【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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老いた王の探しもの

 ジッというランプの音と共に、薄暗い空間に明かりが灯る。女人がそれを吊るすと、テント全体が字を書ける程度に明るくなった。

 

 ここは黄金郷の最浅部にある、調査団のベースキャンプだ。

 龍脈の流れる溶岩地帯から少し離れたところにあるものの、下から上がってくる空気は暖かい。

 調査を終えたジェナとリュカは、もう日も落ちているからと、ここで夜を明かすことにした。

 

「エリア二、三、四は生物はやや減少しているが目立った異常なし。エリア一にて炎妃龍ナナ・テスカトリの痕跡あり……っと。次はテオの痕跡集めかなぁ」

 

 リュカは口の中でブツブツと呟きながら、なんとも楽しそうに調査レポートを書き綴っていく。

 傍らで調査中に書き留めたメモの内容をその都度伝えていたジェナは、何度も口を開いては躊躇って閉じていた。

 

 新しい相棒はどうやら筆まめらしい。武器に猟虫を留まらせ立て掛けるやいなや、率先して報告書作成を始めたのだった。

 だが。

 

(……なんて字を書くの! 何が書いてあるのか全然読めないわ)

 

 留め跳ねも適当なうえ、筆圧が弱く細い。

 ジェナには今どの部分を書いているのか分からず、かなり先まで読んでしまって何度も聞き返された。

 こんな釣りミミズがのたくり打ったような字で、報告を受ける責任者は解読できるのだろうか。

 ジェナは手元のメモと見比べてみる。自分もそう綺麗な字が書けるわけではないが、走り書きよりも見てくれが劣るとはどういうことだろう。

 もともと黄金郷調査を任されていたのは自分なのだし、何度も代わろうかと声を掛けようと思った。だが、会って二日しか経っていない相手にそこまで言って良いものか。

 

「……あの、リュカ?」

「なに?」

 

 思い切って声をかけると、リュカはパッと顔を上げた。

 

「…………やっぱり、何でもないわ」

「えー、そう言われると気になるなぁ」

 

 純粋なリュカの視線が痛い。

 ジェナは目を泳がせ、視界に入ったある物へと咄嗟に話題を変えた。

 

「あ、あー……それ。誰宛ての手紙なの?」

「これ? ユウラさん宛てだよ。テスカト調査担当の人なんだ」

 

 リュカはジェナに封筒を手渡した。

 

「ジェナも見たことない? 長い髪を束ねた竜人族の学者さんなんだけど」

「長い髪……ああ、生態研究所でたまに見かけるわね。あの人の名前、初めて知ったわ」

 

 青みがかった長い髪とほっそりとした身体の線が思い浮かぶ。さほど目立つわけではないが、端正な顔立ちが印象的な人だった。

 大して話したこともないのにすぐに思い出せたのは、その容姿による影響が大きい。

 

「ユウラさん、今セリエナに行っちゃってるんだよね。だから副所長に報告ついでに渡してもらおうと思って」

「ついでって……」

 

 ジェナの呆れた視線をものともせず、リュカは書き上げた報告書を両手で掲げる。

 誤字や脱字の有無を確認するよう頼まれたが、正直ジェナには本当に合っているかは判断できなかったので適当に流した。

 

 その時、外からフシューという音が聞こえ、ジェナは慌ててテントの垂れ幕を潜る。

 音の源は簡易な竈門だ。火にかけられた鍋からは、白い泡が溢れ出していた。

 火から下ろすと泡のかさが徐々に下がっていく。それを見届けて、ジェナはほっと息を吐いた。

 

 鍋の中で湯気を立てているのは、携帯食料として持ち込んだ腸詰めと干し飯を煮込んだ簡単な雑炊だ。

 ハンターは長期任務を受けることも多い。そのため少しでも食事を楽しめるよう、狩場に持ち込む調味料は工夫されている。

 かき混ぜると、とろみのついた飯がなんとも良い匂いを漂わせた。

 そのうち、匂いにつられたリュカがテントからひょこりと顔を出した。

 

 息を吹きかけながら熱々のそれを口に運ぶと、粉末にした出汁の香りや腸詰めの旨味が広がる。 

 うまいうまいと頬張るリュカに、ジェナは目を細めた。

 

「ぼく一人だと、腸詰めとかを炙ってそのまま食べるだけで済ませちゃうんだ。フィールドでおいしいごはんが食べられるの新鮮だなぁ」

「あら、そうなの? 気に入ってもらえたなら良かったわ。せっかくだし食事は楽しみたいじゃない」

 

 無いものは仕方ないが、あるものは存分に活かしたほうがずっと良い。

 それがジェナが新大陸に来て学んだことだった。

 

 自分たち五期団が来る前のことは話で聞いただけだが、拠点は初めて足を踏み入れた頃よりも大分豊かになっている。

 それは人材が増えたことで、各々が得意分野を活かして発展に尽力してきたからだ。

 

 そのおかげで、初めは凍えた木々や岩ばかりだった寒冷地にも立派な前線拠点(セリエナ)ができた。

 とはいえ寒いところは苦手なので、こちら側(アステラ)に留まったけれども。

 

「そういえばジェナってどこ出身なの?」

 

 食べ終わったリュカは、猟虫に蜜餌を吸わせながらジェナに問いかけた。

 ジェナは口に付けていたマグカップを離す。

 

「タンジアの近くの村よ。辺鄙なところだから多分知らないと思うわ」

「ワオ奇遇だね、ぼくタンジア出身なんだ! ……あれ? 近くってことは、もしかしてあのモガ!?」

 

 目を丸くしたリュカに、ジェナは笑って首を横に振った。

 

「ううん、違うわ。あたしの村に海の民は居なかったもの」

 

 モガは、暖かく自然豊かな島の外れに存在する、海上にある村だ。

 海洋資源が豊富で、タンジアの港にもよくモガ産の魚介やら加工品やらが並べられていた。

 そこでは人間と、水掻きを持つ海の民と呼ばれる人々が手を取り合い、原始的な生活を営んでいるという。

 

「びっくりした。てっきりナバルデウスが現れたっていう村なのかと思った」

「顔にでかでかと残念って書いてあるわよ。……とはいえ、こっちにも被害がない訳ではなかったわ」

 

 ナバルデウスは深海に生息する古龍だ。小さな村一つなら、軽く収まってしまうのではないかと思うくらいの巨体をもつと言われている。

 とある個体は、モガの村の近くにある海底遺跡に棲息していた。

 だが角が異常発達したストレスにより、彼は壁に自らの身をぶつけるようになったらしい。

 

 海の中の巨体が壁にぶつかればどうなるか。

 海流は荒れ、壁を伝って地面は揺れる。地震の被害はジェナの村にまで及んだ。

 そんな時に暴れるナバルデウスを鎮めて見せたのが、モガの村のハンターというわけだ。

 

「あの人はまごうことない英雄よね。調査団にいるかどうかは知らないけれど」

「まあ……そうなるよね」

 

 リュカはどこか歯切れの悪い返事をした。薪を舐めて揺らめく炎が、彼の輪郭を照らす。

 その反応にジェナは何か事情があることを察したが、敢えて聞かなかった。

 調査団は優秀な人材が揃っているが、そのぶん人に聞かせたくない過去を抱えた者も多い。

 

 ジェナは一つ息を吸い、話題を切り替えた。

 

「ねえ、リュカはどうして操虫棍を使うようになったの?」

「ジャックとずっと一緒にいられるから」

「即答! だと思ったわ」

 

 リュカの言葉が通じているのかどうかは謎だが、ジャック──リュカの猟虫はどこか嬉しそうに美しい翅を動かした。

 ジャックは桃色の毛に緑のラインが入った翅のシナトモドキで、ジャックというよりはフランソワといった見た目をしている。

 操虫棍はその名の通り、猟虫を操りともに戦う武器だ。狩りに有益なエキスを猟虫に採取してもらうことも、長い棍棒を使い空を翔ることもできる。

 壁に立て掛けられたそれは、轟竜の荒々しい素材がふんだんに使われていた。

 

「ハンターになってから、ずっと一緒に成長してきたんだ。かわいいでしょ」

 

 蜜餌を吸い終えたジャックはくるりと口吻を戻した。

 ジャックのふわふわな頭を撫でながら、今度はリュカが訊ねる。

 

「ジェナはどうして狩猟笛を?」

「うちの家は代々、女子に横笛を吹けるようにさせるの。だからその延長ね」

「ワオ、お洒落だなぁ」

 

 ジェナは苦く笑う。

 

「ひいお婆ちゃんも、まさかあたしが武器として楽器を使うとは思わなかったでしょうけど」

「あはは。一気にワイルドになったね」

 

 笑いを収めたリュカは、唐突に何か閃いたように「あっ」と声を上げた。

 

「ハンターになった後はタンジアに居たんだよね? ってことは、ぼくたち前に会ってたかも!」

「そうかもしれないわね。でも仮に会っていたとしても、気付かなかったと思うわよ」

 

 思わずぽろりと溢してしまい、ジェナは咄嗟に空になった器に目を落とす。

 ジェナの言葉にリュカは首を傾げた。

 

「どうして?」

 

 ジェナは少し躊躇ってから口を開いた。

 

「……その頃のあたしは、今みたいに女の格好をしていなかったもの」

 

 ジェナは無意識にもみあげの髪を一房いじる。

 現大陸でハンターをしていた頃は、周りに女として見られるのがどうしても嫌で、体型の隠れる男物の防具ばかり着ていた。

 声も高い方ではないし、身長もある。ギルドカードさえ見せなければ、成り行きで組んだハンターには案外バレなかった。

 

 今も男のように短くしている髪は、当時の名残だ。伸ばそうと思っても、どうにも居心地が悪くなって切ってしまう。

 

「あ……」

 

 急にこんなことを告白されても、リュカは困るだけだろう。

 ジェナは取り繕おうと口を開きかけたが、当の本人は思いの外はやく返事をした。

 

「そうなんだ。メンズにも格好いいデザインいっぱいあるもんね」

 

 さらりと言ったリュカに、ジェナは目を瞬かせた。

 これまでされてきた反応や、想像していた反応とは全く違うものだったからだ。

 

「……驚いた。あなた、セルマと同じことを言うのね」

「あれ、そうなの? ぼくも素敵だと思うけどなぁ」

 

 ジェナは頷いた。

 あの時、はじめて揶揄うどころか怪訝な顔も同情もせずにすんなりと受け入れてもらえた。それがどんなに嬉しかったことか。

 

 一拍置いて、形容しがたい温かさがじんわりと胸を満たしていく。

 触れられたくないところには踏み込まず、自然に肯定してくれる存在が貴重であることは、ジェナには痛いほど分かっていた。

 

「……ありがとう」

「えーと……どういたしまして?」

 

 リュカはキョトンとしている。

 一方で、ジェナの表情は穏やかだった。

 

 

 

 リュカが眠ってしまった後も、ジェナはテントの外で丸太に腰掛けていた。

 自然の天窓から差し込む星月の明かりは、昼間と違い黄金を静かに煌めかせる。光の筋のうち一本は、健気に咲く花を照らしていた。

 

(──もしあの日、あの人を追いかけなければ……)

 

 自分が異性に負けない強さを求めてハンターを志すことも無かっただろう。そして当然ここにも居なかった筈だ。

 これまで傷ついて苦しんできたことも、そのうちの半分くらいはきっと経験せずに済んでいた。

 

 それでも、いま感じる喜びは確かに胸の内に在るものだ。

 苦しみと引き換えに、否、その苦しみがあったからこそリュカのありのままの言葉が嬉しいと感じるのだろう。

 

 様々なことを乗り越えて、女性として強く生きると決めた。それこそ、あの導きの青い星のように。

 けれど、今はどうしても渦巻く感情に押し流されるままになってしまう。そのことが悔しかった。

 

 青白く照らされる花々をぼんやりと眺めながら、ジェナはひっそりと頬を濡らした。

 

 

 

 

 

 

 時は遡って、同日の昼を過ぎた頃。

 まだ二人からの報告は届いていないにもかかわらず、アステラの一部は不穏な空気に包まれていた。

 

 流通エリアを一望できる甲板の上。

 そこでは銀髪を刈り込んだ老練の司令官と、学者の装いをした女性、日に焼けた白髪の女性が広いテーブルを囲っていた。

 少し離れたところに老ハンターが腰掛けている。

 

「なんだと? テオ・テスカトルが陸珊瑚の台地に……!?」

 

 上官から鋭い目つきと声を向けられた女性は、びくりと肩を震わせる。

 だが彼女も新大陸古龍調査団の一員だ。すぐに表情を引き締めて報告を続けた。

 

「当時レイギエナやナルガクルガなどの目撃情報も無かったため、エリア八の植生を調査していました。突然、重い足音が聞こえて振り返ったところ、テオ・テスカトルがわたしを見下ろしていて……」

 

 学者は声を震わせる。

 ハンターや編纂者ではない彼女にとって大型モンスター、しかも古龍が間近に迫っていたなど、さぞかし恐ろしかっただろう。

 隣の女性は彼女に気遣わしげな眼差しを向ける。

 

「かの龍が陸珊瑚の台地にいる筈はありませんし、幻覚かとも思ったのですが……」

 

 総司令は表情一つ変えずに先を促す。

 学者は少し息を整えてから報告を続けた。

 

「すぐに拠点に戻ることも考えましたが、位置が割れることを恐れてキャンプへ向かいました。

 しかし、テオ・テスカトルはキャンプまで追いかけてきたのです。入り口を覗き込んだり、離れた位置でずっと様子を窺ったりしていました」

「何を目的にそのようなことを……」

 

 総司令が低い声で呟くと、隣で聞いていた白髪の女性──フィールドマスターが口を開いた。

 

「ここまで聞いて予想はついたと思うけど、炎王龍は三期団の研究基地にも来たの。何せあそこは陸珊瑚の台地なら、ほとんどの場所から見えるからね。

 爺様たちが外にすっ飛んでいったら、全員の顔を眺め回すようにしてたわ」

 

 フィールドマスターの言葉に、総司令は眉間のしわを深めた。

 

「その後、テオ・テスカトルはどこへ行った?」

「台地の西側に飛んで戻っていったけど、その後は見失ってしまったわ。流石に水気の多い東や下層には行かないと思うけど」

 

 その時、傍らで話を聞いていた老ハンターがテーブルへと歩み寄った。

 よく使い込まれた太刀と雌火竜の装備は、彼がまだ現役であることを示している。

 

「そのテオ・テスカトルはもしや、角が片方折れていたのではないか?」

「……!」

 

 老ハンター(ソードマスター)の言葉に、学者はフィールドマスターと顔を見合わせ、首を縦に振った。

 総司令が「知っているのか」と問うと、ソードマスターは頷く。

 

「はい、片角の個体でした。おそらく古い傷であると思われます」

「うむ。ならば間違いはなかろう。……龍結晶の地に、片角の年老いた炎王龍がいたのだが、先日姿を消したという」

「なるほどね……」

 

 三人は表情をさらに険しくした。

 

「やはりその個体だったか……しかし何故その炎王龍が陸珊瑚の台地へ? 火薬を目的に飛来するならば、別個体だとしても前回のように闘技場を狙う筈だが」

「わからぬ。陸珊瑚の台地はネロミェールやキリンの縄張りがある故、そう容易く出入りできぬだろうが……」

 

 総司令は腕を組んでしばらく考えていたが、ふと眉を上げてフィールドマスターと学者に尋ねた。

 

「……どちらもテオ・テスカトルに敵意は無かったのだな?」

「ええ。むしろあの炎王龍だと思えないほど穏やかな顔をしていたくらい」

「こちらでも敵意は感じられませんでした。今回は観察を目的としていたようです」

 

 それを聞き、総司令は「ふむ」と束の間目を閉じる。

 

「炎王龍の行動は、我々人間の動向を気にしているとも取れる。明確な目的が不明確である以上、万全の態勢を整える必要があるだろう」

 

 総司令は再び目蓋を開けた。

 灰青色の瞳は一見すると静かだ。しかし、その内には強い光を湛えていた。守る者の目だ。

 

「報告、ご苦労だった。……これより警戒を強化する為の緊急会議を開く。君、悪いがそれぞれの班のリーダーの招集を頼む」

「承知いたしました」

 

 学者は一礼すると、駆け足で階段を降りていった。

 

「まだ陸珊瑚の台地もあの一件からそう経ってないっていうのに、忙しくなるわね」

 

 フィールドマスターがやれやれと首を振る。だがその表情はどこか楽しそうだ。

 

「老齢の古龍……一人一人の顔を見ていたということは、調査団の中に誰か探している者がいるのだろうか……」

 

 総司令の呟きに、フィールドマスターとソードマスターは顔を上げた。

 

 謎は深まるばかりだが、少しずつ真実への道標を見つけていくしかない。痕跡を追って調査することには皆慣れている。

 

 森のどこかで、小さな青い歌姫の調べが常よりも切なく響いた。

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