【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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消ゆる生命は灰となり

 

 

 

 龍結晶の地は、異様な雰囲気に包まれていた。常に漂う甘ったるい匂いは濃度を増し、ずっと嗅いでいると胸焼けを起こしそうになる。

 そして何より。

「あの結晶、あんなに大きかったっけ」

「いいえ。今までこんなに急激に変化することはありませんでした」

 リュカが溢した呟きに、ユウラは険しい表情で答える。

 天に聳えるように連なっていた巨大な龍結晶は、短期間のうちにまるで古代樹のように育っていた。通常、鉱物は長い時間をかけて少しずつ成長するものであり、なんらかの外部要因によって異変が起きていることは明白だ。

 

 リュカは首を傾げる。

「ムフェト・ジーヴァはエネルギーを吸収するっていう話でしたよね? だったら、逆に成長が止まりそうなのに」

「もしかすると、需要以上に過剰なエネルギーの供給があったのかもしれません。……そう、特にここ最近は、死して地脈の栄養素を豊富にする生物が多かった」

 ユウラの言葉に、リュカは目を見開く。

「ゾラ・マグダラオスの後に、調査団で確認されている中で絶命した影響力の高いであろう個体は、イヴェルカーナ、アン・イシュワルダ、冥妃イビルジョー、おてんとうさ──歴戦王テオ・テスカトル、ネルギガンテ、そしてテオ・テスカトルの実子であるテスカトの幼体ですね」

 恥ずかしそうに言い直したユウラに、リュカは目を瞬かせる。

「あの、"お天道様"でも大丈夫ですよ」

 リュカが微笑むと、ユウラは切なそうに表情を和らげて礼を言った。

 

「彼らが力尽きた後、微生物によって分解されていく速度はその地によって異なるでしょう。イヴェルカーナとアン・イシュワルダ、イビルジョーはあれから二年が経っていますし、既に養分となっている可能性が高い。

 お天道様は凍て地の近海、ネルギガンテは導きの地における地下深く、幼体は龍結晶の地。この中で急激な変化を起こす可能性が高いのは、地理的にはおそらくネルギガンテと幼体です」

 ユウラの言葉に、リュカは頷く。ジェナを助け出すので精一杯で、ネルギガンテの最期は見届けられなかった。しかし、お天道様と彼の子どもが助からなかった場面は、何よりもリュカの目に焼き付いている。番だけでなく我が子まで喪った炎妃龍の慟哭は、暫くの間は夢に見るほどであった。

 

 ジャックが心配そうに擦り寄ってきて、リュカは物思いから覚める。そしてジャックのふわふわの身体を撫でると、再び口を開いた。

「短期間でこんなに龍たちが絶命しているなら、龍脈に流れ込むエネルギーも莫大な筈。もしかすると、エネルギーが強くなりすぎて、小さな生き物は生きられないのかも」

 普段は煩いくらいに縄張りを主張しているバルノスや、ガスガエルのような環境生物も見当たらない。古龍がいるから、の一言で片付けるには、色々な事情が起こり過ぎている。導蟲が正常に働いてくれない今は、自分達の目で一から調査しなければならない。

 ユウラは頷き、肩に掛けていたピッケルを下ろした。

「ともかく、様々な地点でエネルギー量計測をしてみましょう。私は専門家ではないので、正確な数値とはずれが生じてしまうかもしれませんが」

 リュカは周囲の警戒のため、ユウラから少し離れた場所に着いた。その間、ユウラはピッケルを地面に叩きつけると、技術班リーダーが開発した機械を差し込む。程なくして目盛りが指した数字を、ユウラは手早く帳面に書き込んだ。

 

 今回の調査の目的は、テスカト親子およびリオス希少種の現状の確認だ。それに伴い、龍結晶の地のエネルギーの循環状態についての調査も依頼されていた。

 他の調査員がいると炎妃龍と金火竜に警戒されてしまうため、リュカとユウラのみでの調査だった。本来ならば、地質学やエネルギーに明るい学者が同伴するべきなのだろうが、今はあまりにも危険すぎた。

 

 坂道を下っていくと、四方八方から龍結晶の張り出した空間に出る。ここは大型モンスターが多く集まる場所であるため、リュカは一層注意を払っていた。

「大丈夫です、今は何もいません」

 リュカの合図にユウラは頷き、歩みを進める。足元に落ちている結晶の破片を手に取ると、匂いを消すため衣服に擦り付けた。意味があるかは分からないが、何もしないよりはましだろう。

 ユウラは同じ空間のうち結晶のない地面と、結晶そのもののそれぞれの数値を確かめた。

「結晶の方が数値が高いのは当然ですが、地面もかなり高い。元々の数値が分からないのが悔やまれるところですけれど」

 ユウラが書き込んでいる間、リュカは周囲を見渡す。岩石を口にするドドガマルあたりは、豊富な栄養分で動きか活発になっているのではないかと踏んでいたが、目立った痕跡も見当たらない。むしろ過剰なエネルギーが毒になってしまっているのだろうか。

 そろそろ鼻が慣れてきてしまっているが、ここはより一層甘ったるい匂いが濃い。ジャックは大丈夫だろうかと右腕を見たが、けろりとしていた。

 導蟲は相変わらず一所に集まらず、薄く広がっていってしまう。報告の通りである彼らを虫籠へ戻すのに難儀しながら、溜め息を吐いた。

 

 リュカは下層にある溶岩地帯に視線を移す。クーラードリンクの材料になるヒンヤリダケも、いつになく成長しているように見えた。

「ユウラさん。ここからならすぐですけど、このままナナの巣に向かいますか?」

 リュカが問いかけると、ユウラは少し考えたのち、首を振った。

「少し迂回しましょう。溶岩地帯や高台も見て回りたいので」

「わかりました」

 来た場所から対角にある緩やかな坂道を登っていくと、切り立った崖に出る。一際巨大な龍結晶に臨むその場所は、奥に行けば金銀リオスが営巣する空間があるのだった。

 あまりにも危険であるため、ベースキャンプの入り口も今は封鎖されている。しかしガジャブーのアジトからそこに行けることをリュカとリオーネが発見したため、調査団としてはあまり切迫した事態とは捉えていなかった。

 

 坂道を上っていた時、ユウラがふと足を止める。

「おかしい。急に冷え込んできましたね」

「え? ……本当だ、言われてみれば」

 一拍遅れて足元がすうすうと冷たくなってきたのを感じ、リュカは目を見開いた。

 龍結晶の地は、溶岩地帯以外でも地熱の影響で他よりも温暖な傾向にある。冷気を操るクシャルダオラでも居るのだろうか。それにしては、風の音が静かだ。

「もしかして、氷麗角が来てたりして」

「つららづの? ……ああ、アステラ防衛戦の!」

 リュカは苦笑を浮かべた。

「ぼく、あいつに絶対恨まれてると思うんですけど。一対一は厳しいなぁ、忘れてくれたかな」

「おやまあ、それはそれは」

 ユウラはころころと笑った。笑っている場合ではないのだが、大概この人も肝が据わっている。

「氷麗角にバレる前に、ナナのところに行った方がいいんじゃないですか」

「確かに、それもそうですね」

 リュカの提案に、ユウラは頷く。二人は龍結晶の地に合うよう加工された隠れ身の装衣を纏い、エリアの端を慎重に進んだ。

 

 その時、不意に羽ばたく音と共に影が落とされ、リュカとユウラは上を見やる。金火竜が、ちょうど巣へと戻ろうとしているところだった。素通りしてくれるかと思ったが、彼女は空中でホバリングを始める。周囲の匂いを嗅ぎ、やがて地面に降り立った。

(──気づかれたかも)

 リュカは息を殺して潜む。匂い消しをしたとしても、ずっとこの地にいる彼女らには異質な匂いが分かってしまうのだろう。むしろ姿を見せた方が警戒されないで済むだろうか。

 リュカが隠れ身の装衣の裾を掴んで考えていた時、金火竜は威嚇をするように咆哮をあげた。

 隣でユウラがびくりと身体を震わせる。いくら大型モンスターの調査に慣れているとしても、ヒトの鼓膜にはこの音量はいささかきつい。

 

 しかし金火竜はリュカやユウラの方には目もくれず、崖の上へと飛んでいく。

「──彼女を、追いかけてみても?」

 ユウラの問いに、リュカは束の間考える。専門家とはいえ、危険度の高いモンスターのいる場所に連れて行っても良いものだろうか。

 だが、このままテスカトの巣のみを調査しても、今起きている異変の原因を突き止める為に得られる手がかりは少ないだろう。

 調査団の為にも、ハンターとしてユウラ(学者)の護衛を完遂させねばならない。

 リュカはジャックと目を見合わせると、頷いた。

 

 常よりもエネルギーを蓄えた龍結晶は、ギラギラと輝いている。

 実はその際、もう一つの視線もリュカ達を見下ろしていたのだが、それはまた別の話。

 

***

 

 岩壁を辿るように上昇していくと、ベースキャンプが見えてくる。

 

 待機していた救護班の者達は忙しそうにしていたが、やがてそのうちの一人がジェナ達を視認した。

 ジェナとドルクが翼竜からスリンガーを離して降りると、すぐに腕章を付けた調査員達が駆け寄ってくる。背負っていた身体を彼らに預けると、軽くなった肩が頼りなく震え出した。

「簡潔に状況を教えてください。この方々の身元は確認できますか?」

「キャス──アダム・ゴールドと、ベディヤ・シャヒンです。ッ、どちらも、赤龍の熱波を全身に受けました」

 ジェナは震える声を抑えながら、なんとか言い切る。組織で正式に登録されているのは、キャスリーンの生まれ持った名だった筈だ。現大陸ほど法律で縛られないのだから、手続きをすれば良いのにと言ったジェナに、在りし日のキャスリーンは悲しげに笑ったのだった。

 きっと彼女なりの葛藤も数多くあっただろうが、自分にはそれら全てを支えることはできなかった。キャスリーンの相方だったエドは、ジェナよりもずっと彼女の心の拠り所となっていたのだろう。拠点にはおそらく、彼女達の訃報のみが先に知らされる筈だ。自身の知らないところで突如相方を喪った彼が、不憫でならない。

 

 竜人族の若い学者はある程度ジェナとドルクの話を聞くと、調査員達に何やら指示を出す。普段は研究基地にいる彼も、今は医師としてここに居た。新大陸古龍調査団は人数が限られている分、一人が複数の役割を兼任している。今回の被害は、大きな痛手だった。

 決して広くはない空間にずらりと並べられた簡易ベッドは、畳まれているものも含めて、ハンターと編纂者の人数分用意されていた。限られた物資の中でも、万が一最悪の状況になった時の備えとして、削るべきでないと判断したのだろう。そして、そのうちの二つが埋まった。

 あっという間に点滴やら見慣れない器具やらが用意されていき、キャスリーンとベディヤに様々な管が繋がれていく。背負った時の衝撃などで黒くなってしまった組織が剥がれてしまい、もはや顔の判別はつかなかった。それでも、蘇生をすればまだ希望はあるかもしれないと思ってしまう。

 

「ジェナちゃん」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、イライザが心配そうに見つめていた。導きの地に慣れている彼女は、今回の調査の参加条件は達成しているものの、救護班の護衛を担っていた。

「キミ達に怪我は?」

「あたしは、大丈夫。……あなたは?」

 ジェナが目線をやると、ドルクは首を横に振った。彼も気丈に振る舞ってはいるが、その瞳には光がない。

 普段思ったことを何でも口にするイライザでさえ、今は沈黙を選んでいた。

 

 横たえられたキャスリーンとベディヤの体表は、いずれも焦げて崩れ落ちてしまっている。医師は胸に聴診器を当てたのち、瞼を開き──瞼と眼球が残っている部分のみであるが──蝋燭を近づけた。

 そして、現在の時刻と彼女らの最期を告げる。

「いい奴らだったよ、本当に」

 イライザは静かに目を閉じる。ジェナも同じように瞼を閉じようとして、視界が大きく歪んだ。胸が潰れそうに痛い。

 あの時引き返さずに、まっすぐ岩陰へ逃げ込んでいればと思わずにいられない。けれど、キャスリーンならどのような状況だったとしても、ベディヤを見捨てなかっただろう。その人柄を、心から尊敬していたのだ。

 そしてベディヤも、ジェナ達の名前を覚えてくれた。あの優しい笑顔が失われてしまったことも、惜しくてならない。

 遺体に縋りつきたいけれど、今そうしてしまえば、二度と谷底へ戻れなくなることも解っていた。

 

「ベディヤ・シャヒンさん。アダム……いえ、キャスリーン・ゴールドさんですね。お二人を、我々が拠点までお連れします」

「……!」

 予め預けられていたギルドカードで身元を確認した救護班員の言葉に、ジェナは息を飲んだ。そこに刻まれているのは本名の筈なのに、彼らはキャスリーンの生き方に心を傾けてくれたのだろう。

 新大陸に来たばかりの頃、あれほど自分自身の性に悩んでいた彼女が、最期には本人の望む姿で認められたのだと。新たな場所で、第二の人生を歩めていたのかもしれないと。それだけで、何かが報われたような気がしていた。

 

 ジェナは涙を拭うと、そっとキャスリーンの手を取り、額を付ける。皮膚の焦げた匂いが鼻腔に流れ込み、これが現実なのだということを突きつけられた。

「ッごめんね、キャシー。いまは、気の利いた言葉がっ、なにも浮かばない。でも、絶対にまた会いに行くから……これだけ、言わせて。本当にありがとう、お疲れさま」

 ジェナが声を詰まらせながら一つ一つ言葉を伝えると、隣で堪えきれなかった嗚咽が漏れ聞こえる。ドルクは両手で顔を覆い、頭を掻きむしっていた。

 

 救護班の一部がキャスリーン達を搬送し、四半刻が経過した。ドルクが落ち着いてきたのを見計らい、ジェナは重い口を開く。

「あたしは、谷の底へ戻るわ。班長ひとりに責任を負わせるわけにはいかない」

 ジェナの言葉に、ドルクは顔を上げる。その目は真っ赤に充血していたが、確かな意思が宿っていた。

「正直、俺は谷に戻るのが怖い。だが……ここで俺が引いたら、妹に合わせる顔がない」

 ジェナは頷く。そして息を深く吸い込んだ。

「一つだけ確かなのは、二人の話を伝えていくなら、誰よりもあたし達が適任だってことだわ」

 その言葉の裏には「必ず生きて帰る」という思いが込められていた。ドルクはそれを察したのだろう、無言でボウガンに弾薬を詰め始めた。

 

 一つ一つの命は、大自然を前にするとあまりにも軽い。それでも、失われた命を覚えている者が一人でもいるならば、その記憶は確かな重みや温もりとして継承されていく。

 谷の奥底で、龍の咆哮が響き渡った。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

やっとこさワイルズ始めたんですが、編纂者はどれだけぶっ飛んだやべー奴にしてもいいんだなということを学びました。そういうの大好きだよ!
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