【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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第三章 揺らめく炎は涙色
白雪包むは家族の温もり


 

 

 

「さてと、私たちは西側の開拓調査に戻ろうかな。まさかナナはここまで来ないだろうし」

「"そのまさか"の事態は、残ったお前らに託すぞ。まあ、救難信号が上がったらすぐ駆けつけるよ」

 

 四期団のハンターが凛とした声で告げる。その相方であるベニカガチ装備のハンターは頷き、彼女と共に翼竜の指笛を吹いた。

 

 炎王龍の姿が見えなくなってしばらく経つと、人々は運びかけていた火薬や、食料に水、医療器具などを片付けた。

 果たしてこれは杞憂に終わったと処理して良いものか判断しかねるものだったが、少なくとも拠点そのものに被害はなかったと言えるだろう。

 炎王龍の訃報を聞いたユウラは、涙を浮かべながらも納得した様子を見せた。ずっと観察していたのだから、ある程度の覚悟は決まっていたのだろう。

 

 ひと段落ついた頃に解散令が出され、調査員らは嬉々として記録をし出したり帰路についたりと、各々の行動を始めたのだった。

 あれから日はあっという間に暮れ、今は星が瞬く空に煙突からの煙が立ち上るばかりだ。

 

 そんな時に問題が一つ。

 

「宿が足りない?」

「そうなのですニャ。大変申し訳ありませんが、今晩はできる限り他の方のお部屋に泊まっていただけると助かりますニャ」

 

 ルームサービスは困ったように下を向いた。

 アステラからの増援は、セリエナでは予想外だった。こうした時の為にある程度の宿は確保されているとはいえ、数は限られている。

 

 そもそも、広いアステラの居住区には一人暮らし用の建物も複数用意されているが、セリエナは利用できる土地が少ない。

 そのため定住しているとしても、青い星や一期団など一部の者以外は二人以上で同居している調査員がほとんどだった。

 それはバディ同士であったり、仲の良い同期や先輩後輩であったりと、部屋割りは自由だ。

 

「うーんどうしよっかな、ぼく友達の家大体出禁なんだよね」

 

 あっけらかんとしたリュカの言葉に、ジェナは呆れた眼差しを向けた。

 

「あんた一体何したらそうなるわけ?」

「いや〜謎だよね。連れてきたウロコウモリと月光ゲッコーが、新しい環境にびっくりして逃げちゃっただけなんだけどなぁ」

「そりゃ出禁だわ。あたしだってそうするもの」

「そんな。ちょっとくらい情けをかけてよ」

「イヤよ」

 

 ちぇ、とリュカは口を尖らせた。

 

「それにしても困ったわね……あたしも、こっちで仲が良い同期あんまりいないのよね。キャシーのところに泊めてもらうのもあれだし」

「お仲間!」

「やかましいわ」

 

 そんなジェナに、通りかかった青い星が「あらあら」と揶揄うように絡んでくる。腰に手を当てただけの、ちょっとした仕草でさえ様になっているのがジェナには腹立たしい。

 

「かわいこちゃんがお困りかい? うちで良ければ空いてるけど」

「謹んでお断りしますわ」

 

 青い星は、ジェナが自分に対しジェラシーを向けていると知っている。

 ツンとしたジェナの言葉に美女は「なぁんだ残念」と全く残念でなさそうにころころ笑って去って行った。

 ジェナは溜息を一つ吐く。

 

 現大陸時代やこちらに渡ってすぐの頃は、友達の家に泊めてもらうことや、同衾してそのまま朝まで、なんてことも可能だったのだが。

 これまでジェナに誘われて断る男など居なかった。胸のサイズだけならば、青い星にだって負けない。

 しかし前者はともかく、今のジェナに後者を選ぼうとは思えなかった。事情を知らない者に自らの身体を見られれば、ぎょっとされるに決まっている。

 

 そんな時、調査班リーダーがこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

「お、いたいた。確かあのテスカト夫婦をずっと調査してたのはお前だったよな。部屋決め中で悪いが、ちょっと来てくれないか」

「はい」

 

 リュカは調査班リーダーに連れられ、司令エリアへと向かう。

 やがてルームサービスも用事で後ろに引っ込んでしまい、ジェナはカウンターの前に一人になってしまった。

 

 誰かあてを探すために居住区の門を潜ろうとした時、一匹のアイルーがとててて、とジェナの隣を駆け抜けた。どこか見覚えのある後ろ姿にふと立ち止まる。

 アイルーは凍った木製の渡り廊下を器用に駆けていく。その先では、一人の男性が玄関で靴の雪と泥を落としていた。

 

「あれは……」

 

 彼もジェナの同期だった。そういえばこちらに居たんだっけ、なんてことを思う。

 彼とはゾラ・マグダラオスを弔った晩、宴の火照りのままに一晩だけ関係を持った。

 しかしそれ以来雑談や仕事を共にすることはあれど、一線を越えることはなかったと記憶している。

 

 彼は駆け寄ってきたアイルーを抱き寄せ、その頬に軽く接吻をした。以前はそんなにアイルーが好きだとは聞かなかった気がするが。

 新大陸においては多くの者に共通することだが、彼も胸の内に孤独を秘めている人だった筈だ。その彼が、あんな表情をするなんて。

 ジェナは思わず柱の影に隠れた。

 

(もしかしてアイルーとデキてるの……!?)

 

 そんなまさか。だが他種族との一線を超えた交わりも、この業界(ハンターという人々の間)では珍しくはないと聞く。

 それに、つい先ほどはもっととんでもない光景を目にしたのだ。既に感覚が麻痺してしまっていた。

 

 その時、住居の内側からドアが開いた。先ほど青い星に突かれていた編纂者だ。

 彼は再び嬉しそうに目元を和らげた。口の形から「ただいま」と言っているのが分かる。どうやら彼のお相手はアイルーではなかったらしい。

 

(あ……そうか)

 

 そこまで考えて、ふとジェナは無意識のうちに距離の近い二人以上の集団を結びつけるものを、すべて恋愛感情だと決めつけていることに気がついた。

 彼らだって、ただの仲の良い同居人かもしれないというのに。

 

 ここ(新大陸古龍調査団)ではずっとこのひとと一緒に居たい、と思う友人とも、友人という関係のままで傍に在ることだって許される。

 傍に居る権利が欲しいからと、恋人へと関係性を変えて価値観の違いから別れてしまうことも、周囲から結婚を急かされるようなこともない。

 要は、すべてが自己責任である代わりに自由なのだ。そうした縛りがない分、関係が解けるのも早い側面もあるけれど、家族になるということのハードルも低かった。

 

 ジェナは目を伏せる。

 名前の無い関係性が許されることに加えて、個人の肩書きすらもさして重要ではない。何故ならこの組織内では、親や子といった親族が一緒に所属している者が圧倒的に少ないのだから。

 また現大陸に家族を残した者が、情を交わしたほかの誰かと束の間の関係を結ぶこともあった。

 公に言えることではないが、故郷や家族から離れたいま、心の奥の寂しさは誰にでもある。それが皆解っているからこそ、揶揄いはすれど、その行為を責めるような者も居なかった。

 もし現大陸へと帰ることになれば、終わったり形を変えたりしてしまうかもしれない関係性。人々はどこかその儚さを楽しんでいる節もあった。

 

 誰とも添わないでいようが、恋人を持とうが、一時の噂にはなったとしても組織で生活する上の利害はない。

 そうした人間関係のことでごたつくくらいならば、己の興味のある研究や調査へと精を出す。その適度な無関心さが、今までのジェナには居心地が良かったのだ。

 

 ジェナはしばらく彼の入っていった住居のドアをぼんやりと見つめていた。

 

 おそらく今の生き方が、彼の見つけた幸せの形なのだろう。第三者は割り入ることのできないと感じる、不可視の確かな壁。

 これまで彼にそんな思いを抱いたことなど無いというのに、まるでふられたような気分だった。

 ──否、きっとこれは彼自身がどうこうという話ではないのだ。

 

 ジェナは詰めていた息を吐き出した。明かりに照らされ、白い蒸気の塊が空にのぼっていく。

 ふとジェナは辺りを見回した。雪で吸収されて聞こえづらいが、そこにはたくさんの生活の欠片が響いている。

 

 仕事の話に混ざるのは、互いを労わる声、夕飯に何を食べたいか、今度の記念日はどう過ごすか。

 今思えば、自分がセリエナに訪れたのは造設中のみだった。こうして人々の生活が根付いた様を見るのは初めてなのだ。

 

(なんだか……)

 

 子どもの声こそ聞こえないものの、そこにはいくつもの家庭の温もりがあった。

 彼らの関係性そのものはさほど重要ではない。けれど人々の間にある絆は、確かにセリエナを帰る場所として創り上げていた。

 過酷な寒さが距離を縮めているのだろうか。それともアステラにもこういう雰囲気はあって、ただ自分が気づかなかっただけなのか。

 

 普通は喜ぶべきその温かさは、今のジェナに諦めにも似た孤独と寂寥感を覚えさせた。

 欲しくても手に入れられなかったものを、いつの間にか皆が当たり前のように手にしている。

 自分だけではないと思っていたのに。そういうものから逃れたくてここに来た筈なのに。

 勿論独りで楽しくやっている者も居るだろう。実際これまでのジェナだってそうだった。

 それでも、こんなことで不安になってしまうくらいには、自分はまだ未熟なのだ。

 

 やはり、ここも自分の居場所ではないのかもしれない。そんな思いが、古代樹に種を宿す花のように静かに咲いた。

 

「ジェナ、調査班リーダーと所長が……ジェナ?」

 

 駆け寄ってきたリュカは、思わず閉口する。

 ジェナの灰色の瞳は、今にも雪空に溶けていってしまいそうに思えた。

 

 リュカに気づいたジェナは、曖昧な笑顔を作って見せた。

 

「ごめんなさい、ついボーッとしちゃったわ。なに?」

「……ねえ、ジェナ。大丈夫?」

「え? ああ……ええ。大丈夫よ」

「あー……」

 

 リュカは束の間言い淀んだ後、ジャックと目を合わせる。そしてジェナに返すようににこ、と笑う。

 

「ねえ、そろそろ甘いものが欲しくならない?」

「甘いもの?」

「うん。さっきリアさんにとっておきの情報聞いてきたんだ。来て!」

 

 そう言うと、リュカは駆け出した。途中でつるりと滑って転びかけるも、すぐに楽しそうにジェナを呼ぶ。

 まだ状況の飲み込めていないジェナは目を瞬かせつつも、リュカの後を追いかけた。

 

 司令エリアの前に来ると、大きなテーブルを囲んで生態研究所の面々が集まっているのが見える。

 そういえば先ほど調査班リーダーがどうの、と言いかけていたのだったかとジェナは思う。

 その中心にいた調査班リーダーに、リュカは「すいませーん!」と呼びかけた。

 

「ちょっとおなか痛いので明日報告しまぁす!」

「はい!?」

 

 ジェナは目を点にする。

 

「はぁ……あのやんちゃ坊主め。またか」

「おい、腹が痛いやつの挙動じゃないぞ。明日、絶対来るんだからな!」

 

 一方で、自由な行動をする人間に慣れっこの所長と調査班リーダーは、呆れた眼差しを向けた。

 だがリュカは構いもしない。ジェナはというと、双方をきょろきょろと見るばかりだ。

 

「え、ちょっと。いいの?」

「大丈夫大丈夫! この前の話聞きたいだけらしいから」

 

 テーブルの奥では、リアとエイデンがくすくすと笑っていた。いってらっしゃい、とでも言うように手を振られる。

 気休めにもならないが、ジェナは最後に司令エリアの方へ向かって頭を下げた。

 

 

 

 セリエナの集会浴場兼酒場である「月華亭」は、大規模な作戦の後も──否、そんな出来事の後だからこそ賑わっていた。ちょうど皆が飲み始めるような時分なのもあるだろう。

 酒場の席だけでなく、湯気の立つ温泉も疲れを癒す調査員でいっぱいだ。

 

 リュカは奥の方に空いている席を見つけると、素早く陣取ってジェナを手招く。

 それからジェナが座っている間に給仕アイルーを呼び、何やら耳元に囁いた。

 

「ねえ、何を頼んだの? 悪いけど、あたし今あんまりお腹空いてないのよ」

「それは多分大丈夫。運ばれてきてからのお楽しみ!」

 

 やがて給仕アイルーは、落としそうで落とさない絶妙なバランスでトレーを運んできた。

 

「お待たせいたしました、本日のトッテオキですニャ!」

 

 温かい紅茶と共にテーブルに置かれたのは、こんがりと狐色に焼け、いかにも美味しそうな割れ目のある焼き菓子だった。

 甘く香ばしい匂いが漂い、食欲がそそられる。

 

「あと、これは料理長からの伝言ですニャ。ニャ!」

 

 アイルーはそう言って下手くそなウインクをすると、頭を下げて戻っていった。

 思わず笑いを溢したジェナを見て、リュカは内心ほっと胸を撫で下ろす。そして明るい声でジェナに呼びかけた。

 

「さ、温かいうちに食べよう。いただきまーす!」

 

 早速リュカは焼きたてのシュークリームにかぶりつく。

 それに倣ってジェナも一つ手に取る。割ってみると、中からはまだ湯気の立つ黄金色のカスタードクリームがのぞいた。

 思い切って頬張ると、サクサクの生地の食感の後、バニラの香るとろりとしたクリームの甘さが口の中に広がった。

 

 ジェナは思わず目を丸くする。

 室内にいても吹き込んでくる風で身体が冷えていたので、この温かさが嬉しい。疲れた身体にはたまらない、幸せな味だった。

 

 シュークリームを食べきってしまうと、二人は少し温くなってしまった紅茶を口に含む。

 満足げな息を吐いたジェナに、リュカは微笑みかけた。

 

「ちょっとは元気出た?」

「ええ、おかげさまで。ありがとう」

 

 ジェナが目を細めると、リュカは「そっかぁ」と嬉しそうにした。

 若いのになんとも気障なことをしてくれるものだ、と可笑しくなる。それと同時に、こちらを気遣ってくれる優しさが身に染みた。

 

「あ、そうそう。今日泊まる部屋なんだけど、さっき調査に行く人がいて空きが出たんだって」

「ああ、よかった。二人分あるの?」

 

 そう聞くと、リュカは少し申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「それが、一部屋しかなくて……ツインなんだけど大丈夫?」

「ああ、まあそうなるわよね。あたしは別に良いわよ」

 

 調査に行った際も、休憩は交代だったとはいえ同じベースキャンプで過ごしたのだ。今更どうということはない。

 それを聞いたリュカは、安堵の表情を浮かべた。

 

 二人が紅茶を飲み終える頃には、もう良い時間になっていた。心なしか、受付嬢たちの顔にも疲れが見える。

 だが集会所の賑わいは、未だに途絶えることがない。

 

 リュカとジェナは、酒精を帯びた空気の中を通って宿へと向かうのだった。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます!
予め書き溜めてあったシーンなので早めに更新ができました。

実は、はじめの二人はUSJのコラボで登場した先輩ハンターさん達です。きっとギルオス装備のお姉さんもどこかにいるのでしょうね。
ずっと同じフィールドや拠点を舞台にして書いていると、この作品ではどこまで描写していてどこを書いていないのかが分からなくなってくるのが玉に瑕ですね。ですが、今回も大好きなセリエナを書けて満足です。

次回もお楽しみいただけると幸いです!
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