翌朝、熱の鎮まった黄金郷跡にて。
出発した時はまだ星が見えていたのに、もう空はすっかり明るくなっている。
「ワオ驚いた。君どこから来たの? その金どうするの?」
「……」
フィールドに到着してまだ間も無い。
だが、ジェナは既にクエスト帰りのような疲労感に襲われていた。
その原因は目の前で騒いでいる白頭巾。
白頭巾──もといリュカは、黄金郷特有の環境生物を見るなり目を輝かせてすっ飛んでいったのだった。彼が拠点になかなか戻ってこない理由が判った気がする。
あちこちでしゃがみ、背伸びし、仕舞いには小さな環境生物に話しかけ出す始末。金そのものには興味を示さないため、リュカの好む対象は生き物のみらしい。
それだけならまだ良いが、探索に夢中になるあまり何か言っても生返事しか遣さない。
「あっ待って、ぼくもそっち行くから! ……あれ? 居なくなっちゃった」
「ハァ……」
果たして自分は幼児の子守を請け負ったのだったか。否、そんな訳はない。
リュカの腕に止まった猟虫も、心なしかうんざりしているように見える。
ジェナは呆れ顔でリュカに声を掛けた。
「ちょっと、あたし達がここの安全確認を担ってるのよ。珍しいのは分かるけど、環境生物探しなら後にして頂戴」
「はぁい」
「返事は短く!」
「はいっ」
鋭く言って、リュカはようやく背筋をぴしりと伸ばした。
昨日会ったばかりなのに、まるで別人のようだ。セルマにしろリュカにしろ、どうしてこう自分の周りはマイペースな人物が多いのか。
良く言えば相方と似ているため、やりやすさはあったものの、セルマはここまで自由ではない。
(男の子のお母さんって大変なんだろうな……)
ギルドカードを見る限り、リュカは若いながらも成人している。この組織のチェックは厳重であるため、偽装はできないだろう。
この歳でこれならば、もっと小さなうちは気苦労が絶えないに違いない。道理で逞しくなるわけだ。
ジェナは既に数えるのを諦めた溜息を吐き、クーラードリンクを口に含んだ。現大陸と違って氷結晶やにが虫を使わない、独特な清涼感のあるこの味は未だに違和感がある。
今のところ、他のモンスターの気配は無い。行動開始すればリュカも流石に着いてくるだろうし、もう行ってしまうことにした。
「ここから一気に下へ行けるわよ。お先に!」
「えっあれ、ジェナ? ……あっ、待ってー!」
声を掛けるのとどちらが早いか、ジェナは勢いよく自然の滑り台へと飛び込んだ。
サラサラとした砂は摩擦抵抗が少なく、楽に移動ができる。せっかくの新しい装備だというのに、臀部が汚れることに構いもしないのはハンター故か。
少し遅れてリュカが着いてきたことを確認すると、ジェナは正面を向いて長い滑り台を束の間楽しんだ。空気の層によって若干温度差があるが、その中を突っ切っていくのは気持ちがいい。
この通路は小さな洞窟のようになっており、所々に開いた穴から辺りの様子が確認できる。勿論ジェナとて仕事は忘れていない。
洞窟内はその名の通り金色をしたコンジキウロコウモリが飛び交っているが、空間把握に優れた彼らがぶつかることはなかった。
踊り場が見えてくると、膝を曲げて速度を落とす。完全に止まった後、ジェナは息を潜めて双眼鏡を取り出した。
遅れて降りてきたリュカに、人差し指で静かにするよう伝えると、二つのレンズを覗き込む。
古龍の居なくなった跡地は、それまで機会を窺っていた狡猾なモンスターが潜んでいる可能性があるためだ。
だが、しばらく観察しても妙な動きや気配は見当たらなかった。同じようにレンズを下に向けていたリュカも、特に異常を見つけてはいなさそうだ。
「……ん、今のところ大丈夫そうね。でも念のため隠れ身の装衣は着ておいて」
「わかった」
二人は双眼鏡を仕舞うと、環境に紛れる小型のマントを羽織った。
高台から降りると、つい先日まで爛輝龍が使っていたルートに出る。
そして金でできた氷麗の先にあるのは、爛輝龍が最初に牙を交える場所として選んだ、地下に広がった空間だ。
主が居なくなったその場所は伽藍堂。
時折コンジキウロコウモリのものらしき鳴き声と羽音は聞こえるが、あまりにも生き物の気配が少ない。
爛輝龍の匂いを覚えている導蟲は青く発光してはいるものの、虫籠から遠く離れる様子はなかった。彼らは一度覚えた匂いを追って集まる習性があるため、調査団ではペイントボール代わりにされている。
ホギャホギャと騒いでいた奇面族ガジャブーすら見当たらない神殿は、より厳かな雰囲気を醸し出していた。
「なんかこう、思ってたのと違うなぁ……」
リュカはしばらく歩き回りながら地面や空中を観察していたが、やがて残念そうに独り言る。
「爛輝龍が去った後の黄金郷は枯れてしまうそうよ。まだ綺麗ではあるけど、ここももうじきね」
リュカは残念そうに「そっか」と呟く。
高台に上って地図に情報を書き込んでいたジェナは、ふと思い付いたように口を開いた。
「ねえ、昨日から思ってたんだけど。一つ聞いてもいいかしら」
「なに?」
「その格好、暑くないの?」
ジェナの質問に、クーラードリンクの瓶に口を付けていたリュカは目を瞬かせた。
リュカの装備に用いられているパオウルムーの毛皮は、空気と同時に熱を溜め込む性質を持つ。それはパオウルムーが陸珊瑚の台地の中でも、冷風の吹き渡る比較的高い層を住処としているためだろう。
それ故、その素材を利用した装衣は防寒具として用いられていた。
「あはは、面白い質問だね。暑いに決まってるじゃないか」
「いや暑いんかい!」
言葉とは裏腹に、リュカは汗一つかかずにけろりとしている。勿論ドリンクの効果もあるだろうが。
アステラで着ているのも相当だが、まさか煮えたぎる地脈近くの黄金郷にまで着てくるとは思わなかった。
上層は既に冷めてひんやりとしていたけれど、下層は暖房を焚いているかのようだというのに。
他に装備を持っていないとしても、全員に支給されたレザー装備がある筈だ。そんな格好をした人間が隣に居ると、見ているほうが暑い。
「せめて頭巾だけでも外せばいいじゃない」
「だって背低くなるでしょ?」
「あ、そう……」
確かにリュカはジェナよりも背が低い。
身長を鯖読みしたいなら他の防具を着ればいいのでは、というツッコミはぐっと飲み込んだ。ジェナだって、利便性を無視してでも装飾や服装を楽しみたい気持ちは解る。
それに、操虫棍を扱うのに身軽に動き回れる素材はちょうどいいのかもしれない。
日光の差す天窓の下でリュカは頭巾を外し、パタパタと手で仰ぐ。
その時、どこか既視感を覚えてジェナは目を瞬かせた。
「……え?」
──今、何か……。
「ん? ジェナ、どうかした?」
リュカは不思議そうにこちらを見つめている。それまで影になってよく見えなかったその瞳は、空色をベースに榛色が花開くような模様をしていた。
それにしても、自分はどこに違和を感じたのだろう。どうしても思い出せない。
「……いえ。ごめんなさい、何でもないわ」
「そう? ならいいけど」
その感覚が何なのかは結局分からないままだったが、気のせいだと思うことにした。
ジェナは思案を振り切るように「さて」と立ち上がった。
「今のところ異常はなさそうだし、下へ進みましょう。この先は溶岩が剥き出しになっているから注意して」
下層につながる爛輝龍が開けた大穴からは、入る前から熱気が漏れ出ていた。
二人は足元に気を付けながら降りていく。
「まるで龍結晶の地みたいだ。あっちは結晶でこっちは黄金。新大陸はゴージャスだね」
龍結晶の地は、地脈の黄金郷の下層と同様に溶岩地帯が広がるフィールドだ。
名が表すように、人間はおろかモンスターすらも小さく見えるような、鈍い輝きを放つ結晶が鎮座している。
その結晶の正体は、燃え尽きた古龍の生命が分解されたエネルギー。地脈を通じて流れ込んだそれらが結晶化したものが、豊沃な大地を作り出していた。
そんなリュカの言葉に、ジェナはふとあることを思い出す。
「そういえば、龍結晶の地はいま立ち入り禁止だったわよね。確かテオ・テスカトルとナナ・テスカトリが営巣中だとか」
テオ・テスカトルとナナ・テスカトリはそれぞれ炎王龍、炎妃龍と呼ばれる古龍だ。赤と青の体毛を持つ彼らはその名の通り、雌雄関係にある。
目撃することすら難しいテスカト種は、現大陸では二頭同時に発見されたという報告はない。
しかし新大陸では時折一緒にいる様子が確認されており、ここが彼らの繁殖地なのではないかと言われていた。
「うん。ラブラブだよ」
「あら、まるで見てきたみたいに言うじゃない」
ジェナが揶揄ったものの、リュカはニコニコしながら頷いた。
「だってあそこの調査に入ってたの、ぼくだもの」
「それ何の冗談?」
思わず溢れた言葉に、リュカは口を尖らせる。
「本当だってば。意外とぼくって優秀なんだよ」
「自分で言うことじゃないわね……」
それにしても、とジェナは感嘆した。
まさか新しい相棒が、気性が荒いことで有名な古龍たちが棲まう地の調査をしていたなんて。
新大陸のテオ・テスカトルは比較的穏やかな性格とされている。実際にジェナも近くで見たことがあるが、目が合った程度ではどこ吹く風という反応をされた。
だが雌のナナ・テスカトリは別だ。繁殖のために新大陸へ訪れた彼女たちは、現大陸で確認されている個体以上に凶暴だと聞く。
以前、青い星との戦闘で負傷したテオ・テスカトルが闘技場に逃げ込んできたことがある。その際、彼を食べようと襲いかかってきた古龍ネルギガンテから、守護するようにナナ・テスカトリが舞い降りたという話は有名だ。
いま営巣しているのは、彼女とは別の個体だという。
リュカは溶岩を踏まないよう、ゆっくりと歩を進めながら「でもね」と呟いた。
「ついこの前、テオが急に変な行動をし出したんだよね」
「変な行動?」
ジェナが鸚鵡返しをすると、リュカは頷いた。
「ナナが寝ている時にそわそわしてたかと思ったら、炎で岩を溶かして巣の周りを塞いじゃったんだ。しかも近くにいたディノバルドまで追い払ったんだよ」
「へえ……奥さんを守るためかしらね。でも、それのどこが変なの?」
古龍の生態は謎に満ちている。
悠久の時を生きるという彼らなら、番を守る行動をとっても何らおかしくないような気がした。火竜の番でさえも、雌が眠っている時には雄が見張りを担うことが確認されているのだから。
だが、他に誰がいるわけでもないのに、リュカは辺りを見回して声を潜めた。
「なんとテオが、そのままナナを置いてどこかに行っちゃったんだ。ナナのお腹が大きくなっても仲睦まじくしてたから、てっきり二頭で子育てすると思ってたのに」
「まあ……そこまでするなら浮気ってわけでもなさそうね。何か理由があるんでしょうけど」
リュカは汗を拭いながら、やれやれと首を振る。
「そしたら案の定ナナが激怒しちゃって。周りを焼きながらテオを探し始めたんだ。そりゃもうおっかないよ、鬼の形相ってああいうのを言うんだね」
「あなたねぇ……」
あはは、とリュカは軽く言ってのけたが、全くもって笑い事ではない。
下手をすれば、夫を探しに来たナナ・テスカトリによってアステラが全焼する、などという事態も有り得るのだから。
「それでナナはどうなったの? まだ龍結晶の地にいるんでしょう?」
「今のところ、ね。でも外に出るのも時間の問題だと思うよ。だから報告に来たってわけ」
リュカの言葉に、ジェナは顔を青くした。
「あなた、あたしと組んでる場合じゃないじゃない! それこそナナの動向を観察し続けるべきだわ」
「まあそうなんだけどね、だから班で追ってはいるよ。……でもあのナナ、若いけど見境なく暴れるほど馬鹿じゃない」
リュカは「邪魔したらコゲ肉にされるだろうけど」などと戯けながら、足を上げて靴の裏が焦げていないか確認する。
「それに、新大陸古龍調査団は言ってみれば対古龍のエキスパート揃いだ。その装備……ジェナだってマム・タロトと戦ったでしょ? 何の防衛設備もない村とは違うんだよ」
リュカは目線だけをすっと真っ直ぐジェナに向けた。
その眼差しに宿る鋭い光に、ジェナは息を飲む。つい先ほどまでの無邪気さは、すっかり鳴りを潜めていた。
リュカの言葉の意味──それは、もし危険が及ぶようなことがあれば、身籠ったナナ・テスカトリに刃を向けるということだ。
「ぼくは馬鹿がつくほど生き物が大好きだけど、いざとなれば武器を取る。
その言葉とは裏腹に、リュカは腕に止まっている猟虫を優しい手つきで撫でた。
人間は裏表だけでなく、場合に応じてたくさんの面を使い分ける。
この青年には、一体どれほどの面があるのだろう。だがなんとなく、面は異なってもそこから導き出す答えはぶれないのではないかと思った。
ジェナはしばらく雰囲気に呑まれて黙り込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。
「……そう、それがあなたの生き方なのね」
リュカは神妙な顔で頷く。
その真摯さが、ジェナには何故かとても眩しいものに思えた。
無言で再び歩き出した二人の顔を、金と溶岩が赤く照らしている。
ひたすらに広い空間で、それらがぐつぐつと煮立つ音だけが響いていた。
結局、最下層にも当時の戦闘の跡のほかには、目立った異変は見当たらなかった。
爛輝龍を失った黄金の宮殿はどこかくすんでいて、まるで主を弔うための装いに自ら変化したかのようであった。
上層へと戻る道中、リュカが口を開く。
「ちょっと話は戻るけど、ジェナの装備は今回の個体から作ったの?」
「ええ。想像以上に報酬が手に入ったから、いっそのこと一新しようと思ってね」
「そうなんだ。どんな個体だったの? 角はやっぱり大きくうねってた?」
リュカは目を輝かせて訊いてくる。
これほど露出のある防具でも、リュカの視線からは下心が一切感じられない。悪い気はしなかった。
「まあ、大分うねってはいたわね。最後折っちゃったけど」
「ワオ、ジェナが折ったの? すごいや!」
リュカの純粋な反応に、ジェナは肩を竦めて首を振った。
「角だけよ、角だけ。まったく、苦労して追い詰めたのに、あの人にトドメを華麗に刺されちゃったの。まるでキリンの王子様みたいだったわ」
「あの人って?」
「青い星よ、言わせないで頂戴」
ジェナは顔をしかめる。
もし青い星たちが来てくれなかったら、状況は悪化していただろうし、セルマもあの怪我では済まなかっただろう。
それでも、というより寧ろそのことがジェナにとっては腹立たしかった。自分やあの場にいたメンバーでは、青い星一人にすら敵わないという事実が。
「まあ、ランクが上がったからもういいけど。悔しがっても仕方ないし、あたしはあたしの仕事をするまでだわ」
つんと澄ましたジェナを見て、リュカはふふ、と笑いを溢した。
「何よ、いま笑うところあった?」
「いや。なんか格好良いなぁと思って」
「格好良い? どこがよ」
そんなやり取りをしながら、二人は最上層への入り口をくぐる。ここまで来れば、後はもう翼竜の待つベースキャンプへ向かうのみだ。
あちこちに輝く金属の付着した谷間は、音がよく響く。
その時、突然ジェナの導蟲がしゃらら……と一斉に飛び立った。それに続いて、リュカの導蟲もふわふわと輝きながら飛んでいく。
「まあ、何かしら」
「青い光……殺気も感じられないし、マム・タロトの痕跡に反応したのかな」
二人は顔を見合わせ、導蟲の光を辿る。
程なくして、虫たちが集まっている場所をいくつか見つけた。モンスターの痕跡で間違いないだろう。
だか彼らは、近寄っては勢いよく離れるような、奇妙な動きをしていた。
その中央にあるものを見て、リュカはハッと息を飲んだ。
「あれは……!」
黄金の散りばめられた地面や壁を舐めていたもの──それは、小さいながらも燃え続ける、蒼い炎だった。
蒼くなる程に高温の炎を扱う竜や龍は少ない。ましてや燃え続けるエネルギーがあるものなど、それだけで特定される。
二人は急いで隠れた。炎があるならば、まだ近くにその主がいる可能性がある。
しばらく日光がレンズを照り返すことにすら気を使って双眼鏡を覗いていたが、やがて近くに危険はないことを認識した。
警戒は解かないまま、その根源へと歩み寄る。
「あちゃー……間違いないわね。道理で他のモンスターも尻尾を巻いて逃げる訳だわ」
ジェナは嫌な予感が当たった、と溜息を吐いた。
時間が経っている様子であるのに、延々と燃える炎。
その傍らにある、獣のような肉球と鋭い爪のある足跡。
これはもう、確定だ。
「──まさかのナナちゃん黄金郷わず」
その呟きを、洞窟に吹き渡る風が攫っていった。