【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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第六章 鏡の中に燃える焔
行方知れずの招待状


 

 

 

 満天の星が瞬く空は、アステラとは全く違って見える。季節は変わらないのだから星の並びは等しいが、遥か彼方の光と自分とを隔てる空気ひとつで、まるで別の空のように感じられた。

 下に見える兵器置き場も今は物見櫓に明かりが灯るのみで、静かな夜だった。

 

 白い息がふわふわと登っていく。その軽さとは裏腹に、ジェナの心持ちは重く沈んでいた。長く溜息を吐いても、錘が退けられることはない。

 これ以上、何を失えば済むのか。

 母親に喜んでほしい一心で作ったのに、翌朝には屑籠に入っていた花冠。身の丈に合わない口紅の代わりに背負わされた、重すぎる代償。酒精の中での温もりの真似事の末に、相手だけが手に入れていた本物。そして──。

(言わなければ良かった。これからも二人並べるようになんて、あたしの独り善がりでしかなかったんだわ)

 リュカの声が脳裏を過ぎる。自分の独白が、どれだけリュカを傷つけたのか。ただ胸を張って傍に居たかったのに、傍に居ることこそが双方を最も傷つける選択をしてしまった。

 最早、涙すら出てこない。否、泣きたいのはリュカの方だろう。真相を悟った時の、絶望に満ちた彼の表情が瞼の裏を離れない。

 こうなることは、ある程度は覚悟していた筈だった。だが、その覚悟すらも甘かったというわけだ。リュカのことが大切だと言いながら、結局可愛いのは自分だけだったのかもしれない。誠実に接してくれるリュカの優しさを、仇にしてしまった。

 

 普段ならば心地よく感じる水車の音も、今のジェナの耳には入ってこない。そして、近づいてきていた足音も同様であった。

 

***

 

 普段は真面目な会議を行う場である司令エリアは、今は黄色い歓声で満たされていた。と言っても、たった一人の声量がやたら大きいというだけであるが。

「ああ、モギー達はどんな生態を見せてくれるのかしら! 捕獲された個体をじっくり観察するのもいいけど、やっぱり現地調査よね!」

 生態調査員は帳面を抱き締め、目を輝かせる。日に焼けた健康的な肌は、暖かそうな装衣に包まれていた。精悍な眉や顔立ちとは裏腹に、表情は朗らかによく動く。

「ねえあなた、荒れ地担当だったって聞いたわよ。ディグモギーを見つけてくれたのもあなたでしょう? 今回もよろしく頼むわね!」

「え、ええ。お願いします……?」

 勢いよくジェナの手を取る彼女こそが、環境生物調査の第一線を担う、編纂責任者だった。確か、以前リュカが虫を貰ったと聞いたような気がする。

 

 生態調査員がハイテンションで顔を輝かせる一方、調査班リーダーは呆れ顔で溜め息を吐いた。

「あのな……今回はモギー調査じゃなくて、検視が目的の筈だが」

「やーねぇ、分かってるわよ! でも龍脈といい、地脈回廊といい、いつだって新大陸の地下には謎の手掛かりが隠されてた。そうでしょ?」

 エネルギッシュな彼女に振り回される指南役に、青い星は「仰るとおりさね」とくつくつ笑った。

「それに初めての導きの地なんだ、少しくらい楽しんだっていいんじゃないのかい。わたしらも注意はしておくけれど」

 青い星はジェナの肩にぽん、と手を置く。

 ジェナは頷き、資料に目を落とした。青い星と生態調査員に挟まれ、なんとも肩身が狭い。ただでさえ狭い司令エリアが、さらに息苦しく感じる。普段から青い星と行動を共にしているとはいえ、けろりとしている受付嬢は本当にすごいと思う。

 

 それにしても、どうしてこうなった。

 確かにジェナは導きの地の中でも、荒れ地地帯の調査を担当していたし、他の調査員よりは詳しい自負はある。だが、事前に調査を行う手筈になっていたならばともかく、病み上がりでこんな唐突に参加しても良いものだろうか。

 しかもハンターとして仕事をするならば、武器が必要だ。リルン=グレイシアは弦の留め金も空気の通る管も駄目になってしまったし、まだ修理にも出せていない。

 ジェナが困惑している一方で、生態調査員は胸を張った。

「私、こう見えて隠れるのは得意なのよ。隠れ身の装衣だってあるし」

「そりゃ頼もしいこと。前にあんたが、紅蓮滾るバゼルギウスが爆弾を撒き散らしていく横でアリを観察してるのを見た時は、心臓が大猪の皮で覆われてると思ったね」

「あれは奇跡だったわ。アリの観察ってやめ時が分からないのよね、アハハ!」

 青い星もなかなかに失礼なことを言っているが、生態調査員は笑い飛ばす。本人と青い星、受付嬢を除いた全員が笑い事ではない、と心の中で突っ込みを入れた。

 

「地中に棲息するモギーの調査なら、俺の出番だな。地層と植生のことなら任せてくれ」

 女声の中に低く穏やかな声が横入りしてきて、ジェナはそちらを見た。四期団の紋章を身に付けたその編纂者は、何かと青い星に言い寄っているイメージがある。

 青い星は大袈裟に顔を顰めて見せた。

「やれやれ、あんたが聞いたら絶対食いつくと思った」

「はは、分かってるじゃないか」

「だから、目的はモギーじゃないと言ってるだろうが」

 戯れ合う大人達に、調査班リーダーがいよいよ手に負えない、という顔で突っ込みを入れた。

 

 場を散々掻き乱した張本人である生態調査員は、「さて」と手を叩く。

「それで、ネルギガンテとディアブロスの亡骸、それから周辺の調査だったわね。随分経っているって話だから、もう血肉はとっくに無くなってるだろうけど」

 調査班リーダーは気持ちを切り替えるように咳払いをし、腕を組む。

「本当は、すぐにでも調査を頼みたかったんだがな。流石にナナ・テスカトリとネルギガンテ、それにリオスの希少種まで同時に出現している中に、送ることはできない」

「そんな状況、わたしでも御免被りたいね。費用対効果が悪すぎる」

 青い星はヒラヒラと手を振った。危険度の高いモンスターが狭い場所で乱立しているなんて、大連続狩猟どころの話ではない。命を無駄にするようなものだ。

 

 先程の雰囲気と打って変わり皆が神妙な面持ちを浮かべた中で、受付嬢は「それに」と付け加えた。

「私達調査班が仮に地帯レベル、と呼んでいるものですが。古龍達の騒動によって、これまでにない速度で入れ替わっています。

 荒れ地地帯はプケプケやクルルヤック等が出現するようになりましたが、逆に溶岩地帯はどうなっているかを確認するのも難しい状況です」

 ついこの前までリオレイア希少種や歴戦のディアブロスが棲息していた荒れ地地帯は、特に危険度が高い場所とされ、調査団の中でもマスターランクに応じて立ち入りの規制がかけられていた。だがディアブロスは命を落とし、リオレイア希少種は番と共に龍結晶の地で営巣をしているという。彼女らの居なくなった荒れ地地帯は、今まで表に出られなかった者や新参者が、新たな縄張りを得んとしているというわけだ。

 青い星が溜め息を吐く。

「恐ろしいものさ。安全な場所だと思っていたら、とんでもないバケモノの咆哮が近くで聞こえるようになるんだから。縄張りの変化に敏感な奴らが跋扈する地ならでは、だね」

 推薦組のバディ達の言葉に、皆が頷く。何故このような場所ができ、戦いを好むモンスターが集まってくるのかは、まだ明らかになっていない。

 それに、ジェナが巻き込まれた事故以来、導きの地そのものが暫く立ち入りを禁じられていた。推薦組らが十分に準備をした上で少しずつ調査が進み、今は警戒体制を敷いてようやく調査の許可が降りる、といった具合だ。

 

 ジェナはふと思いつき、手を挙げる。 

「あの、以前リオレウス希少種が出現したのは陸珊瑚地帯という報告がありましたよね。彼も番と一緒に居なくなったということは、荒れ地と陸珊瑚に近い場所が比較的安全性が高いと考えられませんか」

 四期団の編纂者は、地図を見ながら頷いた。

「確かに。東キャンプから調査を開始すれば、安全だし最短ルートで行けそうだな」

「ええ。そこから道を辿って下に降りれば、すぐにディアブロスが力尽きた場所──つまり、溶岩地帯に指定されているエリア十五の入り口に出ます。……ただ、ナナが高熱で地形を変えてしまったから、入り口が閉ざされている可能性もあるわ」

 ジェナの補足に、青い星は落ちてきた髪をかき上げながら呟く。

「成程、猛り爆ぜるブラキディオスの時みたいな状態かしらね」

「状況によっては、迂回路を見つける必要もありそうです」

 青い星と受付嬢は心当たりがあるようだった。彼女らは一度地形が変化するのを目の当たりにしているなら、やはり先発隊となるのが適任だろう。

 

「残念ながら、溶岩地帯でモギーを調査する余裕は無いだろうな」

「そんなっ!」

 調査班リーダーがぼそりと呟くと、生態調査員は明らかに残念そうな顔をした。モギーは近付いただけで巣に潜るほど臆病な性格の割に、強者が現れるくらいの地帯レベルにならないと棲みつかないと言われている。モギーを捕食するような生物が強者に淘汰された結果、彼らが棲めるようになる、とも考えられるが。

「はいはい、蒸し返さない。で、溶岩地帯付近にディアブロスとネルギガンテの亡骸があるんだったね。

 さっきのルートでまずわたしが下ってみて、安全がある程度確保できたら合図を出す。途中綿胞子草なんかもあるから、必要時は迷わず使うこと。次期当主サマの護衛はあんたに任せるけど、それで良いかい?」

「ええ」

 青い星が茶化さないのは珍しい。ジェナは素直に頷いた。久しぶりの仕事だし、護衛も導きの地の調査を担当するようになってからは受けていない。気を張らねば、と深呼吸をした。

 生態調査員は「その呼び方やめてったら」と口を尖らせつつも、地図にルートを書き込んだ。

「それじゃ、決まりね。よろしく頼んだわよ」

「お前たち。無事に、戻ってくるんだぞ」

 セリエナの司令官の言葉に、皆が頷いた。

 

***

 

 様々な気候や植生の入り乱れる導きの地は、どの地点を飛ぶかによって吹く風も変わる。メルノスは元より群れで飛行をする生態であるが、調査団の飼育する個体は、彼らにロープで掴まる人間も干渉しない距離をとるよう訓練されていた。

 

 頬を叩く風に火の粉が混じらないのが、不思議に感じる。常ならばそちらの方が異常気象だというのに、リュカとテスカト調査を重ねるうちにすっかり慣れてしまっていた。だが背中の重みはいつもと違うため、妙な心地がする。ジェナは結局、武具屋で急遽借りた狩猟笛を背負ってここに来ることになったのだった。

 

「ああ、これが導きの地なのね! 聞いていた以上よ、素晴らしいわ!」

 朝日の照らす導きの地に、生態調査員は降り立つ前から感動しきりだった。そんな様子に、ジェナは思わず頬が緩む。普段自分の調査するフィールドに対してこんなにも喜んでもらえるのは、悪い気はしない。

「比較的安全な時期とはいえ、何が起こるか分からない。皆、くれぐれも気を抜かないように」

 青い星の喚起に、皆が頷いた。今回の調査に参加しているのは、ハンターと編纂者のバディが二組とオトモアイルー一匹、生態調査員一名の計六名だ。

 ジェナは目の端で靡く豊かな髪を見やる。考えてみれば、青い星と正式に調査を共にするのは初めてだ。彼女に対しては色々と思うところがあるけれど、同時に緊張している自分がいた。

 そんなジェナの視線に気付いたのか、青い星は唇を弓形にし、ぱちりと片目を瞑ってきた。ジェナは目を見開き、ムッとして顔ごと逸らす。

 

 やがて切り立った崖や木々の隙間から、巨大な蟻塚が覗くようになる。ジェナは首に掛けていた双眼鏡を覗き込んだ。

「ノイオス達があんなにのんびりしてるなんて。やっぱり彼らもストレスを感じてたのね」

 ジェナの呟きは風切り音の中に消えたかのように思えたが、青い星はこくりと頷いた。彼女は導きの地の全域を広く調査していたため、気付いていたのだろう。

 小型の翼竜のうち、乾燥した場所を好むノイオスは、危険を感じるとけたたましい警戒音を発する。荒れ地レディースがいる間は、彼らもどこか落ち着かない様子だったが、今は翼竜らしからぬ姿で砂地で寛いでいた。

 

 現時点では、好戦的な飛竜や獣竜等の姿は見当たらない。ベースキャンプが設置されている自然の天窓が見えてくると、青い星はピュウ、と降下を合図する指笛を吹いた。旋回しつつ、少しずつ高度を下げていく。

 

 各々が着地の準備をし始める頃、導蟲が皆の腰に下げた虫籠の中から一斉に飛び出した。

「導蟲が……!」

「特定の誰かの蟲だけ、じゃないみたいだ」

 青い星と受付嬢は目を見合わせ、蟲達の行方を辿る。しかし若草色の光達は特定の何かに群がる訳でもなく、何でもない草むらや木などのあちこちに散らばっていった。

「取り敢えず降りよう。空中に留まるのは危険だ」

 四期団の編纂者の掛け声に、皆は一先ず安全なベースキャンプへと降り立つ。スリンガーのロープを戻すなり、生態調査員は興味深げに蟲の止まる場所を覗き込んだ。

「あなた達の反応を見る限り、これが常ではないってことよね。この子達が興味を示す痕跡がここまで薄く広がる、なんてことある? 警戒色でもないし、なんだか仕事を放棄しているみたいになってるけど」

 導蟲を専門とする研究者は調教師も兼任していて、彼らが何にでも飛びつくことのないように調整を施している。しかし今、導蟲たちはその逆の動きをした。誰かの導蟲だけがおかしな動きをしたのならば、彼女に修整の依頼をするところであるが。

「匂いといえば、なんだか嗅いだことのない匂いがするニャ。変なのニャ」

「匂い? 人間には分からないわね、流石だわ!」

 青い星のオトモアイルーがヒクヒクと鼻を動かす。生態調査員に褒められると、彼は誇らしげにした。

 

 それぞれが戻ってくるよう合図を出すと、やがて蟲たちは籠へと収まっていった。

「そういえば、ゾラ・マグダラオスの時には、皆の導蟲が一斉に青く光り出して、マグダラオスの方へと集まっていきましたね」

 受付嬢が口元に手を当てる。

「ああ……そうだったね、今となっては懐かしい。動きとしては近いものを感じたけれど、大型古龍が付近にいるって反応じゃないね。いずれにせよ、警戒するに越したことはない。注意して進むよ」

 五期団のエースの言葉に、皆は頷いた。

 

 ベースキャンプの横穴を出たところで、ふいに生態調査員が立ち止まる。

「ねえ、導きの地ってどこもこうなの?」

 生態調査員が指差す先には、よく日の当たる砂地で干からびたモリゲッコーの姿があった。しかも一匹や二匹どころの話ではない。陸珊瑚の独特な甘い匂いに混じり、生臭い空気が風に乗ってきていた。転々と散らばるそれらは、悪戯好きなモンスターに引き摺り出されただけとは考えにくい。

「こんなの初めて見たのニャ、おかしだニャ」

「モリゲッコーが、どうしてこんな所で力尽きているんでしょうか。彼らが危機を感じて逃げたとすれば、逃げ込むのはきっと森の奥の筈なのに」

 受付嬢の言葉に、青い星は腕を組んだ。

「シャムオスやツィツィヤックも、森林エリアまでは行かないだろうしね。イャンガルルガにでも連れて来られたかと思ったけど、そもそも奴がこんな小さいのを相手にするわけがない」

「だとすれば、この子達が自分でここまで来たってこと? おかしいわね」

 生態調査員に同意を求められ、ジェナも頷く。

「まあ、この辺りは苔類が生い茂るくらい水源は豊富だし、隠れやすい倒木もあるから、彼らが移動できない訳ではないな。水質は違うだろうし、エリアとしてもメインの生息域から外れているが」

 四期団の編纂者は手早く帳面に書き込んだ。

 

 大型モンスターの有無を青い星が確認した後であるとはいえ、先程から不穏なことが続いている。誰もが気を抜かずに坂を降りた。

 楔虫が木の枝で光っているのを認め、ジェナは指差す。

「あの崖の下です。ディアブロスは、あそこでネルギガンテに首を折られて絶命しました」

「なるほどね……あら?」

 生態調査員は、その場に立ち止まる。

「回復ミツムシの蜜の色が違うし、なんだか弱っているみたい。ここでは回復ツユクサ以外の蜜を吸っているのかしら」

「いいえ。光の加減もあるでしょうが、普段は古代樹の森にいるミツムシと似た色をしています。この色……ドクカズラの毒液でしょうか?」

 咲き乱れる白い花々が、風に揺られている。その場にしゃがみ込み、花に紛れているケムリ草を見ながら、四期団の編纂者は首を横に振った。

「ドクカズラは確かにこういう場所にも生えるが、回復ミツムシがあの毒液を吸うわけがない。古代樹の森の近接エリアに生息している奴らでも、そんなの見たことがないぞ」

 生態調査員は、よろよろと飛んでいく回復ミツムシを見送りながら呟く。

「彼らには可哀想だけど、興味深いわね。モリゲッコーといい回復ミツムシといい、物を認識する器官がおかしくなっている……?」

 

 編纂者たちが環境生物を調べている中、ディアブロスが気掛かりで、ジェナは崖の方へと歩いて行った。

「ああ……やっぱり」

 ディアブロスの身体は食い荒らされ、重い骨や甲殻、乾燥しきった翼膜がばらばらになって残されていた。特徴的な頭はそのままだが眼窩が落ち窪んでおり、哀愁を誘う。争いの直後には大きく抉れていた地面も、今は草花が生い茂っていた。

 そしてジェナが思った通り、溶岩エリアへの入り口は黒い岩肌で埋まっている。

 

「あの子なのね。瘴気エリアに近いのに、こんなに形が残っているだけ御の字かしら」

 気づけば、生態調査員が隣に来ていた。彼女はゴーグルをして手袋を嵌めると、スリンガーで下へと降りる。

 生態調査員が亡骸に歩み寄ると、中にいたスカベンチュラがわらわらと出てきて、ジェナは思わず後ずさってしまった。鳥肌の立った腕を摩りつつ、ジェナは双眼鏡を覗き込む。今のところ、危険なモンスターは付近に居ないようだ。

「確か、ネルギガンテにやられたと言ってたわね」

「はい。彼女たちに一体どういう経緯があったのかは分かりませんが……ナナ・テスカトリを守ろうとして、首を折られてしまいました」

 ジェナの言葉に、生態調査員はディアブロスの頸部の骨を調べる。

「骨を繋ぐ組織も朽ちてしまってはいるけど、確かに重いもので圧迫されたような形跡があるわ。頸椎をやられちゃったのね」

 生態調査員は舐めるように全体を見つめ、ふと目線を止める。

「これは……卵の殻だわ。ディアブロスのものにしては随分と小さいし、薄い。卵管で成熟している途中だったみたいね。道理で、皮膚の色素沈着がまだ起きていない訳だわ」

 ジェナはハッと息を飲み、瞼を伏せる。この竜も母親になることが叶わなかったのかと、そっと角を撫でた。意識的に頭の隅へと追いやっていた痛みが、再び胸を刺す。ジェナは、生態調査員に聞こえないように小さく溜め息を吐いた。

 

 一方で、ジェナ達の様子が見える位置で、受付嬢と青い星、四期団の編纂者は今後の方針について話し合っていた。

「何だか、既視感がありますね。いつ感じたかは思い出せないけれど、こう……パイの中から甘いジャムが溢れて、その匂いに釣られて色んなものが来ているような」

「あんたのその例えには聞き覚えがあるね、相棒。ともかく、調査は中断するべきだ。これは応援を呼んだ方が良いかもしれない」

 四期団の編纂者は、眉を上げる。

「あんたがそこまで言うってことは、やっぱり何かしらあるんだな」

「ああ。あんたも見ただろう? さっきの導蟲の変化を。環境生物の異変といい、上に何かあると見て間違いなさそうだ」

 青い星は目線を上へと向けた。ジェナと生態調査員が下に降りて行った後、唐突に導蟲が青く光り出したのだった。それらは陸珊瑚地帯を超え、さらに上の層へと飛んでいった。

 あまり離れる訳にはいかないため、そこまでで追跡を一旦終了してしまった。だが、例え時間が経過した痕跡に反応していたのだとしても、導蟲が青く変化した以上、非戦闘員をこの場に留まらせるべきではない。

「ここより上となると、森林地帯でしょうか。──それでは救難信号、上げます!」

 そう言うと、受付嬢は色違いの信号弾を打ち上げる。この色は、ある程度ハンターランクの高いハンターを呼ぶ為のものだった。今は青い星が導きの地に来ていると周知されているため、拠点にいればおそらく推薦組であるエイデン達が派遣されるだろう。

 

「どうしたんです!?」

 信号弾の音と光を見て、ジェナが呼びかける。青い星は崖の下に向かって声を掛けた。

「状況が変わったんだ、安全に調査を続行できないと判断した。ハンターの応援を呼んだから、あんた達は一度キャンプに戻って、拠点に引き返しておくれ。わたし達は、上層の調査を始める」

「!」

 

 ジェナ達のいる場所から少し離れた、導きの地の奥。そこでは、ケイコクチョウが甲高い鳴き声を上げながら飛び去って行った。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ディグモギー発見者の割に全然安全じゃないの、いかにもお守りパワーまで弾き飛ばす不運なジェナって感じです(課金アイテムネタ)。
そして最推しのNPCである野心あふれる先輩が書けて大満足です。

導きの地のエリア発見タイミングなどはゲームと少し変えている部分もありますが、ご了承ください。
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