も来ないんですね。『超高速』とさえ言われている末脚、見てみたかったんですが。」
「祖母は『オークス』、母は『
(流石ブラッドスポーツとまで呼ばれる競技だ、血縁っていうのがめっちゃ見られてる…)
「失礼、マンハッタンカフェ。アグネスタキオンは…来ていないのか?」
そう言ってマンハッタンカフェに近付いているのは、シンボリルドルフというウマ娘だった。生徒会会長を勤めていて、圧倒的な強さから『
(まぁ今まで出会ってきた皇帝とか帝王とかそういうのは、大抵ろくなもんじゃ無かったけどな…彼女は多分別か。)
「今回の選抜レースに関しては必ず出走するようにと、学園側からも通達があった筈だが。」
「あ、はい…その話は確かに先日伝えましたし、聞きに行くところも…見ましたが…えっと、でも…」
「本日も不参加…か。
皇帝の表情はどこか物々しい。彼女はこのまま不参加で大丈夫なのだろうか…?
(…探しに行ってみるか。気配は…あっちの方だな。)
そう思って尚人は選抜レース会場を離れ、アグネスタキオンを探すことにした。
三女神像付近
(多分この辺に…あ、居た。)
「あァ…?なんでてめェがここにいやがんだ、タキオン。」
(あれは…エアシャカールってウマ娘だったか?)
エアシャカール。不良っぽいと言うか…変わった髪型をしていて、言動も荒っぽいが、実際は超データ主義、ロジカル主義の頭の良いウマ娘だ。
「君らしからぬ非論理的な問いだな、シャカール君。学園生徒である私が敷地内にいる、それのどこに疑問を挟む余地が?」
「チッ、そうじゃねェ!!てめェは今日の選抜レースに出てるハズじゃねェのかって話だよ!」
(見た目は不良だが、聞き分けはあるんだな…きっと彼女は良いトレーナーが着くだろうな。)
「ハッハッハ!まぁそうカリカリするなよ!セロトニンが足りていないのかい?」
明らかにアグネスタキオンはエアシャカールに向けて喧嘩を売っている。少なくとも尚人の目にはそう見えた。
(おいおい…煽るなよ…)
「答えは簡単、"必要がないと判断したから"だ。私の意図と選抜レースの目的は、残念ながら合致していないんだよ。それに、以前参加した折には散々な目に遭ったからね。キャベツに群がるモルモットのようにトレーナーがわらわらと…。」
(…うん、予想出来てた。彼女ならそう言うよな。)
「…そりゃ、そんだけてめェの走りに魅せられたんだろ。」
そこまで言わせるアグネスタキオンの走り、少し気になってしまった。まぁ見ることは厳しそうだが…
「だが、彼らの提示するスケジュールには無駄が多くてねぇ。貴重な研究時間をドブに捨てるというのは、さすがにいただけない。トレーナーがウマ娘を彼らの価値基準に当てはめ判断するように、我々ウマ娘にも選別の権利がある。そうだろう?」
(なるほど…一理あるが、こんな態度をずっと続けてきたとなると、そろそろ本当に学園から首を切られてもおかしくなさそうだ…)
「あーッ、わァったわァった!!もういいよ、知るか。好き勝手サボってろ。…けどな、実験実験で授業にもまともに出ねェ、選抜レースにも出ねェ、スカウトも受けねェ、当然デビューもしねェ。ーてめェの学園での立場、そろそろヤベェぞ。」
そう言ってエアシャカールは去っていった。彼女の言っていることは当たっている。それはアグネスタキオンも理解はしているだろう。
「ふぅン。『知るか』『好き勝手やれ』と言いつつも忠告していく…ククッ、相変わらず愉快だなシャカール君は。と、おや…?」
どうやらこちらに気付いたようだ。
「君はー先日の新人トレーナー君じゃないか!まさか自ら被験体となりに来てくれたのか!?なんたる素晴らしいモルモット精神!感服の一言に尽きるね!」
「今のところその予定はねぇよ、選抜レース始まってるぞ?行かねぇのか?」
「あぁそういうことか。であれば残念、私に参加の意思はないよ。」
「ふむ…理由は?」
「トレーナーにとってはスカウト対象を見出す場であるように、ウマ娘にとって選抜レースは実力をアピールするための場だ。しかしながら現状、私はレースの実力をトレーナー陣にアピールする必要を感じていない。故に不参加。話は以上だ。」
…これは重症だ。彼女の関心は何についてかは分からんが、実験にしか向いていない。こんな状態では、遅かれ早かれ確実に首を切られるだろう。彼女が学生生活を続ける為には実験にしか向いていない関心を少しでも別の方向に向けるしかなさそうだ。
もっとも、学園を去るというのも一つの選択肢としてはあるのだが、彼女は恐らく社会というものが分かっていない。そんな世間知らずが学園という庭を飛び出しても間違いなく淘汰されるだろう。
「ーさっ、そんなことより実験の続きといこうか!?実は独自に開発していた、筋機能測定装置のプロトタイプが昨晩完成してね。用いれば従来の1000倍は詳細なデータがー」
「お前の脳ミソの中は実験100%なんだな!?」
「あらゆる可能性は、実験によって発掘され検討されるべきだ。研究の時間は幾らあっても足りやしない、違うかな?」
「一体そこまでして何を研究しているんだ?」
純粋な疑問からだった。ここまで彼女が一辺倒になれる何か…それに興味が浮かんだのだ。
「"ウマ娘の可能性"だよ。更に言うならば"ウマ娘という生物に眠る肉体の可能性"、すなわち"最高速度"ー否、"最高のその先"といった所か。」
「その先…?」
「最早その存在は当然のものとして扱われつつあるが、あらゆる常識は発見の敵だ。故に排除さて考えると…そもそも我々ウマ娘は、存在自体がいまだ深遠なのだよ、君。」
言いたいことは分かる。あらゆる常識は発見の敵…事実尚人は常識を知らずに育ったから修羅と呼ばれる程の力を手に入れた。それに600万年生きた尚人でさえ人間の全てを知っている訳では無い。それが人よりも難解でそして出会ってそれほど時間も経ってないウマ娘についてなんか…素人同然だろう。
「人類に酷似した外見でありながら高性能・高機能な耳と尾を持ち、その筋力は質量に反しいように甚大。特に走力は動物界においても突出しており、全種族中でも上位に値するスピードを有している…アッハッハッハ!!実に!!実に興味深いとは思わないか!?つまりね君、私の脳内を埋め尽くす衝動はシンプルだよ。『我々はどこまで速くなれるか!?』『その可能性の拡がりは!?』私は!この体で可能性の果てー"
そうアグネスタキオンは一方的に話してきた。その目は本当に狂っていて、本当に楽しそうだった。
(なんだか少々申し訳なく感じてきたな…)
そう感じるのも無理はない。
尚人は既にアグネスタキオンの言う限界速度のその先を体験している。彼女の名前にもあるタキオンという名の付いた粒子…光よりも速い速度でしか活動出来ないと言われる仮想粒子よりも彼は速く動けるからだ。だがそれを話す訳にはいかない。
この世界にとって尚人はイレギュラーも良いとこだ。世界に混乱を招くと後に面倒な事が起こるだろう。
「あらゆるウマ娘の中で最もスピードを発揮できているのは、"本格化"を迎えレースに出走している者たちだといえる。より困難なレースで、より強大な相手と競い合うことは走力の充実に必要不可欠。つまりトゥインクル・シリーズへの出走権を手にすることは、私の研究を大きく前進させる。故にこの学園へ来たのだがね。まぁ、しかしー」
そこまで言って、誰かが近付いている事に気付いた。
「アグネスタキオン。…学園側より通達がある。来い。」
そう横から茶々が入った。恐らく教師だろう。
「ふぅン、ここでお呼び出しか。…では、私はこれで失礼するよ、新人君。」
「おう…」
雰囲気からして彼女にとって不利益な通達が来たのだろう。そんな不穏な気配を漂わせる教師と共に、アグネスタキオンは立ち去ってしまった…
『シンボリルドルフ』
皆の生徒会長なウマ娘。
皇帝の二つ名を持ち、物凄く速い。
周りから距離を置かれてるように感じて距離を詰める為に駄洒落を言うようになったと言う噂がある。
『エアシャカール』
不良っぽい言動と格好とは裏腹にかなり頭の良いウマ娘。
作者がいまいちキャラを掴めてないので多分もう出てこない。