炎妃の嘆きは空に消ゆ
いよいよ出発の日です。
ここのところ危険な怪物が彷徨いているからと、金色は先に安全確認をしに行きました。その間、二本角とお妃さまは砂地の岩陰に隠れて彼女の帰りを待ちます。
しかし、怪物は隠しても隠れ切らないお妃さまの蒼い炎を見つけてしまったのです。怪物はしめしめと近づき、お妃さまと二本角に襲い掛かりました。
お妃さまを守るために身体を張って怪物と戦った二本角は、再び目を覚ますことはありませんでした。たとえ番から真実の愛のキスをされたとしても、戻ってはこないでしょう。
しかし、悲しみに暮れている暇はありません。恐ろしい怪物は、なおもお妃さまを食べようと襲いかかってくるのです。金色と共に、お妃さまは必死に戦いました。
お妃さまの怒りに応じて溶岩の泉はどんどん温度を上げ、辺りには毒が立ち込めていきます。火山に慣れたお妃さまはへっちゃらでしたが、金色は段々苦しそうになっていきました。そしてそれは、怪物も同じでした。
自分の不利を悟った怪物は、最後の力を振り絞って空高く飛びました。溶岩洞から逃げるのかとお妃さまと金色は追いかけようとしますが、怪物はくるりとこちらを向きました。
お妃さまと金色をまとめて押しつぶそうと、怪物はものすごい勢いで飛びかかってきます。
その時、銀青色の風が溶岩洞の中へ飛び込んできました。なんと、金色の旦那さんが助けに来たのです。
旦那さん──仮に銀色としましょう──は、身体を張って金色とお妃さまを守りました。そしてその側では、小さな生き物もお妃さまを守るように立ちはだかっていました。
渾身の攻撃が当たらなかった怪物は悔しがりながらも、自分にはもはや勝ち目がないことに気がつきました。しかし、あのお妃さまが逃げることを許す筈もありません。
銀色が金色を安全な場所へ逃がしている間に、お妃さまは溶岩のほうへと怪物を追い詰めました。お妃さまの怒りで溢れ出した溶岩で、もはや足の踏み場はほとんどありません。怪物も少しの間なら平気でも、あまり長く居れば足が焼けてしまいます。
大切なお友達を傷つけられ、奪われて、カンカンに怒ったお妃さま。青い粉塵のドレスを纏って翼を広げ、世にも恐ろしい地獄の蒼炎で、たちまち怪物を炭にしてしまいました。それも一回では済みません。お妃さまが落ち着く頃には、溶岩洞は初めの頃とまるっきり違う風景となっていました。
大事なことを思い出したお妃さまは、金色を探して飛び去りました。重たいお腹のことも、今は気にしていられません。少し離れた泉で、銀色の見守る中、金色は横たわって休んでいました。
お妃さまが駆け寄ると銀色は、己の力を理解しなさい、と厳しい眼差しを向けました。お妃さまが近づくことすら許しません。
しかし金色は、この娘だけが悪いわけじゃないの、と番を宥めました。そして、悲しそうに目を伏せます。
誰よりも悲しい筈なのに心を乱さなかった金色に、お妃さまは居た堪れなくなりました。
そんなお妃さまに、金色は静かに告げました。憎むべきは、あなたじゃない。あの娘が守り抜いた分、あなたとあなたの子は生きるの、と。銀色も、番の言葉に耳を傾けていました。
お妃さまはこの辛さを忘れまいと、二本角との思い出を心に刻み込みました。
傷が少し癒えた頃、お妃さまは金色と銀色と共に、二本角の眠る島から飛び立ってゆきました。
どれくらいの距離を飛んだことでしょう。お妃さまの故郷であり、金色と銀色の目指す場所でもある場所を通り過ぎてゆきます。
やがて、これまで感じたことのない寒さが、お妃さまの身体を包み込みました。お妃さまが白い砂だと思っていたものは、雪という冷たい水の塊なのだと銀色が教えてくれました。
白い陸地が近づいてきた頃、金色は前に進むのをやめて、その場で羽ばたきました。私たちが送ってあげられるのはここまで、とお妃さまの背を優しく押します。
お妃さまは二頭にお礼を言って、真っ白な大地へと翼を広げました。ようやく、ようやく王さまに会えるのです。
王さまはどうしてお妃さまと赤ちゃんを置いてまでこんなところに来たのか、理由を聞きたくて仕方がありませんでした。もしかしたら、会えたとしても喜んでもらえないかもしれない──否、そんなことは許しません。だって、お妃さま自らわざわざ探しに来たのですから。そして王さまと一緒に、家族でお城へと帰るのです。
赤ちゃんの眠るお腹を寒さから守るように前脚で抱え、お妃さまはしんしんと振る雪の中を飛んでゆきました。
これまでのおさらいを含めた童話パートでした。
お察しいただいているかもしれませんが、白雪姫もモチーフの一つとなっています。
次回は人間パートに戻っていきます。引き続きお楽しみいただけますと幸いです。