【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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失われた幽世線

 

 

 

 蔦で隠された狭い入り口の傍には、蜂が好んで巣を作る場所がある。大人しい蜜蜂とはいえ、こんなに往来の多い場所に巣があるのはいかがなものかと、調査員らに常々文句を言われていた。

 

 ジェナ達は周囲に警戒しつつ、目印である蜂の巣の方へと歩いていく。普段であれば長閑に草を食んでいるアプトノスは、幼体を庇うようにして周囲を警戒していた。あの様子では、近くを通る時には、こちらが攻撃対象と見做されるかもしれない。

 殿を務めるジェナは、先導する青い星に問いかける。

「あの、東キャンプに戻らなくていいんですか? アプトノスもあの様子だし、何より導蟲が反応したのは、上の層でしょうに」

 先程まで一行がいたのは、東キャンプと呼ばれる、導きの地で二番目に建てられた簡易拠点だった。そして今向かっているのは、西側にある最初に建てられたキャンプだ。それぞれ縮尺上ではそう遠くない場所に設置されているが、西初期キャンプの方が上層に位置している。

 青い星は振り返り、頷いた。

「あんた達だけ引き返してもよかったけど、どうせならわたしと一緒に行った方が安全だろう?」

「まあ、そうですけど。でもそれなら、東まで付いてきてくれても良かったんじゃ……」

 ジェナの声音に困惑が滲む。だが青い星は快活に笑った。

「悪いね、あっちに戻るのが面倒臭くて!」

 信じられない。ジェナはじとりとした目を向けた。

 

 一方で、鳥の囀りに混じって切ない溜め息が聞こえる。その出所である生態調査員は、モギー調査にもまだ望みはあると思っていたらしい。

「気を落とさないでくれ、きっとまた機会はあるさ」

 四期団の編纂者の慰めに、生態調査員は苦い笑みを浮かべる。

「ありがとう。でも、この調子じゃネルギガンテの調査も暫く行けなくなりそうだわ」

 ジェナは生態調査員をちらりと見やる。溶岩地帯に足を踏み入れる前に、調査は中断となってしまった。その場にいたジェナも彼の死因は凡そ想定できるものの、直接目にした訳ではない。

「あくまでも私の予測だけれど。ネルギガンテの亡骸が溶岩地帯にあるということは、龍脈に直接養分が注入されるようなものだと思うの。きっと磁場を弄られた磁石がもっと強くなるみたいに、エネルギーにも大きな変化が起きてるんでしょうね」

 生態調査員は、神妙な顔で緑の生い茂る岩壁に触れた。導きの地は、生命の気配が一際濃い。おそらく、目視できない程の生き物もあちこちに居るのだろう。そして何らかの力が、彼らの営みに影響を及ぼしている。

 

 その時、突然受付嬢があっと声を上げた。

「相棒、皆さん、見てください!」

 蔦やらリュウノコシカケやらでびっしりと覆われた、小さな崖。受付嬢が見つめていたのは、その上方だった。

「ここに通れる場所なんて、なかった筈です」

「ぱっと見た感じではあるが、アン・イシュワルダの時のような地殻変動によって起きたものではなさそうだな」

 四期団の編纂者は、首に掛けていた双眼鏡を覗きながら呟く。地層も彼の研究分野であるため、要因の特定には心強い。

「やけに肌寒いと思ったら、空気の通り道ができていたのか……何にせよ、この後行ってみようじゃないの」

 青い星と受付嬢は顔を見合わせ、頷いた。

 

 全員がキャンプに入ったのを確認すると、青い星は武器を置いて切り株に腰掛けた。彼女が長い足を組むと、とても普段から重い鈍器を振り回しているようには見えない。

「相棒、記録を頼むよ」

「はい。生存している大型モンスターの痕跡および発見はなし。環境生物は回復ミツムシ一匹とモリゲッコー二匹の捕獲で、計二十四ポイントに換算されますね。先程の新ルートは地図に記載済みです」

 受付嬢は手帳を取り出すと、素早く調査記録をまとめる。

「おお、流石だな。俺も負けちゃいられないね」

 年若い後輩の手捌きに、四期団の編纂者は感嘆した。受付嬢は素直にはにかみ、青い星はバディの腕を引き寄せて「だろう?」と得意げな顔をする。

「捕獲した環境生物は任せてちょうだい。ディアブロスの亡骸も、私が換算しておくわね」

「ありがとうございます。お願いします」

 受付嬢は頷いて虫籠を生態調査員に手渡す。

 

「ちょいと失礼」

 そう言い残すと、青い星はテントの中に入っていった。垂れ幕を下ろした時点で、ジェナは彼女が着替えるのだと気づき、さりげなくテントの前に立つ。やがて各々は好きなように過ごし始めた。

 度々導きの地の調査を任されていた青い星は、防具もこちらに置いてあるのだろう。思い起こしてみれば、彼女の名前が書かれた袋が入っていたような気がする。新大陸には野生のメラルーもいないし、調査団の中にも盗難をしようとする命知らずはいない。

 

 ややあって青い星が出てきた。氷のような煌びやかなティアラとコルセット、意匠の施された白のパンツにロングブーツ 。そんな格好で狩りに行くのかと思ったけれど、ジェナの装いも外見だけならただのドレスに見えることを思い出す。

「見張り助かったよ、お嬢さん」

 青い星はジェナに微笑みかける。もうお嬢さんと呼ばれるような歳ではないのだが。ジェナが黙っていると、青い星は笑みを消し、低い声で呟いた。

「せっかく来てくれたのに、すまないね」

「……! いえ」

 自分は危険な調査に携わるべきでない、と言われたことに対し、憤る気持ちが少しも無いと言えば嘘になる。だが、今の自分では足手纏いになることは理解していた。

「決してあんたじゃ力不足、というわけじゃない。でもあんたは怪我が治って間もないし、これから行く所は、もしかすると溶岩地帯以上に危険な場所かもしれない」

「……ええ、分かっています」

 青い星はジェナの気持ちを見透かしたように、肩に手を置いた。

 

 二人の話を離れたところで聞いていた四期団の編纂者に、青い星はズバッと切り込む。

「あんたもさ。なに関係ないような顔してるんだい」

「え、俺もか」

「悪いけどね、過剰な期待はしないでおくれ。わたしは盾持ちじゃないし、導きの地で二人以上の護衛はキャパシティを超えている」

 青い星の単刀直入な言葉に、四期団の編纂者は肩をすくめた。

「残念だが、仕方ないな。短い時間だったが、あんたとこうして調査に出られて嬉しかったよ。また頼むぞ」

 青い星は面倒そうに頷いて見せた。前から思っていたが、二人は大分仲が良いらしい。

 

「それにしても、救難が遅いね」

 青い星の呟きに、受付嬢は時計を確認する。

「確かに、大分経っていますね。拠点で何か問題でもあったんでしょうか」

「わからない。ここにいれば一先ず安全だし、先に調査を始めてしまおうかしらね」

 青い星は置いていた武器を担ぐ。氷属性の武器には見えないのに冷気が這ってきて、ジェナはひとり震えた。

 

***

 

「ははぁ、なるほど。こいつはバフバロの仕業だね」

「粉々なのニャ」

 青い星とオトモアイルーはしゃがみ込み、巨大な足跡をメジャーで測った。そして周辺に散らばった砕けた岩と、足跡のついた土をサンプルとして回収する。おそらく他にも植物の生い茂るエリアに繋がる道はあったのだろうが、近道をしたくなったのかもしれない。嗅ぎ覚えのある匂いに、導蟲は元気に光っていた。

 

 奥へ進むと、高い場所から雫が落ちている音が聞こえる。目の前に靄がかかるようになったと思えば、それは自らの吐く息だった。

「なんだか、冷えてきましたね」

「ああ。こんな格好で来るんじゃなかった」

 青い星が愚痴をこぼすと、受付嬢も同調した。

「私もです。コートを着てくるんだった」

 

 腕を摩っていた受付嬢は、唐突に何かを見つけたように走り出す。

「うわ……!」

「すごいニャ!」

 天井からはシャンデリアのような氷麗が下がっており、洞窟だというのに仄かに明るい。たまにチラチラと舞っているのは雪なのか、そうでないのか。

「まるで渡りの凍て地のような気候。火山のような場所もあるし、この地は一体どんな風にして成り立ったんだろう」

「こりゃ見事だね……転ぶんじゃないよ」

 受付嬢とオトモアイルーは胸を弾ませ、くるくると辺りを回す。

「本当にワクワクします! 帰ったら、おばさまにも報告しなくちゃ」

「ふふ、そうだね」

 緊迫感のある状況でも無邪気な相棒の姿に、青い星は頬が緩んだ。もし娘がいたらこんな感じだろうか、と思う。

 

 その時、虫籠から導蟲がしゃらら、と飛び出した。行先には、導蟲と同じような──だが赤い光が集まっていた。よく見てみれば、見覚えのある縮れ毛が氷に紛れている。

「おや、あれは……」

 駆け寄った受付嬢は、目を輝かせた。

「すごい! なにかこう、強いエネルギーを感じますね」

 受付嬢は編纂書を捲り始める。そしてあるページに辿り着くと、垂れ目を大きく見開いた。

「ん? これって……間違いありません! ジンオウガ亜種の痕跡です!」

 受付嬢は以前、青い星と共にジンオウガの通常種を目にしている。だが、亜種の痕跡は初見だというのに、自身の記憶と書物の情報を瞬時に照らし合わせる能力は、流石と言えた。

「そのようだね。わたしが見たことのある毛よりも、大分チリチリしているみたいだけれど」

 青い星が答えると、受付嬢は目を丸くした。

「相棒、ジンオウガ亜種も見たことがあるんですね」

「ああ。ちょうど、わたしがタンジアに立ち寄っていた頃に発見されたのさ。奴には、沢山のハンターが返り討ちにされていたわね」

 青い星は閉じていた目を開き、眉を顰めた。

「しかし、だ。この痕跡には、導蟲は緑色に反応している。救難を呼んで正解だったかもしれない。……相棒、分かってるね」

 青い星が目線を向けると、受付嬢は頷いた。先程の導蟲の反応がこの痕跡に対するものでないのなら、その先には一体何があるのか。いざとなれば、ハンターではない彼女は安全な場所に待機させなければならない。

「震えるほどに赤く、禍々しいほどに黒い雷と共にジンオウガ亜種が現れた……そんな目撃談もあるようですね」

 再び本に目を落とした受付嬢に、青い星とオトモアイルーは頷いた。

 

 洞窟の外に繋がっていそうな坂を登るうち、氷には紛れない色が目に映る。青い星は咄嗟に受付嬢を伏せさせた。キャンプに戻るように伝えようとしたが、ここで下手に動くとまずいかもしれない。

 ジンオウガ亜種は、静かに眠っている。だが赤黒い雷を纏っており、少しでも近づけばすぐに覚醒して襲い掛かってきそうだ。

「あれが、ジンオウガ亜種……!」

 先にゴーグルを覗き込んでいた受付嬢は、囁いた。青い星も倣って双眼鏡を取り出す。

 眠るジンオウガ亜種に群がった導蟲は、若草色をしていた。

「ん?」

 その時、青い星はふと何か違和感を覚え、双眼鏡のつまみを捻ってみた。ピントがずれてぼやけた後、一部分が拡大される。見えた範囲だけでもジンオウガ亜種は傷だらけで、特に火傷のように爛れた皮膚が目立つ。そして、その周囲に群がる導蟲のみが青く輝いていた。

 

 傷ついて眠るジンオウガ亜種。傷口に群がった導蟲の変化。バフバロが作り出した別エリアへの近道。

 青い星は目を見開く。

「……そういうことか。大きな収穫を得た」

「え、相棒……?」

 

 三つの人影は、白銀の中ではよく目立つ。そんな中、カワリカブトエビの蠢く音が洞窟内をこだましていた。

 

***

 

 容赦なく肌を焼く日差しは、時間が経つにつれて少し落ち着いてきた。木々が風に揺れる音が心地よく、狩り場でなければ眠たくなってきてしまいそうだ。

 

 調査結果を共有していると、ふと頭上に影が差す。ジェナは一瞬大型モンスターかと身構えたが、それらは聞き馴染みのある甲高い鳴き声と共に降りてきた。

「あなた方は……!」

 同期か歳の近い先輩が来るかと思えば、颯爽と現れたのは一期団の重鎮。大団長と、竜人族のハンターだった。

 遅刻厳禁が口癖の大団長だが、おそらく調査班リーダーの制止を振り切って来たのだろう。確かに金獅子のブレスさえも受け止めたという彼は、導きの地でも難なく調査ができるだろうが。

「おう、待たせたな。救難信号を上げたのはお前達か? あいつがここに来ていると聞いて来たんだが」

 老齢ながらも筋骨隆々とした大団長は、その場にいるだけで金獅子のようなオーラを放っている。しかし翼竜の胴帯からロープを外す手つきは繊細で、ジェナは人知れず目を丸くした。

「あのハンターは何処に?」

 寡黙な棍使いは、簡潔な質問を口にする。ジェナは地図を取り出し、指差しながら説明した。

「森林地帯の付近に、新たな道が発見されました。その奥地の調査に行っています」

 大団長は面白そうに目を見開く。

「おお、そうか。もしかすると、今回の件と関係があるかもしれんな。いやなに、面白いもんを見つけたんで、報告ついでに来たというわけだ」

「面白いもの?」

 生態調査員の問いに、大団長は頷いた。

 

 その時、入り口から青い星と受付嬢、オトモアイルーが顔を出す。

「あんた達まだここに──おっと、これはこれは」

 軽く手を上げた大団長と竜人族のハンターに気付き、青い星は恭しく頭を下げる。受付嬢は「どうなさったのですか?」と目を丸くした。

「あなた達、随分早かったわね」

 生態調査員が首を傾げる。受付嬢は大団長達に軽く経緯を説明し、先ほど見てきた状況について話し始めた。

「洞窟の奥は、渡りの凍て地のような場所が広がっていました。そこで、傷ついたジンオウガ亜種が発見されたんです」

 青い星は腕を組み、補足する。

「しかも、随分と火傷が目立った。火山にも現れるようなやつが、だ。加えてその傷跡に反応した導蟲は、青く変化した」

 青い星の言葉に、皆が一斉に目を見張る。

 

「ふぅむ……やはりな。余力はあるか?」

 大団長は顎に手を置き、青い星を見た。青い星は受付嬢と目を合わせ、頷く。

「見てもらいたいものがある。来てくれ」

 竜人族のハンターは背を向けると、棍棒を杖のようにして歩き始めた。

「さて、どうしたものかしらね。エイデン達だったら、一緒に連れ帰ってもらうつもりだったんだけれど」

 流石に上司に向かって強くは出られないらしい。悩ましげに眉を下げる青い星に、ジェナは進言した。

「二人なら、あたしが責任を持って護衛します。ここは任せて、調査に行ってくださいな」

 それを聞いていた大団長は眉を上げる。

「なんだ、お前たちも一緒に来ればいい。こんな機会、二度とないかもしれんぞ」

「えっ」

 もし調査班リーダーが聞いていたら、目を釣り上げただろう。

「お待ちを、大団長。ハンターはわたしとオズモンドしか居ません。編纂者たちを連れていくには、危険すぎます」

 青い星が食い下がると、竜人族のハンターが戻ってきた。

「私を忘れられては困るな」

 青い星は一瞬たじろぎ、頭痛を堪えるように目を瞑る。それからジェナと編纂者たちを見回し、唇を巻き込んだ。

「それじゃあ、安全第一で。言っておきますが、何かあればすぐに帰還しますからね」

 

 

 

 翼竜に掴まって風に揺られ、どれほど経っただろう。大団長らがいくつか簡潔な会話をしているうちに、竜人族のハンターが口を開いた。

「ここだ」

 壮年のハンターの視線の先には、高く聳える山々があるのみ。しかし一見何の変哲もなさそうなそこには、立ち上る砂埃の奥にぽっかりと空いた場所があった。ジェナは息を飲む。

「行くぞ」

 大団長に続き、七人も谷の底へと向かう。

 頬を叩く風には、導きの地で感じるどこのものとも異なる──だが、全てに通ずるような匂いがするような気がした。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

あのジンオウガ亜種のクエストなのに、クエスト名がものすごく前座感マシマシなことにすごく驚いた記憶があります。

それはそうと、今年度は「前線拠点セリエナのテーマ」の生演奏が2回も聴けるそうです。なんてハッピーな年でしょうか。
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