【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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継がれる世代を護るには

 

 

 

 強者の集う地が、不穏になり始めてからどれくらい経ったことでしょう。地を見守る結晶の輝きは、日に日に増しています。

 

 乾いた喉を清流で潤した金色は、旦那さんと子どもたちの待つお屋敷へと戻ろうとしていました。

 女王さまのお城の近くを横切った時、ふと違和感を覚えます。いつもとは違う匂い、そして空気の冷たさ。

 

 金色は、物陰に潜む小さな生き物達に気がついていました。しかし、いつもは女王さま達の匂いが薄く感じられるだけだというのに、今日はもっと濃く感じます。金色はつい先程まで女王さま達と一緒に居たのですから、お城に忍び込まれていたのだとすれば金色が察せない訳がないのです。故に、女王さまが近くにいることを許した生き物なのだと判断しました。

 

 金色が翼を広げて崖を越えると、そこには角に氷を宿した龍が佇んでいました。何用かと金色が牙を剥きながら尋ねれば、女王さまに用があると言うのです。加えて、この縄張りが欲しいわけでも無いのだと。

 お城の場所も金色夫妻のお屋敷も知られるわけにはいきませんから、金色は龍にここで待つように伝えました。

 

 金色の話を聞いた女王さまは、ピンと来ました。以前王さまのことについて話していた若者かもしれません。女王さまは金色に赤ちゃんを託し、崖の上へと飛んで行きました。

 案の定、巨大な結晶を眺めていたのはあの日の若者でした。

 若者は女王さまに気づくと、口を開きます。それを聞いた女王さまは、目を見開きました。若者は、自分が引き寄せられていた原因が、どこにあるのか突き止めたと言うのです。そしてそれは、命の力を吸うものでもあるのだ、とも。

 

 女王さまの心配は、的を射ていたのです。外が煩くなり始めてから、不安な日々が続いていました。赤ちゃん達は毎日お乳を飲んでいましたが、どこかぐったりし始めていたのは、それが原因だったに違いありません。

 

 若者は言いました。あの賢王の子なら、さぞや強く育つのだろう。そんな生命が失われるのは惜しい。彼に鍛えられたように、今度は自分も協力したい、と。

 女王さまは考えました。彼の愚かなほどに真っ直ぐな眼差しは、嘘をついているようには見えなかったのです。

 金色が居てくれるとはいえ、まだ赤ちゃん達はおかあさん無しで育つことができる状態ではありません。もし女王さまが途中で命を落としてしまったら、赤ちゃん達を危険に晒してしまいます。

 しかし、このまま放っておけば、赤ちゃん達がどんどん弱っていってしまうかもしれません。それだけは、いけないのです。

 

 女王さまには、もはや選択の余地はありませんでした。

 

 

 

***

 

 

 

 赤龍は焦っていた。地面からエネルギーを吸っても吸っても、傷の修復が間に合わない。もはや傷が治る際の痒みと、傷を受けた際の痛みの区別がつかなくなっていた。

 自身の命の危険を察して逃げようとすれば、視界を奪われる。それを危惧して目を瞑ろうものなら、果てなく攻撃をされる。

 

 自分にはもう、逃げ道など無いのかもしれない。ならばせめて、今まさに生まれようとしている我が子らへ栄養を与えてやらねば──……。

 

 

 

 

 

 

 幾度も起こったガスの爆発やら赤龍のブレスやらで、谷底は灼熱に包まれていた。これほどまでに過酷な地で、他の生物が生き存える筈がない。

 

 二名の命を奪った凄まじい熱波は、その見た目から「王の雫」と呼ぶ者が現れた。赤龍が舞い上がる度に、ハンター達は絶望する間もなく岩陰に駆け込む。もしもそれらが尽きてしまったらと思うと、肝が冷えた。

 

 赤龍はハンター達を尾で大きく薙ぎ払うと、縋り付くように地面を四肢で掴む。そして上昇した代謝によって翼に星空が広がり、地脈からエネルギーが吸われていく。まるで呼吸を忘れて母親の乳房に吸い付く赤子のようだ。繭に眠る我が子らを守る親のようでもあり、母から栄養をもらう赤子のようでもある。赤龍の不気味さは、その異質な様から来ているのかも知れなかった。

 規格外れの代謝によって傷口に新たな肉芽組織が形成されていき、元あった外殻が崩れていく。ハンター達はその間も無駄にしまいと、攻撃を続けていた。新製されている途中の組織はまだ柔らかいが、完成してしまうと途端に刃が立たなくなる。それでも、血が流れている限りは攻撃が効いていると思いたかった。

 

 リアからエネルギー測定計を引き継いだ援護班の班長は、急いで地面をピッケルで削る。そして測定計を差し込み、耳が熱い地面に触れそうになりながらも目盛りを読んだ。

 班長は、からからに渇いた喉に鞭打って叫ぶ。

「っ、エリアのエネルギー、完全に枯渇しました!」

 その言葉に、歓声が沸き起こった。自分達の努力は、決して無駄ではなかったということだ。

 

「皆、よくやっているぞ! 無理だけはしないように!」

 調査班リーダーは声を張り上げて鼓舞した。

 休憩の許されない戦闘に、ハンター達はいずれも疲労が顔に滲み出てきている。赤龍は幾度か逃げようとする素振りを見せたが、谷底に残ったハンターが必死に食い止めていた。

 もしここで赤龍が逃避し、行方をくらましてしまったら。一人のハンターに対して執念深く攻撃を続けるような性質の龍なのだから、逃げたその後を想像したくもないというのは、皆の総意だった。だが深い傷を負った者は、すぐに後陣に退避するよう指示されている。

 

「あんたもだよ、司令官。くれぐれもわたしらに気を取られて、被弾なんかしないでおくれ」

 一度前線を引いた青い星が、調査班リーダーの肩を叩く。それまで眉間に寄せていた皺が浅くなり、若き司令官は頷いた。

 一体どんな判断をすることが正解なのか、選択を迫られ続けている。彼はこれ以上仲間を失う訳にはいかないという思いと、拠点そのものを守らねばならないという責に挟まれていた。一人一人が貴重な人材なのだということは、生まれて以来新大陸でずっと過ごしていて肌身に染みていたし、管理職の立場となる際に祖父からも伝えられている。引き際を見極めることの難しさは、これまでの比にならなかった。

 

 赤龍が上体を上げ、巨大な前脚を地面に叩きつける。一拍置いて地面が眩く輝いたと思うと、連続して爆発が起こった。衝撃で岩片が隆起し、ハンター達の視界を妨げる。

 それを大きく回り込んで避けたジェナは、ちらりとドルクを見た。バイザーを下げた彼の表情は読み取れない。だが、サポートメインのボウガン使いが二人から一人になってしまった分、ドルクは一層気を張っているようだった。

 

 ジェナは赤龍の後ろ脚を逃れると、手早く汗を拭う。爛輝龍を包んでいた甲殻は身を守ってくれるが、じりじりと水分が奪われることは避けられない。クーラードリンクを口にしたいけれど、追い詰められた赤龍がそんな隙を見せる筈もなかった。

 ジェナが戻った際に声を掛けてくれたセルマも、気丈に振る舞ってはいるが、その表情は険しい。

 

 希望が見えかけたとはいえ、その光に届くまであとどのくらい粘り続ければ良いのか。長時間の戦闘は集中力を削ぎ、一瞬の判断を鈍らせる。いくら調査団の中でも指折りのハンター達が集結しているといえど、限界は近い。

 

 赤龍はハンター達の攻撃を振り切ると、空へと舞い上がった。

「いけない! 逃げろ!」

「げ、またかよ……!」

 矢をつがえようとしていた弓使いは、顔を顰める。

 つい先ほど打たれたばかりだというのに、もうあの悍ましいブレスを打とうというのか。キャスリーンとベディヤのこともあり、誰も再び閃光玉で止めようとは思えなかった。

 皆が岩片に向かって駆け込んだ直後、赤龍は眩い雫を落とす。凄まじい熱波と共に、ハンター達を守った岩片は砕け散った。

 

「まったく、生きた心地がしないッスね!」

「ああ」

 青い星と同じ岩陰に隠れていたエイデンは、言葉とは裏腹に軽快に笑う。だが、青い星は険しい表情を崩さなかった。

「それより見たかい、エイデン。あの繭」

「え、繭? ……うわ、なんだあれ」

 これまで赤龍の吐き出した雫を何度受けても、燃えることすらなかった繭。それどころか、次第にその中に眠る幼龍の輪郭がくっきりとしてきているように見える。これが目の錯覚ならば良いのだが、青い星は嫌な予感を拭えずにいた。

「奴のブレスだけどね。わたしらにとってみれば猛毒でも、もしかすると繭にはこれ以上ないくらいの栄養なのかもしれない」

「……マジかよ。親だけでもこんなザマなのに、一気に孵ったら目も当てられないな」

 エイデンは、灼熱の中だというのに鳥肌が立つのを感じた。

 

 赤龍は雫を放った分のエネルギーを補充しようと、四肢で地面を掴む。だが、枯渇している為にもう白く輝くことは無い。むしろ、大地と吸収器官の浸透圧の違いによって、龍にとって好ましくない物質の方が流れ込んでくる有様だった。

 ハンター達にとっては好機とも言える。だが、赤龍にはこの上ない焦りをもたらした。完成されたサイクルだった筈が、もはや自分に残された力のみで戦うしかないのだから。

 

 赤龍が長い首を天に向かって伸ばしたかと思うと、その口内が輝き始める。ハンターらは天井の崩壊を警戒し、武器を背に納めて駆け出した。

 だが、そのことに気づくのが遅れた者がいる。赤龍の関節や柔らかい皮膚を狙い、足元で攻撃をしていた剣士らだ。

「いけない! あんた達、奴の股下へ!」

 赤龍の頭部付近にいた青い星の掛け声に、剣士らは気づいたようだった。

 皆の体力が尽きかけている今、逃げ遅れた者は岩の下敷きになってしまうかもしれない。それを危惧したセルマは、咄嗟の判断で赤龍の顔面に向かってクラッチクローを打ち出した。金属の鉤爪は軽い衝撃と共に赤龍の角を捉え、ロープが高速で巻き戻されていく。赤龍の巨大な頭は、あっという間に足元まで迫っていた。

 赤龍の瞬膜が閉じられたかと思うと、次の瞬間金色の眼球がぎょろりとセルマを見る。頭部はかなりの高熱になっている上、あまり長く張り付いていると押し潰されかねない。セルマはありったけのスリンガーの弾を込め、引き金を握った。

 スリンガーの反動で、セルマは地面に弾き飛ばされる。だがその分の威力は確かで、赤龍の長い首が反対側へと撓った。赤龍の口内で物質が反応し、頭部で小爆発が起こる。だが、そんな爆発程度では赤龍は怯みもしない。

 

「助かったよ、セルマ!」

「はぁい」

 双剣使いの同期に、セルマは軽く頷いて見せる。だが心臓は脈打ち、背筋には冷や汗が伝っていた。赤龍の凄まじい敵意は、間も無く自分に向けられるだろう。青い星やエイデンらが担っていた責任は、とてつもなく重たく思えた。赤龍の猛攻を、掻い潜ることができるだろうか。

 

 しかし、その時だった。セルマの不安に反し、赤龍は空高く舞い上がる。セルマは胸を撫で下ろした。

 赤龍はすぐさま地面に青い炎を吹き付ける。これまで通りの対策を実行しようと周囲を見渡したハンター達は、何度も首を巡らせた。

 皆が覚えた違和感。そして一つの事実に辿り着き、絶望に息を呑む。

「岩が、無い……!」

「なんだって!?」

 凄まじい閃光が、そしてキャスリーンとベディヤの最期が、各々の脳裏を過った。自分も彼女らのように、元の姿すら留められずに命を落とすのか。

「あ、あ……! そうだ、あるじゃないか策が……!」

 閃光弾を取り出そうとポーチを弄る者らもいたが、焦りで震える手はなかなかその弾を掴めずにいた。

 そんな中、ドルクがなんとか弾を込め終え、赤龍に向ける。だが射出が間に合うとは、思えなかった。

 

 全滅。

 最悪の可能性が、限りなく濃厚となる。調査班のうち、特に優秀なハンターらの命が散ってしまうまで、あと数秒しか残されていない。

 

 その時。

 一面を覆う青の中で、一筋の白い光が閃いた。

 

 

 




ご無沙汰しております。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
更新ペースがこれまで通りとはならなくなってしまったのですが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
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