【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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氷のような女人の心も

 

 

 

 酒が入ってわいわいと賑わう人々の間を縫って歩きながら、ジェナは辺りを見回した。ややあって目的の窓口を見つけ、リュカに声をかける。

 

「あ、ちょっと待って。買っていきたいものがあるの」

「いいよ。何を買うの?」

「日用品を色々ね、すぐ召集がかかったから用意する余裕なくて。リュカはいいの?」

 

 ジェナの問い掛けに、リュカは「あー」と目を瞬かせた。

 

「必要なものは宿に揃ってるだろうし」

「アステラならね。でも、こっちの宿なんてここ住みの人が使うばかりなんだから、用意されてないと思うわよ」

「ワオ、結構さらっとディスるね」

 

 アステラは期の更新ごとに大勢が流入してくることが想定されている拠点だ。それでも足りないところは雑魚寝、というのが定例だったが。

 しかし何かがあった時の為に、宿もいくつか余分に用意されている。噂によると、現大陸の将軍クラスの人物も招けるとか。

 

 ジェナとリュカがそんなやり取りをしていると、後ろから「ちょっとちょっと」と聞き慣れた声に呼び止められる。

 

「セリエナの宿だって、全てが愛のハリボテ城じゃないのよ。いくら可愛いジェナでも聞き捨てならないわぁ」

「愛のハリボテ城?」

「ちょ、キャシー唐突な下ネタやめてもらえる?」

 

 むくれ顔のキャスリーンは、ジェナの背後で仁王立ちをしていた。彼女がするその表情は迫力満点である。

 ジェナが冗談だと取り繕おうとした時、またしても聞こえてきた後ろからの声に遮られた。

 

「じゃが実際、アステラの宿は空きが無いってことが無いけぇのぉ。こっちは手続きが面倒くさくてかなわん。狭いしのぅ」

 

 シブいハスキーボイスの主の調査員は、これまたシブい仕草でサングラスを掛け直す。

 

 船をばらして施設が造られるというシステムは、セリエナでも用いられている。セリエナがやや手狭なのは、土地の限界だけでなくアステラの余りを使っているからという背景もあった。

 

「狭いけど、やっぱりいろいろ便利なのよね。あたしは寒いのが苦手だから向こう(アステラ)を選んだけど、そういう意味での快適さなら引けを取らないかも」

「なんかここを創る時、推薦組から不便なのはイヤだってブーイングがあったらしいよ」

 

 巻き込まれないよう、二人はそっと耳打ちして会話をした。

 

 アステラの「星の船」は景色や外の空気が味わえるのは最高だが、アクセスが不便という意見が多数あった。それを踏まえて、居住区や鍛冶場などどこからでも入れるようにされたというわけである。

 

 鬼芋酒を呷るシブい調査員に対し、キャスリーンはやれやれと首を振った。

 

「だだっ広くて部屋が多けりゃいいってもんじゃないでしょ。ルームサービスだって手が回りきってないじゃない」

「そんなの、使うとこだけ綺麗にしときゃええんじゃ。しかもアステラは海も綺麗で洗濯物もよく乾くしのぅ」

「あら、洗濯物なんて凍らせれば乾くんだから変わらないわよ。こっちだって流氷も綺麗だし、空気が澄んでるから夜空もよく見えるわ」

 

 ディスリスペクトの応酬が続くかと思いきや、今度は唐突な拠点自慢大会が始まった。

 ジェナとリュカが唖然として聞いていると、周りからも続々と参戦者ことタチの悪い酔っ払いが集まる。どさくさ紛れに、酒場の物資補給係までも参戦していた。

 

「セリエナだって負けないっす! 宴だってこれまでは先輩方の意見ばっかり通ってたけど、今は自分達がこんなにセンス抜群に飾り付けてるんすから!」

「いやいやデザインより派手さだろ。やっぱ花火がなきゃ宴は始まらねぇよな、ギブソン! セリエナも見習いやがれ」

「おいオレを巻き込むな!」

「ロマンチックさが足りないのよ、アタシ達くらいの歳なら花火より天燈だわ」

 

「お、なんの喧嘩? オレも混ぜてよ!」

「アンタは黙ってなさいエド」

 

 調査団は悪ノリに全力を出すような大人ばかりである。しかも夜も更けたこの時間帯、酒場は飲兵衛で溢れているときた。

 皆がそれはそれは楽しそうに喧嘩をしているので、どんどん人が集まってくる。

 

「オレ腹減ったから一抜け〜」

「おいアステラ民にはそこらへんの肉でも食わせておけ! アステラ民ならそれで満足する!」

「そ……!? 瘴気の谷に生えてるもん齧ってた奴に言われたかねぇ!!」

 

 ここで料理には口を出さないのがなんともらしい(・・・)

 もし今ここで引き合いに出せば、料理アイルー達の怒りを買って自分の胃袋が不利になることが分かりきっているためだ。

 

「あははは! 正直アキンドングリの背比べだよね」

「あんたも結構言うじゃない。それにしても、チアジャギィ(ツインテール)ちゃんが仕事に戻ってくれれば助かるんだけど……」

 

 未だに下火になるそぶりも見せない、あまりに大人気ない拠点自慢大会。ジェナは火種を作ってしまったことを後悔した。

 というかチアジャギィちゃんこと物資補給係は素面の筈なのだが。

 

 リュカが朗らかに笑っている一方で、ジェナは大きな溜息を一つ吐いた。

 

 

 

「ワオ、見てあんなところにカブトムシ!」

「カブトムシ? 何かの見間違えじゃないの、こんな寒いところに居るわけないでしょう」

「でも不死虫もにが虫も所構わずいるよ? いま出発口の橋の下に……って待って〜!」

 

 紙袋を持って集会所を出ようとすると、一斉に翼竜たちからの熱い視線(餌くれコール)が向けられる。

 ジェナ達はそれを無視しながら重い扉を開けた。リュカはちょっと申し訳なさそうにしていたけれど。

 

 建物から出ると気温差でやられる──などということは無い。

 何故なら、外だろうが室内だろうが関係なく寒いのだ。風が無いだけマシ、というのは窓すらなく全体が吹き抜けになっている建物には通用しない。

 暖炉の前や物陰でもなければ、容赦なく寒風の吹曝にされる。

 

「はあ……こんなに着込んでるのに寒いわ」

「まったくだよね。よく生活できるよ」

「あんたはいつもと同じ格好してるからでしょうが」

 

 ジェナがコートの合わせを押さえながら呆れた眼差しを向けると、リュカは心外だという顔をした。

 

「パオウルムーの毛皮は防寒の装衣にも使われてるんだよ? これなら全身防寒!」

「できてるの?」

「ぶっちゃけ分かんない。寒いものは寒い」

「言わんこっちゃないわ」

 

 一方で彼の腕に止まるジャックは何食わぬ顔をしている。

 猟虫はどんな気候でも順応できる生命力の強さは前提として育てられるが、もこもことしたジャックの毛は防寒の役割も果たすのだろうか。

 

 ジェナは滑らないように一歩一歩床板を踏み締めた。ひっきりなしに息で視界の一部が染まり、深く吸い込めば思わず咳き込んでしまう。

 

 寒さの割に、雪の降りは兵器置き場に僅かな火の粉が舞っていた頃よりも落ち着いていた。

 道の傍に掻き出されたそれらは踏まれて泥を含み、絶妙なもこもこしたシルエットを作っている。道沿いに点々と設置された明かりを照り返し、ぼうっとした光を放っていた。

 

 前線拠点セリエナの夜は、昼間よりは穏やかでも静まり返ることはない。アステラでも夜遅くまで調査に出ている者もいたが、セリエナは日勤、準夜勤や夜勤が明確に分けられている班が多い。

 過酷な環境であるからこその、人数を常に把握し極力減らさないための工夫である。今の時間は、夜勤担当の者たちが己の仕事に勤しんでいた。

 

 建物の窓から漏れる明かりを横目に見つつ、ジェナとリュカは集会所と居住区をつなぐ橋を渡る。

 ここからならば、セリエナの逆側にある兵器置き場も見下ろすことができた。炎王龍が立ち去った今、残るのは調査班のうち警護を担う一部のみだ。

 

「あーあ、どうせなら足湯も入りたかったわね。いっぱいで無理だったけど」

「荷物を受け取ったら、足湯だけとは言わず温泉に入りに行こうよ。あんなに大きなお風呂、ここでしか味わえないもの」

 

 セリエナに着いてすぐに兵器置き場に向かったため、荷物は船に置いたままだった。おそらく既にルームサービスが届けてくれているだろう。

 

「あら素敵ね。でも、遠慮しておくわ。あたしのことは気にせず行ってらっしゃい」

 

 リュカは目を丸くした。

 

「ええ、せっかく来たのに? サウナもあるし肌もツルツルだってさ」

「いいの。一人でくつろぎたいから部屋の備え付けを使うわ」

 

 別に嘘はついていない。人目を気にしていては、疲れを癒すどころか心労が溜まる一方だとジェナは思う。

 先ほど入浴していた者たちを見ると、湯浴み衣は露出範囲は少なく作られてはいたけれど、脱衣所で誰かと会うことは避けられない。

 

 自分と違う姿や行動をしている人がいれば、自ずと視線はそちらに向くものだ。

 ハンターであれば痕が残るような大怪我を負う者は少なくない。爪や牙で傷を負うのは日常茶飯事だ。

 だが、身体の部位の欠損となると話は別だった。同性とはいえ、手術創のある片方だけ平たい胸をジロジロと見られるのは耐え難い。

 

 このことを知っているのはセルマとキャスリーンだけだから、リュカはジェナの態度を不思議に思ったことだろう。……彼にも、伝えるべきだろうか。

 

 そこまで考えて、ジェナはハッと目を見開いた。

 

(──え? いやいやまさか……)

 

 リュカに伝えてどうするというのだ。一時的に組んだバディなのだから、わざわざそんなプライベートなことを言う必要はない。

 こんな重たいことを聞けば、まだ若いリュカはきっと困惑する筈だ。

 四肢の怪我を明かすのとは、訳が違う。左胸が無い自分を許容して、それでもなお女として見てくれと頼むようなものではないか。

 

 自分はいつの間にリュカをそういう目で見ていたのか。己の浅ましさに、ジェナは耳が熱くなるのを感じた。

 リュカは大切な相棒だ。寂しさと罪の意識を紛らわす為に、一夜を共にする男ではない。

 

「……ジェナ?」

 

 急に黙り込んだジェナを、リュカは無垢な瞳で見つめる。

 ジェナは何故か込み上げてきた熱いなにかを飲み込み、曖昧に微笑んでみせた。うまく笑えているかは分からない。

 

「……なんでもない、なんでもないの」

 

 リュカの優しさに触れて、空虚だった胸の内が照らされるような感覚は何度も味わった。

 これまで心に付けられてきた傷すら、包み込んで癒してくれる光。その暖かさに、いつしか首まで浸かっていた。

 

 だが、自分はそんな幸せを掴んで良い人間ではない。

 一時の恋情に心を奪われ、知らず知らずのうちに生命を胎の中で殺した。いくら少女だったとはいえ、そんな愚かな女が明るい道を歩んで良い筈がない。まだ若いリュカの人生を、縛って良い筈がないのだ。

 

(それに、この身体を見ればリュカだってきっと……)

 

 病に蝕まれ、その後の人生と引き換えに失った左胸。それはジェナにとって、女性としての自分を失うことも意味していた。

 ジェナが恋焦がれた男は、初潮を迎えて間もない少女の胸を弄った。その記憶と感触が、ずっと後を引いて離れない。ジェナの胸への執着は、初恋の相手への執着でもあったのだ。

 優しいリュカはきっと、あからさまに拒みはしないだろう。だが彼とて男性だ。

 リュカに哀れみの目を向けられたら、自分の中のすべてが音を立てて壊れてしまう気がした。

 

「……そっか」

 

 リュカはしばらく心配そうにこちらを見つめていたが、やがて納得したように頷いた。

 また、二つの足音が雪と泥の混じる床板を響かせ始める。

 

 位の高い者の住居だと一目でわかる大きな建物の通りを過ぎると、ひと回り小さな建物が点々と存在する場所に出た。

 そのうちの一つは、先ほどの"彼"の家だ。

 あの日、孤独の中にジェナを映し出した群青の瞳。それはきっと今は大切なものを映し、それは同時に温かな光を宿しているのだろう。

 

 リュカと並んで歩きながら、心の奥底では凍傷がじわじわと広がっていく。

 ジェナはそれをただただ感じていた。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

副題はトゥーランドットのオマージュです。どちらかといえば、ストーリー的には蝶々夫人の方が近いのですけれどね。
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