【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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満ちる月と繋ぐ糸
産声隠すは炎の帷


 

 流氷の覆う場所を抜けてしまえば、どこまでも続く、黒々とした海の上。身を切るような寒さも、次第に和らいでいきました。

 

 女王さまは、二度と王さまに会えないという深い悲しみから目を逸らすようにして、ひたすら自身のお城へと向かっていました。

 時折、お腹がギューっと締め付けられるように痛みます。もしかしたら赤ちゃんに何かあったのかもしれないと、不安で仕方がありません。何度も羽ばたくのをやめてしまいそうになりながらも、女王さまは必死に飛び続けました。

 

 一体どれほど翼を動かし続けたことでしょう。空に聳え立つ大きな結晶と、ゴツゴツとした岩肌の山々が見えてきて、女王さまはほっと溜息を吐きました。足跡が示す方向は、やはり王さまと女王さまの住んでいたお城のある場所だったのです。もしかしたら、金色と銀色もいるかもしれません。

 不規則に強くなったり弱くなったりを繰り返すお腹の痛みに呻き声を上げて耐えながら、女王さまは最後の力を振り絞って飛びました。

 

 海沿いの陸地に降り立つと、女王さまは胸いっぱいに息を吸い込みました。溶岩の匂いの向こうから風で運ばれてくる、生命の結晶が放つ芳香。これこそが、懐かしい故郷の匂いでした。

 女王さまが王さまを探しに行ってから、太陽が昇っては月へと交代する回数は十を超えていました。常の女王さまにとってはほんの僅かな期間でも、お腹に赤ちゃんがいる今は、その一日一日が大切なのです。赤ちゃんの身体は少しずつ、おかあさんに会いに生まれてくるための準備を進めていたのでした。

 

 女王さまが暮らしていた溶岩のお城までは、少し距離があります。飛んでいけばすぐですが、女王さまは空中でまたお腹が痛むのが恐ろしく思えました。ここまでは気力だけで飛んできましたが、もしバランスを崩して落ちてしまったら、赤ちゃんが潰れてしまいます。

 それに、ここに棲む他の生き物たちの中には空を飛ぶものも多いのです。普段なら見向きもしないような相手でも、女王さまのこの姿を見れば、ここぞとばかりに襲いかかってくるかもしれません。

 女王さまは、黒く熱を持った地面をゆっくりと歩き始めました。

 

 溶岩の滝が近づけば、お城はもうすぐです。しかし、いつもの出入り口は塞がれていました。それもその筈、王さまは女王さまが独りでも安全でいられるように、お城には自分たち以外入れないようにしたのですから。空を飛んだとしても、不届きものは降り注ぐ溶岩を嫌い、ここまで入ってくることはありません。

 女王さまは顔を顰めました。辺りを見まわし、敵が居ないことを確かめます。ここではわざわざ身を隠すのは、小さな喧しい集団くらいですから、ある程度確認すれば大丈夫でしょう。

 

 女王さまが思い切り炎の息を吐くと、たちまち堅い壁はドロドロと溶けてゆきます。自分が入れるくらいの穴ができると、女王さまはゆっくりと中に入り、溶岩を前脚で集めて穴を塞ぎました。

 真っ赤な溶岩でできたトンネルを通り抜ければ、その先には天窓の開いた空間が広がっています。溶岩の川の中洲のようになった場所では、よく王さまと一緒に幸せな時間を過ごしたものでした。

 ようやく我が家に辿り着き、女王さまはほっと胸を撫で下ろしました。ここでなら、いつ赤ちゃんが産まれても大丈夫でしょう。

 足を引き摺るようにして空間の中央に辿り着くと、女王さまは力尽きて、しかしお腹を守るようにゆっくりと横になりました。考えてみれば、金色・銀色夫妻と過ごした後からまともに休んでいません。身重の女王さまにとっては、かなりの負担でした。

 王さまの残してくれた巣の中には、沢山の鉱石がありました。水や食べ物を口にしなければという思いと、動く気力すら奪う疲れが拮抗しています。気づけば、うとうとと意識が遠のいていきました。

 

 再びお腹が痛み始めて、女王さまは目を覚ましました。これまでの比でない痛みに、女王さまは呻きます。もしも王さまが生きていたら、傍に居てくれたかもしれないのに。金色や二本角が隣に居てくれたら、心強いのに。そんなことを独り考えながら、痛みに耐えました。

 赤ちゃんは大丈夫かしら、無事に会えるかしらと不安でたまりません。少し痛みが引いていくと、牙を食いしばっていた力を緩めました。次第に、どんどん痛みが襲ってくる間隔は短くなっていきます。自分が知らない感覚に、これからどうなってしまうのかと、女王さまは怯えていました。恐ろしく思えば思うほど、痛みは強くなっていきます。

 

 女王さまがふと顔を上げれば、夜が明けようとしていました。随分と長いこと痛みに耐えていたようです。段々と痛む場所が変わり、痛みの質が変わってきます。あまりの痛みに、何度も吐き気を催しました。そのうち、女王さまは痛みを感じた時にいきみたくなってきました。

 赤ちゃんは少しずつ、ゆっくりと回転しながら女王さまのお腹から出てこようとしています。何度目かのいきみで、ついに赤ちゃんの頭が見え隠れするようになりました。

 女王さまは休みたいと何度も思いましたが、目を瞑っても再びやってくる痛みがそれを許してくれません。

 

 太陽が高く昇る頃、ようやく赤ちゃんの頭が出てきて、女王さまは必死にいきみました。そして肩が出てくると、膜に包まれた赤ちゃんの身体は羊水と一緒に勢いよく外へと飛び出しました。

 女王さまは必死に息を整えながら、赤ちゃんの臍の緒と膜を牙で噛み切ります。すると、赤ちゃんの口から濁った羊水が出てくると共に、元気な産声を上げました。女王さまは、びしょびしょの身体を優しく舐めてあげます。

 しかしその時、もう一度強い痛みが襲ってきて、女王さまはいきみました。女王さまのお腹にいた赤ちゃんは、一頭ではなかったのです。ようやく三頭目の赤ちゃんの出産を終え、出てきた胎盤を食べ終えたとき、女王さまは疲れ切っていました。赤ちゃんの出てきた場所は少し裂けてしまいましたが、その痛みも麻痺してしまいよく分かりませんでした。大量に出た筈の血は、既に蒸発してしまっています。

 

 しかし、産まれてきた赤ちゃんたちが可愛くて仕方がありません。女王さまは、小さな手足をばたばたと動かす子どもたちを優しく舐めてあげました。しかし、最後に出てきた一頭だけは、いつまで経っても泣こうとしません。何度も何度も舐めましたが、ぐったりとしたままです。

 よく見れば、この子だけ臍の緒に結び目ができています。女王さまは、この赤ちゃんが助からなかったことを知りました。悲しくて悲しくて仕方がありませんでしたが、無事に生きている二頭のお世話をしてあげなくてはなりません。女王さまは亡くなった赤ちゃんを最後に優しく舐めて抱き寄せたまま、二頭の赤ちゃんを自分の乳房の方へと尻尾で引き寄せました。

 

 赤ちゃんたちが無事に乳房を吸い始めると、そのあどけない姿に、幸せと悲しみが一気に押し寄せてきます。この子達は、王さまの分もわたくしが守っていかなければ。決意を胸に、女王さまは独り、ぷうぷうと声を上げる赤ちゃん達に頬を擦り寄せました。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
ついに三つ子が誕生しました。一頭は残念ながら臍の緒が締まってお腹の中で亡くなってしまいましたが、ナナちゃんが生きているだけでもファンタジーです。金銀リオス夫婦は絶賛抱卵中です。
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