【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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第四章 青の炎妃はご機嫌ナナめ
アイスブルーの爆心地


 ベッドが面積の殆どを占める部屋へ、カーテン越しに昼下がりの柔らかな光が差し込んでいる。温められた室内とは裏腹に、ここへ来る道中は雪が降っていた。

 

 部屋の主は静かに寝息を立てているが、美しい褐色の肌は広範囲が赤く爛れ、包帯や被覆材などで保護されていた。その傍らには点滴やら酸素療法の道具やらが置かれており、それらが主の生命を繋ぎ止めている。リュカは手袋越しに主──ジェナの手をそっと握った。

 

 導きの地の調査での事故から、既に三日が経った。セリエナへと運び込まれたジェナは、個室での集中治療が続けられている。ペアを組んでいたこともあり、リュカの面会はなんとか許された。が、非常に病原菌に感染しやすい状態だからと、一日のうち僅か四半刻程度のみしか傍に居られない。それでも、リュカは毎日ジェナの元へと通った。

 リュカが傍にいる間も、ジェナは眠っては痛みで起きて再び眠る、というサイクルを繰り返していた。これは強い鎮痛薬の副作用もあるのだという。眠れている時は良いが、薬が切れた時の苦しみようがあまりにも哀れで、リュカは胸が締め付けられる心地を何度も味わった。しかし強い薬を下手に使えば、呼吸が止まってしまう恐れもあるらしい。

 飛び込んだ瞬間に息を止めていたのか、幸いにも気道は火傷せずに済んだようだった。爛輝龍の装甲で覆われていた場所は守られていたが、大きく露出している首から上、肩や胸元などのダメージが大きかったらしい。皮膚が壊死してしまい、移植をしなければいけない部分もあった。骨が折れてしまい、固定された両腕も痛々しい。

 

 リュカは点滴を引っ張らないように気をつけつつ、そっと薄い毛布をかけ直す。鼻の管の位置を直し、傷んでしまった髪にそっと触れた。

 ジャックはここに入って来られないのが残念だが、ジェナとふたりきりで居られることがリュカにとって有り難くもあった。自分の目の下にできた隈を指でなぞり、リュカは溜息を吐いた。

 ジェナの意識が比較的はっきりとしたのは、ちょうど昨日の面会から帰ろうと腰を上げた時のことだった。

──りゅ、か……?

 その声を聞いた途端、リュカは腰が抜けそうになりながらも、ベッドサイドに膝をついてジェナの手を取った。

──そうだよ、ジェナ。ぼく、リュカだよ。

 意識を取り戻した安堵と、今度こそ自分を認識してくれた喜びに、視界がぼやけて自分の声までも掠れてしまう。

 ジェナはぼんやりとした表情で幾度か瞬きをした後、全てを思い出したように目を見開いたのだった。

──ナナは、無事……?

 開口一番がそれなのか。リュカはたまらなくなって、顔をぐしゃぐしゃにしながらジェナの手を両掌でしっかりと握った。

──ナナはきっと無事だ。でもそんな、そんなことより、ジェナのほうが大事だよ! 独りで行かせてごめん。こんなことになって……ごめんね、ジェナ……。

 思わず口をついて出た言葉に、リュカ自身も心のどこか冷静な部分で驚いていた。そして、これまでずっと追いかけてきた対象がどうでも良く思えてしまうくらいには、リュカにとってもジェナは大切な存在になっていたのだと。そう、気が付いた。

 取り乱すリュカを、ジェナはしばらく不思議そうに見つめていた。だが、保護具を着けていない胸と、包帯で巻かれてもなお腫れ上がっていると分かる自身の腕を見て、その灰色の目はみるみるうちに絶望に染まっていった。

──そう、そうなの。……あんたには、あんたにだけは。こんな醜い姿、見られたくなかったわ。

 ジェナの口から溢れた本音に、リュカは声を奪われたかのように何も言えなくなってしまった。

──悪いけど、ひとりにしてちょうだい。

 静かに、だが明らかな拒絶の意思を伴ったジェナの虚ろな声が忘れられない。その響きは、棟の外で待っていたジャックを連れて宿へ戻った後も、ずっと頭から離れなかった。

 それから一睡もできないまま丸一日が経ち、居ても立っても居られずにリュカは再びジェナの元へと来たのだった。傍に居るからといっても、できることは何もない。ジェナが大好きなお洒落はおろか、食事も取れずに血管から栄養を入れ、排泄すらも繋がれた管で行い、ひたすらに薬で痛みを和らげながら傷が治るのを待つばかり。自分が怪我をした時ですら、ここまで辛くはならなかったというのに。

 ジェナの髪を撫でながら物思いに耽っていると、面会の終了時刻を知らせるノックが聞こえる。リュカは静かに立ち上がった。

 

 意気消沈して廊下を歩くリュカの肩に、ジャックが擦り寄った。周りは皆忙しそうで、まるで自分一人だけが取り残されているかのようだ。

 病棟を出て居住区を通り過ぎ、門の前で足を止める。昨日と同じように宿に戻っても、時間を浪費するだけだろう。

「ぼく、どこで間違っちゃったんだろうね……」

 ジャックを撫でながら、リュカは柱にもたれかかる。報告書はなんとかその日のうちにまとめた筈だが、曖昧だった。しかしそれを提出する時、指南役の気遣わしげな眼差しと言葉が痛かったことだけは鮮明に覚えている。

 ジェナを残してアステラに戻ることなどできないし、かといってこのまま何もせずにセリエナに滞在するわけにもいかない。頭を冷やす時間が欲しかったけれど、具体的に何をしたら良いのか考えられなかった。

 

「おう、こっちじゃ見かけない顔だなぁ。見たとこオレと同期か。そんな所に突っ立って、誰かと待ち合わせか?」

 声を掛けてきたのは、くすんだペールピンクの騎士のような防具を身に纏った男だった。一目で蛮顎竜アンジャナフの素材を用いていると判るが、リュカが見たことのあるものよりも貫禄を感じる風貌だ。

 リュカは束の間言葉に迷ったが、ありのままの状況を伝えることにした。

「いや……相方が、調査で大怪我をしてしまって。正直、どうしたらいいか。途方に暮れてます」

「そうなのか、そりゃ気の毒になぁ。それじゃあ、オレと一緒に蒸気機関管理所で蒸気を焚きに行かねえか? 今は導きの地まで燃料を採掘しに行ける状況でもねえし」

「蒸気を、焚きに……ですか?」

「ああ。簡単なようだけどよぉ、攻めるだけじゃなくて、引き際をちゃあんと見極めなきゃいけねえ。やり出したらハマるぜ!」

 バイザーで表情はわからないが、その下の瞳はきっと輝いているのであろうことは察せられた。新大陸の地を踏む者は、その殆どが好奇心と情熱の塊だ。

「えっと、具体的には何をすれば?」

「行けばわかるって。こっちだこっち!」

 追記事項。新大陸古龍調査団の兄貴姉御は基本的に割と強引だ。

「お前、そんな引っ張っちゃ、そいつが可哀想だろ。蒸気焚くの頑張れよなー!」

「うわ、なんか温かいの超えてむしろ暑くなりそ〜!」

 途中でアロイ装備の先輩や、ジャグラス装備の同期に揶揄いまじりに見送られる。司令エリアの前を通り掛かると、目が合った獣人学者に微笑まれた。なんだかんだで皆助けてはくれないらしい。

 リュカはぐいぐいと手を引かれ、雪の積もった階段を上がって行った。

 

 いくつもの巨大な歯車が連なって噛み合い、また次の回転を生み出している。蒸気があちこちに張り巡らされたパイプから濛々と漏れては、小さな部品一つ一つの振動から巨大な機械を揺らす程のエネルギーへと変わっていく。

 それらの原動力となっているのは、圧力メーターのような機械の傍らに鎮座している炉だ。アイルー達が放り込む燃料を食っては火の粉を吹き出し、パワーを生み出している。

 この大規模な機構こそが、セリエナを支える大切な動力源となっている、蒸気機関だった。蒸気が噴き出す部分や炉の近くの雪は溶けており、それらが凍ってスケートリンクになる前に蒸発してしまう。

 そんな中、蒸気や機械の音にも負けない叫び声の応酬が響く。

「おやっさん、次は右だ! そんで左、中央!」

「おうよ、任せとけぃ!」

 おやっさんと呼ばれた竜人の老練──技術班リーダーは声に応えながら、舵のようなパーツを回したり、骨製のレバーやらを上げ下げしたりしている。レバーと言っても、ヘルメットを被っている技術班リーダーの身長を優に越す大きさだ。新し物好きの同期は、針の振れ幅やら蒸気の勢いやらを気にしつつ、技術班リーダーへと合図を出していく。時折小さな圧力計が光るたびに、大きく蒸気が噴き出した。

「ワオ……」

 リュカは、一歩引いた所でしばらくぽかんと見つめていた。セリエナには立派な蒸気機関があることは知っていたし、面白そうではあるけれど、いざ手伝えと言われても何が何だかまったく分からない。生物に関しては多少知識があると自負しているが、絡繰や機械にはとんと疎かった。

 水を得た魚のようになった同期に取り残されていると、くいくいと袖を引かれる。そちらを見れば、煤で汚れた頭巾を被った三匹のアイルーが、こちらを見上げていた。

「あのおニイさんが他の人を連れてくるなんて珍しいのニャ。ボクらがサポートするから、ふわふわハンターさんも一緒にどうニャ?」

「ふわふわ……って、ぼくのこと?」

「ニャ! きっと楽しいニャ、ホショウするのニャ」

 三匹はリュカの返事を待つ前に、轟々と音を立てる機械の前へぴょんと飛び出した。それを見た同期は身を引き、リュカにくいくいと手招きをした。リュカはジャックと目を合わせるとごくりと唾を飲み、梯子を登っていく。

 すると、こちらを認めた技術班リーダーの迫力のある眉毛がくいっと上がり、つぶらな瞳が顕になった。

「ほう、お前さんも蒸気機関管理所に興味があるかね。それなら、気楽に手伝ってゆけい!」

 お手伝いアイルー達はそれぞれが小さな圧力計の前に陣取り、蒸気の様子をじっと見始めた。その時、突然右端にいたアイルーの髭がきらりと光り、彼または彼女が飛び上がって手を振り出す。

「ええと、右! 左、中央! です!」

 リュカは同期に倣って、アイルーの指示通りにパイプの順番の合図をした。すると、蒸気はまるで喜んでいるかのように勢いよく吹き出し、大きな方の機械の針が右へと触れる。

「うおぉ! 大当たりも人生の一部よ!」

 技術班リーダーの嬉しそうな声に、リュカはうまくできたのだと実感する。アイルーの方を見やると、彼らはぴょこんぴょこんと飛び跳ねてリュカにグッドサインをしてくれた。なかなかに楽しい。リュカは口元に笑みを浮かべた。

 度々失敗はしつつも次第に慣れてきたリュカは、アイルーの合図がなくとも予想をして技術班リーダーにサインを出すようになった。そのうち、ゲージがオレンジ色から赤色へと変わる。それを仁王立ちで見ていた同期はニヤリと笑った。

「よぉし、あとひと踏ん張りだな! おやっさん、行くぜぇ!」

「任せておけぃ!」

 リュカはアイルー達の手が回っていないと思い、燃料の投下を手伝うことにした。アイルーは梯子を降りては、笊に燃料となるという龍脈炭を積んで戻り、炉へと放り込む。リュカは見よう見まねで、梯子の下に積んである黒い塊に手を伸ばした。

「ワオ、龍脈炭ってこんなに重いんだね!」

 一つ一つは普通の石炭よりもやや重たいくらいだが、ある程度の量になるとずしりと重力に引っ張られる。アイルーがあの小さな身体で軽々と持ち上げていたのが不思議だった。

 額を伝った汗を手の甲で拭い、リュカは溜息を吐く。ジェナが心配な気持ちは変わらないが、作業に集中していると、余計な不安や憂鬱さは消えていった。

 手袋についた煤を払っていると、リュカはふとおかしなことに気がつく。

「……ん?」

 機械がガタガタと震え、異常なほどに蒸気を吐き出している。アイルーは嬉々として燃料を投下し続けるが、何やら技術班リーダーは慌てている様子だ。

「おい、それ以上はいかん……! アイルーよ、やめい、やめい!」

「いけねえ、しゃがめ!」

 最後の一掬いをアイルーが炉に放り込む。同期の声に伏せた次の瞬間、大爆発が起きた。

「うわーっ!」

「ニャーッ!」

 アイルー達は空高く舞い上がり、倒れ込んでいた技術班リーダーをクッションにして転がっていった。リュカと同期は咳き込みながら立ち上がる。ひどく煙たいが、蒸気機関管理所の近辺の施設には大きな影響は無かったらしい。

「ぷっ……あはははは! 面白かった!」

「だろぉ!?」

 腹を抱えて笑い出したリュカの肩を、新し物好きな同期は嬉しそうにばしばしと叩いた。その眼差しには、安堵の色も混じっていた。

 燃料を運び続けた手のひらと腕がジンジンと熱を持っている。もしかすると、いくつかまめができているかもしれない。技術班リーダーは腰をさすりながら懐から何やらチケットを取り出し、礼だと言ってリュカと同期に渡した。

 

 ヘトヘトになったリュカは梯子を降りると、ジャックと共に床へ寝転んだ。ジャックの白いふわふわな身体も煤で汚れてしまっている。後で綺麗にしてやらねばと思っていると、複数の足音と共に振動が伝わってきて、リュカは顔を上げた。

「あら、誰かと思ったら。はぁいリュカ。眠くなる亜種のコートに変えたのかと思ったわ」

「やあキャシー。ちょっと蒸気機関管理所のお手伝いをね」

 黒いロングヘアを靡かせて腰に手を当てているのは、キャスリーンだった。その隣には、オールバックに眼鏡という見た目とは裏腹に口がよく回る青年と、赤毛にがっちりとした体格の青年がいる。その足元には真っ白なオトモアイルーもちょこんと立っていた。

「ワハハハハ! やっぱ今の爆発はここか。今回もまたド派手にやったよなあ、こりゃ景気がいいや」

「いつにも増してすごい音だったのニャ、びっくりしたニャ〜。ね、旦那さん」

「ああ。君、怪我は?」

「大丈夫です、ありがとうございます。いやあ、お騒がせしまして」

 口々に話しかけられ、リュカは後ろ手で頭を掻く。その時、片付けを手伝っていた同期が梯子を降りてきた。

「お前、初っ端から最終形態に行けるなんて才能あるぜ。またやろうや!」

 リュカは頷き、ご機嫌な同期に手を振る。それを見ていたキャスリーンは大剣を背負い直した。

「アタシ達、クエスト帰りなの。リュカ、アンタ汗を流しに集会所に行くでしょ? ついでに皆でごはんでも食べましょうよ」

 そう言われて、タイミング良くキュウと腹の虫が鳴く。よく考えると、帰ってきてからまともに食事を取っていなかった。

「お誘いありがとう。じゃあ、ぼくらも参加させてもらおうかな」

 リュカが微笑むと、オールバックの青年は調子良く口笛を吹いた。

「いいね。あ、腕相撲で負けたヤツの奢りな!」

「エド、アンタそう言ってアタシに負けるの何回目?」

 一方、赤髪の青年と白いアイルーは申し訳なさそうな顔をした。

「悪い、今日は向こうが飯を作ってくれる日だから──」

「はいはいアンタ達は今回パスね、ゴチソウサマ。じゃあまた後で」

 二人を見送ると、リュカ達は集会所の大きな扉に手をかける。火照っていた身体が冷えてきて、そろそろ温まりたい時分だった。

 

 その時、唐突にセリエナ全体へと行き渡る甲高い警報が鳴り響いた。その音は、聴いた者の不安を煽る。

「なんだ!?」

「見てみましょ」

 音の出所は、北側。つまり、兵器置き場の方向だった。リュカ達は上から兵器置き場を見下ろせる水車近くの踊り場へと駆け寄る。

 目を凝らすと、物見櫓で誰かが大きな旗を振っているのが見えた。その旗の色が示すことはただ一つ。

 

「古龍襲来! 皆、位置につけ!」

 

 一面を雪雲が覆う空に、一点の青が花開く。それはしばらく旋回していたが、やがて翼は垂直に降りる動きへと変わった。

 

 青の炎妃が謁見の場に選んだのは、奇しくも亡き王と同じ、セリエナの兵器置き場であった。




お読みいただきありがとうございました!
蒸気機関の爆発音って、確実にモンスター刺激しますよね。
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