結晶に響く虫の囁き
甘い香りの結晶が聳え立つ火山地帯。その奥にある溶岩のお城の中では、賑やかな声が響いています。
ぽてぽてと短い足を動かしているのは、まだ角も翼も未熟な二頭の赤ちゃん。やがて赤ちゃん達はおかあさんのお腹の辺りに辿り着くと、満足そうにお乳を吸い始めました。その様子を見て、女王さまはほっと胸を撫で下ろしました。
女王さまは、慣れない子育てに大忙しです。赤ちゃんにお乳をあげたり、舐めて毛並みを整えてあげたり、便を出すのを手伝ってあげたり。若い女王さまでも、お産で疲れ切った身体で育児をするのは、思っていた以上に大変でした。
生まれたての赤ちゃん達は、はじめはお乳を上手に吸うこともできず、女王さまの方が疲れ果ててしまうことも。それに、乳房がぱんぱんに腫れ上がり、痛くて眠れなかった夜もありました。
赤ちゃん達はたっぷり眠ります。寝ている時も起きている時も、女王さまは赤ちゃん達が心配でした。もしかすると、三番目の子のように息をしていないのではないかと。
そんな時、頼りになるのは子育てに慣れている金色でした。彼女には卵達の面倒を見てくれる旦那さんもいるので、少しの間ならと結晶のお屋敷を抜け出してきてくれるのです。
天井以外が溶岩で囲まれたお城では、金色は長い時間を過ごすことはできません。それでも、意思疎通のできる相手がいる環境は、女王さまにとっては貴重な時間でした。女王さまは金色の助けを借りながら、赤ちゃんの成長を見守っています。
王さまが作ってくれた安全なお城は、元気な赤ちゃんの声も漏らすことはありませんでした。しかし、溶岩でできた壁の外からの轟くような咆哮は風に乗ってやってきます。いつしかその声は、昼夜を問わずに聞こえるようになっていきました。
せっかく寝てくれた赤ちゃん達も、その声がすると怖がって起きてしまうようになりました。女王さまからすれば、良い迷惑です。彼女がまだお妃さまの頃ならば、輩をまとめて消し炭にしていたことでしょう。
さて、原因が何なのか突き止めたいところですが、今の女王さまには、危険を冒してまで赤ちゃん達を置いていく気にはなれませんでした。女王さまには、守るべきものがあるのです。金色と銀色も心配しているようで、どちらの親子も落ち着かない日々を過ごしていました。
ある日のことです。お城まで伝わる金臭くて冷たい空気を感じ、女王さまは警戒していました。この空気には覚えがあります。王さまが生きていた頃にも同じようなことがあり、この空気を感じた時には用心するよう、教わっていたのでした。あの時は王さまが追い出してくれましたが、今はそうもいきません。
女王さまは迷いました。お城を出て様子を見るべきか、それとも見つからないようにじっとしているべきか。判断の間違いひとつで、赤ちゃん達を危険に晒してしまうかもしれないのです。
その時、女王さまと赤ちゃん達を心配した金色が、様子を見に来てくれました。彼女が言うには、何やら若い風の龍が来ているというのです。それも、騒いでいた輩に喧嘩を売っているようだとも。
このまま風の龍が居座るとなると、困るのは金色達も同じです。いつも助けてもらっているのに、ここで何もしない訳にはいきません。女王さまは決心しました。
赤ちゃん達を金色に預けると、女王さまは久しぶりの空へと飛んでゆきました。
お城から離れれば離れるほど、風は強くなっていきました。やがて強く気配を感じる場所に着くと、女王さまは岩陰から様子を伺います。
柱の中央に立っていたその龍は、身体じゅう傷だらけでした。その中で一際輝く角は、まるで結晶のようです。女王さまが以前見た別の龍とは少し違った風貌でした。龍は落ち着きなく辺りを見回しては、まるで自分の存在を示すように翼をはためかせています。
女王さまの身体は、溶岩にも負けません。その代わり、火の粉を纏っていない時でも、いつも太陽のような熱を放っていました。
空気が変わったことに気がついた風の龍は、熱の源を探して舞い上がります。青く輝いている女王さまは、たちまち見つかってしまいました。
身構える女王さまをよそに、龍は不思議そうに首を傾げます。聞けば、自分が用があるのは女王さまではない、と言うのです。覚えのある熱を感じて来たは良いものの、あなたではない、と。
女王さまは風の龍が言わんとすることに気づきました。王さまはとても強かった代わりに、挑んでくる者も多くいましたから、目の前の若い龍もそのうちの一頭だったのでしょう。
女王さまは、王さまはもう居ないのだと告げました。しかし風の龍は信じられないと言います。ついこの間自分はあの老耄と闘い、──認めたくはないが──あちらが勝利したのだから、と。
女王さまは目を見開きます。もしかすると王さまは生きているかもしれない。しかしそんな淡い期待は裏切られるのだということは、誰よりも理解していました。
この龍と闘った傷が原因で、王さまは亡くなったのではないか。この龍さえ居なければ、今も王さまと暮らせていたのではないか。そんな考えがふと閃きます。
怒って炎を纏った女王さまに、龍は憤慨しました。彼はその程度でくたばるほど弱くはない、そんな相手ならば自分は彼に挑んだりしない、と言い張りました。随分と自信家のようです。
龍は、ここに強者が集まり出したと聞いて来たけれど、王さまが居ないなら用はないと翼を広げました。
それを聞き、女王さまはぴくりと耳を動かしました。彼なら、今起きている騒ぎについて何か知っているかもしれません。
女王さまは尋ねましたが、龍はそんなものは知らないと言いました。ただ、最近無性に何かに呼ばれているような気はする、とも言いました。
空の彼方へ飛んでゆく風の龍を眺めながら、女王さまは考えました。このままこの場所にいては、赤ちゃんも金色達も危険なのではないか。自分にできることは何か、と。
赤ちゃんと金色の待つお城に着くまで、答えが導き出されることはありませんでした。
青い炎を纏う女王さまは気づきませんでした。地面全体が、まるで星空のように輝いていることに。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
自分でも、童話パートでここまで更新に時間かかるとは思いませんでした。ワイルズまでに完結……はやや難易度が高そうですが、なんとか走り切りたいです。
共同繁殖、社会性の発達したリオス種ならあり得るのではないかなと思った次第でした。