炎妃降り立つは雌の園
王さまを探し続けているお妃さまは、やがて不思議な場所に辿り着きました。
前も見えないくらい濃い霧を抜けてまず見えたのは、天高くそびえる岩山の数々。そこはまるで一つの大きな島のように見えました。
しかしよく見ると、場所ごとに全く異なる風景が広がっているのです。
緑と水の豊かな森に、見慣れた砂だらけの荒れ地、見たこともないような色鮮やかな台地、真っ白な砂のある崖。
それら全てに共通しているのは、どこかピリピリとした緊張感があること。世間知らず──コホン。無邪気なお妃さまにも、迂闊に降りてはいけないことは自然と理解できました。
谷の王さまが言っていた強い者の集まる場所は、きっとここに違いありません。
彼の言葉は本当だったのだ、やっと辿り着いたのだと、お妃さまは嬉しくなりました。
しかし、重いお腹を抱えて長い間飛んできたお妃さまはもう疲れ切ってしまっています。はじめはドコドコとお腹の中を元気よく蹴っていた赤ちゃんも、次第に静かになっていきました。
もしかして赤ちゃんに何かあったのではないかと、お妃さまは心配でたまりません。よく辺りを確認してから、砂漠へと舞い降りました。
太陽は沈みかけ、辺りは橙色の光に包まれています。霧の中程ではありませんが、空気はだんだん冷えてきました。
お妃さまは、昼間の日差しでまだ温かい砂にぴったりと大きなお腹をつけて座り込みます。
やがて赤ちゃんが動くのを感じ、ほっと息を吐きました。どうやらお腹の中で眠っていただけのようです。
お妃さまにとって初めてのお産ですから、どのくらいで赤ちゃんが産まれてくるのかも分かりません。
けれども、お妃さまにはそろそろ赤ちゃんがお腹から出たがっているように思えました。
元気な赤ちゃんに早く会いたいのは当然です。しかし赤ちゃんがいては、王さまを探すことはできません。
早くしなければと、お妃さまの焦りと王さまに対する苛立ちは強くなる一方です。
この辺りからは王さまの匂いはしません。でも、この島を探していればきっと見つかる筈なのです。
ここまで来れたのだから大丈夫、とお妃さまは自分を励ましました。
その時、お腹の下から何やら振動を感じ、お妃さまは咄嗟に空へ飛び上がりました。直後、砂の中から何か巨大なものが飛び出して来ました。
巨大なものの正体を確認する間も無く、それまでお妃さまを照らしていた太陽の光が何者かに遮られます。
どうやら、敵は一体では無いようです。
お妃さまは疲れた身体に鞭を打ち、蒼い炎を身に纏いました。
太陽を背にした何者かは、お妃さまに問い掛けました。侵入者として扱われたいか、客として扱われたいか、と。
愚かにも──コホン。必死だったお妃さまは牙を剥きました。いま負けたら、赤ちゃんを守ることができないと考えたのです。
直後、下から鋭い角を振りかざして土色の巨大なものが迫ってきました。お妃さまは、それがまさか飛べるだなんて思いもしませんでした。
なんとか避けた後、炎で応戦します。しかし疲れてしまっていたお妃さまは、いつもの力が出ませんでした。
あっという間に、壁際へと追い詰められてしまいました。それまで負け知らずだったお妃さまは、悔しくて仕方がありません。
このままでは二本の角で貫かれると思った刹那。そこまで、と鋭い声が響きました。
声の主がお妃さまと二本角の間へと、優雅に舞い降ります。それは光を虹のように弾く、月の女王と称するに相応しい金色の身体を持っていました。
これで解ったでしょう、と蒼炎を揺らめかせて金色は言いました。今の貴女が独りで居るのは危険過ぎる、それなのに戦おうだなんて何を考えているの、と。
お妃さまはムッとしましたが、同時に不思議に思いました。まるで自分のお母さまのようです。見ず知らずの自分に何故そんなことを言うのでしょう。
戦う構えを解いた二本角も、やれやれといった様子でお妃さまを見ています。
金色はお妃さまがここに来た理由を問いました。
行方をくらましてしまった王さまを探しているのだと渋々答えると、金色と二本角は厳しかった眼差しを和らげました。
どうやら、お妃さまが自分たちに危害を加えるために来たわけではないと分かったようです。
お妃さまは思い切って、王さまを知らないかと尋ねました。しかし、彼女たちは残念ながらそんな殿方は見ていない、と答えました。
それを聞いて大層気を落としてしまったお妃さまに、金色と二本角は先ほどとは打って変わって優しく寄り添いました。
彼女たちがくれた温かさに、お妃さまはそれまで我慢していたものがとうとう堪えきれなくなってしまいました。ずっとずっと、独りで心細かったのです。
やがて金色は、今夜は私たちのところでお休みなさい、と言ってくれました。
寝る前にお妃さまは問いました。どうしてわたくしに優しくしてくれるの、と。
すると彼女たちは、私たちと同じだから、と答えました。
金色と二本角は、二本角に赤ちゃんがいた時、金色に助けられて以来のお友達なのだと言います。お互いに番はいるようでしたが、一緒にいる時間は彼女たちの方が長いのだと。
それを聞いて、お妃さまはとても羨ましく思いました。お妃さまも、小さい頃からずっとお友達が欲しかったのです。
でも、これまで両親に止められてきたのです。自分からなんて言えません。
これからどうするつもりなの、と二本角はお妃さまに尋ねました。
お妃さまは返事に困ってしまいます。
家に帰って産みたいけれど、もう時間がなさそうであること。その前にどうしても王さまを見つけたいのだということ。
それを聞くと、金色はある提案をしました。
実は金色のお腹にも新しい命が宿っていて、ちょうど卵を産みにお妃さまのお城の方面へと向かうと言うのです。金色が砂地を開ける間は、赤ちゃんのいない二本角がこの場所を守るようでした。
だから私と一緒に来れば良い、そうすれば独りで向かうよりも安全になる、と金色は告げました。
お妃さまは大いに喜び、金色の提案に乗りました。チョロ過ぎ──コホン。それまでに、なんとしても王さまを見つけなければいけません。
金色は心当たりがある、と言いました。しかしそこは厳しい寒さで、身籠ったお妃さまに耐えられるわけが無いとも。
それでも、ようやくここまで来たのです。今更諦められる筈がありません。
こうしてお妃さまは、翌日その場所へ旅立つことを決心したのです。
王さまの大切なもののある、静かな雪に囲まれた場所へと。