最終話 生命は青く輝いて
朝方は涼しいアステラも、太陽が昇るにつれてジリジリとした日差しが肌を焼くようになる。だが鉢に植えられた色鮮やかな花々は、むしろその日差しをもっと浴びようと背伸びをしていた。蒸発せず僅かに残った水滴が、風に揺れる花弁を伝う。
日焼け止めを塗り直した方が良いだろうか、と熱くなったデコルテを摩りながら、ジェナは賑やかな中央エリアを歩いた。無意識に人工の型のほうへと手が伸び、ハッと気づいて拳を握る。人前でどこを触っているのか。そして人目から隠れるように、巨大な船体が作る日陰へと駆け込んだ。
それに気づいたのは、一昨日の朝だった。久しぶりにルーチンを一つ一つこなしていくうちに、ふと意識に留まった違和感。気のせいだと思いたかった。
何かと忙しく、ようやく休みを取れた今日。朝一番に医務室のドアを叩けば、さほど待つことなく中へと通されたのだった。以前ジェナの身体にメスを入れた学者は、左胸を失う原因となった病が、右をも蝕んでいるやもしれない、と告げた。つい先ほど言われた言葉だというのに、ずっと前のことのように感じる。
一方、時を同じくして、身体のあちこちの異常を訴える者が現れ始めていた。急に毛が抜けるようになった、酒も飲んでいないのに嘔吐が止まらない、皮膚に覚えのない炎症が出る、それらに共通点は見つけにくい。だが一つだけ当てはまるのは、いずれも赤龍調査に赴いたということだった。その話を耳にした鉱物やエネルギーの研究を専門とする学者達は、皆顔を曇らせた。
微生物でも、太陽の日差しを浴びて葉緑体からエネルギーを生み出すものもいれば、自身の繁殖力を失って死に絶えるものもいる。自分達人間は、おそらく後者だったのだろう。
白いブレス、雫やそれを生成する際に生み出される青い炎。赤龍やその幼体らにはそれらから放たれるエネルギーを養分とする能力があったようだが、人間や他の生物らはその力を持ち得なかった。そも、唯一人間以外の生物であの場にいた炎妃龍と風翔龍は浴びていないため、比較・検証する方法はない。
生物由来のエネルギーだから、おそらく死に直結するようなものではないだろう、と学者らは論じたが、その確証も無かった。何故なら、防御のための毒だって、他の生き物の命を奪うこともあるのだから。
赤龍調査に携わっていたのは、いずれも調査団の精鋭だ。彼らを失うことは、組織にとっても大きな損失となる。
(──あたしも、その道を選んでしまったんだわ)
ショックな筈なのに、驚くほどに冷めて落ち着いた自分がいる。もう切除することに躊躇はない。一度歪な形になれば、あとはどんなに崩れていくとしても同じだ。
どちらも失うのであれば、最早本物と同じように造られた膨らみも要らないのではないかとすら思えてくる。今はセリエナにいる武具屋は、実にきめ細やかな気配りの行き届いた作りにしてくれた。けれど、彼女にそれをもう一つ注文するのは、心の奥底の何かが拒んだ。
(今後、リュカと関係を続けていきたいなら……)
彼にもこのことを打ち明けるべきだろう。たとえ肌を合わせるような関係にならなくとも、いつ点火されるか分からない爆弾を抱えている身体だということを。
もしかすれば、来年の今頃はここに居ないかもしれない。何も言わずに消えるようなことは、ジェナにはできなかった。
元々危険なハンター業に就いているうえ、ヒトが滞在するようになって日が浅い新大陸だ。命の期限はきっと、他の人よりは短い。それが分かっていても尚、未知の輝きを求める者が集まるような場所なのだ。ジェナとて、それを理解した上でここに居る。
日向に出た後にも下を向いていると、胸元の白い布地が日差しを反射して眩しい。目を閉じても、緑がかった残像が瞼の裏に見える。だが金属のぎらついた光よりは遥かに目に優しい。
胸元のシルエットを美しく見せる爛輝龍マム・タロトの防具も、今は着る気になれなかった。以前気まぐれに言った爛輝龍に親近感を覚えるという言葉が、まさかこんな風に返ってくるだなんて。彼女は元の姿を重厚で煌びやかな金属で装飾しているけれど、皮肉にも程がある。
一人でいると、考えないようにすればするほど雑音は大きくなっていった。それならば、その雑音を消せるような場所に出向けば良い。
実際、赤龍調査に関わった者達はあれから膨大な書類仕事に忙殺されていた。完全新種となると、学者や編纂者がいくら居ても追いつかない。よって、実際にその場で対峙していたハンター達も、自身の持ちうる情報は全て書き出すことになった。剣士やガンナーでも視点が異なるほか、ふとした気づきが大きな一歩となる可能性があることは誰もがよく知っている。結局、それらをまとめる編纂者の仕事が増えることには変わりなかったが。
赤龍の素材を用いた武具の製作も、難航しつつも進められていた。二つとして同じものを作れないような不思議な性質を秘めているらしく、加工屋はその話題で持ちきりだ。
特に防具は、試しに身に纏った者が途端に体調を崩したのだという。それを見ていた竜人族のハンターは、何か見てはいけないものを見たような表情をしていたとか。それでも加工を続けようというのだから、いかにもこの組織の技術者らしい。
調査に直接参加してはいなかったが、フィールドマスターも随分と気に掛けてくれていた。時には彼女の経験や知識を元に、調査に加わった者達と談義を交わしたりもしている。
加えて、大団長をはじめとした一期団の面々もよく会議に顔を出していた。新種のモンスターやその生態に対する好奇心も大いにあっただろうが、同時に事の重大さを意味している。特に総司令は、これ以上組織の人員を喪失しない為に、今後の対策を練ることを重視していた。
その過程で、ジェナのように身体に異常が起きた者を集め、人体へどのような影響を及ぼしたかに関する研究も進められた。ジェナにはまだ声が掛かっていないけれど、そのうち呼び出されるだろう。
船の甲板を改装された司令エリアでは、調査班リーダーを中心として、今も何かの会議が行われている。その横を通り過ぎたジェナは、リフト乗り場に目的のシルエットを見つけ、そちらへと歩み寄った。その人物が何やら見慣れないおもちゃでジャックと遊んでいる姿に、思わずくすりと笑みが溢れる。
「お待たせ、リュカ」
「ジェナ!」
リュカはジェナを認めるや、顔を輝かせて駆け寄ってきた。ジャックも彼の後をひらひらと飛んでくる。
「ねえ、これ見て! さっき、ちっちゃいガジャブーに貰ったんだ。トモダチの証って」
リュカが見せたのは、奇面族らが被っているような、派手な模様が描かれたお面だった。よく見れば括られた縄や模様の形は歪で、いかにも子どもが作ったもの、という愛嬌を感じる。
ジェナは眉を上げた。
「あら、随分ガジャブーと仲良くなったのね。素敵じゃない」
「へへ、でしょ! 後でリオーネさんにも見せるんだ」
「リオーネさんって?」
「この前の調査に付いて来てくれたアイルー。すごくエネルギッシュなママさんなんだ。元気にしてるかな」
リュカは穏やかな表情で面を見つめた。その横顔に、ジェナは思わず頰を緩めてしまう。最近はずっと険しい表情ばかり見ていたため、以前の朗らかなリュカに戻ったようで嬉しかった。彼の笑顔を見た途端、雲間から日が差したような心地になる。
リュカは午前中、ユウラと共に調査に出かけていた。ユウラの予想通り、炎妃龍は巣に戻っていたらしい。生まれた頃よりも幾分か大きくなり、しっかりとした身体つきになった幼体達と過ごす姿が確認されたという。
「これでようやく、一段落着いたかな。今後も調査は続けるし、幼体を狙ったモンスターとのいざこざもあるかもしれないけどね」
階段を上りながら、リュカは満足げに溜め息を吐く。
「お疲れさま。ここまで、本当に色々あったわね」
「うん。でも、ここまでやって来られたのは、ジェナやジャックのお陰。ありがとう」
その姿が実年齢よりも大人びて見えて、ジェナは眩しいものを見たように目を細めた。
散歩がてらと便利なリフトは通り過ぎたが、アステラの階段は長い。以前はこの程度など苦でもなかったのに、今は少しばかり息切れしていた。まだ完全に体力が戻っている訳ではないようだ。
リュカに声をかけ、ジェナは食堂に寄り込む。果物をくり抜き、中に冷やされた果汁やらヤシの実の加工品やらが入った飲み物を二つ注文すると、ジェナが財布を取り出す前にリュカがアイルーに硬貨を手渡してくれた。
ジェナは礼を言ってリュカからそれを受け取る。ひんやりと甘酸っぱい果汁を口に含むと、生き返るような心地がした。
居住区前で一服していると、下の段から足音が近づいてくる。
「よーう、久しぶり。良い散歩日和だなぁ」
「元気だったか、オズモンド」
歩いてきたのは、セリエナでキャスリーンとカルテットを組んでいた者達だった。三人とも、普段よりはフォーマルな服装をしている。
「ええ、久しぶりね」
ジェナは微笑む。隣でリュカも軽く頭を下げた。
花束を抱えているエドは、少しやつれたような気がする。普段通りの筈のオールバックに眼鏡という出立ちが、彼を何歳も老けて見せていた。
「あなた達、向こうに慣れちゃうとアステラは暑いんじゃない?」
「そうなんだよなー。氷結弾でも割ってみるか? って今こいつらと話してたとこ」
「割っても出てくるのは草だけなのニャ。ね、旦那さん」
「ああ」
「おいおい正論はナシだぜ、二人とも」
エドはとぼけた振る舞いをしているが、どこか声に覇気がない。それもその筈だと、ジェナは内心彼を憐れんだ。
先日の一件は、遺体が拠点に戻るよりも先に、犠牲者に関する報せが届いていた。文書のみで相方の死を知らされたエドは、それを信じることに対して凄まじい拒否感を覚えたに違いない。
調査が進行していくのと同時に、キャスリーンとベディヤの弔いも淡々と進められた。彼女らの遺体は、アステラの外れにある墓地へと埋葬されている。ドルクとも、以前その道ですれ違った。
葬儀が忙しいのは、残された者に束の間悲嘆を忘れさせる為とはよく言ったものだ。その代わりとなるのが仕事とは、なんとも新大陸古龍調査団らしい。
エドは、そんな状況でも笑顔を見せてくれた。否、周囲に情けない自分を見せることが許せなかったのかもしれない。その裏側に、どれだけの葛藤と後悔があったことだろう。隣に立つ盾使いとオトモアイルーの気遣わしげな眼差しが、それを何よりも物語っていた。
ジェナはひとつ息を吸い、三人ににこりと笑い掛けた。
「ねえエド、ブラウン、ミラン。良ければまた後で、一緒に食事でもしましょう」
その言葉だけで、意図は伝わったようだ。彼らは皆寂しげに微笑み、頷く。最期まで気高く、面倒見よく在り続けたキャスリーンの姿は、自分の言葉で語り伝えなければならない。そして思い出話に花を咲かせよう。彼女が足掻き、生きた証を忘れぬように。
慰霊碑の方へと向かう三人を見送ると、ジェナは再びリュカの隣を歩いた。
昼下がりの潮風が、心地よく髪を揺らす。木陰にさえ入ってしまえば、不快な暑さも和らいだ。
高台を降りて少し歩くと、拠点と古代樹の森を隔てる門がある。そこさえ越えなければある程度の安全は確保されているため、束の間喧騒から離れることを望む者の穴場となっていた。
リュカの目に掛かる髪を耳に掛けてやり、ジェナはその肩に頭を預けた。洗髪剤の香りの中に、微かに龍結晶の甘い匂いがする。
ややあって、リュカはジェナの髪に頰を擦り寄せた。
「こんなに羽を伸ばせるのなんて、久しぶり。拠点でまったり過ごすのも良いね」
まさかリュカが応じてくれるとは。ジェナは意外に思いつつも、心地よい感覚に身を任せた。
「そうね。まあでも、次はあんたが好きなことをして過ごしましょ」
「ワオ、ほんと? じゃあ、虹色のドスヘラクレスを見かけた人がいるらしいんだ。探しに行きたいなぁ」
「もう。……いいわ、付き合うわよ」
ジェナが眉を下げると、リュカは無邪気に喜んだ。
二人でゆっくり過ごしたい、というジェナの要望をリュカは快諾した。何をする、といった具体的なプランは決めていない。ただ他愛のない話をしたり、賑やかなマーケットを眺めたりと、当てもなく気の向いたところへと歩いた。拠点での娯楽にも限りはあるし、すぐに飽きてしまうかと思ったけれど、存外楽しめていた。
崖下の海沿いで、草食竜らが休んでいるのが見える。外敵が近くに居ないらしい今は、頭殻の大きな雄の傍で雌たちも気ままに過ごしていた。大切な存在と共にきらめく水面を眺めて心安らぐのは、自分たちも彼らも同じなのだろう。
新大陸での命の営みは数多く目にしてきたけれど、結局最小単位はどの種も同じだ。それでも、各々が精一杯自分の生を全うしようとしている。なんと美しいのだろうか。
ジェナは飲みさしの果汁を手に取り、口に含む。少し温くなってしまっていたが、より甘さを感じるようになっていた。
ジェナがそれを置こうとした時、何やら隣でリュカがポーチを探っているのが目に映った。ややあってリュカは目的のものを取り出せたらしく、「ねえジェナ」と呼び掛けながらベルトを締める。
「渡したいものがあるんだ」
「あら、あたし貰ってばかりだわ」
「ぼくだって、ジェナに沢山貰ってるもの」
眉を下げるジェナに、リュカは箱を手渡した。その質感から、上質なものだと分かる。
「ほら、明日はジェナの誕生日でしょ? 本当は当日に渡したかったんだけどね」
ジェナは目を瞬かせた。日々に精一杯で、自分の誕生日など、すっかり忘れていた。何より、リュカが覚えていてくれたことが素直に嬉しい。
ジェナははやる気持ちを抑え、リュカに尋ねた。
「開けてもいい?」
「もちろん」
ベルベットに収められていたのは、小さな青い宝石だった。自然光の下での輝きの隣で、貴金属でできた薔薇が添えられている。
ジェナは感嘆の声を上げた。それをそっと取り出し、様々な角度で眺める。透明度の高いそれは、動くたびにジェナの肌に青い反射光を散らばらせた。
「武器に付けるチャームにもなるし、ネックレスにもなるよ。自由にジェナの好きな使い方をしてほしい」
自分では、青はあまり選ばない色だった。けれど手の上に収まるそれは、とても肌馴染みが良く見える。思えば、リュカと過ごした時間にはいつでも青色が傍にあった。
「ぼくが付けてみても?」
「ええ、お願い」
リュカは後ろからジェナの首に腕を回し、それを掛ける。チェーンを留めてくれている間、ジェナは手鏡を取り出した。首元に下がると、今貰ったばかりなのに、ずっと付けていたかのように収まった。
「すごく綺麗だわ。本当にありがとう、大事にする」
「喜んでもらえてよかった!」
リュカはニッと白い歯を見せて笑った。
その時、箱の底が僅かにずれているのが見える。何かが挟まっているのを認め、ジェナは摘み上げた。
「これは?」
「え? ……うわ、取るの忘れてた! 待って、見ないでジェナ!」
「何よ、値札でも取り忘れたの?」
「そうじゃ、無いんだけど。もし、ジェナに会えなかったらと、思って。入れておいた……」
「まあ。ラブレターってことね?」
公衆の面前での抱擁を恥じずに、手紙を恥じらうとは。リュカの感覚はなかなか独特だが、好ましい。
手紙を開いたジェナは、目を見開いた。筆圧も薄く、釣りミミズがのたくりうったようだったリュカの字が、読める。それどころか、綺麗とは言えないまでも、丁寧に心を込めて書かれているのが伝わる字だった。
ジェナが内容を読もうとすると、リュカの手が手紙の上に伸びてきた。その腕に留まるジャックは、まるで首を傾げているかのように見える。
「っ、せめて、ぼくが居ない時に読んで……」
顔を上げれば、リュカは首まで火竜のように真っ赤になっていた。胸を刺すような温かいものが込み上げてきて、ジェナは思わず破顔してしまう。
「ありがとう。大切に読ませてもらうわ」
やがてジェナは静かに笑みを収め、顔を上げた。
「ねえリュカ。あたしからも、言っておかなきゃいけないことがあるの」
リュカはジャックを腕に留まらせて座り直し、ジェナへと眼差しを向ける。
まるで、二人が酷く傷ついたあの日のデジャヴのよう。だが、ジェナの気持ちはもう揺らぐことはなかった。雪の代わりに、穏やかな海が陽の光を反射しているのが見える。
ジェナは一つ息を吸い、ぽつりぽつりと話し始めた。
ギヨームとの過去に対する思いと、それを踏まえても尚リュカと過ごしたいと感じていること。
そして、新大陸に来て少し経った時、胸に病が見つかったこと。それを取って暫く落ち着いていたが、再発してしまったこと。先日の赤龍との戦いもその一因となったかもしれないこと。
後悔はしていない。青い星の反対を押し切ってまでも、自分の意思で携わったのだから。酷い結末だったとはいえ、新大陸古龍調査団の一人として、未知への扉を開けることができたことは誇らしい。
ジェナは瞼を閉じる。
「もう、元通りの身体ではいられないでしょうし、いつか新大陸にも居られなくなるかもしれないわ」
こちらへと渡る覚悟を決めている以上、平穏な家庭を築くような幸せを得られるとは元々思っていない。それはおそらく、リュカも同様だろう。
ここでは大切に思う者との関係も、その名称に縛られることはない。永遠を誓おうが、刹那を楽しもうが、少しでも長く傍に居たいと望もうが、個人の自由だ。そこで生じる軋轢すらも、日々の調査を彩るものの一つに過ぎないのだから。
自分達が、そのいずれかに当て嵌まるのかも、そうでないのかも分からない。ただただ、リュカを愛おしいと、強く思った。だからこそ今、言葉にしなければいけない、とも。
ジェナは「それでも」と再び目を開ける。視界に入った姿に、思わず表情を緩めてしまった。
「それでも、その時まで。リュカの時間を貰ってもいいかしら」
リュカは勢いよく頷きながら、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。
「ぼくの時間、いくらでもあげる。だから、だからジェナの大事な時間も、ぼくにくれませんか」
「ふふ。……ええ、勿論そのつもりよ」
天真爛漫かと思いきや、自分を律し、驚くほどに冷徹な一面も持ち合わせるリュカ。そんな彼が、心からの感情を表に出してくれていることが、嬉しくてたまらない。ギヨームによく似た空に榛の咲く瞳は、優しさと温かさに満ちていた。ジェナも貰い泣きしそうになってしまい、深呼吸をする。
リュカは手の甲で目元や鼻を拭い、まだぐしゃぐしゃな顔でジェナに笑いかけた。
「その時までなんて、言わないでよ。期限なんか決めたくないよ」
その一言で、ジェナは深呼吸程度では抑えられなくなってしまった。リュカに顔を見られる前にと、もこもこな胸に飛び込む。ジャックは驚いて飛び上がった。
もう、身を隠す為にと体躯に合わない男物の防具を着る必要はない。変わってしまった身体を、無理に曝け出そうとする必要もない。自然のまま、ありのままの自分でいよう。そしていつ終わりが訪れたとしても、最後まで胸を張って、リュカの隣を歩こう。
ジェナとリュカは互いに涙を拭い、微笑み合った。それを見ていたジャックも、どこか満足そうに二人の腕へと脚を掛けたのだった。
古代樹を揺らす風が、雲を流していく。
その夜は空気が澄んでおり、月や星の煌めきが地上までよく届いた。一等星から六等星までの明るさや、青に白や赤といった色など、人の肉眼で捉えられるだけでも多種多様な星々が見える。
拠点を出て、門へと歩いていた女人は、ふと足を止めて空を見上げる。彼女は寂しげな、だが穏やかな笑みを浮かべ、指笛を吹いた。
***
平和の戻った結晶のそびえる地は、大にぎわいでした。
大きくなった赤ちゃん達は、大層冒険が好きで、お城の内外をあちこち駆け回ります。その後ろには、この間生まれたばかりの小さな竜達がよちよちとついてきていました。
子ども達が仲良く遊ぶのを、おかあさん達は嬉しそうに見つめています。それぞれ育つ速度も食べるものも違いますが、お友達であることには変わりありません。
小さな頃からお友達の欲しかった女王さまは、自分の子どもたちがその夢を叶えられたことに、とても満足していました。そして自分自身も。
女王さまは、少し疲れた様子の金色を優しく舐めてあげます。金色は喉を鳴らして身を任せました。銀色が金色とその赤ちゃん達のごはんを持ってくるまでには、まだ時間があります。
気の置けないママ友同士、これからも仲良くしていきたいものです。青と金はこの地ではよく目立つ色ですが、外敵が来たとしてもへっちゃらでした。
あの若者も、今頃どこかで元気に武者修行をしているのでしょう。
赤ちゃん達は、ゆっくりと、すくすくと成長していきます。先立った数多の古龍の力が宿る結晶も、それを見守っているかのようでした。
そしてその中には、王さまやお腹の中で旅立った赤ちゃんもいるのかもしれません。以前よりも大きく成長した結晶からは、ほのかな温もりを感じるような気がしていました。
女王さまは、これで十分だと、傍の結晶に角を擦り寄せました。
遠くの空を、翼竜が大きな翼を広げて飛んでゆきました。
めでたし、めでたし。
いつまでも幸せに暮らせますように。
それは彼女たちを見守り、そしてこの物語を記す者の願いでしかありません。
それでも紡がれた言葉の数々は、命の輝きを記した物語は、確かにここに在るのです。
これにて完結です。
3年間、本当にありがとうございました。
これからも、Monster Hunter World:ICEBORNEを愛し続けます。