【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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アステラ防衛戦

 

 

 

 背後の古代樹はザワザワと噂話をしている。まるで森全体が意思を持っているかのようだ。

 

 戦場に閃光が放たれてから、僅か数秒。

 風翔龍はやがて、意を決したように翼を広げる。

 

「撃てーッ!」

 

 号令と共に、引き絞られていた他のバリスタの弦が一斉に解き放たれた。

 調査員の中には、己の武器のほかに兵器を使って峯山龍ジエン・モーランなどの超大型古龍との戦いを潜り抜けてきた者も多い。

 彼らはゾラ・マグダラオスの弔いの際にも大いに活躍した。

 そして、今も。

 

 発射されたバリスタ弾は風を切って進み、弧を描いて風翔龍へと向かっていった。

 標的にされた龍は、避けながら瞬時に風で壁を作る。だが全ての弾を防げたわけではなく、何発かが堅い鎧に刺さった。

 それでも付けられた傷は凹み程度だ。龍の勢いと戦意を削ぐにはまだまだ足りない。

 威力の面では大砲を使いたいところだが、ここで使えば人に対する被害の方が大きくなってしまう。

 

 鈍色の甲殻から、びたびたと残った水が滴る。

 それらが振り切られたかと思うと、鋼の身体はアステラへ急降下した。

 幸い皆が避け切ることができたが、風翔龍の纏う風によって、近くにあったものは吹き飛ばされる。

 踏み潰されたバリスタやその弾も折れ、もう使える状態ではない。

 

 中距離は危険だと判断したのか、風翔龍は風を纏いながらバリスタ隊の方へと駆けていく。

 ジェナは咄嗟にセルマの方を見遣るが、既に彼女は安全な場所へと退避しているようだった。どうやら周囲の仲間が配慮してくれたようだ。

 

「盾部隊は前へ! それ以外の者は弾に当たらないよう退避せよ!」

 

 バリスタ隊は対象を絞られないよう、即座にその場を散るようにして離れる。

 調査団は個々もしくは少人数編成での調査が主であり、隊列を成して連携することは少ない組織だ。

 それでも、これまでに幾度か全体での大規模な戦闘を経験してきている。ギルドから選ばれた調査員らは、総崩れしない程度には強固な連携をとって見せた。

 

 風翔龍が射程距離に侵入した途端、ガンナー隊は一斉に毒弾を撃ち込んだ。

 銃口から光が弾け、次々に弾丸が宙を走る。

 

 現大陸では毒弾を生成する際、生物の牙などの毒腺から分泌された液や、毒キノコから煮出したもの等の異なる毒を用いる。

 だが新大陸で弾やビン、投げナイフに塗布するものとして使用を許可されている毒は、毒テングダケから抽出されたものに限られているため、拮抗作用などを気にする必要はない。今回の作戦では、剣士達には他の毒を用いた武器は使わないよう指示が出されていた。

 毒によって局所を麻痺させ、身体の動きが鈍ったところを剣士が攻める。それが当初の目的だが、果たして毒がどれほど鋼の身体に撃ち込めるか。

 ちなみに戦いの直前、毒テングダケと強い鎮痛剤の原料となるマンドラゴラの大量の納品依頼に、首を傾げる調査員もいたのはここだけの話。

 

 ただ弾を受けるわけもなく、風翔龍はその場で尾を振り回して弾をはじこうとした。

 

「うおッ、あぶねっ!」

 

 不規則にはじき返された弾を、銃槍使いが咄嗟に盾で弾いた。

 毒弾は注射器のような構造になっており、刺入部から内部の毒液が注入される。

 たとえ撃った者が被弾したとしても一発程度では即死することはないが、対モンスター用であるためその毒は強力だ。

 

 派手な印が龍の動きに合わせてチラチラと見えることから、風翔龍の甲殻の隙間に何発か入ったらしい。

 それでもすぐに効果が出るわけではないため、油断はできない。

 

 ガンナー隊は追加の毒弾を撃ち込んでいく。その一方で剣士は、自分たちが出るタイミングを窺っていた。

 

 風翔龍は大きく息を吸い込み、風のブレスを吐き出す。

 それは普段であれば物資班が目印として使う歯車のすぐ傍にいたハンター数名を吹き飛ばした。床板が割れ、破片となって飛んでいく。

 いずれも脊椎は無事であったようだが、武器を背負った仲間の下敷きになり、脱臼や骨折をした者も居た。

 周囲の仲間がすぐに負傷者を下がらせ、救助アイルーが回収していく。

 

 あの大竜巻を起こせばすぐに事が済みそうなものだが──そして誰もがそうならない事を願っているが、風翔龍にその気は無いようだ。

 というよりも、先ほどの戦いで疲弊していると捉えた方が正しいか。

 

 炎王龍がいまどうなっているか、確認できるほど余裕のある者はいない。常であれば物見櫓で見張っている者も、今日ばかりは戦闘員となっている。

 過呼吸を起こしていた調査員は、裏方で怪我人の手当てを手伝っていた。

 

「奪われて、たまるもんか」

 

 リュカは風翔龍を睨みつけ、棍棒を握る。彼の手に止まった、日頃は感情の読めないジャックの瞳も、今はどことなく好戦的に見えた。

 

 ジェナや他の狩猟笛使いは、目配せをしてタイミングを測っている。音の刺激はモンスターを引き付けるため、今回の作戦では容易に動けない。

 

 やがて毒弾が尽き、ガンナー部隊はぽつぽつと後ろに下がっていく。

 まだ風翔龍の動きは鈍らない。

 だが、その時を待ち構えていた剣士達は、背に手をかけて駆け出した。

 

 まるでファンファーレのように、様々な笛の音が鳴る。それはぶつかり合う事なく重なり合い、狩人達の士気を高めた。

 率先して飛び出したのは、機動力を誇る双剣使い。それに続き、様々な武器を背負ったハンター達が互いに干渉しないよう攻撃を重ねていく。

 通常のクエストでは戦闘参加可能人数は四人までとされているが、いま目の前で起きているのは拠点の防衛戦だ。そんなことを考えている暇はない。

 とにかく龍の戦意を削ぎ、防護壁へと向かわせないようにしなければ。

 

 風翔龍は盛んに風を起こし、時には防具へ、時には武器へと変化させていく。

 その度に避けきれなかった人の身体は宙に舞う。ぽつぽつと戦場に居られる人数は減っていったが、治療が済んだ怪我の軽い者は戦線復帰をしていたため、その場で循環ができていた。

 

 その時、風翔龍が重心を低くする。これは大竜巻を起こす前兆だ。

 拠点ごと吹き飛ばされる。誰もが青い顔で身構え、後ずさった。

 

 だが、いつまで経っても龍の足元で小さな旋風が起こるのみ。やがて、人々は龍の挙動がおかしいことに気づき始めた。

 痙攣が起き、ふらついている。先程打ち込まれた毒が回ってきたのだ。

 何よりも驚いているのは風翔龍自身だった。おそらく、ここまで身体に影響を及ぼす毒を受けるのは初めてなのだろう。

 

 身の回りの風こそ消えないものの、立っているのがやっとであるようだ。

 風翔龍は弱みを隠そうとしているようだったが、著しい変化に身体が追いついていなかった──否、むしろ毒物によって起こった反応で変化が起きているのだから、適応していると言うべきか。

 

 ジェナは武器を握り、幾度目かの波で仲間と共に突撃する。

 これは炎王龍との戦闘を前提に練られた作戦だが、一度の攻撃人数は四人までとなっている。

 ここだけ切り抜けば通常のクエスト形式と同じではあるが、近接武器の人数が多くては、弱点を正確に狙うことは難しい。

 対モンスター用の武器は大きく、仲間同士で干渉してしまうことが多い。そのうえ、人に刃を向けることは御法度とされているためだ。

 

 ジェナ達と後ろで控えた仲間が入れ替わろうとしている時、不意に背後に熱を感じた。

 ハッとジェナが振り返ると、豪炎が螺旋を描いて空から降り注ぐのが見えた。周囲の空気は陽炎のように揺れている。

 

 人々の驚愕をよそに、炎王龍はちらりと視線だけを寄越した。

 

 炎王龍は、おそらく理解したのだろう。ヒトが己に協力しているという、この状況を。

 果たして炎王龍は調査団の行動をどう捉えているのか。なんとも不可思議な共闘だが、あちらも老練の個体だけあって適応が早い。

 

「すごいや……こんなこと、生きてるうちに経験できるなんて思わなかった」

 

 リュカが思わず感嘆の声を漏らす。

 だが、誰よりもその思いを痛感しているのは。ジェナは後ろを振り返る。

 一期団を象徴する赤い布が、炎に照らされている。

 総司令、そして兜の下の表情はわからないがソードマスターもこの刹那を噛み締めているように見えた。

 ここからでは目視できないが、大団長の元オトモアイルーである料理長も、何か思うところがあるに違いない。

 

 毒で身体の動きが障害されている最中で炎王龍の吐き出すブレスに曝され、流石の風翔龍も怯みを見せる。

 なんとか角は死守したものの、炙られた翼の変色が激しい。

 調査員らは粉塵で引火しないよう、濡れた布を何度も絞りながら応戦する。

 

 そんな攻防を繰り返し、早くも一刻が経過しようとしていた。

 

 不意打ちで閃光弾を用い、龍風を解きながら戦っていたものの、龍は既に弾への対処法を身につけてしまっていた。

 眼前に何かが撃たれると、すぐに目を瞑ってしまう。ハンター達はその際の隙を狙って攻撃するようにしていたが、龍も空中へと飛んでしまうようになった。

 

 炎王龍も応戦するが、次第に風翔龍の動きに機敏さが戻ってきていた。吐き出す炎も躱されてしまう。

 既に毒が代謝されてしまってきたようだ。若き龍の生命力と臓器の強靭さは底知れない。

 

 なんとか効けばと再び放たれた閃光弾。だが龍はそれを嘲笑うかのように目を瞑って羽ばたく。

 

「逃すかッ! ──ジャック!」

 

 龍から吸ったエキスを、ジャックは雪のような羽を震わせて霧状にする。

 白く光を反射するそれを吸い込んだリュカは、床板が外れて金網のみになった床を全速力で駆け抜けた。

 

 風翔龍が向けられた敵意に気づく頃。

 リュカは棍棒を振りかぶり、自分の進む場所へと突き立てる。金網であまり安定しないが、狩場ではもっと戦いにくい環境ばかりだった。

 強く握った棍棒を杖のようにして自身の体重を預け、床を強く蹴って飛び上がる。

 まだ距離が足りない。リーチのある武器とはいえ、かすった程度では威力は期待できない。

 リュカは操虫棍の射出機構を後方に向け、その反動で飛翔した。常よりも強い風が耳元で唸る。

 此処では、操虫棍を扱う者のみが飛竜のように空を泳ぐ術を持っていた。こんな時、浮空竜の軽い素材は己に味方をしてくれているように感じる。

 

 風翔龍は近づいてくる気配に、何事かと目を開ける。

 その蒼く純粋な眼球へと、リュカは棍の対をなす刃を容赦なく振り下ろした。

 

 ギャッと悲鳴が上がり、巨体が地に墜落する。空中にいた分、金網は大きく歪んだ。

 その身体に潰されないよう人々が散り、リュカは側へと飛び降りる。

 リュカが着地する瞬間に飛び立ったジャックは、衝撃を逃す回転が終わると再び腕に止まる。

 

「そこを退けッ!」

 

 鋭い叫び声が響き、再びジャックが羽ばたいた。

 考える間もなくリュカが慌てて駆け出した直後、背後から何かが爆発したような轟音が響く。

 砂煙が濛々と巻き上がっている。それが引いてきた頃に見遣れば、風翔龍の頭には回転する槍のようなものが──巨大な杭が、刺さっていた。

 

 龍を撃つ杭は、ギャリギャリと火花を散らして風翔龍の角を削っていく。

 風翔龍は悲鳴を上げてのたうち回り、その身体や長い尾に人や兵器が巻き込まれた。こう暴れていては、近づくこともままならない。

 

「アイツ、防護壁に……!」

 

 少し離れた場所で見ていたハンター達が血の気の引いた顔で呟く。

 風翔龍は闇雲に駆け回り、その巨体は人々や物資を守る防護壁へと向かっていた。

 

 だが防護壁にぶつかる直前、ドンッと音を立てて風翔龍の頭部で爆発が起きる。

 その爆風の中心にいた龍は、上体を起こしたままふらりと横に倒れ込んだ。角は折れ、見るも無残な姿となっている。

 今の衝撃が直接頭に響いたのだ。おそらく、脳震盪を起こしているに違いない。外殻に損傷があれば、脳にまで達している可能性もある。

 

 風翔龍はしばらく起き上がることすらできず、浅く呼吸を繰り返していた。

 誰もが固唾を飲んでその様子を凝視する。炎王龍すらも、その一員だった。

 

 風翔龍は、やがて生まれたての仔ケルビのようによろよろと立ち上がる。もはや炎王龍に対して咆哮をする気力も残っていないようだった。

 それでも、よく光る青い瞳から力強さは失われない。圧倒的な生命の輝きだった。

 風翔龍はボロボロになった翼を広げ、ふらつきながらも古代樹の森方面へと飛び立っていった。

 

 程なくして雨は止み、厚い雲の間からは柔らかな陽脚が差し込む。"晴天を呼ぶ龍"とはよく言ったものだ。

 

「や、やった……遂に……」

「そうだよ、わたし達がアステラを守ったんだ!」

 

 調査員たちの緊張が解けていく。雨に濡れた髪や頬が、日差しに照らされていた。

 

 やがて炎王龍も翼を広げ、上空へと飛び去っていく。太陽に重なる王の姿は、どこか哀愁を漂わせていた。

 それを見送りながらジェナはリュカの隣に立ち、厳しい顔で呟く。

 

「彼、まだ諦めていないのね。あたし達もここを発つ準備をしなきゃ」

「そうだね。……見届けよう、彼の目的と願いを」

「ええ」

 

 余韻もそこそこに、総司令は司令エリアの階段を上がる。そして息を吸い、精悍な顔をさらに引き締めた。

 

「セリエナへの出航用意を再開しろ! クシャルダオラはしばらく戻らない筈だが、念のため撃龍杭砲はこちらへ残す。軽傷者は重傷者の手当ての手伝い、もしくは片付けを行うこと。

 そして参加を予定していたハンターのうち、軽傷、または無事な者はすぐに準備せよ! 以上、解散!」

 

 それを合図に、人々は己の為すべきことへと手をつけ始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 白い空から、灰色の影を落として雪が降り頻る。息を吐くと、蒸気の塊がほわほわと高く上っていった。

 

 その中に、こちらへと近づいてくる黒い点が一つ。

 

 雪混じりの風が、佇む女性の黒い髪を靡かせた。

 その女性──腕を組んで空を見上げていた青い星はフ、と口角を上げる。

 

「やっぱり外さないね、我らが若き司令官は」

 

 彼女が立っているのは、調査団の物的な戦力が集まる前線拠点セリエナの兵器置き場。

 現在ここには、一部を除いた推薦組の者達が揃っていた。

 

「こればっかりは喜んでいいのか分かんないスね〜。アンタを除いて!」

「あら、何か言ったかい?」

 

 女性が凄むと、青年はケラケラと陽気に笑った。

 

 撃龍杭砲という戦況をも変え得る強力な兵器がアステラに渡った今、セリエナの戦力は低くなる。

 もし緊急事態が起きた場合に備え、セリエナには推薦組が多く残っていたのだ。

 

 その中心で、一人の青年が──セリエナの司令官が振り返った。

 

「気を引き締めていくぞ。皆、くれぐれもケガなんかするなよ」

 

 彼は総司令の実の孫である。まだ若く経験は浅いながらも、祖父譲りのリーダーシップと懐の深さで、調査員達からは信頼を置かれていた。

 いつもの調査班リーダー節に皆は頷き、表情を綻ばせる。この言葉さえあれば、無事に帰ってこられるという確信めいたものがあった。

 

 互いを鼓舞する言葉を掛け合う者、拳を合わせる者、大切な相手とハグやキスをする者。

 調査団は万全の対策と準備をしつつも、常にこれが最期になるかもしれないという意識を持っている者が多い。

 ヒトの領域外へと踏み入るハンターや研究者の中でも、僻地で生活する新大陸古龍調査団という組織だからこその意識だ。

 

 そんな彼らの視線を一身に浴びて、一頭の龍が雪の砦に降り立った。

 

 

 




 おかげさまでようやく一章完結です。次章以降も精進して参りますので、どうぞよろしくお願いします。

 また第一章完結に伴い、数年前のジェナの話(R-18につき閲覧注意)を全体公開に致しました。
https://syosetu.org/novel/283123/


↓以下は細かい描写に関する事項なので、興味のある方はどうぞ。

 自然のギミックを除いて調査団の利用する毒は毒テングダケが主でしたので、毒成分としてはテングダケやベニテングダケに含有されるイボテン酸を参考にしました。方法としては熊などに対する麻酔銃を参考にしております。
 しかし毒キノコの毒に関して、経口摂取における中毒症状までは調べられたのですが、現時点において静脈注射や筋肉注射などの方法での症状が判明しなかったこと、麻酔銃に用いられる薬剤は中枢系に作用するものであり、モンスターハンターにおける毒とは異なるものと判断しましたので、今回のような描写となりました。
 ゲーム中の毒弾とは異なるため、その点は創作と割り切っていただけたらと思います。

 またモンスターの疼痛描写に関しては、犬や猫の疼痛ガイドラインを参考にしておりますが、至らぬ点もあるかもしれませんのでご了承ください。
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