【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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R7.8.22
うさコさんにとっても素敵な挿絵をいただきました!
リュカとジェナ、そしてジャックがそれぞれ生き生きとしていて、シーンを彩ってくれる素晴らしいイラストです。大感謝です……!


第二章 生命照らすは雪灯り
船が揺らすは心まで


 

 常よりも荒い波が、一隻の船を大きく揺さぶる。

 元々、新大陸ではその波の荒さが原因で船の往来を阻むことが知られているが、今は船が出せるぎりぎりのラインだ。

 それはおそらく、先程の古龍天候によるものなのだろう。炎王龍は熱を、風翔龍は冷気を。それらが理から外れた動きをすれば、自ずと周囲の環境は掻き乱される。

 

 柔らかな橙色の照明に照らされた船内は、やや汗と潮の匂いが籠っている。戦闘を終えた直後のことであるから、皆身を清める余裕は無かった。

 そこに食べ物の匂いが混ざり、いかにもハンターの集まる食事場といった様相だ。

 

 だが船の中は、程々に賑わいながらも羽目を外すような者はいない。

 普段からずっと酒を飲んでいる飲兵衛や、不安を紛らす為に飲んでいる者もゼロというわけではなかった。しかし、いずれもその面持ちには緊張の色が浮かぶ。

 

 それにしても、船の揺れが強い。

 真っ青な顔で口を押さえて窓へと駆けていった同期は、隣の仲間に背をさすられている。

 それを見ていたジェナも、ぐったりと机に伏せていた。

 

「ジェナ、大丈夫?」

 

 リュカが水の入ったジョッキと冷たいおしぼりを手渡してくれる。

 それらを礼を言って受け取りながら、ジェナはゆるく首を振った。

 

「頭痛が治らないわ。こんな時にタイミング悪すぎ……」

 

 まさか月のものの前兆が被るなんて。本当にツイていない。

 暦ではまだ先のことだったから、考えもしなかった。ここのところ忙しかった為、ホルモンバランスが乱れたのだろう。

 経血の手当てをするにはまだ早いが、ジェナは月経前が最も不調になる体質だった。

 

 胃が空の状態だと良くないからと、ジェナはテーブルに用意されていた林檎を齧った。旬の時期ではないので酸味が強いが、中々いける。

 それから狩猟に持ち込む回復薬と同じ成分の薬を口に含み、水で流し込んだ。

 ジョッキのほのかな木の香りが心地良いが、いま薬を飲んでも四半刻ほど過ぎないと効き目は出ない。

 

 先程の戦いで気圧が大幅に変化したことに加え、この揺れと籠った空気。

 そう多くない窓際の席は、先程の同僚のように三半規管がやられた者で埋まっている。モンスターと揶揄されるようなハンターだからといって、全員が特別頑丈なわけではないのだ。

 

「あんたはこの揺れの中で文読んでて、よく気分悪くならないわね……」

 

 ジェナはズキズキと痛む頭をおしぼりで押さえながらぼやいた。

 

「ぼく、昔から何しても酔わないんだよね。唯一酔ったのは爆走ネコタク一回だけかなぁ」

 

 リュカは猟虫用の蜜餌を吸うジャックを撫でながらあっけからんと言い放った。

 ネコタクはチケットさえあれば、怪我人でなくても運んでもらえる。だがまれに、その運転手アイルーの性格でとんでもない暴走車に当たることがあった。

 

 さて、ジェナの視線の先にあるのは、リュカが手に持っていた紙の束。

 それは防衛戦が始まる前に研究班リーダーが直々に手渡してくれた手紙だった。学者が書いたものにしては珍しく、端正な字がぴしりと並べられている。

 

「それ、あんたのところの学者さんからだっけ。なんて書いてあったの?」

「報告ご苦労様〜だって。ユウラさんも色々大変だったらしいよ」

「まあ、そうでしょうね」

 

 リュカが手紙を手渡す。

 ジェナは額のおしぼりの間から目を覗かせ、書かれた文章にざっと目を通した。

 

────

 

 エイモズ君、報告ご苦労様です。

 送っていただいた文書、拝読しました。

 

 テオ・テスカトルとそれを追うナナ・テスカトリの行動、また周辺環境への影響に関しては把握できました。

 そして新しくペアを組んだ方がいらっしゃることも。貴方が誰かと組むなんて、余程息の合う方だったのですね。喜ばしいことです。

 

 さて、炎妃龍ですが。主が居ないとはいえ、まさか黄金郷まで踏み入るとは……大胆な王妃もいたものですね。

 

 此方も地殻変動の影響は大分落ち着いてきましたし、本当は私も仕事を中断してそちらに向かいたかったのですが……探索している時に古代のお方から「此処に居た方が良い」とお告げがあったのです。

 我々調査団は彼らの助言に度々導いていただきましたから、此度も従わねばと思いました。もしかしたら、長年私が追ってきたものに相見えるやもしれません。

 

 きっと、これから何かが起こるのでしょう。私はその時まで此方で待つことにします。

 エイモズ君は引き続き調査を継続してください。ばったりと会った際や会議の際にお話を聞けること、楽しみにしておりますよ。

 

追伸

詳細に伝えてくださるのは大変有難いのですが、もう少々字を濃くはっきりと書いていただけますと助かります。宜しく頼みます。

 

パパダキス

 

────

 

 やや堅い筆跡と文調でありながら、随分と朗らかな手紙だ。送り主の人柄がなんとなく伝わってくるような気がした。

 ジェナが顔を上げたタイミングで、リュカは眉を寄せて首を傾げる。

 

「おかしいな、ユウラさんまだ老眼って歳じゃなさそうなのに」

 

 手を目から遠ざけてピントを合わせる仕草をするリュカに、ジェナは呆れた視線を向けた。

 

「悪いけどあたしもユウラさんと同意見だわ」

「えっジェナもう老眼始まってるの?」

「んなわけないでしょ、あんたの字が読めないんだっての! 百歩譲って形は気にしないとしても、薄すぎよ!」

 

【挿絵表示】

 

 ジェナがペシペシと手紙を軽く叩きながら抗議すると、リュカは心外だという顔をした。

 

「ワオ……え、まじか」

「自覚なかったのね……」

 

 そんな主人をよそに、ジャックは蜜を吸うのに夢中だ。流石にリュカが可哀想なのでもう少し気にしてあげてほしい。

 ペアを結成してからまだ一月も経っていないが、リュカともだいぶ打ち解けてきたとジェナは思う。くだらないやり取りに大袈裟に溜息を吐いて見せつつも、その表情は柔らかくなっていた。

 

 ジェナはふと空になった封筒に書かれた差出人の名前を見て、合点がいく。

 

「なるほど、ユウラって下の名前だったのね。道理で最初ピンとこなかったわけだわ」

「呼びづらいからそっちで良いよってさ」

 

 リュカもテーブルの上の皿へ手を伸ばし、林檎を一つ手に取って齧る。

 ジェナは「へぇ」と少し目を開いた。

 

「思ったよりフランクな方なのね」

「身分とか年齢とかあんまり気にしない人なんだ。流石にタメ口だと優しく窘められるけど」

「そりゃそうよ」

 

 ジェナは水を飲み干した。少し頭痛がましになってきたような気がする。

 

「まだセリエナにいるなら、この後パ……ユウラさんとは合流する形になるかしらね」

「そうだね。テオが着いてたらバタバタするだろうけど、その前後で話せたらいいなぁ」

 

 リュカは一度食べかけの林檎を置いて、いそいそと懐からハンターノートとペンを取り出す。

 そのノートには文字とスケッチがびっしりと描き込まれており、他人が読むのには随分時間がかかりそうだ。

 

 早速リュカが描き出したのは、相対する二頭の龍だった。生き物好きは観察眼にも表れているようで、簡単な絵だが線が生き生きとしている。

 どうやら先刻の古龍らの戦いを記録しているらしい。

 前のページにはいつの間にか、アステラを飛ぶ炎王龍についての事項らしきものが書かれていた。

 そしてあちこちに環境生物の落書き……ではないだろうが、スケッチが描いてあった。

 

「リュカ、あんたこんなに生き生きとした絵が描けるなら、環境生物のあの方とかにも一目置かれてるんじゃないの?」

 

 新大陸には固有の環境生物も数多く存在する。

 そんな彼らをこよなく愛し、自らもフィールドに赴くほどに情熱を向ける調査員が、環境生物のリスト管理を担っていた。

 噂によると、若いながらも次期当主として期待されている人らしい。所謂お偉いさんだ。

 

「あー、あのお姉さん! フィールドでばったり会ったらよく語ってるよ。この前はハコビアリ貰った」

「もらっ……え、そのハコビアリはどうしたの?」

「勿論うちにいるよ。任務があるとなかなか帰れないけど、巣の元が食べ物代わりになるやつだから食料問題は多分大丈夫」

 

 アリが家にいるという光景はあまり想像したくなかったが、リュカのことだから逃げないよう対策もしているのだろう。

 

「な、なるほどね。……他には何か飼ってるの?」

「カスミジョロウが二匹! 天井にいるんだけど、それぞれ性格違ってかわいいんだよ。害虫も食べてくれるし」

 

 この瞬間、ジェナはリュカの家には上がれないことを確信した。

 いくら大自然を相手にするハンターだからといって、苦手なものは苦手なのだ。狩猟時などのやむを得ない時以外は極力関わりたくない。

 ジャックを筆頭とする猟虫は、腹部を凝視しなければ大丈夫といった具合だ。ふわふわしているところは可愛いと思う。

 

 リュカは林檎の芯ギリギリのところまで齧りながら、ペンをくるくると回す。行儀は良くないが、器用なものだ。

 

「それにしても、お告げって何だろう。古代竜人の方には、一体何が見えてるんだろうね」

「わからないわ。竜人族はあたし達よりずっと長寿だって聞くし、古代竜人って種族もそうなのかもしれないけど……経験に裏打ちされた勘ってやつなのかしらね」

 

 寿命が長ければ長いほど、多くの物事に出会う機会は増える。無論、残された時間をどう使うかはその者次第ではあるけれど。

 何百年も生きるという感覚は、自分達にはわからない。それと同様に、アリのような寿命の短い生き物の感覚もわからない。

 短命の生き物からすれば、きっと人間が何を思い何を糧にして生きているかも、謎のままなのだろう。

 

 要は、想像することはできてもすべての価値観や感覚を理解するのは不可能なわけだ。これは文化や母語となる言語が異なる場合にも存在する溝である。

 

「ユウラさんも、きっとぼくらとは違う視点で生き物を見ているんだろうな。いつだって、ぼくが知らないことを沢山話してくれるんだ」

 

 リュカは肘を突き、どこか憂いを帯びた笑みを浮かべる。その声音はいつもよりも低く落ち着いている。

 彼がこんな表情をすると思わず、ジェナは少し面食らって見つめてしまった。

 

「本は先人達が残してくれた知識の積み重ねだ。だからそれを読めば、自分で発見したり検証したりしなくても知識が入ってくる。でも、それだけじゃ得られないものもきっとあって……」

 

 リュカはテーブルの上で指を組んだ。

 

「学者さんってすごいなと思うよ。ぼくはそんなに学があるわけじゃないから、どちらかというと誰かの新しい発見を教えてもらう側なんだ」

「確かにすごいけど……でも、あなたも調査団のハンターでしょう? しかもテスカト調査の最前線を担うチームの一員よ。モンスターと相対する中で新たな発見に出会うこともある筈だわ」

 

 ジェナが問いかけると、リュカは「そうなんだけどね」と顎に手を当てて考える。

 

「確かにこの組織に入って、自分も発見をする側に立った自覚はあるよ。というか、日々発見の連続だ。……でもなんかこう、考え方というか、見る角度が違うんだなって思うことは多々あるんだ」

 

 寂しそうな横顔に、ジェナは言葉を失う。

 リュカはまだ若い。望めばきっと色々なものが手に入るのに、どうしてこんなにも諦めることに対して抵抗が無くなってしまっているのだろう。

 ……否、おそらく抵抗が無いわけではないのだ。

 

「いや本当、ないものねだりだよね! せっかく貴重な経験ができる立場にいるのに、これ以上何を望むんだって話になっちゃうよ」

 

 リュカは取り繕うように笑って見せた。あまりにも慣れたその一連の動作に、ジェナは胸が痛む。

 

 ふと視線を逸らすと、窓の外の風景が目に入る。

 外は段々と落ち着きを取り戻していた。波が収まるにつれて、窓際で船酔いに苦しむ者も減っていく。

 

 食べ終えた食器を下げてくれた給仕アイルーに礼を言うと、ジェナは再びリュカに向き直った。

 

「何も知らないあたしが言えることじゃないかもしれないけど……少なくともあたしには、リュカが好きなものを目の前にした時の姿は、輝いて見えるわ」

「え……」

 

 リュカは目を瞬かせる。

 

「もっと希望を持ってもいいと思うわよ。せっかくこんな所まで来たんだから、自分のやりたいようにやった方が面白いじゃない?」

 

 ジェナはニッと口角を上げて見せた。

 リュカはしばらく唖然としていたが、やがて安堵したように溜息を吐いた。

 

「……そうかも、そうだよね。新大陸まで来たんだから、生まれも育ちも関係ないよね。みんな縛られずに好きなことにひたむきに生きてる……」

 

 再度リュカが顔を上げた時には、ぎごちなかった笑みは晴れやかなものになっていた。

 リュカにはこれくらいの年相応な表情のほうが似合う。

 

「ありがとう、ジェナ。ぼく、知らないうちに自分に枷をはめてたみたい」

「フフ、あたしは何もしてないけど? 気楽にやっていきましょ。今はそんなこと言ってられないけどね」

 

 リュカは「それもそうだね」とケラケラ笑った。

 

 

 

 ジェナは狩猟笛の汚れを拭き終えると、調律をし始めた。チューニングピンをハンマーで回し、一音一音の高低を確認していく。

 最後の音の余韻が響く頃、ふと思ったことを呟いた。

 

「それにしてもあのテオ、孕った妻がいるのになんで人探しの独り旅なんてしてるのかしら。もしあたしが旦那に同じことされたら口聞かなくなるわよ」

 

 リュカは操虫棍の刃を研ぎながら首を傾げる。

 

「ここまで見てきたけど、やっぱわかんないよね。あれじゃない、老後を楽しもう〜的な?」

「だとしても、よ。子どもが生まれてからにすれば良いじゃない。探してるナナがあまりにも可哀想だわ」

 

 炎妃龍は必死に炎王龍を探していたと聞いた。

 だが風翔龍との戦いがあったにもかかわらず炎妃龍がアステラに来なかったということは、おそらくまだ会えていないのだろう。

 

 あの炎王龍が考えなしに自分勝手なことをするとは思えなかった。それでも、残された炎妃龍に感情移入してしまうのだ。

 

「……あたし、ちょっとだけナナの気持ちがわかる気がするの」

「ジェナ……」

 

 ジェナは俯き、太腿の上で拳を握った。

 

 子どもを身籠れば、何かと不安になりやすい。

 ホルモンバランスの乱れによるものは勿論のこと、今後のことや子どもがちゃんと成長しているかなど、考えるべきことが山積みなのだから。

 どんどん変わっていく身体に、長く続く身体の不調。そのまま誰からも助けがなければ、心の病を患ってしまう妊婦もいるという。

 そんな時に自分を置いて姿を消した夫。なんと酷いことをするのかと憤慨するのも頷ける。

 

 何よりも、大切な相手に置いていかれるつらさは分かっているつもりだった。

 自分は相手にとって、その程度の存在だったのだと突き付けられる絶望感と孤独を。

 そんな中でも炎妃龍が追いかけようとした気持ちも、痛いくらいに共感してしまう。

 

 ジェナが見せた暗く濃い影の部分に、リュカは眉を下げる。

 少し考えたのち、リュカは黙ってジェナの傍に居ることを選んだ。

 身体は触れず、言葉もかけない。ただ、独りにさせないことで救われるものもある。

 

 

 

 船は段々セリエナへと近づいていく。

 もしかすれば今はもう、事が始まっているかもしれない。

 

 少しずつ冷たくなっていく潮風が、船の中を通り抜けていった。




PMSってしんどいよね。

というわけで二章が始まりました。
今後どう展開していくか、見守っていただけると幸いです。
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