スキルが擬人化したっていいじゃない、だって異世界だもの 作:ふHさ
いずれは、ね。
よう、俺だ。
いやお前誰だよって思うかもしれないが、俺だ。
名前は―――――――そうだな、とりあえず『捕食者』くんとでも呼んでくれ。
俺には前世の記憶がある。
といっても転生したことに気づいたのはつい先ほどなので、今のところ前世というアドバンテージが有用なのかは分からないが。
むしろ記憶があるせいで状況を理解するのに時間を要してしまった。
ざっと数日ぐらいかな、そこまでくると一周して冷静になったのが現状である。
まあ、簡潔に言うと俺は概念的なものになってしまったらしい。
何言ってるのかわからないって?俺もわけがわからないよ。
だがまあ、敢えて言うなら実体を持たない存在、意識だけの存在ってとこかな。
自分の耳や口もないのに物音を捉えたり喋れるのは、元人間である俺からすれば異質そのものだったが、今になっては慣れてしまったまである。
逆に身体を持たない方が便利だという真実に辿り着いてしまった。
風呂とか睡眠っていうものがないから、ゲームなんて楽しみはないもののメンドクサイものはどっかに飛んで行っているハイブリッドボディ。
正直に言うとハイブリッドじゃない気がするけどね。
さて、俺の身の上の話は終わったので、次は俺の周りの環境を紹介しよう。
どうやら俺は誰かの中にいるらしく、壁?一面に広がった視点を共有しているようだ。
何で他人の中にいるのかは触れないでおくとして、この人物の視点はやけに低い……気がする。
人間の視点ではありえないので、猫か犬かな。
もしこの視点の所有者が死んでしまったのなら、俺がどうなるのか分からないのでどうにか生きてほしいものだ。
俺もう死にたくないもん。
画面の向こうでは、視点の主が洞窟と思われる場所をぽよぽよ進んでいる。
ここはファンタジー風の洞窟で、地球にこんなところがあるのかと最初は驚いた。
しかし、よくよく考えれば転生というもの自体ファンタジーなので、俺がいる世界はもしかしたら異世界なのかもしれない。
クソッ……なんか無性に身体が欲しくなってきた。
人外娘といちゃラブしたかったなぁ。
ケモミミとか、悪魔っ娘ってロマンだよね。据え膳食わねば男の恥よ……身体ないから食えないんですけどね!
そんな俺の邪な考えを他所に、主は道端にある草を食っていく。
おっ、また食事の時間ですかね。
俺は身構えて(身体はないが)ご馳走を出迎える。
といっても口で噛みしめることなく、俺の胃袋に直行されるのだが。
産地直送ってかあ!?ふざけんな食事を楽しませろや!
……それでも満腹感を味わえるので、概念的存在である俺の細やかな楽しみである。
まあ俺の胃袋の一割にも満たないぐらいの量なんだけどね。
そろそろ草以外も食べたい所存である。
肉が欲しい。
そんなこんなで、満たされない飢餓感と暇を持て余していた俺は草を食べながら尻(幻想)を掻いていたのだが。
―――――とてつもないオーラを纏った、巨大な竜が目の前に現れて俺の心臓は跳ね上がった。
うわああああああああああああああ!?
つい叫んでしまったことから分かるように、その姿はまさしくファンタジーの象徴。
主は視覚がないのか「え!?ちょ、誰!?おっさんですか!?」なんて言ってたけど、おじさんとかそういうレベルじゃないと伝えたい。
興奮する俺と困惑する主を無視して、その竜は勝手に話を始める。
その声は意外と、青年のような高みを帯びた声音だった。
『おい、返事をするが良い』
竜も人語喋れんのか、なんて感想は置いといて。
俺はわくわくしつつ、主の反応を窺う。
俺の声が外部に伝わらないのは悲しい事実だが、俺には半身ともいえる主が付いている。
主、どうか竜に不遜な態度は取らないでくださないね……?
じゃないと、ぼく死んじゃうから。
『無茶いうな、ハゲ!』
これは後日談だが、このときほど死を覚悟したことはなかった。
『ぶち殺すぞこのスライムが!ハゲ!?この我に向かって、ハゲとはなんだ!?』
もちろん、主の発言に竜は激怒したようでなによりだ(白目)
声を張り上げて、鼓膜を振動するように憤慨している。
あーあ、やっちゃったよ。
俺はあちゃーと天を仰いで、自分の死を悟ったのだった。
せめてケモミミに童貞を捧げたかったZE……。
しかし、俺の予想と裏腹にスライム(主)と竜の会話はフレンドリーの方に流れて行った。
ちなみに主は『魔力感知』というスキルを竜から教わったようで、その姿を見て仰天していた。
そりゃ、そうなるわな。
俺だって思わず叫んでしまったほどなので、それが普通の反応なのだろう。
主が怯えるのはある意味当然だともいえる。
つーか今まで視覚なかったんかいワレ。
それから他愛もない会話を続けていた竜と主だったが、その間に主についての有益な情報を入手できた。
なんと、このスライム前世持ちらしい。
元サラリーマンだったが、気づいたらスライムに転生してしまっていた、と。
つまり俺とは同郷の者に当たるわけか。
嬉しい反面、俺以外にも転生者がいるということに複雑な思いである。
どうせなら俺も概念みたいなよく分からん存在じゃなくて、王道の勇者とかになりたかったぜい……。
俺がこの世の不条理に嘆いていた、その時だ。
『俺と友達にならないか?』
主が、よく分からないことを言い始めたのである。
最弱のスライムと最強の竜が友達になるって、マ?と呆けてしまった俺は悪くないと思う。
それは竜も同じのようで、一瞬ポカーンと口を開けた後「ククク、クハハハ、フハハハハハ!」と笑い始めた。
そして、何故か友達になった。
もうわけがわからないよ。
二人は、これまた何故か竜を喰らう話題になっていた。
もうわけがわからないよ(デジャヴ)
待て待て、ちょっと落ち着いてほしい。
いやうん……確かに俺も竜を食べたらこの飢餓感も薄れると思うんだけど流石に友達を食うのは……ねえ。
友達になってすぐにソイツ食べるとか主の神経を疑いたくなるわ。
『よし、いくぞヴェルドラ!さっさと脱出してみせろよ!』
『うむ、任せておけ。リムルも解析の方よろしく頼むぞ』
そんな俺の純情な感情は無視して、主は『捕食者』を発動させた。
俺の意識は実食対象である竜―――――ヴェルドラに向けられる。
そしてそのままヴェルドラを包み、その存在を胃袋へと納めてしまった。
躊躇いはなかったね……俺じゃなくて主が――――――――――っあれ?
……ッスゥゥゥゥゥゥゥゥ(息を吸い込む音)
俺は、突然横に出現した巨大なオーラをちらりと見る。
……ッスゥゥゥゥゥゥゥ(酸素が足りない)
見間違いかと、再度横を見る。
『ム?ここがリムルの胃袋の中か、本当に何もないな!――――それで、お前は何者だ?』
あっ………その、ほ、捕食者っていいます……ぼ、暴風竜ヴェルドラさん。
―――――――偉大なる竜との、手に汗握る真夏の大冒険が幕を開けた瞬間だった。