【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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巻き込まれるは白頭巾

 

 小鳥の囀りが、朝の空気を彩っている。

 緑のカーテンから漏れる光が、肌の輪郭を淡く照らしていた。

 

 下着の左胸部分に詰め物を入れ、紐を肩に掛ける。やや前屈みになって落ちてきた髪をかき分け、慣れた手つきで金具を留めた。

 傍に流れた乳房を収めてかたちを整えると、ベッドの上で待っていた新しいインナーへと手を伸ばした。

 

 目の際に筆を滑らせ、瞼には暖色の鉱石(雲母など)由来の輝きを。

 あかく染まった紅さし指をくちびるに撫で付けると、ぱっと鮮やかな色がのる。

 

 窓から差し込む朝日を照明がわりに、鏡の前で右に左に。瞼の中心が自然光を受けて、細かくきらめいた。

 擦り膝をして後退すると、小さな鏡に胸元までが写る。

 ジェナはにっと口角を上げた。

 

「……よし」

 

 

 

 声をかけてドアを開けると、湯気の立つマグカップを傾けていたセルマが顔を上げた。

その装いはインナーに緩いシルエットのズボンで、休日をのんびりと過ごすつもりらしい。

 

「いらっしゃ……って、おお……!」

 

 セルマの視線はジェナを上から下まで舐めるように見た。

 

「やっぱ似合うね。綺麗だよ、ジェナ」

「ありがと。あんたに一番に見せたかったの」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

 

 ジェナがその場でくるりと回ると、長い袖が光を弾きながら揺れた。

 例えるならばそう、まるで人魚姫のような。それでいて色合いは黒と金を基調としており、格調高い印象を受ける。

 白薔薇のあしらわれた胸元と、腰に走る曲線がメリハリを生み、なんとも艶やかだ。

 

 セルマはしばらくニコニコと眺めていたが、やがて「適当に座って」と伸びをした。

 

 爛輝龍の討伐から早数週間。

 思いがけず、角どころか全身という貴重なサンプルが手に入ったことで、一期団を含めた研究者らは大いに喜んだ。

 彼らは亡骸が腐ってしまう前にと寝る間を惜しんで調べていたため、数日は昼夜を問わずに研究所から明かりが漏れていた。

 

 これまで調査していた爛輝龍とは明らかに異なる。そう判断した編纂者が早々に救難信号を飛ばしていたことで、救難部隊が最奥に辿り着くに至ったのだった。

 ジェナたちが受けた調査依頼は、元々は上位クエストとして処理されていた。

 だが、その信号とこれまでに確認されていなかった行動をとったことから、急遽格上げされてマスターランクと見做された。

 

 そんな爛輝龍の角を折り取った功績は大きいとされ、ジェナも導きの青い星と同等の報酬が貰えることになった。

 工房でカタログと睨めっこして選んだデザインをもとに作られたのが、今ジェナが着ている装備というわけだ。

 

「でもジェナ、もう化粧して大丈夫なの?」

「肌が再生してるから良いんだって。スッピンで外なんて出歩けないもの」

「それは同感」

 

 地母神を追い続けた者達は皆、少なくはない負傷をしていた。古龍に武器を向ける調査において怪我で済んだことは僥倖と言えるかもしれないが。

 金属を浴びた軽弩使いは勿論のこと、爛輝龍に肉薄していた近接武器使いたちも、重症軽症を問わず火傷を負っていた。

 

 防具で覆われていた部分は、金属パーツの部分のほかは大方無事だった。

 しかし女性陣は特に顔を露出する装備を着ていたため、日常生活には多少支障が出た。職業上慣れているとはいえ、やはり気分の良いものではない。

 ジェナとセルマは普段以上に乾燥に気を遣い、地道に皮膚が修復するのを待った。

 その努力のおかげか、今は随分良くなってきていた。顔の皮膚は血流が良いため、浅い傷や火傷は治りやすいことも要因ではあっただろう。

 

 セルマは腕に巻いていた結い紐でふわふわな髪を束ねると、ジェナに笑いかけた。

 

「わたし、ずっと安静にしてるのも飽きたなぁ。この後お茶しに行かない?」

「行きたい!」

「決まり。わたしもダッシュで顔作るからちょっと待ってね」

 

 セルマは後ろの棚に手を引っ掛けると、体重をかけて椅子を傾ける。そしてもう片方の手で棚を開けてポーチを取り出すと、慣れた手つきで化粧を始めた。

 

 

 

 日中は強い日差しの照りつける古代樹の麓も、朝は比較的穏やかな光に包まれる。

 新大陸古龍調査団の第一の拠点・アステラは、今日も活気に満ち溢れていた。

 

 ジェナとセルマの利用している居住区を出て少し歩くと、南国の植物の飾りが見えてくる。

 ジェナはセルマが階段を上るのを手伝いながら、漂ってくる香ばしい匂いに胸を弾ませていた。

 

 筋骨隆々としたシブいアイルーが料理長を務めるその食堂は『武器と山猫亭』と呼ばれている。

 娯楽の少ないアステラの人々にとって、大事な憩いの場だ。昼前だというのに、空席を見つけるのが大変なほど賑わっている。

 

 椅子が一つ取られて、三人が座れるテーブルにちょうど二人分の空きを見つけ、ジェナは先客に声をかけた。

 

「隣、いいかしら?」

 

 少年──そんな年齢の人間がここ(新大陸)にいるわけがない──青年はジェナの姿を見て少し目を見開いたが、すぐににこりと微笑んで椅子を引いてくれた。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 ジェナとセルマは席につくなり、楽しげにメニューを眺めはじめた。

 日光の下で一層輝く装いに、周りから視線を向けられていることに気づいてはいたものの、ジェナは気にも留めない。

 

「あたし、今日は太ることなんか気にしないで甘いもの食べるって決めてるから」

「ちょっとやめてよ。太るとか言うと余計太るよ」

「そうだった!」

 

 そんな会話を挟みつつ。

 給仕アイルーに注文し終えると、セルマが「そういえば」と切り出した。

 

「今朝うちに黄金郷の再調査依頼が届いてたよ。あんたも聞いてるんじゃない?」

「ああ、あれね。正直ハンターじゃなくて学者連中の出番だと思うんだけど」

「本当それ」

 

 ジェナがやや大袈裟に溜息を吐くと、セルマは頷いた。

 ジェナはお冷やを口に含み、ふと思ったことを呟く。

 

「古龍にこんなこと思うのは変かもしれないけど、爛輝龍ってなんか親近感湧くのよね。どうしてかしら」

「ネイルじゃない?」

「いや適当か!!」

 

 別にジェナとて真面目な答えを期待していたわけでもないが。

 セルマはゆるく笑っていたが、やがて笑みを収める。

 

「……それでさ。ごめんなんだけど、わたしちょっとまだ行けないや」

 

 セルマは申し訳なさそうに眉を下げた。

 その下腿は石膏で固定されており、一目でまだ完治していないことが分かる。

 セルマの足は、爛輝龍の角がぶつけられた際に、その衝撃と重みで複雑に折れてしまっていたのだった。

 

「そうよね。寂しいけど無理はしないで、セラ」

「うん、ありがと」

 

 二人は微笑み、肩を寄せ合った。

 

 

 

 やがて運ばれてきたのは、二つのカップと肉球の象られたなんとも可愛らしいティラミスだ。

 赤いスカーフを巻いたアイルーは、ジェナの前にカップを置くと、ミルクを使ってラテアートを披露してくれた。

 

「カワイイー! ずっと我慢してたのよね」

「こっちも美味しいよ。一口飲む?」

「飲む!」

 

 林檎の香りを移した紅茶は氷が浮かべられており、暑いアステラでは嬉しい一杯だ。

 ティラミスも滑らかなチーズと、ビスコッティからじゅわっと滲み出る珈琲の香りや酸味がたまらない。

 これは元々セリエナの宴で提供されていたメニューらしい。だが女性をはじめとした甘党たちからの熱い要望により、アステラでも食べられるようになったのだった。

 

 二人はしばらく各々でティラミスを味わっていたが、やがてジェナが口を開いた。

 

「でもその後の仕事もしばらくあたし一人かぁ。どうしようかな」

「ジェナならソロでもいけると思うけどね」

 

 セルマは氷をかき混ぜながら瞬きをする。だがジェナは首を振った。

 

「知ってるでしょ。あたし、サポートの方が好きなの。組む相手がいないとやる気出ないわ」

「うーん……」

 

 セルマは口に含んでいた紅茶を飲み込むと、パッと顔を上げた。

 

「あ、じゃあわたしが戻るまで新しい人を探そう。そこの君! この子とペア組まない?」

「なんで!?」

 

 ジェナは危うくカフェラテを吹き出しそうになった。

 唐突に指名されたのは、隣に座っていた青年だ。

 彼はまるい目に困惑を浮かべ、ぱちぱちと瞬かせている。当然の反応だろう。

 

「えっ……ぼく、ですか?」

「そう、ウルムー頭巾の君だよ。もしかして他に組んでる人いたりする?」

「居ないですけど……」

「いやいやいやいや」

 

 セルマはおっとりしているのに、思い切りが良すぎるところがある。

 それに、確かに彼は浮空竜パオウルムーの白いふわふわな毛皮を使った装備を着ていた。とはいえ、いくらなんでも初対面の相手にウルムー頭巾は失礼すぎやしないだろうか。

 ジェナは慌てて遮った。

 

「ごめんなさいね。この子、たまに突拍子もないこと言い出すの」

「君、見たところハンターだよね。武器は何を使うの?」

「あたしの話聞いてる?」

 

 そんな二人のやり取りを見て、青年は朗らかに笑った。笑顔になると、より幼い印象を受ける。

 

「あはは、大丈夫ですよ。ぼくは操虫棍を扱います」

「わぁお、クールだね。ちなみにわたしは太刀」

「そうなんですね。そちらの方は?」

 

 青年からの問いに、ジェナは口角を緩めた。

 

「狩猟笛を使うわ。……そういえば名乗ってなかったわね、あたしはジェナ。こっちはセルマよ」

「よろしくね〜」

「リュカです。よろしく」

 

 三人はそれぞれ握手を交わす。

 セルマはいつになく饒舌にリュカに話しかけ続けた。その大きな目の奥には、何かを探るような光。

 

「今まであんまり姿見かけなかったけど、リュカ君ってもしかしてセリエナ住み?」

「住まいはアステラですよ。ただ、キャンプで過ごすことが多いもので。今はレポートの報告に帰ってきたところですね」

 

 新大陸ではハンターに限らず、仕事でしばらく家を開けることも珍しくない。

 現に調査団の基礎を創り上げた一期団の人々も、自身が追うもののために数年間帰って来ないなんてことはザラにあった。生きていることさえ判れば、割と自由なのだ。

 

「へえ、そうなんだ。ルームメイトとかいるの?」

 

 その問いに、リュカは首を振った。

 

「今は一人暮らしをしています。二等部屋では雑魚寝でしたけど」

「あはは。なるほどねぇ」

 

 アステラ、三期団の研究基地、そして前線拠点セリエナには、それぞれ調査員達が住む居住スペースが存在する。

 中でもアステラは功績に応じて格上げされるシステムになっており、複数人で部屋を共有する二等部屋ではプライバシーなどない。

 そのため、一人での快適な暮らしを求めて昇格を目指す者も少なくはなかった。

 

 セルマは紅茶を一口飲む。

 その間に、ずっと聞くばかりだったジェナもリュカに話しかけた。

 

「あたし達、新大陸に来てから今までペアでやってきたの。今は導きの地を主に調査してるわ」

「導き……? ああ、掲示板に貼ってあった例の場所ですか!」

 

 導きの地が見つかってから、大分時間は経っている。それなのにこの反応ということは。

 

「あなた、本当に出ずっぱりだったのね……」

「いやぁ、お恥ずかしい限りです。ぼくフィールドワークの方が好きなんですよね」

 

 ジェナが唖然としていると、リュカは苦笑いしながら頬をかいた。

 その言葉通り、肌には枝などが原因であろう細かい引っ掻き傷がたくさんできている。大人しそうに見えて、案外やんちゃなところもあるようだ。

 "天才と変人と問題児の集まり"と謳われる調査団に所属するだけのことはある。基本的に調査団の人間は、自分がどれに属するかの自覚はないが。

 

 ジェナはしばらくリュカを見つめていたが、やがて顔を綻ばせた。

 

「……フフ。あなた、面白いわね」

「面白い、ですかね?」

「ええ、とっても」

 

 ジェナにつられてリュカも微笑む。

 一方でセルマはというと、既に我関せずといった様子でティラミスを頬張っていた。自分で種を撒いたことだというのに、あまりに自由すぎる。

 ともかく、リュカとならばこの先うまくやっていけそうだ。

 

 ジェナは手を差し出した。

 

「改めてあたしから言わせてね、リュカ君。もし良かったら、あたしとペアを組んでくれないかしら」

「貴女となら楽しい時間を過ごせそうだ。ジェナさん、こちらこそよろしくお願いします」

 

 互いにニッと口角を上げる。

 そして二人は改めて、固く握手を交わした。これで晴れてペア結成だ。

 

「早速だけど、黄金郷の調査に同行してほしいの。流石にまだほかの爛輝龍は居ないと思うけど、念のためね」

「分かりました。出発はいつですか?」

「そんなに急ぎでもないらしいんだけど、できれば明日の早朝には出たいわ」

 

 ジェナは地図を取り出して簡単に計画を立てはじめた。

 爛輝龍は複数確認されており、個体ごとに棲家が異なるため、前回同行していなかったリュカを案内する必要がある。

 注意事項やルートなどを確認していき、やがてある程度話がまとまった。

 

「あ、そうそう。あたしのことはジェナでいいから。敬語だと疲れるし、タメ口でよろしく」

「わかった。ぼくのことも好きに呼んで」

「じゃあリュカで。また明日ここで会いましょう」

「うん。またね」

 

 代金を支払い終えると、ジェナとセルマはリュカに手を振って席を後にした。

 これから楽器の調律やら携帯食料などの準備やら、やることは盛り沢山だ。

 

 

 

 帰りがけ、ジェナとセルマはぽつぽつと会話を交わす。

 

「ところで、珍しく初対面のリュカを質問攻めにしてたじゃない。そんなに運命感じたの?」

 

 ジェナの能天気な問いに、セルマは「何言ってるの」とでも言いたげな目線を向けた。

 

「そりゃ相手の人となりくらいは見極めるよ。大事な親友を任せるんだから」

 

 ジェナは目を瞬かせる。思いつきでゴリ押ししていたのだとばかり思っていたが、まさかあれが自分のための行動だったとは。

 それからふふっと笑いをこぼし、セルマの脇をつついた。

 

「大丈夫よ。あんたって意外と心配性よね」

「何とでも言って〜」

 

 セルマはひらひらと手を振る。

 その時、頭の天辺にぽつりと冷たい滴が落ちてきた。

 

「うわっ」

「どうしたの?」

「雨降ってきた。こんな時に幸先悪いわね」

 

 雲行きが怪しいと思っていたら、大当たりだ。アステラは年に渡って気温が高く、降雨量も多い。

 それでもこういう日くらい晴れてくれればいいのに、運の悪さは相変わらずだ。

 

 ジェナは深くため息を吐いた。

 

 

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