迷える炎妃を誘う者
お妃さまは、来る日も来る日も王さまを探しました。
空を飛んでも見つからないのなら、地面を歩いて。近くに居ないのなら、遠くへと。
住み慣れた結晶と溶岩のお城を飛び出して、どれほどの時間が経ったことでしょう。
きらびやかな黄金の宮殿に、甘い匂いのする鮮やかな森、むかし訪れた広い砂漠。
どこを歩いても、王さまの姿はありません。まれに足跡や匂いの残っているところはありましたが、どれも古くなっているもの。
砂漠のそばの森が、不自然に暑くなっていることには気づきませんでした。お妃さまの周りも勝手に暑くなるので、空気が混ざってしまうからです。
はじめは怒っていたお妃さまも、だんだん心細くなっていきました。
思えば、王さまと一緒になってから独りになったことはほとんど無かったのです。
それまで慣れていた筈の孤独が、お妃さまの頬を濡らしました。せめてお友達がいれば、こんなに寂しくはなかったのかもしれません。
お妃さまのお腹は、日を追うごとに大きくなっていきます。
赤ちゃんが元気にすくすく育ってくれていることだけが、お妃さまにとっての救いでした。
わたくしはお母さまになるのだから、頑張らなければ。お妃さまは、王さま探しを続けることを決めました。
そしてお妃さまは、ついにご先祖さまが眠るという谷まで辿り着いたのです。
そこは薄暗くて骨だらけで、嗅いだこともないような臭いが漂う場所。
誰もいない筈なのに、コソコソとずっと誰かに見られているような気がします。
お妃さまは、得意の炎で自分の身を守ることにしました。周りを照らす灯りにもなるのだから、一石二鳥です。
ふと足の裏を見ると、赤や茶色の変なもので汚れていて、思わず悲鳴を上げてしまいました。
今までこんなに身体を汚したことはなかったのです。だって箱入り娘だったんですもの。
お妃さまの蒼い炎で黄色いモヤは消えていたのですが、そんなことを気にする余裕はありません。
とうとうお妃さまは怖くなって、助けを求めました。
自分の声が暗い洞窟に響いていきます。
もしかしたらおびき寄せられて、何か怖いものが出てくるのではないか。お妃さまは後悔し始めました。
その時、しゃなり、しゃなりと足音が聞こえました。
お妃さまが振り返った先には、ホコリだらけの──いえ、何やら風変わりな装いをした見たこともないモノが居ました。
目を凝らすと、白いフワフワの下からは黒い腐った肉のようなものが見えます。生きていたら、身体からそんなものが見える筈がないのです。
お妃さまは大変驚いて、一目散に逃げました。まだ飛べる広さはありませんでしたから、嫌でも走るしかありません。
しかし、ずっと王さまを探し回って疲れ切っていたお妃さまは、巨大な骨に躓いて転んでしまったのです。
辛うじてお腹は守りましたが、恐ろしい龍は足音を立てて近づいてきます。
その龍は、迷子なのかとお妃さまに問いました。実は、彼も谷を治める王さまだったのです。
お妃さまが恐る恐る頷くと、谷の王さまは赤い唇を弓形にしました。
そしてこう言うのです。強い者の集う場所へお行き、と。
元々お妃さまが住んでいた結晶の地も、強い者が集まってくる場所です。他にもそんな不思議なところがあるというのでしょうか。
怪しげな谷の王さまを信用していいのかわかりませんでしたが、お妃さまはお礼を言ってすぐにその場を後にしました。
谷の王さまは、機嫌よく自分のお妃さまの待つお城へと帰って行きました。じゅるりと口端から落ちそうになった涎を拭って。