【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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母なる大地に眠るもの

 

 

 

 岩に張り付いた幽膜の数々が、風ではためいている。これまで飛んできた空は明るく晴れ渡っていたというのに、そのカーテンを抜けた先からは薄暗い。

 

「まさか、こんな所があったなんてな」

「本当ね。導きの地がいくつかの層になっているのは知ってたけど、まるで陸珊瑚の台地が見つかった時みたい」

 エイデンとリアは、物珍しげに谷のあちこちを見回していた。そんな中、先発の青い星は谷底で僅かに動くものを認め、二人に用心するようハンドサインを見せる。

 

 大規模な調査の前に斥候をすべきではという大団長の提案により、未知のモンスター調査にはまず少数での調査を行うこととなった。「深追いナシ」の宣言通り、ある程度で切り上げることが条件だ。

 調査班リーダーは複数のハンターでの調査も許可したが、青い星が首を横に振った。モンスターの性質が不明瞭である今、少しでも損失は少ない方が良いと。炎妃龍のように広範囲での攻撃をするモンスターの場合、全滅も免れない。ただ、万一の時の為に、エイデンとリアのみを同伴させてほしいと言った。

 その代わり、大団長と竜人族のハンターが、青い星らが赤いモンスターと対峙している間に正体と生態を探り出すという方針になった。

 

「……以前よりも上層にいるな。食事か何かの為なのか、俺たちを警戒しているのか」

 大団長が低く呟き、青い星も頷く。

「ええ。後者じゃないと良いんですけれどね」

 だが、青い星の期待を裏切るように谷底の何か──赤い龍は首をもたげ、こちらを真っ直ぐに見た。眠っていたかのように見えたが、警戒は解いていなかったらしい。

「まずい、気付かれた」

 竜人族のハンターが顔を顰めると、エイデンがあっけらかんと言い放つ。

「うーわ。やっぱりアンタの勘が当たっちまったッスね!」

「一旦キャンプ予定地へ退避!」

 皆の翼竜は一斉に上昇し、前回の調査で受付嬢が示した場所へと向かった。

 

 エイデンと青い星が荷を下ろし、テントを組み立てようとすると、大団長が手で制した。

「奴は翼と飛行能力を持っている。あの様子じゃ暫くは動かないだろうが、逃げられないうちに、調査を始めろ」

「え、いいんスか! それじゃ遠慮なくお願いするッス!」

 エイデンはさっさと自分の準備に取り掛かる。その遠慮の無さに呆れながら、青い星は大団長の気遣いを有り難く受け取った。編纂者二人も大団長を手伝おうとしたが、こちら側に追いやられる。

 早速テントを広げ始めた逞しい背を横目に、青い星はエイデン達に簡易な説明をした。現在赤い龍がいるエリアには自分達はまだ降り立ったことがないため、地盤の状況も分からないこと。使えそうな地形などがあれば、すぐに共有してほしいこと。

「もうこちらの存在はばれてしまっているし、随分警戒していたからすぐに攻撃をされる可能性もある。わたしとエイデンで奴の気を引くから、後続の調査に向けて、あんた達には地形の把握を主に頼みたい」

「わかったわ。腕が鳴るわね」

「うーし、やってやるぜ!」

 リアとエイデンが息巻いている中、受付嬢は青い星に頷いて見せ、大団長の方を振り向いた。

「それでは、先に行って参ります!」

 受付嬢の言葉と共に指笛が響き、壁際に止まっていた翼竜らは再び飛行を始めた。

 

***

 

 青い星らが調査に発つ頃には、拠点は既に謎の赤い龍の話題で持ちきりだった。特に掲示板の前には人だかりができており、ハンター達はそれぞれ一喜一憂している。

「期団長に飛行船出してもらわなくていいのかなぁ。あ、でも陸地が確保されてないと難しいか」

 五期団の調査員が呟く。ハンターでもなく、拠点整備に精を尽くす彼は調査には関係ないが、野次馬は他にも集まっていた。

 

「久しぶりにこっちに戻ってみたら、随分賑やかじゃないの。一体、何の騒ぎだい?」

 その朗らかな声に、皆の表情が明るくなる。彼らの視線にいる人物──フィールドマスターは、軽く手を上げて見せた。一期団の紅一点である彼女は、その肌や髪は長い間紫外線に曝されていたことを思わせるが、輝く瞳や笑顔はどこまでも若々しい。

 フィールドマスターは猛り爆ぜるブラキディオスを発見して以来、暫くの間青い星と並行して溶岩地帯の調査を行っていたという。奥地で活性化した粘菌のサンプルを手に入れ、三期団の学者らと研究を重ねていたらしい。瘴気の谷といい溶岩地帯といい、つくづく地下に所縁のある人だ。

 

 カガチ装備の大剣使いは、説明すべく掲示板の貼り紙を指差す。

「導きの地の奥で、未知のモンスターが発見されたんです。ゼノ・ジーヴァとの関連があるんじゃないかって。今、大団長や青い星達が斥候に行ったところで」

「なんですって!?」

 フィールドマスターは目を見開いたのち、面白そうに口端を上げた。

「あそこには、とんでもない何かが眠っているんじゃないかと思っていたけど……想像以上だったわね」

 フィールドマスターが掲示板に近づくと、人々は自然に道を開ける。

「ふぅん、なるほどね。随分と大規模な調査じゃない。ハンターがこれだけ必要なら、編纂者の仕事も山積みだわね」

 いかにもハンターと編纂者のバディ制を考案した第一人者らしい発想だった。確かに、編纂者に関する要項は記載されていない。青い星とエイデンが調査に行く以上、推薦組の二人は必然的に参加するだろうが、他の者はどうするのか。

「フリーの編纂者って今何人いるんだっけ。あ、ナンパじゃないぜ!」

 おちゃらけた若いハンターの言葉に、隣の帽子を被った小柄な女性が顔を顰める。

「うっさい、今ふざける場面じゃないでしょ」

「なんだよ。お前そもそも物資班だし、編纂者でもないだろ」

「何よ、私は見ちゃダメなわけ?」

「はいはい、そこまで」

 ギャンギャンと喧嘩を始めた二人を、フィールドマスターが収める。

 

 そんな中、四期団の編纂者が「そういえば」と顎を撫でた。

「編纂者とバディを組んでるハンターは、大体は参加条件も満たしているよな。尚且つ他の任務についていない奴となると、搾られてくる」

 オールバックに眼鏡のハンターは隣の友人を突いた。

「じゃあ、お前らはパスだな。明日から新設キャンプ以西山間部の調査だろ?」

「ああ」

 話を振られたハンターはこくりと頷く。掲示板が見えるようにアイルーを抱っこしていた編纂者は、雪を避けた所に彼女をそっと下ろした。

「こっちも気になるけど、仕方ないよね」

「ボク達は温かい格好をしていかないといけないニャ。あっという間に人間雪だるまとアイルー雪だるまの完成なのニャ〜」

「フフ、そうだねぇ」

 アイルーは白い毛を逆立てて膨らませる。このままでも雪だるまのようだ。

「そりゃ大変だ。お前ら、アイスピックとホットドリンクも忘れずに持って行けよな!」

 彼らを含めた任務のある者たちは、自分に関係ないということを知ると、仕事に戻り始める。オールバック眼鏡はボウガンを背負い直し、反対側にいた大柄なハンターに絡んだ。

「そんじゃオレらで参加すっか、キャシー!」

「あら。アンタ参加できないわよ、エド」

 キャスリーンは腕を組み、じとりとした視線をオールバック眼鏡ことエドに向ける。

「は!? なんで?」

「よく見てみなさい、アンタのランクじゃ星が足りないわ。この前の大きい任務の時、二日酔いで盛大にゲロって寝込んでたものね」

「嘘だろ〜ッ! オレのバカ〜!!」

 

 喚くエドをよそに、キャスリーンは「それで」と振り返る。

「随分浮かない顔をしてるけど、アンタは参加するんでしょ? ジェナ」

「えっ」

 まさか自分に話題を振られるとは思わなかったジェナは、目を瞬かせた。皆一斉に、そしてフィールドマスターまでがこちらを見るものだから、頬がかっと熱くなる。

「彼女も、俺たちと一緒に幽境の谷の調査に行ったうちの一人です」

 四期団の編纂者が紹介すると、フィールドマスターは「あら」と目を丸くした。

 握り締めている狩猟笛の管が、手袋越しでも熱を奪っていく。ジェナは俯いた。

「あたしは……一度谷には降りたけど、怪我をして筋力も落ちてるし、もし討伐を目標とするなら皆の足手纏いになってしまいます」

「足手纏い、ねぇ」

 重要な任務に参加できないことへの歯痒さはある。けれど何より、青い星直々に遠慮するよう言われてしまっている以上、今更のこのこと顔を出すわけにもいかなかった。

「アステラにもセリエナにも、他に優秀なハンターは沢山いますから」

 ジェナはキャスリーンをはじめとした他のハンターらを見回す。彼らもまた、多くの経験を積んできた者たちだ。

 

 フィールドマスターはふむ、と腕を組む。

「でも、復帰はしているんでしょ? 一度現状を見ている者とそうでない者とでは、生き残る確率にも雲泥の差がある。

 ランクからして──あたしは数字で人の成績を決めるのはあまり好きじゃないけど──技術にも経験にも、不足はないと思うけどね」

 大先輩からの真っ直ぐな賞賛を受け、ジェナは益々顔を赤くした。フィールドマスターは学者の顔から一変し、気さくな眼差しを向ける。

「しかも、肝心なことを聞けてないよ。あんたの気持ちはどうなんだい?」

「え……?」

 ジェナは目を見開く。自分の気持ち。言われてみれば、最近は建前ばかりを気にして、暫く正面から向き合っていなかった気がする。

 フィールドマスターは、優しく微笑んだ。

「その顔を見れば分かるわよ。知りたいことは、悠長に待ってはくれない。自分の気持ちに嘘をつくのはおよし」

「そうよ、ジェナ。アタシも付いてるんだから」

 キャスリーンはジェナの肩に手を置く。大剣を扱う彼女の手は大きく、温かい。フィールドマスターは「それに」と付け加えた。

「何も、武器を出すことだけが調査じゃないわ。あたしだって、ずっと瘴気の谷を見てきたんだから」

 その言葉に、ジェナは息を呑んだ。まだ未開の地であった新大陸──それも飢えた生き物の跋扈する瘴気の谷で生き抜いてきた彼女の言葉には、これ以上ない程の説得力がある。

「まあ、もう少し時間はあるみたいだしね。ゆっくり考えるといいわ」

 それだけ言うと、フィールドマスターは踵を返し、後ろ手でひらひらと手を振った。尽くしなやかで逞しい女傑だ。

 

 クエストボードに貼られた紙は、湿気で既にふやけ始めている。集会所での特殊な手続きが必要とはいえ、用いられる素材は同じだ。

 ジェナは一つ大きく息を吸うと、申し込み用紙の半券を一つだけ千切った。

 

***

 

 息をするたびに、喉の奥が冷たい鉄の味で満ちる。鎚を振り下ろした直後に迫ってきた龍の脚からは、地面に飛び込んでなんとか逃れた。

 その巨体ゆえ、龍が少し動くだけでも人間側は消耗を強いられる。年を追うごとに持久力が落ちてきているのをひしひしと感じていたが、今はその弱みをピンポイントで突かれているようだった。

「ったく、でかい図体のくせに素早いじゃないの!」

 青い星は遠心力をつけ、鎚を振り上げる。しかし厚く堅い甲殻に阻まれ、内にある筋肉や骨までは衝撃が伝わっていないように感じた。ならば関節を狙おうとクラッチクローを構えるが、エイデンを狙っていたらしい龍がまた大きく動いてしまい、長い尾が迫り来る。

 

 やはりと言うべきか、龍はこちらが近づくとすぐに警戒態勢をとった。そして距離をとった編纂者らではなく、自身の近くに降りたハンター達に明確な敵意を示したのだった。こうなってはもう、戦闘は避けられない。

「まずい、来るぞ!」

 龍の口元が煌々と輝き始めると共に、エイデンの掛け声が響く。青い星は龍の懐に飛び込んだ。

 特に強烈だったのは、そのブレスだった。白く輝くそれは一見すると圧縮した水のようだが、凄まじい熱を放っている。

 加えて、龍が思い切り地面に脚を叩きつける際、地面がひび割れてブレスと似た光が生じた。水銀のようにも見えるが、空気に触れるとすぐに爆発を起こす。

 怯んで青白いガスが漏れた際にも感じたが、それは青い星にとって、何よりも既視感を覚えるものだった。

(やはりこいつは……)

 冥灯龍の成体。そう考えるのが妥当だろう。とはいえ劣化した地面に脚を取られて転ぶあたり、まだ戦闘慣れはしていないらしい。エイデンが機転を効かせて崖を崩した時にも、岩が落ちるのを見てはいても避けるということをしなかった。まるで、それが自分にダメージを与えるものと認識していなかったかのように。

 現大陸では、亜生体の狩猟を認可されている地域もある。青い星は、巣立ったばかりの火竜と対峙した時を思い出した。

 

 その時、龍が脱皮をするかのように背を曲げた。次の瞬間、地面は輝き出したが衝撃は起きず、龍の四足へと光が収束していく。

「なんだ!?」

 広げた翼には点々と青白い光が宿り、まるで星空のように見えた。幻想的にも思える光景だが、青い星とエイデンは警戒し、後ろへと下がる。

 一方で、大団長は岩陰から身を乗り出し、目を見開いた。その視線の先では、破けていた筈の翼膜がみるみるうちに元通りに再生している。

「傷が癒えるだと!? ……この地のエネルギーを吸収しているのか?」

 先程龍がバランスを崩した地面の中には、壊死したように黒くなった糸のようなものがいくつも層となっていた。粘性を持っているというよりは、毛細血管が集まり、それが龍の脚に絡まってしまったように見えた。

 もしや、それが本当に白い光──エネルギーを栄養する血管となっていたのではなかろうか。かの龍が望めば、栄養分や老廃物を交換するかのように容易く、龍の身体とこの大地間のやり取りが行われるのではないか。

 

 龍はエネルギーの吸収を終えると、青い星らには目をくれずに翼を広げた。巨体がグン、と持ち上がったかと思うと、谷の底へと消えていく。

「……移動か」

「いやぁ、想像以上にやばかったな!」

 青い星が武器を下ろすと、エイデンも続く。隠れて待機していた受付嬢らも、安全を確認すると駆け寄ってきた。

「相棒! 大丈夫ですか?」

「ああ。やっぱりあんたの言う通り、奴はゼノ・ジーヴァが成長したもので違いなさそうだよ」

 青い星は額の汗を拭った。受付嬢は相方に水筒を手渡し、龍の飛んでいった方を見やる。

「あのエネルギー……まるでこう、ひたひたのスポンジケーキのようでした。少し押しただけで、じゅわっとシロップが染み出してくるような」

「面白い喩え方だけれど、あたしもそう思ったわ。前脚と後ろ脚、それぞれの足の裏にでもエネルギーを吸収する器官があるのかしら」

 リアの言葉に、受付嬢はさらに首を傾げる。

「更なるエネルギーを求めて、下層へ向かっているのでしょうか?」

 大団長は腕を組んだ。太い眉の下で、眼光が鋭くなる。

「もしかすると、地の底へ行くほどにエネルギーが豊富なのかもしれんな。追いかけるぞ」

 

 だが、そこに青い星が待ったをかけた。

「大団長。奴が逃げたのなら、一度切り上げた方が良いのでは? 深追いナシ、の筈ですわ」

 その言葉に、大団長の隣でエイデンが目を丸くした。

「エネルギーを吸収したってことは、さっきまでのダメージが全部チャラになったんじゃないのか?」

「全部かどうかは分からない。ただ、回復をされたなら、少なからずわたしらの攻撃が通っていたということだね。これだけでも収穫じゃないの」

 青い星は、受付嬢が先程のことを手帳に書き込んでいるのを見やる。見開きの竜皮紙は、既に文字や絵でびっちりと埋まっていた。

 

 その時、それまで黙って聞いていたリアが「ちょっと良いかしら」と手を上げた。

「エネルギーを吸収して移動したということは、他にも補給できる場所がいくつかあるのかもしれないわ。二人にまだ余力があるようなら、もう一段階だけ追ってみるのもありだと思うけど」

「確かにな。このすぐ下は、前回俺たちが降りた場所だ。そこくらいは見てみる価値はあるかもしれん」

 大団長が付け足すと、青い星は渋い顔をする。だが一つ息を吸うと、頷いた。

 

 崖の下では、龍が蠢いている気配がする。他のどの生物とも異なる姿をしたそれもまた、縄張りを守らんとしているのだろう。

 龍の感情に呼応するかのように、谷を駆け抜ける風が唸りを上げた。

 

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