オラリオに神の子が来るのは間違っているだろうか? R 作:ケツアゴ
「うふふふ、よく眠っているようね。今日もご苦労様」
夜中、私は眠った振りを止めて目を開ける。
目の前にはティオの顔、それこそ少し動いただけで唇と唇が触れ合ってしまいそうな何時もの距離、これが私のお気に入りの距離。
私の事が好きで……いえ、大好きでキスをしたいけれど許可無しにキスなんて出来ない可愛い子に意地悪するのは本当に楽しい。
起こさないように首に回した腕を外し、月明かりを浴びながら上半身を起こしてティオの頬に手を触れる。
完全な神でも人でもない子、私の事が大好きで、私が愛する大切な存在。
その唇と頬の間に唇を近付けて秒に満たない僅かな間だけ触れる。
「もっと頑張って素敵な勇士になりなさい、ティオ。貴方はもっと強くなれる、もっと輝ける。その時迄は……本当のスキルも私が何をしているのかも教えてあげないわ。今のままじゃ私は女神としてしか側に居てあげません」
私が女神ではなく女として寄り添いたいと思わせる勇士に成長する可愛い眷属の姿を思い浮かべながら彼の腕を枕にして寝転び直し、腕を首に絡めるようにしてギリギリの距離まで顔を寄せる。
「目が覚めたら麗しの女神の顔が至近距離に存在するだなんて本当は過ぎた贅沢なのよ? ええ、ええ、貴方が理解しているのは分かっています。だからと言って満足して怠惰になるのは許さないわ。女神に求婚して、条件付きで受け入れて貰えたのなら前に進み続けなさい。つんのめって転びそうな時だけは支えてあげるから」
毎晩のように同じ事を繰り返し、似たような言葉で終わる。
じゃあ起こして貰えるまで寝ている事にしましょうか……。
ああ、でも私が”勝手にキスしたら駄目”や”寝ている間に変な事をしたら分かっているわね?”と言ったからって素直に従うなんて従順で可愛いんだけれど、少し微妙な気もするわ?
「あら、中々良いじゃない。気に入ったわ」
今日は待ちに待ったステンノ様とのデート、真っ先に向かったドレスの店で何着か試着をして、目の保養の果てに僕に選択を迫って来た。
何がステンノ様にお似合いなのか真剣に悩んだ時、目に入ったのは普段から着ている服に似ている物だった。
スカートの丈は長いけれどスリットは深いしおへそも露出していて生足が輝いて見える。
……やましい気持ちは否定しないんだけれど、ステンノ様もその場で一回転して鏡に映った姿を上機嫌で見ているし別に良いよね?
「うふふふ、ティオも何だかんだ言って男の子よね。そう、こんなのが好みなのね」
「そりゃステンノ様にお似合いだからね。ステンノ様に似合う服が僕の好みさ」
「……そう」
何か深層の素材を使っているとかで汚れを弾く効果があるらしいけれどお値段三百万ヴァリスと少し、三着あれば豪邸に手が届く値段だけれどステンノ様の満足そうな笑顔は豪邸よりも遥かに価値があるのさ。
ステンノ様は僕の言葉に満足そうに微笑むと指先で僕を近くに招き、顔を引き寄せると耳元で囁いた。
「それで貴方が脱がすのと私が目の前で脱ぐのと、どっちが良いのかしら? ……冗談よ」
正直言ってドキッとしたけれど、ステンノ様を脱がそうとする所で耳に息を吹きかけられて本気にするなと叱られる。
見抜かれていたか。
「貴方には早いわ。……未だね。頑張りなさい」
「が、頑張ります」
つまり頑張っていたら選択肢は本当になるって事だよね?
美しい笑顔に心を奪われつつ拳を握りしめる。
……それにしても今日は視線を感じる日だけれど、ステンノ様のお姿が注目を集めているのかな?
「
父さん曰わく神々が人間に授ける二つ名の内、力の無いファミリアには人間にとっては凄いセンスで神にとっては痛々しいとの事。
僕としては二つ名なんて自分が恥ずかしいと思わない内容だったら別に良いんだけれど、ステンノ様まで恥ずかしい思いをするんだったら……。
「フレイヤ様が手を貸してくれたら良いんだけれど、目立ち過ぎるのも問題だよね。悪い意味でも目立つから……」
特に歓楽街を支配するイシュタル様には徹底的に嫌われているらしいし、友神の眷属だからって庇うのは……。
「……またか」
ステンノ様と腕を組んで歩いているんだけれど店の中に居る時も感じた視線、悪い物じゃなく、寧ろ好意的な物だ。
「喉が渇いたわね。其処のカフェでお茶にでもしましょうか」
「まあ、劇まで時間があるし、お昼前から過ぎまで掛かるから軽く何か食べて行こうか」
何かされたなら対応出来るけれど、離れた場所から見て来るだけじゃ何も出来ない。
なら、ステンノ様とのデートを楽しんだ方が有意義だよね。
それにまあ、視線の理由も何となく予想出来るしさ。
「初めましてだな。俺がガネーシャだ!」
カフェに入り、ステンノ様はケーキと紅茶のセット、僕はパスタを三皿とオレンジジュースを頼んだんだけれど、いざ食べようとした時に変な神が現れてポーズを取っている。
うん? ガネーシャ?
「初めまして、神ガネーシャ。それでデート中に何の用ですか?」
ステンノ様の優雅な姿を眺めている最中にむさ苦しいのに邪魔されたんだし、ちょっと印象が悪くなって当然さ。
まあ、相手は気にした様子が無いし、父さんに聞いていた通りの神だ。
市井の人々を守護する善神ではあるらしいけれどさ。
「うむ! 俺も野暮な真似はしたくはないが、お前に感謝と賞賛を贈りたくて声を掛けさせて貰ったのだ。集めてくれた遺品の中には俺の眷属の物もあった。ありがとう! そして遺品を集め、昨日は気絶した何処かのサポーターを助けて地上まで連れ帰ったそうだな」
「矢っ張り見られていたのか……」
「流石は妖精騎士の子孫にして王族、素晴らしい慈愛と高潔な精神の持ち主だと……」
「いや、只の自己満足、そんな立派な物じゃ無いですよ。僕は困っている人を助けずにはいられない正義感の持ち主でもなければ、賞賛や感謝が欲しくって動く偽善者でもない。憧憬の存在に追い付き絶対に越える為、そして僕の信念に従って動いただけなので」
一度助けた所で現状を解決しないとその場しのぎにしかならなくたって徹底的に世話を焼かないし、大切な一部の人以外に認められても別に興味が無い。
王族がどうこう言われても僕はエルフの里に行った事すら無く、王族の教育や義務とも無縁。
母さんから受け継いだ弱肉強食の理念だって王族の物限定じゃ無いしさ。
「それでもだ! それでも君に救われた者は居る! それを忘れてはいけないぞ、少年。それと俺がガネーシャだ!」
「はあ……。あっ、そうだ」
何か聞いていた以上に自己アピールの激しい神だなとポーズを取りながら改めて名乗るガネーシャ様を眺めながら思い、ついでに父さんからの手紙を取り出した。
「この手紙の宛名の文字はフレイの……」
何処の誰かからは書いておらず、誰宛なのかのみの手紙。
でも、友神だけあって文字で察したらしいね。
「オラリオから……いや、ダンジョンから密輸された珍しい物の情報。何処の港から流れているのかも……」
「っ! ……分かった。感謝する」
大切な部分はぼかして内容を伝えれば急に真剣な様子でガネーシャ様は去って行く。
それにしても王族らしい高潔さと慈愛、か。
「母さんは兎も角……あっ、劇の開始時刻が迫ってるや」
視線の訳も分かったし、もう気にしなくて良いや。
さて、ステンノ様とのデートを満喫するぞ!
「あっ! ステンノ様にティオさんもこのお芝居を見に来たんですね!」
「あら、シルじゃないの」
「……どうも」
劇場の前は大盛況、事前に変な先入観は欲しくなかったからチケットに書かれた宣伝文句やタイトルから神と人との恋物語だとは知って、まるで両親みたいだと思いながらも楽しみにしていた時、目の前から町娘の姿になったフレイヤ様が現れた。
見に来たもなにもチケットをくれたのはフレイヤ様だろうにさ。
まあ、ステンノ様が話を合わせているし、僕も向こうが女神以外の生活を送りたいのなら今は合わせよう、幾ら甥っ子でも色々として貰い過ぎているんだしさ。
「……あっ」
通りの向こうの建物の陰にアレンさんの姿があったから会釈したんだけれど、余計な真似はすんなって表情だ。
「それでこのお芝居って人気なんですが、モデルとなった主神と眷属がいらっしゃったのをご存知ですか?」
「へぇ、そうなのね」
……うん? ステンノ様が意味深な笑みをこっちに向けて来たけれど何故だろう?
それにしてもモデル……まあ、父さんと母さん以外にも神と人間の恋は有り得る話だし気にする事は無いんだけれど、もしかして二人がモデルだったりして……まさかね。
「モデルはフレイ様とハイエルフの眷属の方らしいですよ。恋多き神様だったのが大勢を招いての結婚式を挙げてからは一途になったとか」
そのまさかだったよっ!?
ステンノ様は……分かっていたのか。
フレイヤ様は……うん、僕の反応が楽しみだったって所か、身内への悪戯だね。
アレンさん……あっ、目を逸らしたって事は全部知ってたな。
「じゃあ、行きましょうか」
ステンノ様は笑いを堪えながら僕の手を引く。
う、うん、そうだ!
例え両親のラブロマンスだろうと赤の他人が描いた脚本なら気にならない筈。
「因みに脚本はファミリアの団長が書いた物らしいですよ。だから真実の場所が多いとか」
フレイヤ様からもたらされる情報、何をやっているんだよ、お祖父ちゃん!?
「いや、自分達の恋が細かい所まで大々的に広まった時の二人の顔が見てみたかったのさ」
僕の頭の中であの人はそんな事を語る、大体合っているだろう。
……結局、僕は劇の最中はステンノ様の横顔を眺めて過ごしたから充実した時間だったと言えるだろう。
「うふふふ、恋を描いた劇の最中に笑うなんてはしたないから我慢していたけれど、まさか細かい所まで当時交わしていた会話がそのままなんて驚いたわ。マーリンったら相変わらず神みたいな性格よね」
劇が終わったのは夕暮れ時、フレイヤ様は店の仕事があるからと去って行き、アレンさんもそれに続く。
僕とステンノ様は人の流れから少し離れた所でボケーッとしていたんだけれど、周囲は見る見る内に夜になっていた。
「じゃあ、行きましょうか」
そう、デートはまだ終わっていない。
今から遊覧船内のレストランでのディナー……その前に夜景を高い場所から楽しむって約束だ。
「『開け天界の門 我が戦車は流星の如く立ち塞がる敵を轢き潰す 神馬が引きし疾風怒濤の不死戦車』
父さんが天界に居た頃、同じく地上に降りていなかったポセイドン様と賭けをして自慢の馬を手に入れ、戦車を引かせて遊んでいたらしい。
地上に降りる時、持って来れなかった自慢の品にこう名付けた……。
「『トロイアス・トラゴーイディア』!」
人が天界に行くのは死んだ時だけ、神だけが二度と地上に戻れないという制約を背負いながらも道を作り出せる。
僅かな時間なら精神を他の神の肉体を借りて降ろせるケースも無くはないと父さんが言っていたけれど、例外は基本的に存在しない。
神の血を引き、恩恵によって理外の力を振るえる僕を除いては。
僅かな間だけ開いた天界への扉から出て来たのは三頭の馬に引かれた立派な戦車、空さえも駆ける秘宝。
「……ふぅ」
まあ、そんなのを召喚する魔法なんで精神力がガリガリ削られて行く燃費最悪の物なんだけどさ。
「じゃあ行こうか、愛しの女神様」
「あら、こんな時は名前で呼ぶものよ?」
幸いな事に僕はスキルで周囲から魔力を供給可能で、魔法によって大量の魔石を持っていられる。三十階層で手に入れて換金せずに持っておいた魔石を入れた袋を戦車に乗せ、ステンノ様の手を取って空へと駆け上がった。
「矢っ張りオラリオから出てみるものね」
そして数日後、今度はフレイヤ様とアレンさんを乗せて砂漠の上を飛んでいたんだ。
「あっ、あの船は……。フレイヤ様、知り合いがいたから挨拶をしに行っても?」
砂漠を走る帆船、その甲板からマッチョな商人が僕に向かって手を振っていた。
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どうして既にマッチョなのかは……次回
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